願うように、捧げるように。
すぅ、と息を吸う。
実力で勝つ、なんて考えの望める相手ではないし、望みたくなさすら、あってしまうから。
相手もその理解はあれど、慢心をする性格ではないし。手心を加えては――くれる、として。
仕掛けるのは、こちら側から。
攻め手を捌ききれるとは、思わない。
ふっ、と息を吐いて。
勝ち方、は。
ああ、色んな人に怒られる。
さんざん怒られてなお、それをしてしまうのを。
今だけは、許して貰えると。
そう、思うから。
「行く、よ」
余計な宣言を。
だけれど必要な、宣言をして。
夜は、床を蹴った。
後ろへ。
「――ヴィスタリゼ・クレッセンド・クロトリム」
高速の氷弾に――時間操作、加速の魔法。
空気を切り裂く音を伴って、飛来したそれをレオンハルトは。
きぃん、と。
金属音が小さく、響いて。
「せめて、当てるつもりで撃たなければ。そんな甘さを持つ余裕はないでしょう?」
剣を振ったのだと、かろうじて分かる腕の位置の変化。
真っ二つにされた氷柱は、壁にぶつかり砕け散った。
速度のあろうと関係無い、と。
身体に当たるのを避けて撃ち込んだ攻撃を、態々斬って示したのは。
そんな彼我の差の証明に、他ならなかった。
「……本来、私の首を斬って始まる前に終わってしまうのに。今の状況は甘さじゃ、ないのかな」
レオンハルトは答えない。
それで、良い。
夜は自分の言葉が正しいのか、証明するために。
今度は距離を詰めて、レオンハルトに刺突を放った。
当てるつもりのそれは、金糸のしゃらんと舞うように、緩やかな動きで回避されて。
ぼとん、と。
突き出した腕が、肘から先。床に転がった。
「ぃっ……」
痛みに、上げかけた声を、堪える。
「貴女相手には、それほど意味のないでしょうが。殺めたくはありませんが、傷つけはします。お引き取りまでは、続けましょうか?」
極めて無表情で、無感情で。
ノアよりも余程、らしい様子で。
振るった剣をその姿勢のまま、夜を見て。
「それなら、諦めるまでは。付き合って貰うから」
夜は、斬られた右腕を治――さない。
左手で、落ちた腕の握るレイピアを拾って、握って。
片手で持てる武器で良かった、と。内心で笑いながら。
派手に流れる血をそのままに、レオンハルトに向き直った。
眉を顰めるレオンハルトに、微笑む。
「数を増やしてみようかな」
様子見ではないのだから、隠すために無詠唱。魔法としては簡単なため、それで足りる。
ヴィスタリゼを六つ、角度と位置を様々に。全てに時間停止をかけて。
そして、再度仕掛ける。今度は動きの小振りに、素早く連撃を意識してレイピアを操る。
利き腕ではなく、重心も崩れている。
それを補うためにも。
「ファルティリオ・クロトリム」
術理のやや複雑な、加速。対象は夜自身。
これで速度は多少なりとも対抗のできる。
とはいえ、当然まだ足りないから。
停止状態の氷弾を、連携するように射出する。
本来夜の素質では足りない、複数の氷を同時に操る高位の魔法に、擬似的に届かせて。
高速剣術との連携もさせて、捌ききるのは困難な攻めと化す。
本来なら。
「悪くはありません、が」
夜の動きに合わせるよう。
踏み込むその先に、刃が“置かれた”。
「……か、ふっ」
自分の速度が、そのまま力となり。腹部に刀身が食いこんで、夜は血を吐く。
懐かしい鉄の味。
息の吸えなくなっては困るから、咳き込むようにして吐き出して。
自分に剣が刺さるを、幸いと。
油断、ではないだろう。既に戦意の失せるものと、そう捉えられたのか。
レイピアの刺さらないよう、差し伸べた夜の左手はレオに届いて、ぺたんと触れることの叶った。
「ピアニーシア・クロトリム」
そして、魔法をかけた。
レオンハルトは、知っていたのだろう。
表情に驚きがあった。
夜から剣を抜き、触れたばかりの腕を斬り払おうとしたのを。
それよりも早く、どうにか。夜が動いて、躱すに至った。
「ここから……だよ」
剣の抜かれた腹部から、血はどくどくと零れる。命が溢れて失われていく。身体の熱も、一緒に奪われていく。
それに、気づいていないかのように。そう、振る舞って。
夜は仕掛ける。
「さっすが。これでやっと、まともに打ち合える、なんて」
今、夜にかかっているのは加速。レオンハルトにかかっているのは減速。
真逆の効果を持つ二つがあってようやく、夜はレオンハルトと斬り合いを結ぶことが可能になる。
「……持ちませんよ、そのままなら」
剣が交差して、夜の隙を埋めるようにタイミングをバラけさせた氷を放って。
戦いにはなって、いるのを。
つき合ってくれている、そんな形であろうと。
持たない。
その言葉が、正しいと示すように。
失血。
服は真っ赤で、足元も血溜まりのできて。
血塗れの服の重さが、枷になる程の出血をして。
がくん、と夜の膝が折れる。
どうにか、倒れずに片膝をついて。
「まだ……だいじょう、ぶ」
もう。レオンハルトに攻撃の意志はない。
ただ、夜の攻撃を捌くのみ。
それだけで、今のままなら夜は果てるのだから。
「……死ぬよ」
やっと、心配のような言葉を引き出せたから。
それに、どうにか笑みを作って。
「死ななきゃ諦めないからね、私」
立ち上がって、剣を握る力を振り絞って。
一歩駆け出して――転んで。
そのまま床に倒れる、と。
そう思ったのに、抱き留められて。
懐かしい感覚が、今の自分にはとても、温かくて。……実際に身体の冷えきっているのだから、当然かもしれないが。
「治して。簡単、でしょ」
「……あはは。そうしたらずっと頑張っちゃうよ、私。レオが諦めてくれるまで」
やっと、やっと。
やっと、ちゃんと。目が合った。
だから私は、笑って。
「レオが私を止めたいなら。私を殺してくれたらいい。……決めて」
レオンハルトの腕を掴んで。
その剣を、自身の首に当てる。鋭利な刃に触れ、白い首筋が切れて血の出るのを。
夜は今更気になんてせず、レオンハルトは――固まって、しまって。
「私は貴方と生きるって決めてる。私がそうしたいから。だけど、貴方が間違ってると思ったのなら止める。そう、お願いをされたんだから。貴方がそれを拒むのなら、殺してくれた方が良い」
命を取られる立場なのは、こちらだと言うのに。
第三者が見たのなら、逆に見えただろう。
今の夜に、怯えは全くなく。
それは相手の選択を、決め打っているからではなく。
委ねて構わない、と。心から想っているからで。
「――ま、ず」
とはいえ。既に限界だった、気力によって保たれていた意識は。
身体が氷になるような、冷えきった感覚と共に。
ふっと途切れて、夜はふらっと倒れ――
意識の暗転は、短く。
「あのときと逆、だね」
「治して、夜」
口づけで目覚めるのは、何のお姫様だったか。
何よりも強い証の、行為だけれど。その安心のままに今は、確かめたくって。
「じゃあ、いいの? 私は貴方の傍にいたって。私が貴方を、変えてしまったって」
「それは、もう。今更、みたいだから」
困ったように笑った、レオンハルトに。
夜も笑みを作って、返して。
「あはは。よろ、しい――っ、ふぅ」
また意識の途切れるところだった、と。
重い重い身体の、抱き抱えられたまま。左腕をどうにか上げて、胸へ。
緑色の光を、自分に当てて。
回復を。
「死ぬかと思った……。今落ちてたら多分 駄目だった気がする……」
夜の治療が済んで、安堵を漏らしたのはレオンハルトの方。
「夜さ……本当、自分を犠牲にする方法頼むからもうしないでね……」
「それは……ごめん、ね。でも、今回はこれしかないって、思ってたから」
正攻法では、勝ち目がないから。
自分自身を勝機にする、それしか選択肢はなくて。
それで通らずに、なお生を望む意味も。存在しなかった夜には、本当に唯一の道だったから。
「あ、レオ」
「うん?」
そうだ、と。
まだ、済ませないといけない沢山は控えているのだろうが。それでも、言えるようになったのだから。
言っておきたくて。
「ただいま」
と。言って。
「おかえり」
と。返されて。
夜はそのまま、抱き着いた。
ひとまず……。
たいへん遅れまして、誠に申し訳ございません……。
色々リアル状況の変わっていたり、別趣味都合で時間の避けなかったり、上手く書けなくなったり、でした。
お待ち頂いていた方のいらっしゃっいましたら、本当にありがとうございます。
ふと目に留まってお読み頂いた方も、ありがとうございます。
ペースの明言はできませんが、ちゃんと終わるまでは続きます、と。
お読み頂きまして。
ありがとうございます。