間に合わ“ ”ことにするために。
「えっと……ノア、さん。これは……どういうこと、ですか?」
妙に静かだった、ヴァーレスト城内。
胸騒ぎのする方に歩いて、歩いて、角を曲がって。
そうしてあった、息絶えたようなヴィクトリアとミルフィティシア、その先に立つノアという光景に。
夜は感情がごちゃまぜになって、どうにか返せたのは困惑からの問いかけ。
「……私にも、説明はできかねます。私達が訪れたときにはもう既にこう、でしたから」
「そう……ですか」
夜は思考を数瞬して、小さく唇を噛み。
二人の蘇生を試みる。
「……止めないで、くださいね」
ノアの葛藤は夜よりも長く。
反射で出た右手は、ゆっくり。ゆっくりと、下がって。
夜の蘇生を、見守って。
回復の領域ではないそれは、たとえ触れられたとしても自分に手伝えることはないから。
「血液分、は……空腹に近い、のかな。ひとまず、これで」
吸血鬼も脈はあって、それは今確認できるようにどうにか、戻って。
一命は取り止めた二人を、壁にそっともたれかからせて。
「――改めて。ノアさん、説明を願います。城内が普通ではない理由。ノアさんが知らないなんて、私思いませんから」
強くなったのだろう、と。
元々強い子ではあったが、ずっと、ずっと。
何かが。起きているのを察して、それを自分が解決するのだと。きっと、自分が解決するべきことだ、まで。分かっているのだろう。
「……ええ。少々長くなってしまいますが。よろしいでしょうか」
夜はこくりと頷いて。
止めるなら、それほど時間はないとしても。
語り口を急いては、いけないものだから。
ノアは丁寧に、語り始めた。
「お話になりませんね。本当に私の伯父ですか、貴方?」
玉座の前、レオンハルトは地に伏せたヴィンセントにそう、嘲りを放る。
「母の得手としていた、飛翔近接戦をするまでもなく。貴方には鍛錬が足りない。研鑽が足りない。才能不足を嘆く領域にそもそも、至っていない」
自分の記憶の中の父は。
美化したい気持ちもあるだろう、その上で。
ずっとずっと、強かったと。
確信が、在るから。
――そんな熱を帯びる資格は。今の自分にはもう、ないのだが。
「こ、の――」
ヴィンセントが懐から何か取り出そうとするのを、「自分ならどうとでもできる」という慢心を過ぎた確信から、止められるのにそうせず見逃してやり。
何かしらの多少強力な魔術が込められているのだろう、黒い結晶の割られるのを。
眉一つ動かさずに、ただ見ていた。
「――そうして今日、今この瞬間。ついにここに至った、というわけです」
ノアの、二人の話を、聞いて。
驚きはあれど、受け入れられたのは。
レオンハルトの時折見せた冷たさの由来が、それだと分かって不思議な安心を、してしまったから。
「分かり、ました。……では、行ってきます」
「……どちらに。いえ、何をしに、でしょうか」
「レオを止めに、ですよ」
分かっている。ノアが聞きたいのはそれではなくて、その理由だということくらい。
何の権利を以て、その意志を止めるのか。
「ノアさん。レオが私情で、感情で、人を殺めたこと。……今までにありました?」
確信を持って、問う。
ゆえに、ノアの返答は首を横に振る、それだけで足りる。
「けれど、今回においては。そうですよね。……私はそれをさせるわけにはいきません。それをしたらきっと、レオは戻れなくなってしまう。そんな気が、しますから。自分の過ちを認めたうえで、在り方を決めつけてしまうような、そんな気が」
思ったとしても、自分には止めることのできなかった。それをそのまま言われてしまった、ノアは。
「夜様。……どうかレオ様を、お願いします」
「勿論です。レオのお嫁さんですから、私」
そう、笑って。
大きな扉をゆっくりと、開けた。
そして。
「――――――――」
赤い絨毯が、黒く染まっているのに。
何故ここにいるのだろう、黒い鱗の竜がずたずたに切り刻まれて身体を投げ出しているのに。
首と胴体の分かれた身体が二つ、転がっているのに。
それら全てを為したのであろう、金糸の髪の騎士様が、ひどく冷たい目をしてこちらを見ているのに。
夜は言葉を、失って。
その代わりと言うように、声は相手からかけられた。
「……夜。どうしました、こんなところに、こんな日に」
声は作った、見た目通りに聞こえるもの。
それが、どうしようもなく自分への拒絶に感じられて。
「帰ってきたんだよ、私。レオに会いに。それで今は、止めに」
その拒絶をさせないために。名前を呼んで、語りかけて。
「もう事は済みました。次代かその次かはさておき、ノアを女王に立てるとしまして。後は私が消えましょう。それでめでたし、ですよ」
「勝手なことを言うんだね、随分さ。私の意志は、関係ないって? 着いてこいとでも言ってくれるの?」
「いいえ? 私がただの、人殺しに成り下がった時点で。貴女の隣にいる資格は、もうないでしょうと。そう思っているだけですから」
分かっている、分かっている。
わざと、自分に嫌われるような、怒らせるような言い方をしているのは。それくらいは。
「――なら」
そのつもりなら、こちらにだって考えがある。手段もある。
ひどく嫌がるだろう、それを。ぶつける。
「レオが殺した事実を“なかったことにする”よ。国王様にはそれで、ちゃんと継いで貰えばいい。その時に少しくらい脅したりしたって、殺しちゃうよりずっといい」
そう言い亡骸に近づくのに、しゃらんと金属の擦れる音がした。
「――それは。私の。私の人生の否定に、他なりませんから。少々手荒くなっても、止めることになります」
こうなる、と分かっていて。
その覚悟があって、扉を開けたのだから。
夜はレイピアを抜く。
「カンテチャント・クロトリム。――非道いことを言うね、貴方は。時期としては、短かったかもしれないけどさ。貴方にとっての私は、大した価値はなかったんだ?」
返答は、ない。
否定が飛んで来なかったのに、安心をして。
それならきっと、まだ間に合うから。
こちらの不利は言うまでもない。
経験も技術も才能も、あらゆる面で負けていて。こちらには、殺意なんてある筈もなく。傷をつけるのにすら、強い躊躇があって。
それでも。
それでも唯一、勝てる見込みのあるとするなら。
自分が止めたいと思う、その理由の感情が。相手も同じくらいには強いのだと、そう。
信じて、ではなく。
願って、いるから。
(びっくりするほど空いてしまいまして、申し訳ございません)
投稿時期の保証は怪しいのですけれど、完結までは書き切るつもりですので、よろしければどうぞ、気の向いたときにふっと、お読み頂ければ幸いです。