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玉座の前に王女、降り立つ。

 騒ぎを聞きつけて後から来られた方が困るからと、僅かな護衛は視認される前に気を失わせ、姿を消すこともせずに悠々と城内を歩く二人。


 そうして、玉座の間に続く長い廊下。


 角を曲がりその入り口に立ち、レオンハルトは眉をひそめ、ノアは瞳を見開いた。


「どう、して……お姉、様」


 横たわるミルフィティシアを抱きかかえて、ノアは呆然とそう呟く。


「この二人を殺れるなんて。同時にはまず不可能、一人ずつでも余程不意を突かないと……ああ、ヴィクトリア様の貫通の仕方、焼け方からしてもミルフィティシア様の槍でしょう。脅されたか、何かの魔法か」


 亡骸二つを見て淡々と、かつての二人とは真逆に冷静になっているレオンハルトが言う。


「……お姉様は。ヴィクトリア様と自分の命なら、自分の命を躊躇なく捨てるでしょう」


「であれば、操られたと考えるべきでしょうか。ヴィクトリア様のこの血の量からして……本来、まともな武器では致命傷足り得なかったのでしょうし」


 一面に広がった血の海は、カーペットが吸いきれないほどに。きっと元々あったろうもう一つの足跡も、今は見えなくなっている。


「貴女に蘇生は可能でしたか。どちらにせよ、この二人の蘇生は過剰干渉かもしれませんが」


「蘇生は、できません。それは夜様、だけの……」


 まだ息を引き取って間もないのは、抱いた身体の感触から分かる。

 それでも蘇生が不可だとはっきり分かるのは――傷があまりにも深いから。


「彼女はもうあれを使わない、と言っていましたね。……行きましょうか」


 レオンハルトの判断は間違っていない。


 本来死は覆るものではなく、そして今自分達にはするべきことがあり。

 非情に徹してはいても、自分への配慮がない無情なものではない。


 ノアはミルフィティシアとヴィクトリアをそっと、壁にもたれるように横たえて。


「……レオ様。これをやった、のは」


「予想の通りでしょうね。私は勿論、貴女への警戒値も間違いなく高い。相対は避けられるかと」


「……………………」


 この城内にいるのなら、自分なら。

 見つけたとして、捕らえたとして、そうして。


 手を下すことの許されるかどうか。


「私が必ず殺しますから。涙を流さない代わりに、血を捧げるのも“らしい”でしょう?」


「……はい」


 淡々と紡がれる言葉。


 レオンハルトは玉座の間に続く扉に手をかけ、開けた。


 中には予想通り、二人のみ。


 レオンハルトからするとこの部屋にはあまり馴染みはない。

 基調は深い赤に床は乳白色の大理石、金の装飾。天井は高く証明はシャンデリアのようにして、使う人数に対して無駄に広い。


「一応、脅しておいたつもりでしたが。秘策があるのか、ただの馬鹿か。後者だと思っていますが……どうでしょうか」


 立っていたのはヴィンセントと、彼が守るようにして後ろに控える銀髪の老人。いかにも、というような豪奢な服装と、立場を象徴する王冠。


「お久しぶりですね、御祖父様。六年も過ぎていると、分からないかもしれませんが」


 その老人――ヴァーレスト国王を見据え、ノアはそう口を開く。


「ブランティリア、か?」


 きっと予想はしていたのだろう。理解できないながらに、埒外の存在であることだけは理解していた。そういう目を今のようにずっと、向けられていたから。


「ええ。ヴァーレスト第二王子の次女、ブランティリア=エト=ツヴァイツィヒ=クィリア=エスペルダ=ヴァーレストは、ここにおります」


 昔のように、にこりと微笑む。

 王族らしく、王女らしく。王族内でも特別美しかったから、それだけで人の湧く笑顔はとりわけ得意だった。


「あの日。シュヴァルツフォールのお二人と私の両親が殺められた日。最初、私は気づいていなかったんですよ。私が目的であって、その場に居合わせた人達はついででしかないのだと」


 銀髪を揺らし、紫の瞳を細めて。

 語りながら前に出る。


 それに警戒を示すヴィンセントの動きは、構えだけでレオンハルトが制して。


「魔力晶化でどうせ死ぬと言われていた私が、わざわざ殺される理由が分かりませんでした。貴方はただひたすらに、私が怖かったと。そういうことなんですね、御祖父様。いえ、アレキサンダー王」


 返答はない。それに疑問もなく、そのままに言葉を続ける。


「貴方には才がない。知力も人より卓越してはいませんし、魔法も扱えません。求心力に優れていたり、交渉事や戦略で頭が回るとか、そういう強みもありません。言ってしまえば凡人ですね。

 そんな貴方から見て……およそあらゆる才を持ち、聖王様と同じ紫の瞳を持つ私が、『自分の地位が脅かされる』なんて想像をさせる存在だったことは……今なら理解できます。私を担ぐ大人もいたんでしょうか? 今となってはどうでも良いですね」


 とん、とさらに一歩。


 近接で仕掛けられる間合いに入り、痺れを切らしたようにヴィンセントが動く。


「いけませんよ、伯父様。王女様に刃を向けるなんて」


 踏み出そうとするその姿勢を、肩を押さえた手と首元の刃で止めるレオンハルト。


「アンネリーゼ……」

「やはり似ていますか、母に? 全盛期の母がどれほど動けたのか、私には分かりませんが。貴方からすれば同じでしょう。どちらも認識できない速度として」


 レオンハルトは笑う。ひどく、つまらなそうに。


「およそ見当はついていても、一応本人に確認をしておきましょうか。貴方は六年前、知っていて何もしなかったんですよね?」


「それ……は……」


「良いんですよ、分かっていますから。結局これは、才に溢れる人達が凡人の悪意に殺されただけの話。それを私や王女様のような人達が理解することは、きっとできないんでしょう。弟に対する劣等感や、恋に敗れた負の感情を推し量ることはできたとしても」


 ただ事実を述べるようにそう言って。


 音もなく踵を返していた、正統なる王女に気づいて問いかける。


「どうしました? 退屈で死んでしまいそうなら申し訳ありませんが」


「いえ。必要に迫られて、少しだけ外します」


「? 分かりました」


 今は話すよりも、話さない方が誰に対しても良い。


 玉座の間を出て、血に塗れた通路へ。

 扉を閉めると中の様子が一切分からなくなるのは、高度な遮断の魔法が施されているのだろう。


 感覚による知覚とは別な、指輪を通じて直接送られてくる情報。


 それが限りなく近づいていたことに、彼女にとっての“ノア”は気づいていたから。


 今はメイドの格好ではなくとも、仕える意思は示そうと。


 角から現れた黒い髪を持つ主に、この世で最も美しい外見と心を持つ人物であることに一切の疑いを持たない我が主人に。


「お帰りなさいませ、夜様」


 そう、深く一礼をした。

めちゃくちゃ空いてしまいましたね……。

自分でも泣くほど空いてしまいましてすみません。


ごめんなさーい!

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