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聖女様の帰還。

「かえって、きたー!」


 汽車から降りて晴天の下、ヴァーレストの地を踏んで夜は叫んだ。


 通っていた士官学校最寄りの駅で降りたのは、シュヴァルツフォールの屋敷への行き方が学園からでないと分からなかったため。


 そして、こんな大声を上げて正体がバレないのかというと――ヴァーレストに近くなるにつれてあっさり特定されたので今更である。


 懐かしさを感じる景色のなかを駆けていって、時折見知った店の人に挨拶したり、“聖女様”として、知らない人に声をかけられての応対をしたりして。


 学園に到着。


 今は昼過ぎ、時間的に授業中だろう。

 生徒もほとんど見えず、静かな中敷地内を校舎に向かって進む。


 正面玄関から校舎に入って、自分の教室へと階段を上る。


 と、踊り場のところで人影とすれ違い、お互いに止まった。


 夜の方はすぐに気づく。


 その赤い髪は、夜の表情を綻ばせるのに十分だったから。


「リリー?」


「……夜?」


 続く言葉はその胸の中で言う羽目になって、途中で遮られてしまったが。


 安心して、くすぐったくて、ついはにかむ。


「おかえり。おかえりなさい。どうしたの、この髪の色?」


 夜はスノウリリーの胸から顔を上げて、「髪?」と自分でつまんでみて、ああ、と苦笑する。


「一応、変装みたいなもので染めてたんだ。戻し方……はちょっとすぐできるか分かんないから後でやってもらお……」


「茶髪なのも可愛いけど。黒のが好きよ、私。珍しいし、夜らしいというかさ。……魔法由来なら戻せると思うけど、やろっか?」


「ほんと? じゃ、お願い」


 そうしてスノウリリーが夜の頭に手を置いて一言、夜の髪色は黒檀を取り戻した。

 自分でも懐かしくて、指で梳いて微笑む。


「……前よりも可愛くなったわ、夜」


「そうかな? そうなら……嬉しいな」


 ふふっと笑うその様子は、同性であるスノウリリーをどきまぎさせるのに有り余るほどで。元々そういう魅力はあったが、純粋な可愛さに色気も加わったような。


 それが誰のためか、だなんて問いは必要なくて、それを示すように夜が訊く。


「レオ、今日は学校にいるかな? というか、今って授業中?」


「レオは、今日は来てないわ。授業中だけど、私は先生のお使いしてたトコ。初めて会ったときもこんな感じだったかしら」


「あはは。ん、そうだったと思う。来てないってことは任務なのかな。先にお屋敷行くかお城行くか……んー」


 屋敷に帰ればノアはいるだろう。先に会いたい優先順位、をつけるとなると難しい問題なのだが、それは旦那様には待って頂くとして。


「……お城は今日は、行かない方がいいわ。とはいえ今の夜を止められる人、いないだろうけど」


「ええっと……なんでとなんで?」


 スノウリリーは言葉を選んで伝える。

 本来知らない筈の情報も、今のスノウリリーは多少、銀髪に紫水晶の瞳を持つ彼女経由で知ってしまっているから。


「今日、他国の来賓をもてなすためにお城は関係者以外立ち入り禁止なの。誰が来ているのかも秘密。色んな噂が立っている、けれど」


 ああ、でも、あの方は。

 こんなことも言っていたな、と最後に会った時の言葉を思い出す。


「もし夜様が何かの間違いで間に合ったのなら、それは間に合うべきだったということ。夜様によって変えられるべきだということですから」と。


「んー……だと帰って待ってる方がいいのかな。ありがとね、リリー。またちゃんと、落ち着いてから話したいな」


 そう言い背を向ける夜の腕を、スノウリリーは掴む。


「お城、行ってみて。私は行けないし、行っても何もできないと思うけど。夜が行ったら、違うから」


「……わかった。行ってくるね。また、明日会お」


 スノウリリーの様子から理由があることを察して、何故かは訊かずに夜はそう答えた。

 言わないということは言えないということで、それでもなお伝えようとしてくれるのは、自分のためだと分かっているから。


 一緒に渡された、黄色い結晶。


 ロアルフューズでは見ることすらなかった高級品、転移結晶。


 帰ってきた実感と価値観の意識差を噛み締めながら、夜の視界はぱっと移り変わった。




「もう少しゆっくり歩いて頂戴、ミルフィティシア。日傘だけというのは、とても心許ないのよ?」


「ヴィクトリアさまならへいき、へいき」


 少し前。


 ヴァーレストに入り、城までは馬車に揺られて、城門前からは自分の足で進むこととなり。


 日光が致命的な弱点な吸血鬼としては、そもそもこんな昼間に快晴の空の下を歩くなど正気の沙汰ではないのだが。


 そこは現当主、最も力のある吸血鬼と言っても過言ではないヴィクトリア。

 日傘を差して歩く、という他の吸血鬼が見れば卒倒しそうな光景がそこにあった。


 そんなヴィクトリアの前を何も対策無しにとことこ歩くのはミルフィティシア。“血の祝福”により太陽の平気な、特別中の特別たる次期女王。


 王城の庭は石造りの花壇や噴水の並ぶ綺麗なものだが、今のヴィクトリアにはその景色を楽しむ余裕もなく、足早に城を目指し歩いていく。


「いつもだって、私が外交の席に立つときは必ず日の出ていないうちに相手方に赴くのは貴女も知っているでしょう……」


 城の入口、巨人でも入れるつもりかという高さの扉が見えてきたところで、ミルフィティシアは不意に足を止めた。


 釣られてヴィクトリアも止まり、背を向けたまま止まるミルフィティシアに不思議がる。


「ミルフィティシア? どうしたの?」


「ヴィクトリアさまでも、おひさまにあたるともえちゃうの?」


「当然よ。ヴァンパイアでその運命から完全に逃れられたのは貴女しかいません。先代様は実質克服をしたけれど、私は蓄えのおかげで多少耐えられる程度。ずっと曝されてはいずれ焼けてしまうわ」


 そんな当たり前のことを今更この子はどうしたのだろう、と思うが、ミルフィティシアの真意が読みづらいのは、今に始まったことではない。


「そうですか。それじゃあ、気をつけないといけませんね」


 そうして再び進み始めたミルフィティシアに続いて、ヴィクトリアは城内に入って日傘を閉じ、ほっと胸を撫で下ろした。

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