嵐の前の。
「ああ、伯父様。探していました」
ヴァーレスト城内。レオンハルトはヴィンセントを見つけて笑みとともに話しかける。
口角の上がる感覚が随分と久しくて、自分は長らく、こうした演技ですら笑っていなかったのだな、と気づいて作り笑いが虚ろな苦笑になる。
「……レオンハルト」
こちらの笑顔に対して、ヴィンセントは見て取れる警戒を示す。まともに笑みを向けたのは少なくとも六年前なのだから、当然と言えば当然か。
ましてや。今はもう殆ど、何も隠してなどいないのだから尚更。
「ミルフィティシア様のご来訪、近くなって参りましたね。当日は混乱を避けるため、城内は選ばれた数名のみ。警護も極小数。それに疑問はありませんが」
かつかつと近づいて、目の前。剣を振るには近すぎる距離。
表情を消して問う。
「――何故私が含まれていないのでしょう?」
問いというよりは、詰問という表現が適切で。
「戦力として、単体だろうと集団だろうと、私以上に幅広く対処の可能な騎士は他にいないと自負していますが」
力を誇示するのは本来趣味ではない。それなのに今こうしているのは、相手を焚きつけるのに一番有効だろう手段だからだ。
「……お前は若い。今回のような複雑な事情の絡み合う場には、まだ早い」
騎士、には目の前の相手も含んでいるつもりで言ったのだが、伝わらなかったのだろうか。
その上で認めてなおこの対応をしているのなら――随分“大人”になったものだ。
「成程。そう仰るのなら仕方ありませんね。六年前のような力の足りずに何も出来なかった後悔を、今度はせずに済むと思ったのですが」
そう言ってまた笑い、腰の剣に手をかける。注意が過敏な程向くのを確認して、抜かずに添えて。
「そういえば伯父様、会う度に手合わせを希望されていましたね。今なら都合が良いのですが、いかがでしょう?」
態度だけは最低限保ちながらも殺気は隠さず、応えたのならばそのまま切り捨てられる、そう確信させるべく振る舞っているし実際しない保証はない。
「父から聞いています。昔はよく伯父様と打ち合ったと。十四のとき、初めて勝って褒めてくれたのがそれはそれは嬉しかったと。私も今勝つことができたのなら、そうですね。嬉しくはあるでしょう」
その喜びは決して明るく健やかなものではないが。
ヴィンセントからの返答もなく動きもなく、ただただ重い空気が停滞するなか。
かつん、と靴音が響いた。
足音の主は二人が自分の方を向いたのにはっとして、申し訳なさそうなふりをする。
「ごめんなさい。お邪魔してしまいましたね。伯父と甥の貴重な時間でしたのに」
「いえ。滅相もありません、ローレリア様。……失礼します」
そのまま逃げるように――ように、ではないのだが、去ったヴィンセントを一瞥してローレリアは小さく息を吐く。
「レオンハルト、貴方そこまで自制が利かない方だとは思っていなかったのだけれど?」
「そう見えていたのなら幸いですが。ご用件は? まさか止めるためだけということもないでしょう」
敬意が見せかけにすら存在しないのは、こうして冷えきっているレオンハルトにはいつものこと。
今更咎めるでもないが、ここまで内心の見えないのは正直、怖い。
「……当日のおおよその流れや配置。必要なら渡すわ」
「有難く頂きましょう。もし失敗したとして、露見すれば反逆罪になってしまうかもしれませんが。宜しいですか?」
冗談のつもりなのは分かる。分かるが、表情にも態度にも表れないそれは、あまりにも空虚。
まだ常に無表情を努めているノアの方が温かみのあるように感じられるだろう。
「貴方に加えて、あの方も付いているというのに。失敗する筈がないでしょう」
「どうでしょう。彼女がどこまで干渉できるかも分かりませんし。不確定要素もありますしね」
「干渉できるかって……不確定要素?」
回答の面倒な前者に対しての疑問がすぐに逸れたのに、レオンハルトは安堵する。ローレリアに訊かれたのなら答えるが、簡単に理解されるものではないだろうから。
「この機に何かを企んでいるのは、私達だけではないでしょうから。目的も不明ですしね。何であれ斬り捨てるだけとはいえ」
「……貴方、あの子が戻ってきたとき前のように振る舞えるの?」
ふっと、計算なく沸いて口にした疑問。
それまでの意図的な空気の張りが――ぐにゃりと、ひどく歪んで折れ曲がった。
「どう、見えますか」
これまでの、最低限成り立たせている会話とは違う、本心からの問い。
「……分からないわ。最近の貴方は、彼女が横にいるときの面影が全くないから」
素直に答えることは、憚られた。
「そう、ですか。私自身……分かりませんから、そうなのでしょうね。そもそも顔を合わせられる自信がない」
「鎮静待機期間としてはもう十分でしょう。彼女に適応する特殊な措置も、凡そ決まっているのだから。貴方の不安は何?」
夜の話から、レオンハルトに人間らしさが戻っていく。それに羨望や嫉妬は今更覚えないが、浮かぶ表情から汲み取れる感情が暗い寂しさなことは、辛くあって。
「生きる世界が違うんですよ、きっと。故に関わってはいけないのではないかと。そう思っているんでしょうね」
自分のことだというのに、推測で語るレオンハルトに。
ローレリアはかける言葉を持たず、口を噤んでただ時が過ぎた。