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それぞれの思惑。

「本当、お世話になりました。そう遠くないうちにまた来ます。その後も、なるべくちょこちょこ来ます、ぜったい」


 あれから二週間後。


 夜は学院から帰ってすぐアンジェリカに事情を説明し、店を辞めることを伝えた。


 すぐに抜けてしまっては困るだろうし、とある程度の期間は働いてから辞めると決めて、アンジェリカに委ねた結果が二週間だった。


「ありがとう、夜ちゃん。いつでも来て。特別に夜中でもいいから」


 そう言って、アンジェリカは夜をハグする。


「ありがとうございます。ええ、ぜひぜひ。その時はお金、いっぱい持ってきますね」


「何言ってるの、取るわけないでしょ」


 ふふ、と笑って抱き締め返し。


「ティナさんも、何かと助けて頂きました。私が抜けたらお店、戻るんですよね?」


 解放されて、横のイルミティナに問いかける。


「どうしよっかなー。夜ちゃんがキスしてくれたら?」


「……どこにですか」


 断られると思っていたのだろう、イルミティナは意外な顔をして夜を見つめる。


「いいの? 口と言いたいところだけど、お好きにどうぞ?」


「……じゃあ、失礼します」


 夜はちょっと考えて、イルミティナの頬に口づける。

 夜にとっては親愛の意味だが、どう受け取られるかは少し不安。


「受け取りまして。意外と小悪魔だよね。任されましょうか」


 ぽんぽんと、お返しに頭を撫でられる。


 最後までこの人は、掴ませてくれない人だった。

 良い人なのは間違いなく。裏があるとは思わないけれど、内面を底まで見せてくれていない。そんな確信があった。


「やっぱりティナさんいて欲しいですもん、私が最初に入ったとき見てると。次来たときは接客してください」


「はーい。夜ちゃん分の売上、なんとか保つくらいは頑張らないとね」


 それからキャローヌ、ルカ、シルファーニア、スタッフそれぞれと言葉を交わして、最後に入口前で一礼。


 そうして店を去ろうと背を向けた――ところで、「あ」と呟いて振り返る。


「もし、ヴァーレストに来ることがあったら。お城で、『ミセス・シュヴァルツフォール』とか『夜=シュヴァルツフォール』とか、そんな人と知り合いでロアルフューズから来た、ってことを伝えてみてください。取り次いで貰えるように言っておきますから」


 もう一度一礼をして、改めて。


 夜は店を出た。


 当然、店内は一気に騒がしくなる。


「アンさんは知ってました? 夜ちゃんの正体というか、何と言うか」


 シュヴァルツフォール、の名前で分かる人はいなかったらしく、城だのミセスだの、階級を想像できるものからの推測が錯綜して、たいへんな喧騒の中。


 さして驚く様子のないイルミティナに、アンジェリカは溜め息を吐く。


「貴女は知ってたってことね。……いつからよ」


「元々、そういう身分の子だとは思ってましたよ。家事仕事はちゃんと教える家だったみたいで、最初からそれなりにできてましたけど。振る舞いが、良家子女のそれでしたし」


「それはまあ、そうね。ヴァーレストの王族分家に嫁いでるクラスだとは思ってなかったけど」


「分かる人は、名前と外見とあの回復能力とで、“聖女様”だって特定できちゃうんですよ。顔は明らかにされてませんけど、おおよその特徴はさんざん記事にされましたし。ロアルフューズだとほとんど話題にはされてませんでしたけどね、遠くの出来事ですし」


「それにしては平和だったと思うけど……アンタまさか」


「なんのことやら」


 辞め方の不自然なスタッフ、何人かいたなと思い出し。ゲストにしてもゼロではなかっただろうから、どうせ対応していたんろう。


「……お礼言っておくわ。私、そこまで気回ってなかったし」


「さっぱりわかりませんが、ありがたく受け取っておきましょう。明日からこっち来ればいいですか?」


 平然と言うイルミティナに、アンジェリカは予想がつきながらも尋ねる。


「明日って……今の職場今日抜けるつもり?」


「いえ、一昨日で辞めてますよ。夜ちゃん抜ける日、分かってましたしそれに合わせておくに決まってるじゃないですか」


「……さっきのは?」


「して損のないおねだりです。ちゃんと貰えましたし?」


「本当掴めないわアンタ……」


 イルミティナがアンジェリカの想定内に収まらないのは、今更の話だ。

 そう考えたうえで思っていたことを、今訊かなければいつ訊けるかわからないからと訊いてみる。


「ティナ。あなたがうちの店一旦抜けたのは、店が自分で成り立ってる状態が嫌だったから。違う?」


「何言ってるんですか、それなら戻ろうとしませんよ」


「あなたがいた時――夜ちゃんが来る前の話ね。その頃は、新人教育も店回すのも、全体見てきっちりやれるの他にいなかったじゃない。それを理解したうえで軸になってたでしょ。今はなんとか、全体でやれるようになってるもの」


「それなら楽させて貰うだけですよ、私?」


 そういうことを言いたいのではないのに、意図を逸らされてアンジェリカは口が尖る。


「駄目ですよ店長。この人、自分のやったこと褒められるの頑なに嫌がるので」


 そう言って入ってきたルカに、イルミティナは澄まし顔で毒を吐く。


「あらルカさん。憶測で女性語るのは、とっても嫌われる男性のやることなんですけど?」


「憶測じゃなく推測なんだけどな。やって当たり前だし、やれて当然って周りからも思われてるから、いざ素直に感謝されるのに慣れてないんじゃないかな。真摯な言葉を向けられるとそう対応せざるを得なくなるから、真剣な面見せたくない普段の茶化し方とかも合わせてね」


 毒に対して思いっきり反撃を受け、イルミティナは彼女が普段しない焦った表情を見せる。


「なので、本人が認めなかろうと多分合ってるので、そう思ってお礼ぶつけてあげるといいですよ。そうしたら答えざるを得ないと思いますから」


「……ちょっと来なさい」


 イルミティナはルカを引っ張って、店の裏口から出た。


 周囲に人がいないのを確認して、特大の溜め息からじろりとルカを睨み口を開く。


「貴方の目が鋭いのは認めるわ。ええ、そうですとも。けれど、読み取ったものを人前で自慢げに披露するような人ではないと思っていたんだけど、私の見込み違いだったのかしら?」


「自慢げではないかな。君のその、素直じゃないと敢えて言っちゃう性格は。能力高いからたいてい上手くいくけど、だからって譲らないのは損をするよ、絶対にね。店長にくらい見せていいと思ったから、言った。それだけ」


 妙に不愉快なのは、会話の主導権を取れていないからだ。取れて当たり前のもの。


「損をしようと、得をしないなら別にいいから。勝手に踏み込まないで」


「根っこの部分は損得よりも感情で動くくせに、そんな割り切りをする時点で損をしてるしする得も失ってる。わからないかな」


 論理では勝てない。攻められているし相手を攻める材料が少ないのもあるが、そもそも別に、叩き潰したいと思う相手ではないから。


 なので、諦めて適当に認めて、とっとと終わらせて貰うことにする。


 そんな考えから返答をするより先、ルカが続けて言う。


「白状するなら。本当はもっと綺麗な人なのを周りに知られてないの、勿体ないって僕が勝手に思ってるだけ」


「――っ」


 口説かれるのは別に、珍しいことではないが。

 賛美を受けるのは外面は勿論、せいぜい見せかけるために作った内面まで止まりでしかなかったのに対して、これは誰にも見せるつもりのない深いところを「綺麗」と言われてしまったから。


 ルカの見立ては正確なのだ、ともすればイルミティナが自分で認識している以上に。


 それだけちゃんと向き合ってくれているのなら、見合う形で応じなければいけない。


「……夜ちゃんが辞めるから、ひそかにやってた保護者同盟も、普通はもう終わりにすると思うんだけど」


 ちゃんと対応するとはいえ、そこまで素直にはなれないので、背中を向けながら。


「自分と近い視点持つ人と話すの、まあ詰まらなくはなかったわ。でも、一方的に何もかも見抜かれているみたいに思われるのはやっぱり癪ね。だから」


 はっきり聞こえて欲しくはないから、店の扉を開けながら。喧騒混じりに曖昧な聞こえ方を望みながら。


「貴方を手玉に取るまでは、もう少し付き合ってあげる。その後のことは、また考えるから。じゃ」


 バタンと閉まったドアの前、ルカは苦笑して頷いた。




「ミルフィティシア様。紅茶をご用意致しました」


「ん。ありがとね」


 シュヴァンツメイデン首都、ヘレシィロザリア。その中央に建つ城の一室、ヴィクトリアの次に上等な部屋でミルフィティシアは寛いでいた。


 どこから割れたのか、自分の存在がヴァーレストに知られたらしく。向こうから来訪を強く請われ、断るわけにもいかず。


 当日までは大人しくしているようにと、ヘレシィロザリアから出られずにいる。


 退屈なのはさておき、行っていた問題への対処が放ったままになるのは困った。とはいえ、誰かに引き継げるものでもなく。


「……ん、ちょっとこっちきて?」


 紅茶を持ってきた吸血鬼の女中の首元に、何かを見つけてミルフィティシアは呼び止めた。


 近くで見てみて、それが黒い、薔薇のような文様だと気づく。


「くびのとこに、くろいばらみたいなもようあるの。まえからだっけ?」


 この女中はミルフィティシアのお付きなので、ほぼほぼ毎日顔を合わせている。今まで見落としていたとは考えにくい。


「模様、でございますか。……わたくしには見えませんね」


 自分の首元を見てそう言う女中にミルフィティシアは首を傾げて、いつものように紅茶を口に運んだ。


「なんだろ。きょう、だれかにあったり、した?」


「今日はミルフィティシア様以外ですと、仕事仲間くらいでしょうか。来客もありませんし、どなたか普段会わないような方とは会っていませんね」


「そっか。んー。あとで調べて……ん」


 紅茶を半分ほど飲んだところで、強烈な眠気に襲われた。


 自分では意識を手放さないことの叶わないほどの睡魔に、回すべき頭がひどく鈍くなる。


「まったく手間だった。お前、寝ているときでも気配を感じて起きるのは、面倒なことこの上ない。ともあれようやく、駒が揃った」


 声は聞き慣れた女中のもの。しかし、内容は明らかに――


 言葉の意味もはっきり認識できないまま、ミルフィティシアの意識は深く沈んでいった。




「ミルフィティシア様。ミルフィティシア様。お休み中のところ申し訳ございません。夕食の時間でございます」


「ん……あれ、いつのまに、そんなにねてたんだろ」


 寝た記憶がない。


 しかし太陽が平気なミルフィティシア故に一つだけ部屋にある小窓から見える外は、すっかり日が沈んでいた。


「本日は紅茶のお時間にもお休み中でしたから、四、五時間は過ぎていたかと。夜型のわたくしなら短いくらいですが、ミルフィティシア様には珍しいですね」


 ミルフィティシアの活動時間は、人間と基本変わらない。夜も問題なく活動できるが、なるべく眠るようにしている。吸血鬼の多く眠る日中に活動する方が、動きやすいという面もあるが。


「あら……ミルフィティシア様、首元に何か……」


「んー?」


 覚えのない模様があると言われて、ミルフィティシアは首を傾げて。


「ヴィクトリアさまにみえると、しんぱいさせちゃうかもだから……。くびのとこ、かくれるふく、くれる?」

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