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嘘吐きと真実吐き。

「そうして尋ねようとしたものの、ヴィクトリア様と連絡が取れず、ですか。まだシュヴァンツメイデンとしては正式に表に出していない彼女と直接繋がるのは、こちらからは難しいですし。少々難儀ですね」


「今のままだと何をするにも情報が足りない。いっそ僕がシュヴァンツメイデンに直接乗り込もうか」


「おやめ下さい。あの国はまだ、人間が単身で訪れて良い国ではありませんし、成果があるとは限りません」


 ローレリアから話を聞いてすぐ、レオンハルトは行動に移した。

 ヴィクトリアと会う場を設けようとして不在と多忙を理由に失敗、暗躍の目的を探ろうとして成果は得られず。分かったのはミルフィティシアがヴァーレストを訪れる日にちくらい。


 それを受けての現時点での方針を、ノアとこうして話している。


「一旦整理しましょう、レオ様。彼女が来るなら、ヴィクトリア様も当然いらっしゃるでしょう。あの二人がいて、なお好き勝手できるほどの相手なのですか、ノクターニアとやらは」


「それほどまでに力のあるとは思わない。ただ、得体は知れない」


「それは警戒も納得の理由ですが。現時点では対策、取りようがありませんね。私が出て良いなら、そうしますが」


「良いんだね、干渉して」


「元々、王が出るなら私が出ないわけにはいきませんでしたから。懸念はありますが、私達にとって好機なのは確かです」


 ノアは表情が変わらずに淡々と話すレオンハルトを見る。

 今自分が鉄仮面なのは演じているからだが、レオンハルトはそうではない。


 表情の変わるような心を殺してしまっているのだ、これは。

 こういう話をしている時のみなら、良い。が、今のレオンハルトは外面すらこうだ。


「同じ日に行う不安はあれど、次の機会がいつになるか分からないか」


「はい。夜様をそろそろお迎えしても良い頃合ですし、済ませるならその前が良い、でしょう?」


 夜の名前を出すと、辛そうにする。それを分かっていてなお出すのは、その辛さが自分から切り離そうとする故のものだと知っているから。


「………………どうするにしても。ノアは確かめてから決めたいって言った。その意思は尊重する。でも、僕は優しい結末は望まない」


「承知しています。貴方に納得できない答えの出し方は、しません」


「最初は無情に、誰であろうと裁く、って決まっていたよね。それが変わったのは、相手由来? それとも、ミルフィティシア様が生きていたから?」


 こんな毒を吐くのは、まったくもってらしく、ない。


 別に言われても、言葉そのものに心はさして痛まない。それをレオンハルトが言うということの方が、ずっと堪える。


「分かりませんか。無理に自分から剥がそうとして、一番軋んでいるのは貴方だというのに」


「どういうこと?」


 捨てたくないのに捨てようとするから、そんなにおかしくなるのだ。

 それが分かっているから、強く責めることはできない。憐れみすら、覚えてしまう。


「元々仮初の主従だった私達を、本物にされた方がいるでしょう」


「……どうして、ノアはそこまで彼女に拘るの」


 名前を口にしないのは、口にすれば捨てられないからか。

 その必死さには、安心する。そんなに辛いのは、それだけ大事だということだから。


「大切だからですよ、貴方が同じく思っているように。もし奥様が知っていたら、どれだけの大義があろうと貴方や私が人を殺めることは、必ず止めるでしょう? そういう方に出逢ってしまったから、私は考えなければいけないんですよ」


 ついつい、表情が崩れる、綻ぶ。


 彼女を相手に仮面が崩れたことは、何度あっただろうか。


 主人に対する礼節は弁えながらも、自分は彼女を妹のように思っていたから。

 本当はもっと沢山笑いかけてあげたかったし、よく微笑む彼女につられて、一緒に笑いたかった。


 そういう温かさを備えていた人だから。


 きっといつの間にか、虚ろな役割としての“ノア”は消えて、仕えるべき大切な主人を持つ、ノアというメイドは実在するようになったのだ。


 本当の私が演じている、役ではなく。私の中の一部として、私そのものとして。


 つまり、私は。


 目的のための擬態に過ぎなかったはずの“ノア”が、彼女にとって、自分自身にとって真実のノアとなってからというもの。


 どうしようもなく、楽しかったのだな、と。


 偽の主人よりもずっと真っ直ぐに、正しく。自覚した。


「……………………さっきも言った通り。判断は尊重する。最終的な決定権は貴女のものだ。そういう契約だったから」


 背を向けて去ろうとするレオンハルトに、かけるべき言葉をノアは迷った。


 同じものを見て、同じような感じ方をしていたはずなのに、温度差がありすぎて。

 物理的なものよりずっと遠い彼我の距離に、言葉が届けられないと。


「ああ。一応。ノア」


「はい?」


 立ち止まって振り返らないまま、レオンハルトは言う。


「夜を呼び戻したりとか、しないでね。目の前にしたら、僕もどうなるか分からないし。見せたくないんだよ、暗い部分も汚い部分もさ」


 ノアは顔を見られていないのを良いことに、にっこり笑った。


「仰せの通りに、ご主人様」


 それでも、もし。


 彼女がふらっと現れたとしたら、全部が全部上手くいってしまって。


 自分もレオンハルトも笑い合えるような結末が訪れると思ってしまうのは、心酔のし過ぎだろうか。

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