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魔法学院へ。

「……夜さん、何ですかそれ」


「それ? えーっと、どれだろ。指輪?」


 シルファーニアに魔法学院へ連れて行って貰う当日。

 昼前に一層端で待ち合わせをして、合流したところ。先に着いていた夜を見て早々、ヴァーレスト士官学校の制服とやや似た姿のシルファーニアは難しい顔をした。


「指輪もおかしいですし、鞄とポケットの魔力結晶もおかしいです! そんな超高密度の結晶体、人工じゃ有り得ませんし……指輪にかかってる魔法も、作動条件何重にもかかって……どういう術者ですか、それ」


「どっちも同じ人……のはずだよ。私の先生。やっぱり凄いんだね」


 ノアがどういう存在か、の話も聞けるかもしれない。そういう期待も少ししている。


「人間の領域もエルフの領域も、とうに外れてますよ、本当なら。見つかって質問責めにされる覚悟があるなら、行きましょうか。嫌なら置いていってください」


「そのときはそのときで。よろしくね」


 嘆息しつつ、内心頼られて嬉しいシルファーニアは微笑んだ。




 ヴィラリュンヌから汽車で、海沿いの線路を往く。


 ヴァーレストは内陸の国なので、海をちゃんと見たのは生前を含めてもこちらに来てからが初めてだった。


 生憎ヴィラリュンヌの住民が海に出ることは都市の構造上難しかったのだが、よく晴れた日に一層の端から青い海を、水平線まで見渡すのが夜はとても好きで。


「シルファーニアさんは見慣れてるんだよね」


 今はずっと近くにあって、陽の光が反射して、煌めく水面が眩しい。

 今日は暑くなりそうだ、涼しい格好をしてきて良かった、と肩を出した白いワンピースを着て、窓からの風にハーフアップに結った髪を揺らす夜は思いながら眺めて。


「海ですか? そうですね、学院からも見えますし、それほど珍しくはないかもしれません。ですが、綺麗なのはやっぱり、綺麗ですよ」


 自分の言葉に「そっか」と、嬉しそうに笑った夜につい、同性ながらに惹かれてどきりとしたシルファーニアは、顔を逸らした。


「普通のチャームなら耐性持っている人もそこそこいるんですけどね……。私もそうですし。夜さんのはこう、普通感覚が狂って魅力的に見えるところを、感覚正常なままに異常な魅力ぶつけられているような……」


「あはは……ごめんね。もっと抑える?」


 一応眼鏡は持ってきているから、と鞄に手を入れる。働いている時の今の抑え方でもナチュラルチャームは効いてしまっている状態なので、全開ほどではないにしろ与える衝撃はそこらの美人の比ではない。


 それでも今や仕事時にこうしているのは、まあ。可愛く見られるのは嫌ではないからであって。


「夜さんが問題なければ、そのままで良いと思います。学院の方は、特殊体質に理解ありますし。……男子は集めるでしょうけど」


「ういうい。学校行ってたときもこれくらいだったから、これで」


 それからまたしばらく汽車に揺られて、夜の薬指の指輪を見てぽつりと、シルファーニアが呟く。


「夜さん、結婚してるんですよね」


「うん、そだよ。ちょっと前まで秘密にしてたんだけどね」


「相手の方って、平気なんですか? ナチュラルチャーム」


 訊いてから、変な空気になる返答の可能性に思い当たったシルファーニアだが、それはそれで聞きたくないかと言うと、と撤回はせず。


「えっとね……。最初会ったときは、身体がそれどころじゃなかったから平気で。それを私が治してからはしばらく目合わせられなかったりとかして、でもちょっとずつ慣れた感じ? 今はもう、何も着けてなくてもくっついて平気なくらい」


「……何も着けてなくても」


 じーっと見られて、妙に身体のラインを確かめるようなその視線に夜ははっとして赤くなる。


「抑えるやつ! 服じゃなくて! それは! まだやったことないです!」


「“まだ”」


「あーあーあーあーあー。……まあ、はい。はい。そんな感じです」


 歳下にこういうからかわれ方をするのはとても恥ずかしい、とばたばたしてから、シルファーニアが歳下とは限らないことを思い出す。

 長命なエルフにおいて、年齢の感覚は人間と異なる。何となく憚られて、まだ本人に歳を訊いたことはない。


「でも、夜さんがそんな風にするっていうことは。素敵な方なんでしょうね」


「……聞きたい?」


 照れくさそうに、嬉しそうに。“そういう”顔をして。


「甘すぎない範囲で」


「ふふ。善処します」




 そうしているうちに、シルファーニアの通う学院のある街へ着いた。


 汽車から既に見えていた、それと分かる外観。


 古代ギリシャチックな横に長く伸びた白い石造りの建物がおそらく中心施設で、それを囲むように中央奥に高い高い黒塔、左端には円形で何階建てもありそうな、濃い茶色は図書館の印象。そして海に面する右端は海面から空まで、透き通った水晶のような材質の、造りはさながら城と形容できるもの。

 黒塔の周囲には中に光が届かないほどに繁った森があって、全体の広さからして一つの街と言える様相だった。


「うちより大きい……」


「この辺り……ロアルフューズ周辺の国って、魔法を教えられる環境が二十年ほど前までなかったんですよ。国の規模によって建てられる数って決まっているんですが、十国近く集まっていてゼロ、というのは大問題で。その解決のために建てられたのがここ、メキソフィル魔法学院というわけです。土台が強いのもあって大きいんですよね、すごく」


 この話は覚えておくと、外交の仕事に復帰したとき使えるかも、と夜は考えながらこくこく頷く。


「なるなる。面白いや」


「あ、こっちです」


 普段生徒が使う時間ではないのだろう、ここで降りたのは夜とシルファーニア以外に二人のみ。

 見た目からして学院の生徒だろうがシルファーニアの知り合いではないようで、特に関わらずいたうちに忽然と消えていた。


 その答えだろう、地面に描かれたいかにもな図柄の灰色に発光している魔法陣。


「一緒に飛べたはずなので、手握ってください」


「ん」


 言われた通りにシルファーニアの手を握り、魔法陣の上へ一緒に乗った。


 と、一瞬の浮遊感。共に視界の切り替わり。


「着きました。本校舎玄関にあたるところです」


「わー……」


 石造りに見えた白い建物の中だと思うが、床や壁は木造に見える。濃い茶色をして、天井は外から見たのと明らかに釣り合わない高さで闇の色。


 左右には人が十人並んで歩けそうなくらいの広い廊下があって、後ろには開け放たれた大きな扉。


 夜が辺りを見回していると、近づいてくる靴音が響いた。


 左の廊下から。そちらを向くと、眼光鋭い男性がこちらへ歩いてきていた。歳は三十か四十か、それくらいに見える。纏っているローブに魔法学院らしさを感じて夜のテンションは勝手に上がっているが、おそらく先生だろう。


 相手がわかってシルファーニアが一瞬嫌な顔をしたのに、夜は気づかなかったが。


 声が届く距離になって、立ち止まった。

 夜を強く睨むように一瞥してから、シルファーニアを見る。


「シルファーニア。見学希望者の連絡は受けていたが、本校内でのチャーム禁止は見学者にも該当する。当然分かるものと思っていたが」


「いいえ、グレイグ先生。こちらの方は、魔法によるチャームではありません。ナチュラルチャーマー……体質によるものです」


 シルファーニアの言葉を聞いて、先生――グレイグはまた夜を視線で刺す。


「道理で良い練度なわけだ。その件は了承した。シルファーニア、邪魔をするなよ。――フレイディア・シミラー」


「夜さんごめんなさい……」


 え、と思うより早く、夜めがけて炎の刃が飛来する。


 夜は反射で、一番簡単な防護魔法を無詠唱で展開。


 それを見て、試す意図でこれを行ったグレイグは「反応は良いが状況の把握に欠ける、或いは練度不足」と内心で評した。


 その評価を覆す夜の一言を、そのままでは防げない水色の脆いバリアに手をかざして。


「カンテチャント・クロトリム」


 極端な話、防御用のものでなくても良い。これが大きさ的にも展開速度的にも適していただけだ。


 あらゆるものを弾く盾となった水色の防壁は、炎刃をあっさり防いで消滅させた。


「びっくりした……」


「はぁ……。グレイグ先生、毎回新しい人見る度、力量試すのやめてください」


 想像の最上とも異なる別枠だったその結果に、グレイグは笑った。


「これが一番早い。……時間系か、稀少適性だな。目的は知らないが、必要なら呼べ。後程また顔を出す。丁重に扱え」


 それだけ言って返事を待たず、夜をまた一睨みして先生は去っていってしまった。


 残されて二人、シルファーニアは特大の溜め息を吐く。


「悪い人じゃないんですが。ちょっと独特と言いますか……うちの先生独特な人ばかりですけど……。気に入られたようです」


「そうなの? すっごく睨まれてたし、私直接言葉かけられてないんだけど……」


「普段は別に、生徒睨んでたりとかは……あっ」


 思い当たったシルファーニアは、夜に苦笑いする。


「なにー?」


「先生、独身でした」

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