銀髪碧眼の皇女は暗躍ができない。
「あら、シュヴァルツフォール卿。ここしばらくはすっかり、まるで避けているように会わなくなってしまって。私、貴方とお話がしたかったのよ?」
名指しで依頼された任務をさっさと済ませ、報告のためにヴァーレスト城に寄ったレオンハルト。
淡々と済ませ騎士系統管轄の部屋を出ると、そこには綺麗な笑みを浮かべて佇んだ銀髪碧眼の少女がいた。
「ローレリア様。お会いできて光栄です」
ここのところレオンハルトは、私用で動けるよう自分に割り当てられる仕事を外交にしろ騎士任務にしろ、可能な限り殆ど断っている。
そんなレオンハルトに、今の戦力を把握しておきながらさして重要でもない任務を割り当て、報告の帰りにばったり会う。
自分がやったと示して、対面してしまえばそうそう拒否できるものではない王族本家の“お願い”を通そうとしていることは、ローレリアの性格からして明らかだった。
「あまり人目につきたい話ではありませんから……お部屋で、二人きりで。よろしくて?」
かつん、と靴を鳴らして一歩、レオンハルトの懐に入って悪戯っぽく微笑む。
本性を知った今ならはっきり拒否できる、が以前はたいそう困ったものだった。
「妻帯者ですので。冗談は程々にして頂けると助かります」
「あの可愛らしい奥様の不在を好機と見ているのですけれど、残念。お話があるのは本当です。着いてきて下さいませ」
すぐ近くの空き部屋に入り、客室の内装をしている中、ローレリアはベッドにごろんと転がった。レオンハルトは入口付近で立ったまま。
「貴方、彼女の不在以降外交の席を全て断っているでしょう。キーロードとシュヴァンツメイデンは、本来名指しでお願いしたいところなのだけれど」
ローレリアの声色から甘さが消える。
「そのどちらにしても、中心になるのは夜ですから。私が入ったところで、他の者とそう差はないでしょう」
「馬鹿をおっしゃい。ヴィクトリア様はまだしも、キャンディス様から形式的な対応をされないの、貴方達しかいないわよ。特に私は警戒されてしまっているし」
搦手が通じないのを分からされて以降行儀良くしているが、親しくなろうとしても一定以上の間合いには決して入れてくれない。
きっと親しくなったら利用する意図が透けているのだろうが。
「最初から隠さずそのように振る舞っていれば、キャンディス様の対応も変わるかと」
「…………………本題なのだけれど」
起き上がって、露骨に話題を逸らす。
「ミルフィティシア様。生きていらっしゃったのね」
「……不死者としての生を生きて、と表現するかは判断が分かれるところかもしれませんが」
レオンハルトが驚いたのに、ローレリアは少し満足する。
自分があの姉妹を強く慕っていたのはレオンハルトもよく知っているだろうから、言わずにいたことの罪悪感を、つついてみて。
「教えてくれなかったなんて悲しいわ。協力者という立場だと思っていたのに」
「あの辺りの情報は、下手に知っていると危険ですので。どうかご理解ください」
いまいち反応が冷めていて面白くない。
目的のために動いている今のレオンハルトは、心を殺しているのだろう。表面上は繕っていても内心そうと察せられた過去と違って、今は繕ってすらいないだけで。
「まあ、良いわ。あの方の決めたことでもあったのでしょうし。私がこれを聞いたのは、シュヴァンツメイデンの外交担当という相手から。ミルフィティシア様を、ヴァーレストに訪れさせる機会を設けたいって」
「名前は」
あまりに簡潔な問い方に、ローレリアは一瞬戸惑って。
「ええっと……いえ。確か、名乗っていなかったわ、彼。記録を探せば出てくるでしょうけど、どうして?」
名乗らなかったのは故意だろう。
そして記録にもレオンハルトの予想した名前は、後に調べたが残っておらず、おそらくは偽名。
「いえ。その話、もう通されましたか?」
「ええ。写し絵でミルフィティシア様を確認して、信じてしまったもの。……何か問題が?」
少なくとも善意で動いているはずはない。当のミルフィティシアを蹴り飛ばした相手だ。
ヴァーレストに少しばかり何か起ころうと正直今のレオンハルトにはさして関心がないが、ミルフィティシアに脅威が及ぶなら動かなければいけない。
この話はノアと共有して対策を立てるとして、自分の目的に利用できそうな糸口を見た。
「いいえ、何でも。ところで、ローレリア様。ヴァーレスト王はその際、ミルフィティシア様とお会いされるでしょうか?」
「御祖父様? そうね、きっと。実はこのお話、誰に話すか迷って直接御祖父様に持っていったもの。たいそう驚いていらっしゃったから」
驚いて、であって喜んで、ではない。
実に分かりやすい。
「王はどうも、私の身分ではなかなかお目見え叶いませんので。いらっしゃる機会のあるなら是非伺いたいと」
「本当にそう、なのね」
ノアとレオンハルト、二人の結論はローレリアにも話しているし、それが一番妥当なのはローレリアも理解している。
「後は本人の口から。城には滅多にいらっしゃいませんで、お会いできていませんが」
「……分かりました。日程の確定したら伝えましょう。革命みたいなことには、ならないでしょうね?」
「どうでしょうか。正統たる王の器を殺めようとしたことが真実ならば、それこそ革命的行動かと。それを正すのは純然たる道理でしょう」
邪悪を自認して酔っていた、自分とは違って。
善悪を置いたうえで目的のために躊躇なく非道を行ってきた、レオンハルトとの彼我の差を強く感じて、ローレリアは小さく息を呑んだ。
休みが
安定
しません
(びたーん)