竜の騎士様と再会して。
「まあ、そうだろーな。騎士様の判断も、突飛だが妥当」
ここにいる経緯を話してのアレンシュナイズの感想。
ヴィラリュンヌでは人間以外の種族を見かけることもそう珍しくないが、距離の関係もあり竜人族は極めて稀。
ホールに出ていたシルファーニアがほんのり怖がっているのが見て取れたので、知り合いだということを話して、休憩を兼ね個別対応させて貰うことにした。
「どうにかうちで手に入れようなんて話もあったからな、アンタ。あの騎士様が護りきれないとは思わないが、隠す方が楽だし安全」
「うちって……ディルガルドで?」
ドラゴニュートと知り合い、なんて言っている時点で色々察せられてしまいそうだが、なるべく声は小さくして。
「軍事力でどうにかしてる国が、兵力無限になるような能力欲しがらないはずないだろ? 馬鹿らしくて止めたが」
「……ありがとうございます」
「やったことも、やった後のこと考えないのも馬鹿だが、成し遂げれば偉大だ。それがつまらない利用されるのは、笑い話にすらならんだろ」
あはは、と一応は褒めてくれたことに微妙な笑顔を返し。
アレンシュナイズは「で」と続ける。
「まともに戦えるくらい強くなってるのは、経験からしても自衛のためとしても、おかしくないが。直近やり合ったような臭いしてる理由は、下か?」
「…………えっと」
「話せとは言わないが。首都でなくここに俺が寄ったのは、片方の依頼者がここにいるから、とは明かしておく。まだ本契約じゃないし、だからこそ守秘義務もないが」
ディルガルドは軍事国家。傭兵業は国の主たる財源なのも、夜は知っている。
契約の意味、そう望む意図まで、考えて。
「……わかりました、お話しします」
今日あったこと、あらかた。知られているぶん、話しやすかった。
「こんなとこの下層で、うちと契約できるような資金の出処が疑問だったが。大元は別にあるにしろ、調達も担ってるんだな」
夜の話を受けて、感情からの言葉ではなく淡々とした分析が出てきたのに、夜は少し距離を感じて、つい口に出た。
「……聞いても別に、やめる理由にはならないんですね」
「――元々力を持ってる奴ってのは基本、力を振るうために力を振るわないんだよ」
夜に対しての返しとしては、やや突飛に感じる言葉。
頬杖をつきながら店内を眺めて言うそれを、夜はじっと聞いた。
「あって当たり前のものを、わざわざ確かめないからな。対して、持ってなかった奴が持つと、酔う。手段が目的になる。そういう奴はタチが悪いんだが……ドラゴニュートはどっちだと思う?」
こちらの目を見て、訊かれて。
考えて、答える。
「人間と同じ、というか。周りによる……と思います。他の種族より強いとしても、比べるのは同じドラゴニュート内ででしょうから。もっと強い人が近くにいるなら、自分がそうだとは思えない、と思うので」
アレンシュナイズは頷く。
「わかってんな、よく。――そう。種族として強かろうが、種族内で優劣つけるからさして変わらないんだよ。だからうちは、力を誇示したい馬鹿と、その馬鹿を使える権力を誇示したい大馬鹿とで成り立ってるからあんな国になってる」
淡々と評する。その言い方は、諦めているよう。
「……アレンシュナイズさんはそれで、どうしてるんですか」
「こうして出向いて、結ぶかどうかの決定権は俺にある。それで十分だろ、ひとまずは。国を変える、なんて大層な思想は俺には持てない」
「……………………むー」
自分よりずっと多くを見ているだろうその視点で諦めが出るのなら、それは間違っていないのだろう。
納得できないのは、夜の子供っぽさであって。
それをそのまま成してしまったからこその聖女様の不満表明に、アレンシュナイズはふっと笑って。
「そろそろ話、戻すか。結論から言うと、俺は人を拐ってできた金に手をつけるつもりはない。弱者に振るう暴力は酔った奴のそれであって、信念なんてあるもんじゃない。とはいえ、会いもせずに断れないからな。行ってくるわ」
「え……今からですか?」
席を立つアレンシュナイズに、夜は釣られて立ち上がる。
「そんなことしてるなら、早い方がいいだろ。こっち潰しとくと首都の方に使えそうだし、ついでだ。会計頼む」
「……ついていってもいいですか」
「あん?」
何言ってんだお前、という視線を真正面から受け止め。
自分でも、まだ立ち直れたとは言えないのに再びあの場に戻ろうとするのは、どうかと思うが。それでも。
「さっきお話しした通り、子供に連れられて落ちたんです、私。あの場所に子供が関わってるってこと、気になってしまって」
「アンタも子供だが。それは救いたいってことでいいのか?」
そうなら止める、と決めて問う。
たとえ夜がどれだけ無茶を通したがって、かつ通してしまった実績があるとしても。
過去を変えることはできない。それを考えないのは浅はかだし、そう思わないのは傲慢だ。
「いえ。ただ、知っておきたいんです。
あるとすら、思っていませんでしたから」
やはり強いな、と思う。無論、戦闘能力についてではなく。
垣間見て、もう関わることはないと逃げる選択をせずに正面から知ろうとするのが。
自分に何ができるのか、何をしたいのか。感情のみで決めず、決めるために知って。
「……いいだろう。それなりに戦えるし、最悪身体犠牲にした戦い方していいなら大抵なんとかする。そっちの都合、平気か?」
「お話通してきますね。あと、少し準備もあるので。少しだけ時間を置いて、再集合でもいいですか?」
「ああ。半刻後、店前でいいか」
「問題ありません。それでは、お会計は私しちゃいますね。割引料金で」
家に帰って。
一人になって再び溢れそうになった感情を、ぐっと堪える。
服装はなるべく地味なものに着替え。ズボンに、フードのついた薄い生地のローブ。どちらも灰色で。
落としてしまったチャーム調整度の強い眼鏡は、ノアの備えはちゃんとしていてスペアがあったのでそれを携え。
手持ちいっぱい使ってしまった魔力リソースは、もう残りもそれほど多くない。
残数全て入った袋を握り締めて、部屋を後にした。
「お待たせしました」
「おう。階段降りるの面倒だから、跳んでいいか?」
飛翔だと思った夜は、紅い翼を見て頷く。
「飛んで? ええ、どうぞ。適当に抱えてください」
誤解したまま一層の端まで行き、そこからほとんど一直線に落下。
着地――夜視点からすれば衝突、の直前に羽ばたいて勢いを殺して、夜の叫び声の方が五月蝿いくらいの着地音で十層の入口に降り立った。
「死ぬかと思った……」
「縦になっただけで、距離的には一瞬で移動する距離だろ、これくらい。あの騎士様ならできるんじゃないか?」
「レオなら……できる、んだろうなぁ。できるけど、しません」
「と、無駄口はここまでな。顔隠せ。でもって、そのままだと“わかる”から消せるなら消せ」
頷いて、フードを被り眼鏡をかける。
鼓動の戻って前を向けば、淀んだ空気の流れてくる入口がそこにあった。
「手の届く範囲から離れるな。俺がやられる心配はいらないが、思ってたより大分、黒い」
「……わかってます」
すっかり振るうことに慣れて、自分で持つことに安心を覚えるようになってしまった、純白のレイピアを握る。
「カンテチャント・クロトリム」
時間停止。あらゆるものを切断する凶器へと変化させて。
戦えなくする、までは、やる。命を取る、までは、しない。相手はこちらを、殺すにしろそうでないにしろ、尊重した行いは、してくれないのだから。
これは甘さと言われるもので、それをわかっていても持ちたくて。
「積極的に殺そうとはしないが、殺さないために手を弛めはしないからな、俺は。元々得意じゃないし、そういう容赦をする場所でもない。――するなら止めないが」
見抜かれているのか、自分の行いからの推測か。
どちらにせよ今の心境に対して適切だった言葉に、夜は小さく「はい」と返した。