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保護者達の幕間。

「隣いいですか?」


 閉店後、休み前の宴の席。


「どうぞ。……なんか怖いな」


 ルカの横に座ったイルミティナは、言葉を受け流すように明るく笑った。


「失礼な。別にどうこうしようと思っているわけじゃありませんよ、少なくとも今は」


「年齢、同じくらいじゃないかな。崩してくれた方が楽かも」


「じゃ、それで。女性に年齢の話とかしないようにー、なんてつまらないこと話しに来たわけじゃないんだけど」


 怖いと感じたのはおそらく、正しい。

 自分が有利な関係構築をあらゆる対人の基本とするイルミティナは、適切な接し方を知るために必然、人物の把握に優れる。


 なのだが、この優男はどうも掴みづらいし、懸念もあるし。明確な悪人ではないだろうが、と印象は抱きつつ測りに来た、というところ。


「夜ちゃんによく構ってるけど、実のところ本気で狙ってるの?」


 懸念というか。人物を見定めに来た、その直接の目的である。

 先日、休日一緒に一層で買い物していたのも知っている。そんな用事なら夜は、誰相手でも基本断らないのだろうが。


「うん? それは、まあ。下心が全くないかと言うと、嘘になるだろうけど。君みたいに護る人、周りにずっといたのかな」


「……どういう意味?」


 自分の意図が透けているのは、別に驚くことでもないが。

 返しの二つ用意できそうな言葉を放り投げる。


「彼女、距離感とか警戒心とかそういうの、あまりにも疎いじゃん? 痛い目見てるなら変わってないのはおかしいし、その辺り察して護ってた人がいたんじゃないかな、って」


「そういうの、考えてるってことは。私と同じ風な懸念してるって思って良いの?」


 自分の側に引き込むような言い方をしつつ、確認をとる。


 夜がこれまでに何もなかったり男性相手の距離感危機感がおかしいのは、元々由来や既婚由来等、まず想像もされないような理由なのだが。


「さっきぼんやり言ったけど。来られたら拒めない、それくらいには魅力的だから。本来なら拒否してないといけないくらいなものでもそうしないでしょ、彼女?」


「……拒まれるために近づいてるの? それはまあお人好しというか、面白い人だけど」


 目論見も理由も納得する。

 はっきり自覚する恋心があって、おそらくそれは片想いではなくて、それであれだけ無防備なのは。ひたすら不安になってしまうから。


 とはいえイルミティナは、それが真意とすんなり納得するような素直な性格はしておらず。


 真剣な眼差しを向けて、問う。


「まだ、ここに来てからそれほど経っていないよね? そこまでしようと思ったの、何でかな?」


 イルミティナの視線をルカは真っ直ぐ受け止め。苦笑する。


「期間の差はあれど、そのまま質問を返そうとしたら伝わる?」


 はっとする。


 今こうして詰問している自分は、何故そうしているのかと。


「……そうね。愚問をしちゃった。それなら、信用しておきましょうか。それじゃ、またね。聞きたいこと聞いたし、夜ちゃんいないし。帰るわ」


 軽く手を振って、ハンドバッグを取り席を立った。


 今日、珍しく夜は欠席。

 休みを二日続けて貰ったからと、洋服を買いに遠出しているため。首都まで出ているのかもしれない。


「送ってくよ? 純粋に安全のため。最近、中層でも階段のあたり危ないって聞くし」


「ありがたいけどいいわ。私、一層住みだから」


「え」


 ルカのこういう顔は貴重だろう、とふふんと笑って後ろ手を振り、アンジェリカに挨拶して店を出た。


 この都市の一層住み、はほぼほぼ富裕層だ。治安維持機能もしっかりしていて、商業も行政も街として唯一、万全と言っていい。


 当然、住むのにはそれなりにかかる。


 そんなところにある程度の安全と、ほとんど見栄で住んでいる自分は傍から見ると馬鹿だろうが。


 自分を高めること、を最上に置くイルミティナにとって、この自己投資は決して無駄ではない。




「むだーあーしー」


 ヴァーレストとシュヴァンツメイデンの国境近く、ヴァーレスト側の小さな村。


 月の下、銀髪と槍を煌めかせて、ミルフィティシアは溜め息を吐いた。


 その周囲には、身体の一部や大半が消滅した大量の死体が並んで。


 レオンハルトと夜に会ったときのような吸血鬼騒動にいち早く駆けつけたミルフィティシアは、その全員が既に、次期当主を期待されている彼女の描く“誇り高き吸血鬼像”から大きく外れていたために、血を与えた元凶もろとも粛清した。


 こんなことが、そう遠くないうちに三度。キーロード、カーマファウスト、そしてヴァーレスト。


 ヴィクトリアの命を受けてのミルフィティシアの処理が迅速だったから被害は比較的マシだったとはいえ、三大国にこう立て続けに吸血鬼が問題を起こしては、ヴィクトリアの責任にもなる。


 偶然に三人も狂人が現れ起こした事件だとは考えづらく、どうせ裏ではノクターニアが噛んでいるのだろう、とその影を追っていたのだが、それらしい何かはなかった。


「ノクターニアの“血の祝福”は、のうりょくがわかってない、から。わかってないってことは、なんだけど」


 先代様と同じ頃から生きていて、それでなお知られていないということは。

 そもそも使っていない、あるいは使うに値しないなどを除けば、ある程度絞ることができる。


 多人数相手に使うようなものでは、ない。即死させるようなものであっても、ゼロではなかったろう味方に知られていないのはおかしいから。


 よって単体相手、そして使用したなら相手が伝えることのできないもの。

 なおかつ、味方にすら教えると都合の悪いようなもの。


「きおくそうさ、せんのう、とかとか?」


 らしい悪趣味だ、と思う。


 吸血鬼達の意識は変わってきたとはいえ、今のシュヴァンツメイデンは体制として、脆い。あまりにもヴィクトリアの負担が重すぎる。


 もしノクターニアがそういう能力を持っているとして、ヴィクトリアがその手に落ちたとして。


「ふせきをまいて、ばくはつさせて? させないよ。おかえしも、してないし?」


 必殺の光槍をくるりと遊ばせて、ミルフィティシアは誰にでもなく宣言する。


「あの子が王になるときに。シュヴァンツメイデンを友好的な関係の結べる国にしているのは、私達の約束なんだから」


 ヴァーレストの地を踏み、静かに。


 故郷の安寧と今背負う国の平穏、そして最愛のあの子の笑顔を祈った。

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