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主人と従者。

 コンコン、と二回ノック。今は扉を叩く可能性のあるもう一人がいるため、「私です」と声をかける。


「入って」


 普段の柔和な物言いよりも幾分か、抑揚がない。自分に対してはそこまで気を遣う必要はないにしても、声の優しさは癖のようなもの。

 それだけ余裕がないということだろうレオンハルトの状態は、新しい主人を最初見た時にノアはよく理解していた。


「失礼致します」


 レオンハルトはぐったりとベッドに横になっており、ノアを確認してもそのままだ。似た状況は別に、初めてというわけではない。


「夜は大丈夫そう?」


 何かを求められるならそれに応えるが、求められないならしない。今は返答を求められているのみなので、ノアは返答だけをする。


「ええ、問題なく。あ、いえ。一つだけございました」


「言って」


「夜様は、レオ様の調子が悪いことに気づいておられました」


「……………………まいったな。夕食は一緒に食べるだろうし、ノア。痛覚ちょっと、いじってくれる?」


「承知致しました」


 あれだけの魅力を前に、まして男性が、正気を保っていられるほどの痛み。今回間接的に比べられたために、はっきりとわかった。

 この少年は痛みに慣れることなく、痛みを耐えることに慣れすぎている。


 ノアはレオンハルトの手を取り、幾度となく唱えた詠唱を諳んじる。


「どれほど減らしましょうか」


「少し寝たいから、30でお願い」


「50、ではなく?」


 レオンハルトが痛みを訴える際に、睡眠を望んだ場合の希望減少値は半分、50がいつもの数値だ。それよりも低いことに、ノアは疑問を呈した。


「ん。今日はなんでか、痛みがちょっとマシだから。それくらいで、眠れそう」


「……かしこまりました」


 言われた通りに魔法をかける。レオンハルトの顔つきは随分と楽そうになるが、抑えているのはあくまで痛覚のみだ。根本的な解決には、微塵もなっていない。

 そして、もう解決をすることはできないからこそ、こうするしかないのであって。


「夜様、可愛らしい方ですね。無垢で無邪気で純粋で。不思議なほどに、真っ白で」


「……ん。あの子、助けた後に、襲ってきた相手の安否を確認してきたんだよね。ナチュラルチャームのことを知って、原因が自分にある、って思ったからなんだろうけど。守ってあげたいな、と」


「それで結婚の申し込みを?」


 ノアの言い方にからかいは含まれていない。レオンハルトの意図を、正しく読んでいる故に。


「うん。ノアに相談せずに、は申し訳なかったけど。放っておけなかったし、ね」


「生き物を拾ってくるのなら、最初は猫くらいからお願いしたかったものですが」


 冗談から少し間の空いて、ノアの表情に怜悧さが増す。


「騎士は世襲制ではありませんが、騎士の妻は平民ではない。生活の保証で言うなら最高クラス。もしもの時は、私という切り札もいて。限りなく理想的な保護の仕方でしょう」


 とても感心しているような言い方ではない。ノアの感情は言葉からあまり窺えないとしても、レオンハルトは非難として受け取った。

 それが正しいのは次にすぐ示され。


「あんな一国の王すら籠絡できるような少女を、手垢をつけるのみで生涯縛り続けるおつもりで?」


「…………最善とは言えないにしても、今取れる中では良い策のつもりだよ」


「彼女の性質は関係ありませんね。恩人であり想い人であり続ける。そんな独占の仕方、ただ体を貪るよりも余程質の悪いものに思いますが――お呼ばれのようですから、失礼致します。手続きは済ませておきますので、ご安心ください」


 普段よりもずっと恭しく一礼をして、ノアは去っていった。

 夜がノアに連絡をしたかどうかは、この屋敷に仕掛けられている魔法の術者たるノアにしかわからないことだが。ここで嘘をついて会話を切るような性格ではない。


 それにもし連絡のなければ、ノアの糾弾はまだ続いていただろうから。


「ノアが手厳しいのは、夜の善性を見抜いて、警戒を解いて。自分と重ねているところが、あるんだろうな」


 本人がいたら攻撃魔法の一つでも飛んできそうなことを、ぽつりと呟く。


「もし僕が守り切れるなら守りたかったけど、そうなら結婚までは申し込んでない、からなぁ」


 苦笑とともに、張り詰めていた緊張の糸を切って。

 レオンハルトの意識は、微睡みの中へ落ちていった。




 足早に、かつ優雅さは欠かさずに。

 屋敷を歩きながら、ノアは自らのした糾弾の強さを「言い過ぎだ」と内心で諌める。


 何故言い過ぎたか。その理由はレオンハルトの推測が正しく、ノア自身もそれに思い当たる。

 従者たる自分には不要な記憶。捨て置くべきもの。それをトリガーとした苛立ちを持ってしまったことに、なおのこと苛立ちが募る。


 切り替えを。


 本来一瞬で移動できる夜の現在地へ、態々歩いているのはそのためなのだから。


 新しい主人に対峙する心の準備は良いか、と先刻穿った首元の穴に触れて。


「おや?」


 その穴が、塞がりかけていることに気づく。


 自然治癒にはずいぶん早い。自分で治してはおらず、誰かに治された記憶もなく。


「……今は保留、しておきましょうか」


 嫌と言われてしまったが、理性を飛ばすのは勘弁願いたく。


 服で隠れる脇の下辺りを数回刺して、夜の下へと急いだ。

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