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気づきのはじまり、種が一つ。

『――ふふっ。ご注文は以上でよろしいですか?』


『それと、君を』


『でーきーまーせーんー。ではお待ちくださいね』


 冗談なのか本気なのか、もし了承したなら本気にするだろうとは思うものの。


 オーダーを厨房に伝えて、夜は裏で一旦一息をついた。


「お疲れ様です……。エルフ語、本当にぺらぺらなんですね……」


 今は昼時だが、注文は比較的落ち着いている。

 裏に下がった夜の疲労を見て労いの声をかけてくれるキャローヌと、少し話すくらいの余裕はあった。


「ちゃんと覚えたの、こっち来てからなんだけどね。前に一回エルフの人達にお会いしたことはあるんだけど、その時は共通語が通じたから」


 共通語をちゃんと話せるエルフ、は実のところごく少ない。魔法によっての擬似的な通訳を可能とする者が大半、高等な魔法のそれを行使できずに言語でのコミュニケーションが難しい者も時折いる。夜のかつて会ったような外交の席に立つ人物は勿論、しっかり話せる特例だが。


「どうやって覚えたんですか?」


「教えてー、ってお願いした。元々、私を見ると魔法かけるの忘れて、エルフ語で話しかけてくる人多かったし。うまーく魔法通訳できる人に併用して貰って、文法はがったがただけどある程度の会話はなんとかね」


 自分達の母語を話してくれる、というのは嬉しいことだから。

 本当は多言語も話せるようになりたいのだが、特別自分が関わりやすいエルフ以外は、優先順位をつけあぐねていたり。


「ただでさえ凄い人気なのに、そんなことしてるから大変になってるんですよ? 色紋……でしたっけ」


「うん。自分では見えないから、聞いた話だけど。凄く綺麗みたいで。エルフの人が外見として評価するの、それみたいなんだよね。で、一応整えるためのことは寝る前にちょこちょこやってたりとかとか」


 と、厨房から声がかかった。


 先の自分が取った注文で、夜はキャローヌに手を振り取りに向かった。




「お疲れ様でしたー。それでは、また明日です」


「お疲れ様です、夜センパイ」


 営業終了後、もう真っ暗になって。


 今日は送る男性のいるキャローヌに、別に四層まで一緒に行っても良いのだが、小さな用事のあった夜はそれを伝えて先に行って貰って。


 明日は朝からではないから、と朝の人のために、魔法で楽にできる部分をちょちょいと片づけておく。主に掃除とセッティング周り。


 いつものことながら褒めてくれるアンジェリカにお辞儀をして、十分程度で店を出た。


 さてさっさと帰ってお風呂に入ろう。こんな時に移動魔法が使えたらいいのに、五層までの距離は自分には遠すぎて使えない。


 と考えながら裏口から出ると、人影が一つ。


「ごめん、待ち伏せしてた」


「ルカさん。待ち伏せ、ですか?」


 入ったのはそう遠くない、男性のスタッフ。歳は二十歳過ぎといったところ、容貌は優れた方だろう、と夜からしても分かる。日本で言うならモデル体型、中性的な顔にウェーブかかった茶髪。


 人柄としても、表情が柔和で物腰も優しく、よく笑う。でもきっちりするところはきっちり。


 あとは夜に対する接し方が、他の男性陣に比べるとそうあけすけではなくて――無意識に誰かを重ねている、のに自分では気づいていないが。


「うん。残るの聞いたから、一応ね。いくら強いって言っても、女の子だろう? 送ってく」


「あはは……五層なら大丈夫ですよ? 私、今こんなんですし」


 こんなん、と眼鏡を示す。


 今の夜は普段に比べれば平凡に見えているはずで、キャローヌと並べばキャローヌの方がずっと好まれるくらいには、目立つ外見に見えない。


「あくまで予防策だよ、それは。だけど、んー……なら、あんまりしたくはないけど効くって分かってる言い方をしようか。君が一人で帰るって知っててそのままにして明日になって、何かあったって知ったら僕の気分がとても悪い」


「……わかりました。お願いします」


 夜を納得させるに足る論理。それもあくまで夜のためなのだから、そう嫌な気持ちでもなく受け入れてしまう。


 もし逆の立場だったら同じようにするだろう、という思考ができない辺り、夜はどうしようもなく自分と他者で扱いの差がありすぎるのだが。


「ルカさん、何層でしたっけ?」


 という訳で二人歩きながら、一緒にいながら無言、というのがレオンハルトとノア以外では耐えられない夜は話しかける。


「四。けど家の近くまでは送っていくからね。理由はさっきと同じで」


「……すみません」


「こういうのに申し訳なさを感じるより、まず下心を疑った方が良いよ。特に君はね」


 微笑と共に言われて、夜は首を傾げる。


「二人きりになって家まで知りたい、って言ってる相手をまず警戒するように。君の性格上、ある程度関わった相手から非道いやり方をされることは少ないだろうけど……善意につけ込まれるのはあるだろうし」


「えっと……?」


「隙がありすぎる、と言うか。それだけ綺麗なら持っていて当然な警戒心、もう少し持った方が良い、ってこと」


「……………………ちょっと考えておきます」


 警戒、をする意味が分からなくて。


 自分に好意を持ってくれる相手を警戒する意味。敵意ならともかく、攻撃性になることのない好意なら受け入れて良いだろう? と。


「魔が差す、ってことがなかったのかな、周りは」


 ルカは独り言のように、呟く。


 本当は一度、あった。


 学園の図書館でのあれは、そういうものだった。


 それを夜がそう認識していないのは――原因をナチュラルチャームだと考えて、自分に対する好意だった、とは思っていないから。



「多分、ですけど」


 ぽつりと。


「前までは、護ってくれる人がいたから。だから、警戒しなくて良かったんだと思います」


 特定の誰かを想って話している、顔。


 明るさと無邪気さで形成されているような夜の表情において、唯一翳りと、色気が垣間見える、そういう表情。


「今はいない、と」


 ぎゅっ、と。


 手を掴まれて、止まる。


「そっち、六層だよ」


 進む道を意識の外に、踏み出しかけた足は目的地を過ぎていて。


「……ありがとうございます」


 戻って、何か言う前に離されたルカの手に、何故か安心をして。


「ここから近い? あるいは、ここで別れた方が良い?」


「そんなに遠くはありませんが、んー……いいです、ルカさんが良いなら着いてきてください」


 先導してつかつかと進む。


 手を離してくれたことに安心してしまったのを、失礼だと感じたから。信用として、家の場所くらいは示しておこうと。


「着きました、ありがとうございました」


 程なく家に着いて、ぺこりと頭を下げる。


「ん。じゃ、またね」


 下げた頭にぽんぽんと、二回手が置かれてルカは去っていった。


 後ろ姿が見えなくなるまで見送って、家に入って。


 扉を背にしてもたれかかる。


「なんか……ちがう……」


 頭に手を乗せて、確かめる。自分でするのとも勿論違う。


「わっかんないや……おふろ、おふろー」


 わからずのもやもやが寂しさと合わさって心がざらざらになる予感を得て、それを振り払うべく夜は、意識を切り替え立ち上がった。




「お久しぶりね、シュヴァルツフォール卿。本題はすぐ終わるでしょうから、貴方個人の用件を訊きましょうか」


 ヴィクトリアとの外交の席。


 レオンハルトと夜に手柄を取らせた形で進んだシュヴァンツメイデンとの、特にヴィクトリア本人との交渉は、レオンハルトが望むのならその場に着くのは難しくない。


「では、不躾ながら。ヴァンパイアが人間に手を貸す理由をお訊きしたく」


「あの件において、で良いのよね?」


 ちら、とヴィクトリアの視線が部屋の外へ続く扉へと向いた。

 すぐに戻した辺り、外に人影はいなかったのだろう。


「はい」


「わかりました。なら……そうね。一番単純なのは、血。具体的にはヒトの提供ね。あの頃にはもう、血液を直接吸うことに、制限をかけていたから。食料としてヒトを非合法に提供する、というのが最も無難な理由。前例もあるもの。――だけれど」


「ええ。そのような痕跡はありませんでした」


 レオンハルトもそう思って、真っ先に調べたのがそれだ。しかしそんな証拠はなく、全く別件での事例が複数見つかったのみ。それも全て、ヴィクトリアによる処罰済だったが。


「なら、そうね。ヴァーレストに、自分の意向を聞く権力者が欲しかった場合。依頼主が高い地位にいた、あるいは登り詰める確信がないといけないけれど。そちらの目星はついているのかしら?」


「おおよそ。その条件とも合致します」


「でしたら、こちらを本線にしてみまして。その場合の疑問は、こうして私の行っているヴァーレストとの関係に割り込みがないこと。及びそれまで特に、ヴァンパイアの益になるような動きがなかったこと」


「これも違う、と?」


「……難しいわ。あくまで手段として用意しているだけで、本当の目的が別にある可能性、もあるもの。こちらで黒幕を想定するのなら、あからさまに怪しい人物は一人、いるのですけれど。目的が掴めないの」


 それはレオンハルトにも思い当たる。

 シュヴァンツメイデンに赴いた時、捕えられかけたあの吸血鬼。


 吸血鬼側の敵を探すのはあからさますぎて、誰を、よりも何を、と考えるべきだろうと。そう思ってこうして、ヴィクトリアに問うている。


「彼については、“血の祝福”が何なのかも分かっていないし、居場所も一定ではないし……。真祖の一人として敬わなければいけない立場なのだけれど、頭が痛いわ。――と、ごめんなさい。またこちらで注意しておきます。血の祝福と言えば、貴方のものはあれからどう?」


 ヴィクトリアにとっても悩みの種なのだろう。転換された話題を戻すことはせず、レオンハルトは答える。


「使っていません。夜がいませんから、無闇に使っては命に関わりますし」


「そう……そうね、それでいいわ。貴方の血の純度なら、形作るだけでなく能力を宿すことも、もうできるでしょうけど。代償は大きいでしょうから」


「ヴィクトリア様のものは、自ずと七つに分かれたんでしょうか?」


 これを教えることは使わせることに繋がるのではないかと、ヴィクトリアは少しの逡巡をして。

 もしそれで使うときが来るのなら、それは必要なときだから、と肯定した。


「意のままにできるかと言えば、そうではないけれど。発現する能力は己自身と、己の意思を映すもの。私は最初の性質から、七つに分けて純粋化して、別々のものにした。長い時間をかけてね。分ける、みたいなことはできることも、できないこともあるはずよ」


「大元は決まっていて、それを自分の意思で形にしていくようなものでしょうか」


「ええ。大事なのは、自分と向き合うこと、ね。もし必要になったのなら。自分が何を望むのか、それが表れるはず」


 あの漆黒の中に浮かぶ、望みの形。


 それが綺麗なものになるとは、とても思えなくて。


 レオンハルトは面持ち暗く、静かに頷いた。

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