新たな始まりは、一人で。
本当にめちゃくちゃ空いてしまいまして。
掲載部間違えてません。
間違えてません。
話飛んでいません、大丈夫です。
「三番テーブルオーダー、赤ミロとポムドで!」
「あいよー! それ、テーブルえーっと……」
「覚えてます! 持っていきますね」
お昼時。
注文の一気に増えるこの時間、夜は忙しなくホールと厨房を行き来する。
急いではいても動きは軽やかに、茶髪を揺らして笑顔を振り撒きテーブルの間を通っていく。
「夜ちゃん、こっち!」「こっち来てー」「注文するから来てー!」「注文したから来てー」
「はーいはーい今行きますからねー注文した人はあーとー! ミナさん、七と九お願いできますか?」
最初こそ自分に集中する声に戸惑っていたものの、今ではすっかり慣れてしまった。肌色、耳や角や翼など種族雑多に外見多様なこの光景の方が本来馴染みのないものだったのだろうが、それは外交経験から多少。
「いいけど、夜が行った方が喜ばれるよ?」
「それは……ごめんなさい。落ち着いてから、と。いたっ」
謝罪に対して、諌めるようにおでこをこつんと突かれる。
「じゃ、任されたから」
「ありがとうございます」
また夜を呼ぶ声がかかる。一声かかると、続けて三つ、四つは当たり前。
それにぞんざいな風の、愛嬌ははっきり保った声で返して夜は一番声の早かったろうテーブルへと向かった。
三時過ぎ。ぼちぼち店内も落ち着いて、夜は小さく息を吐いた。
厨房に立つのはコックコート姿のスタッフがほとんどの中、一人だけエプロンをつけた女性がホールに出た。
この後のことはいつも通りで、夜も客も分かっている。とはいえ自分で決めていいものではないと思っている夜は、そのまま仕事を続けようとする。
女性――この店の店長、アンジェリカ。年齢は訊いたことがないが、三十はいっていないだろう。料理の腕は確か、客にも好かれ従業員からの信頼も厚い。
夜も何かと気にかけて貰っているので、そのお礼と言うように自ずと、仕事に熱が入っている。
「夜ちゃん、一通り片づいたら上がっていいよ。というわけだから――うちの看板娘の時間稼ぎたい人はよろしく!」
いつもの。
本来おかしいことだが、夜の仕事上がりは毎回、ホールで堂々と宣言される。夜を目当てに来ている客が、それほどまでに多いため。
そうして追加注文がいくつか入るのも定例、夜が上がると同時に客が一気に減るのも常のこと。
自分のために入れてくれているのだし、とゆっくり目に注文を取っていると、入口の扉が開きからんからんと音がした。
手早く済ませて、「いらっしゃいませー」ととりあえず。近かったのでそのまま、出迎えに。
厚着をして帽子を被った、すらっとした女性。おそらくヒトで、妙に落ち着いているような、印象。
「おや、新しい子かな。アンはいるかい?」
夜に驚くもすぐ表情を戻し、少し屈んで夜の目線に合わせそう問われた。
「店長ですか? 少しお待ちくださいね」
知り合いかな、と裏に下がったアンジェリカを呼びに行った。アンジェリカを人が訪ねてくるのは、そう珍しいことでもない。
特徴をぼんやり伝えると、「ああ」と薄く笑ったアンジェリカはゆっくり歩いていき、夜は仕事に戻った。
「とりあえず座って。できれば何か頼んで。今回は随分長かったじゃない。遠くに行ったの?」
アンジェリカは女性を席に通す。女性は夜を眺めながら、メニューを開かずに「いつもの」と頼んで、微笑む。
「あの子。いつから?」
「夜ちゃん? 半年くらい前かな。あの容姿だし、素直で良い子だし。うちの新生看板娘」
「ナチュラルチャーマー……なんて言っても分からないか。人間だよね? 相当珍しいよ、この店買えるだけのお金積んでも見つからないくらい」
「……あんまり詮索しないであげてね。事情、あるみたいだから」
「ああ、ごめん。そのつもりはないんだ。看板娘って言えば、前の子は? 獣人族の子いたでしょ?」
「ティナ? ほら、あそこ。夜ちゃんがいるうちは勝ち目ないから休止しますー、って。で、あの子自身ファンだからしょっちゅう来てる」
アンジェリカの指さした先、離れようとする夜の腰に抱きついていやいやと喚く猫のような耳を生やした少女の姿。
「なるほど。そう長くはいないんだね」
「具体的には聞いてないけど、おそらくね。その辺りも含めて、深くは聞かないことにしてるから。やたら興味持つのね、あなた」
「ああ、ちょっとね。――さて、旅の土産話をしようか」
ナチュラルチャーム持ちの人間、はそれ自体が極めて稀少だ。そして最近、その性質ともう一つ、奇跡のような能力を持った者が現れたのだと、噂で聞いた。
半信半疑だったが、その能力から自然と広まった呼び名は確か――“ヴァーレストの聖女”と。
「おはようございます、聖女様」
「おはようございます。……まだ?」
「ええ。むしろさらに増えています」
「…………きゅう」
シュヴァルツフォールの屋敷に帰って、一週間が過ぎた日の朝。
こうなることは予想できたはずなのに、考えもしなかった自分の愚かさに夜は直面していた。
「あれだけの死体が運び込まれると、棺桶が大半にしろなかなか壮観ですね。いっそ墓場として解放いたしましょうか?」
「どうすればいいんでしょう……」
「考えてはありますが、レオ様次第ですね。ひとまず、お着替えを」
ノアに着替えさせて貰い、そのまま同行して下へ。
防音が完璧なので、屋敷内は変わらず静かだ。この騒動の初日はそれはそれは、大変なものだったが。
夜が戦争を終わらせて、その話が人々に知れ渡って。
当然のことと言えた。
誰でも生き返らせたい人の一人や二人、いるに決まっている。
そんな人々が自分の元に押し寄せるのは、責められることではない。
しかし――それは、できない。
自分は神ではないから、と。
全ての死者を蘇生させることなんてできないし、誰を生き返らせて誰を生き返らせないか、決められるはずも決めていいはずもない。
本来振るうべきではなかった能力をこれ以上振るってはいけないと、レオンハルトとノアと、話し合って決めた結論だ。
「おはよう、夜」
「おはよ」
食堂にいたレオンハルトと挨拶を交わし、心細さから横へ。
「どうすれば、いいのかな」
レオンハルトは目を閉じて、数秒。ゆっくりと開いた。
「僕は決めた、から。夜次第」
「……言って」
夜を見て、優しく笑って。
「お別れだ、夜」
「えっ?」
ぼごん、とおよそ頭を叩かれては出るはずのない音が、ノアに殴られたレオンハルトの頭からした。
「無理に格好つけたりして本意の伝わらない言い方をしてはいけません。たとえそれが自分の本心と決別するための虚勢だとしても、です」
レオンハルトへの治療はノアによって拒否され、代わりに話が続けられる。
「つまりは。夜様、ヴァーレストをお離れになってください。ただヴァーレストを離れるのみでなく、なるべく、遠くへ。夜様を、ヴァーレストの聖女を知るものがまずいないような地まで」
「……一人で、ですか」
意図は汲めるし、納得もできる。しかしレオンハルトの言い方からして、夜が不安になるのは、それだ。
「僕も行けたら、いいんだけどさ。色々絡み合って難しいんだ。……ごめんね」
さも平然としているが、よく見ると涙目だ。夜に頭を撫でられて、「格好つかないな」とぼやいたのに「今更でしょう」とノアから容赦ない突っ込みが入った。
「反応の落ち着くまで、あるいは夜様の扱いを公式に決定できるまで。このままでは、落ち着く見込みを立てるのも難しいでしょう。夜様そのものが不在なら、どうにもなりませんからね。疑われたとして、いずれ真実と分かりますし」
「……大丈夫?」
夜以上に不安なのだろう、そう訊くのはレオンハルト。
「断言は致しかねます、夜様次第ですし。私にできる限りの準備はしますし、生活能力に問題はありませんし、魔法業務資格もAまでお取り頂いていますし」
「……いつの間にやってたのそれ」
「持っておいて損、ありませんし。働く必要があるかはさておき。――なので、あとは夜様がするかどうか、です」
二人の目が同時に向いて。
「不安はありますし、寂しくなったりも絶対しちゃうと思いますけど……やります」
そう返して、曖昧な苦笑を一つ。
「それでは早速、ですね。準備は全て整っていますから……何か、やり残したことはございませんか? デートくらいして行かれます?」
レオンハルトをじーっと見て、見つめて、赤くなって逸らし。
「あ、そだ、リリー。戻ってきてから、リリーに会えてないから……会いたいな」
「出られませんし、お伝えしていませんでしたが。ローズシルトのお嬢様なら、屋敷の外にいらっしゃいますよ。この状況の夜様が心配なのでしょう。そのために、お会いすることが難しくなってしまっていますが」
「……そっか。そっかぁ」
会いに来てくれて嬉しいのと、会いに行けなくて悲しいのと。後者が勝って。
「伝えておくからね。ちゃんと」
「……ん。なら他は……キャンディスもヴィクトリア様もミルフィティシア様も、簡単に会いには行けませんし、いいです」
いつもは立場があるから会えているものの、私的に会うのは難しい。ヴィクトリアとは幸いにも二回あるものの、キャンディスとはゼロだ。
「それでは。簡単に説明をしましょうか」
ノアが手を振ると荷物が瞬時に出現。食卓上に白い袋を取って置くと、じゃらじゃらと鳴った。袋に手を入れて、取り出したのは白い球状の宝石。夜には見覚えのある。
「お分かりですね。それなりの数を用意致しましたので、少しでも危険を感じたならすぐにお使い下さい。使って何も起きなければそれで良い、ですからね」
「ありがとうございます」
「それと、眼鏡を。度は入っていません。ナチュラルチャーム調整用ですが、これまでのものよりもずっと、効果が強いです。……外出用になります」
今ここでかけて欲しくはないのだろう。ノアは説明だけすると、すぐに仕舞った。
「あとは、夜様の向かう国についてを。基本使用は世界公用語、文化レベルもそう低くありませんが、種族が多種多様で近年に政治体制が変わり貴族制になっています。貧富の差が激しく、治安差も場所によって大きく変わります。夜様には中流階級が主の都市に行って頂きますが、夜間外出は危険です」
「……がんばります」
ノアは無表情なままに、夜を抱き締めた。
「実際に見て感じて、の方が早いでしょう。夜様なら、信頼できる人物を見つけられるでしょうから、よく話を聞かれますよう。行きは私が飛ばしますが、こちらへ飛び戻って来るのはどんな魔法使いでも不可能でしょうし、転移結晶でも範囲外です。私がお迎えにあがりますから、待っていて下さいね」
「はい。お待ちしてます。ありがとうございます、ノアさん」
抱き締め返して、ノアの腕に込められる力が少し強くなったのに安心して。
「さて、他になければ出発となりますが。レオ様、何かございますよね?」
確認ではなく、もはや指示のそれを。
当然、とレオンハルトは頷きで返す。
のに、それより早く夜が動いた。
しゅるり、と髪を結んでいたリボンを解いて、レオンハルトに向き直る。
魅了を抑えない、素のままの自分で。
それにこうして、真っ直ぐ向き合ってくれるようになったレオンハルトをただただ嬉しく思う。
しかし今回は、敢えて利用してやるのだ。振り回されるばかりでなく、自分の一部として。それをぶつけたい相手もぶつけていい相手も、一人しかいないのだから。
一歩、二歩、距離を詰めて。
首に腕を回して抱き着いて、耳元で。
息の吹きかかる距離を狙って。囁くように、そっと。
「つづき。帰ってきたら、しようね」
そうして、抱き着きを解除して正面。惚けた顔に、その唇に。
人差し指と中指の二本をすっと触れさせて、悪戯っぽく微笑んだ。
「じゃ、行くね。ノアさん、お願いします」
くるりと振り返って、何事も無かったかのように。
実際心臓がばくばくなのは、ノアには気づかれているのだろうが。
「お気をつけて。行ってらっしゃいませ、夜様」
ノアが夜に触れて、あっさりと。
夜の姿はそこから消えた。
「年頃の娘が色気づく様を見たようで、私は複雑です」
「……………………勝てないなぁ、本当」
ようやく思考ができるようになったレオンハルトは、溜息とともにそう呟いた。
「威力が高すぎて錯覚するでしょうが、夜様も相当無茶をしていますよ。その証拠に、ほら」
ノアは置かれっぱなしの荷物を指さして、そろそろ気づいているだろうと送っておいた。
「そうじゃないと困る。もう既にめちゃくちゃ困ってるけど」
「どこまでを想定しているんでしょうね、続きとは。レオナちゃん様時の続きというなら、もう行き着くところまで、ですが」
「……真面目な話していいかな」
「どうぞ」
逃げの選択肢を、これ以上続けるならからかいでは済まないからと通す。
そして内容は予想がついているから、数秒前の雰囲気が嘘のように、冷たく佇む。
「夜がいなくなったから。むしろいないうちに、かな。動くよ。終わらせる」
「はい。以前と同じく、主導はレオ様でよろしいので?」
「ん。というか、そうだな。ノア。ミルフィティシア様がご存命で、心境の変化はない? もしやめたいならやめてもいい。それなら僕一人でやる、けど」
以前自分がした、問い。
一度そう問うたのだ、たとえ願っていようと言えるはずもない。
それに、言うつもりもさらさらないのだから。今はただの復讐心のみでなく、正しい意志を併せて持って。
「お供しますよ、勿論。変わらず、私の視点で良いなら、ですが」
……もしかしてこれしばらくタイトル詐欺では?