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終戦と救済。

 ついつい気持ちが逸って、今できる分の蘇生は完遂。これ以上は終戦後、戦地の遺体を集めなければいけない。


 そうして部屋で落ち着かないまま待って、響いたノックの音に顔を上げる。


「おしまい。騎士ちゃんに確認して貰ってるから、大丈夫だと思うけど。貴女の成した成果だもの、目を通しておきなさい」


 レオナと一緒に入ってきたキャンディスは、そう言って羊皮紙を手渡す。

 夜にすら手に取るだけで、何重にも魔法の施されていることがわかる。


「内容が内容だから。改竄防止とか魔力を込めての署名とか、その辺りをね。レオナちゃん、一通り使えて助かったわ」


「あのですね」


 抗議を聞き流すように笑うキャンディスは、「どうぞ?」と夜に読むのを促してくる。


『ヴァーレスト・カーマファウスト二国間戦争の終戦の同意及び、終戦提案を目的とする誓約文

・この誓約文に有効な署名がなされた時点で、署名者の所属国は直ちに全ての戦闘行為を終了するものとする。

・両国の戦闘行為が終戦したならば速やかに、所属に関係なく全ての戦死者及び負傷者の回収を双方の至上目的として動くこと。

・両国の治癒術士、治癒が可能である者は此度の交戦で負傷した人員の治癒に努めること。

・終戦においての双方の外交的主張の仲裁及び条約締結の立会人は、キャンディス=クラン=ニーモニクス=イヴ=キーロードが行う。条約の利益及び不利益が不当であると判断したなら、両国は何度それを主張しても構わない。

・条約の締結は、負傷者及び戦死者の数を可能な限り減らしたうえで初めて行われるものとする。

・以上の提唱及び、通常治癒不可能な重傷の回復及び蘇生は全て、夜=シュヴァルツフォールによって成されるものとする。この誓約文に関する全権は彼女が持つ』


 その後は署名と空欄、込められている魔法だろう文字や紋様。


「雑仕事だけれど。戦死者をどこに集めるかとか、話して決めた方が楽でしょうから未記載。何かあったら、貴女の裁量でいいから。好きにやりなさい」


「……すごいね、なんか」


 いまいち実感が湧かない、というか。


 スケールが大きくなりすぎて、自分のしたこととして掴めない。やろうとしたことはこれ、なのだが。


「馬鹿おっしゃい。凄いのは、貴女。――それじゃ、私はこれからカーマファウストの王族謁見、ヴァーレストの王族謁見、そしてヴァーレスト軍の本陣に行ってこなきゃいけないから。ここ出たら移動は簡単だし、そうかからないはずよ。手筈通りにお願いね、シュヴァルツフォール卿?」


 あまりにも素直に、自分も誇らしいという風に褒めたのを、恥ずかしがって話題転換し。


「ええ。こちらが終戦に同意するまで、止めておけば良いんですよね」


「そ。いきなりカーマファウストだけ戦闘止めても、ただの虐殺にしかならないもの。いくら蘇生されるとはいえね。元身分なら、それなりに止められるでしょう?」


「善処します」


 ふぁさりと髪をかき上げて、キャンディスはすたすた行ってしまった。


「聞いていたと思いますが、私も離れます。一応、彼に頼んでおく方か気持ち安心ですし、お願いしておきましょうか」


「ん……途中までついてく」


 そうして部屋を出るとあっさり、リントクロワは前にいた。


「終わった、と聞いてね。先程キャンディス様が出ていかれたが」


「ええ、丁度助かりました。私ももう、出ないといけませんから。シュヴァルツフォール卿がいらっしゃるまで、彼女をお願いします」


 もはや夜もいちいち反応しなくなっている。


「承った。もう、ほとんど危険はないだろうが、万一もあるか。命に変えてもお守りする」


「ふふ。駄目ですよ。それは貴方自身の、大切な人にする誓いですから。――では。貴方にお会いできて幸いでした。いつかもし、縁のあったら。失礼します」


 それは自分の役割だから、という意図を以て、告げられた言葉であったが。


 初めて見せた破顔と共に伝えられたリントクロワには、全く別に捉えられたようで。


 言葉も返せず、ただ見送るのみになったリントクロワは、レオナがいなくなると隣の夜にぼそっと漏らした。


「彼女には……想い人の類はいるのだろうか」


「……えっと、わかんないです。ごめんなさい」


 まさか自分の旦那様です、とは口が裂けても言えず。


 人が恋に落ちる瞬間をなんとも微妙に見てしまって、夜はとても難しい顔をした。




「こんなの、いつの間に……?」


「ついさっき、だと思うよ。中心だし、一番いいだろう、って」


 かつて交戦域だった一帯の、まさに中央。


 ドーム状の真っ白な建物がそこにはできていて、夜とレオンハルトはそれを見上げていた。


 今はもうレオンハルト、であって、髪の長さも元通りかつ服装も騎士のもの。


 夜を引き取る際にリントクロワに挨拶をして、気づくことのなかったリントクロワは「理由はわからないが、素晴らしく好感が持てる」と言っていたのに夜はまた複雑な顔になった。


 終戦にあたって本来主役のはずの夜は、自分にしかできない蘇生を今すぐ始めるべき、と主張して早々にヴァーレスト・カーマファウストの偉い人達の集まった場から抜け出して、呆れ顔のキャンディスから伝えられたこの場所に来た。


 呆れながらも「案の定」という反応だったキャンディスは、夜の行動も予想していたような気がする。蘇生が遅れればそれだけ条約締結が遅くなる、あの一文は夜にこうさせるためのものだったのではないかと。


 そうして中に入ると、当然ながら腐臭がした。


 夜はもう慣れてしまったので、大量に並べられているそれらに対する気持ちから気を引き締めて、面持ちを真剣にする。


「お待ちしておりました、ミセス。全てお願い……して、よろしいのですか?」


 ヴァーレストの、城塞に入るとき案内してくれた女性。今はもう、鎧姿ではなく事務官らしいフォーマルな服装をしている。


「ええ。頑張ります」


「一通りの設備はあります。食事……は、あまりお勧めできませんが。私は運び込まれる遺体の管理をしていますが、何もなければ外にいます。必要とあらばお申しつけ下さい」


 頭を下げられ、下げ。


 シュヴァルツフォールの屋敷分はあるほど、広大な空間に人の形をしたものもそうでないものもずらっと並べられている。


 悪い意味で、壮観だ。レオンハルトが顔を顰めるくらいには。


「そういえば、レオ。昨日からまるまるいなかった理由とか、なんとかなったの?」


 こんな環境で平然と話ができる夜に、レオンハルトは不安になる。その慣れは持って欲しくなかった、と。


「わざとカーマファウストの中隊に見つかって、一人で敵引きつけるから逃げて、って言って隊から離れたから。多分、さっきまでは戦死扱いだったと思う。戦闘止めに入ったとき、そのときの隊の人に叫び声上げられたし」


「そっか。不審がられてたりしてないなら、いいんだけど」


「今更かな、それは」


「あはは。……あー、やっぱ、きっついな、これ」


 笑い声が震えて、耐えきれなくなったように。


 夜はレオンハルトに抱き着いた。


「……夜?」


「わかってはいたんだけど、ね。こうして、ちゃんと見ちゃうと、さ。考えたくないもの、考えちゃう」


 悪意に疎い、と評される自分は、きっと本当は疎いのではなくて、気づきたくないだけなのだと。


 ここにある遺体はほとんどが事故や病気なんて死に方ではなく、殺されたものであって。

 従わなければいけない兵士の殺意を悪意とするのは違うにしても、その元を辿れば必ずあるはずのものに、気づきたくないのだと。


「これは、夜が止めた結果なんだよ。本来さらに積み上げられていたはずのものを、止めた結果。そのことを誇っていい。認めていい」


 さらに、もう一つ。


「生き返らせる、なんて他の誰にもできないんだよね。本当に。本当に、いい、のかな。私が、やって」


 ずっと目を背けていたその問題に、数の暴力が顔を向けさせた。


 良いか悪いかなんて、決められるものではない。良い、と言ってあげるのは簡単だが、夜がそう望んだとしても自分の言葉で伝えたいと、レオンハルトは思って。


「夜も僕も、神様じゃない。だから良いかなんて決められないし、間違ってるんじゃないかって怖くなるのも分かる。でも。それでも夜がやろうとしたのは、夜がそうすることによって、悲しむ人が減るからじゃないの?」


 夜はしばらく答えず、そのまま静かに抱き着いていた。

 お互いの心臓の鼓動が聴こえるようになって、そして。


「…………ありがと」


 吹っ切れたように言って、夜はレオンハルトから離れる。


「そうだよね。悲しむ人は減るし、喜ぶ人はいるんだ。それなら、やる。やれる」


 これだけ心の濁りそうな経験をしても、それでもなお正しくあろうとする夜に。


 ただ抱擁をやめただけだというのに、レオンハルトは距離感を強く感じてしまって、蘇生を開始するその姿を遠くから見ていた。




「調子はどうかしら、シュヴァルツフォール卿?」


「ペースはいいと思います。とはいえ、まだ終わりは見えませんけどね」


 終戦から、数日。


 条約交渉の休憩か、訪れたキャンディスは集中している夜を遠巻きに眺めてレオンハルトに話しかける。


「人数が人数、それを一人で、だもの。精神もすり減るでしょうし……貴方が傍にいることは、貴方の思っている以上に大きい意味があるのよ。それはお分かり?」


「……だと嬉しいです」


 曖昧に笑ったキャンディスの雰囲気が変わったことに、レオンハルトは気づく。


「こちら、内緒話は大丈夫かしら?」


「恐らくは。なんでしょう?」


「ヴァーレストの戦時中情報、見せて貰って気づいたことがあって。シュヴァルツフォール卿、貴方ヴァーレスト内に敵はいるのかしら?」


「……いる、でしょうね」


 心当たりはある。具体的な人物も、思い当たるのは一人。


「貴方の配置とカーマファウストの配置を照らしてみるとね。貴方の配置、不自然なほどカーマファウストの兵が多い位置に置かれているの。まるで殺そうとしているみたいにね」


「……カーマファウストの配置と照らして、ですよね。それって」


「ええ。これ以上は、下手につつくのはやめておくわ。どこで繋がっているのか、掴もうとするなら相応のリスクがあるでしょう。今は忠告として、受け取っておいて下さいませ」


 レオンハルトは黙って、思索する。


 どろどろと煮詰まる思考を裂いたのは、夜の声。


「あ……あ……あぁ……」


 それは嗚咽のような。


 近づこうとすると夜は、手を出して制した。


「平気。平気だから。……私情、挟んじゃ絶対駄目なんだけどな。私、駄目だ」


 夜は涙声で呟いて、蘇生を開始。かざす手のひらから漏れる光は白から、すぐに赤、そして緑へと変わっていく。


 本来なら、欠損のない死者に対する夜の仕事は蘇生で終わりだ。蘇生後の治癒は、ヴァーレストカーマファウスト双方の治癒部隊が担うことになっている。


 対象者が目を覚まして、夜は静かに微笑んだ。


「……あれ? 私、どうして」


「おかえりなさい、ミカルラさん」


 先行してしまった自分のエゴによる罪悪感は、それ以上に再会の安心感が包んで。


 正解のない問題に、自分の気持ちという答えを与えて納得させるしかないのだと、偽善にもなれない解答を出した。

次、リアルがばくはつしてるので二週間ほど空いてしまうと思います……。


元々不安定な投稿になりますが、すみません。


次から新パートです。

……たぶん。



あ、と、読んで頂けるだけでもありがたいので、あまりpt気にするのはなー、と思っているんですが、1000pt超えてました。

ありがとうございます(ふかぶか)。

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