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穏やかな朝を迎えて。

「お早う、夜? 安心してぐっすり、と言ったところだったのかしら」


 翌朝、すっきりした頭で目覚めた夜はベッドに腰掛けるキャンディスを視界に収めた。


「ん……あれ、今何時?」


「十時過ぎ、もうお昼前ね。自然に七時に目が覚めていた貴方にしては、珍しいお寝坊さん」


「えー……とりあえず起きなきゃ。レオ……じゃないや、レオナちゃんというか金髪黒衣の女性騎士様は?」


「隠さなくていいわよ、私は知ってるから」


 知っている、そう宣言したうえでキャンディスは特に揶揄するでもなく。


「私はシュヴァルツフォール卿にカーマファウストの必要情報を流したわけだけれど、彼自身がそのまま動くのは厳しいだろう、と思っていたし、しかしながら彼は他の人に任せるはずもないだろう、って思っていたから。変装は妥当な選択。魔法、髪を伸ばしただけで今の状態には使っていないし、その点も完璧」



「もう会ったんだね、その言い方は……」


「ええ。顔色一つ変えずに淡々としていたわ、彼……彼女? さておき、起きるのなら着替えを外で待っているから。騎士様達と合流してから話しましょう」


「わ、ごめんすぐ着替える」


 質は良いが無難なデザインの寝間着を脱ごうと手をかけると、慌てた声でキャンディスの制止が入った。


「待って待って。貴女の着替えなんて、まともな人間は女性ですら見ていいものではないから。私が出てからにして」


 言われてようやく思い出したような夜は、耐性のついたノアに着替えさせて貰っていたり最近は自分一人で着替える機会が多かったりと、仕方ない面も多少あった。


 そう弁明するのは通りそうにないような半目を浮かべて、呆れ声でキャンディス。


「貴女ね……。そもそも、殺されそうになったら最悪、全裸になって逃げ出せば死ぬ可能性は激減するんだってこと理解していたの? ある程度戦えるようになっているせいで、他の選択肢自分で見ないようにしていない?」


「仰る通りでした……」


 理性を飛ばせば少なくとも、今の夜なら逃げるくらいは昨日の状況だろうとできたろう。昨夜はリントクロワもいたので多少事情が異なるとはいえ。


「――彼が嫌だろうから、私は勧めないやり方だけれど。それじゃ、着替えてね」


 そうしてすぐにキャンディスは部屋を出ていき、夜ははささっと着替えを終える。


 治癒部の制服に身を包み、鏡で自分の姿を確認。きっと十分可愛いはず、と見せたい相手を意識して。


「おまたせ。……おはようございます」


「おはようございます」

「お早う、ミセス」


 部屋から出ると、キャンディスと一緒にレオナとリントクロワが立っていた。


「レオナちゃんもリントクロワさんも、眠くありませんか? ずっと起きていたんですよね?」


「私はその気になれば、三日程度は何も使わずに起きて活動できますから。ダンテホーゼ様はお疲れかもしれません。治癒を施すなら彼に」


 キャンディスの前でこう呼ばれて、さも当然であるかのように過ごしている。キャンディスもこれといった反応をせず、自分がおかしいのかとすら思ってしまう。


「私も結構。貴女は貴女にしかできないことをすべきだろう」


「一夜を共に過ごしただけあって、お二人は仲良くなったのかしら?」


 さらっと仕掛けるキャンディス。


 その言葉にレオナは眉一つ動かさず、リントクロワは過剰に狼狽えて。


「ええ。人間的に信頼のできる方です」

「語弊のある言い方はやめて頂きたい……」


「面白かったものだから、つい、ね?」


 ふふっと笑って夜に流し目をするその様子は悪戯っ子のもの。言葉の意味をちゃんと理解していなかった夜は、リントクロワの反応に違和感はあっても何かに結びつくまではいかなかった。


「――それで、夜。煩雑な交渉事は私が全部取り持つから、貴女は蘇生に専念すること。もう詰めの段階だし、詰め準備も終わっているしね」


「お願い。けど、ちょっと聞きたいな。昨日のこととか色々、なんでわかったの?」


 仕事モードに入ったキャンディスに、素朴な疑問をぶつけた。あらかじめ、ああなることが分かっていたような動き方。そして取った行動まで、純粋に気になっていたから。


「カーマファウスト側が裏切るつもりだって気づいたのは三日目ね。疑念があったのは最初からだけれど。夜への報告には私も同席するようにしていたけれど、ヴァーレストの減らされた兵力数が想定より少なかったから。実際には遥かに多いんだろうって察しがついて、真情報掴んで確信して。そこからは、裏切らせることと夜を守ること、その二つを目的にしたの」


「私を守ること、はわかるけど……裏切らせること、はどういう?」


「……誇るべきことではないのだけれどね。私の外交の仕方は知ってるだろうけど、後々相手を敵に回すような、騙すような手段は使わない。けれど、これには例外があって……相手が使ってくるのなら、全力で以て叩き潰す。そう決めているの」


「それが今回だった、ってこと?」


「ええ。私がそんなことをしたのは一度だけよ。そして、私を相手取るなら誰もが知っているから、私相手にそんな馬鹿な真似はしない。――のだけれど、今回はしてきた。私の友人を殺そうとするような手段をね。外交の知見がなかったから、知らなかったのでしょう」


 誇るでもなく、事実として冷たく言う。


「カーマファウストの外交はそれほど、不出来だった記憶はないから。この調子だと、今回の発端にすら関わっているかもしれないわ。カマをかけつつ逆らえない強権を振りかざしつつ、全部明かし切って……国への被害は抑えて、本人達は徹底的に、ね。こればかりは、止めてと言われても聞けないから」


「ん。……お願い、キャンディス」


 先に潰したはずの否定意見を、そもそも唱えられる様子のなかったことにキャンディスは驚く。夜の優しさとイコールな甘さを前提にしたものだったから、少しの寂しさもあって。

 この後にするようなやり方を夜に対しても行っている自分に気づき、内省から肩を落とす。


「……ええ。おおよそ纏まったら、貴女に確認するから。こちらの騎士姫様、お借りしても?」


「何故私を?」


 反応したのは勿論レオナ。この言い方で自分のことだと分かるのか、とキャンディスが意地悪かつ外交モードなら言ったかもしれないが、求められた説明を的確に返す。


「最上戦力かつヴァーレストの政治事情を理解しているヴァーレスト側の人間かつ政治的戦略的戦術的人道的に正しい判断のできる、いざとなれば身分まで有用な素晴らしい存在だもの、貴女」


「……買い被りすぎに感じますが、そう感じては貴女の眼を疑うことになってしまいますね。分かりました。彼女の良いなら、ですが」


 視線で示され夜は、微笑とともに小さく手を振る。


「決まりね。それじゃ、夜はカーマファウスト側の蘇生、終わらせておいて。治癒は緊急のもの以外必要ないから。――遅くても夕方までには、終戦させるわ」


 にっと笑って、勝ち気に宣言するキャンディスに夜はこくこく頷いて、レオナを連れて歩くその後ろ姿を見送った。


「あ、キャンディス!」


 はっと浮かんで、つい声が出た。


「なぁに?」


 振り返ったキャンディスの瞳に、先程あった冷酷さはない。その隙につけ込むのは狡いと分かっていても、言う。


「あの人達は私も許せないし、許しちゃいけない、とは思うけど……。私がキャンディスにして欲しくない、って思うくらいにひどいことは、しないで欲しいんだ」


 怒られるかもしれないと思いながら告げたその言葉に、キャンディスの変化した表情は真逆のものだった。


「はいはい。いかに酷いか詳細に語ってあげられる程度には緩めてあげるわ。私が性格悪いのくらいは、今更分かりきってるでしょう?」


「ううん。厳しい見方ができるだけ。優しいよ、キャンディスは」


「…………じゃ、後で」


 さっと踵を返して足早に去っていったキャンディスに、余計なことを言ったかと夜はちょっとだけへこんだ。


 一方会話が聞こえない程度には距離を取ったキャンディスは、嬉しさを隠しきれない様子でレオナに話しかける。


「本当、眩しくてあったかいんだから、あの子。私は清濁併せ呑んだうえで、明るい方に立っていたいんですけれど。そういう風に使い分けるのね、貴方は。翳りを知らないようなあの子は、どう見えているのかしら」


「あながち遠からずでしょう、きっと。惚れている分惹かれているとしても。私が隣にいていいのか、不安にすら感じてしまいます」


 恥じらいも遠慮もなく挟まった惚気には、自分の懸念に通ずる取っ掛かりの言葉を掴んで気にする余裕が無くなった。


「この先の展開、どれだけ考えているのかお訊きしても? 以前のようにはいかないとして。まず、貴方がどうしたいか、だと思うけれどね?」


「失礼ながら愚問でしょう、それは。どうしたいか、なら決まっています」


 表情にも声色にも感情は出なくとも、返答で得たいものの見られたキャンディスは満足する。


「ごめんなさい。そうよね、当然のこと。それでも、したいようにはできない……ものね」


「私の願望で無理をさせても、彼女が苦しむでしょう。私と彼女で同じ望みであってくれるなら、それはとても嬉しいことですが。その場合は、お互いに不本意な選択をしなければいけないんでしょうね」


 自分が考えたのに、当事者である彼が考えていないはずもなかった。そんな当たり前のことは分かっていても、最善策を見つけずに話を振った浅慮をキャンディスは悔いた。


 夜の性質も多分に影響しているのだろうが、元々の気質だろう。


 隠すのが上手なこの騎士様は、いまだ気づいていない夜と接するときは知らないふりをするのだろう、と想像がついて。


 そんな騎士様でも隠しきれていない寂しさや不安の感情に触れて、キャンディスは口を噤んだ。

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