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再会は安堵のひとときに。

 指示通りに連れられてきた四人を、レオンハルトは元の青い瞳に映した。


「まずこちらの話を聞」

「結構です」


 謝罪か弁明か知らないが、聞く価値はないだろうと断じて切り。この場の支配権は自分にあることを確認した。


「もうお分かりでしょうが、彼女と違い私は戦力です。勿論、ヴァーレストの。貴方達の首を取っての戦争終結、でも全く構わないんですよ?」


 それは困る、と夜が反応するのを片手で制し。実行は容易だがする気はない。ここまで来て、夜の意思を無視するつもりなどさらさらないのだから。


「ここまで無傷で辿り着いたのは……キーロードの姫君か」


 リントクロワの言葉にレオンハルトは首肯を返す。


 思い当たる節があった。戦いなど全くわからぬ風に振る舞っていたキャンディスが、年相応の少女めいた顔をし手に取っていた資料群。

 彼女は正しく、あらゆる情報を読み取っていたのだろう。強固な防衛線を張っているつもりでも、必ず綻ぶ場所と時間は存在する。それを伝えられたということ。


「いずれ彼女も再び来るでしょう。具体的な交渉事は、恩もありますし彼女に任せるつもりでいますが、取り急ぎは。こちらから一つ条件を出します。提案ではなく、命令として」


 この冷えた自分は、こういう場に向く。そんな自覚をしながら、黒刀を手元で小さく揺らした。


「ミセス=シュヴァルツフォールの意向に従うこと。今度こそ、と言っておきましょうか。これは最大限の譲歩だと理解するように。本来ならもう貴方達は死亡、そして敗北。それを対等な席に立たせると言うのですから」


 あくまで自分は抑止力として在るつもりだが、それでも何分大きすぎる。結局武力で解決しているのと、根本的には何も変わらなくなってしまっている、が。

 切り伏せて得る勝利、それと別の道を示したのは夜だ。その選択をできることに、きっと意味はあるはずだと。


 頭の低い同意を受け取り、黒刀を鞘に納めようとしたところで「ああ」と追加する。


「盗聴は勿論、監視も拒否します。まさかとは思いますが――今日まで、ミセスに無断で覗き見を仕掛けていたりは、していませんよね?」


 そうなら斬る、と圧をかけて。

 それらしい動揺の混ざった反応がないことに内心で深く安堵し、鞘に仕舞った黒刀を闇の中に消した。


 先程の行為を見られていたなら最初からしておかしいので、それはないと思っていたが。


 殺意の滲んだのは本来の自分由来で今出すべきものではない、と冷静であるべき自分を戒めた。




 リントクロワ以外を下がらせ、三人。


 表情は固くとも物腰は柔らかに、レオンハルトは夜の恩人だろう騎士を見る。


「王族血筋や貴族筋の騎士様でしょうか。一介の騎士が負う役割ではありませんよね」


 久々すぎて夜もそうだが、少女に扮したこのレオンハルトははっきりと美しく、見惚れる。

 青の双眸が自分を真っ直ぐ捉えていたことに、リントクロワはやや遅れて気づいたようだった。


「一応、家は古い貴族を。……貴女こそ、そこらの貴族ではないのでは?」


 レオンハルトは王族分家、その推測は正しい。この状態では必要に応じて、女性らしさを加えたヴァーレスト王族婦女の振る舞いをできるようノアから教わっている。


 家の名前は名乗るわけにいかないとしても、偽名にしろ呼び名は伝えておくべきだろう。そう考えて口を開き、伝えるべき名前に詰まる。


「家名は聞かない方が良いかと。名前は……」


 そして横の夜を見る。


 表情に出さずとも伝わる。困っていると。


「レオナちゃんです」


 咄嗟に出たのはそんな名前。本名から離れられず、なんとか女の子っぽくしてみた名前。

 夜としてはわりと気に入ったが、レオナちゃん(仮)はそんな顔はしてくれなかった。


「……はい。お呼びするならレオナと」


 それでも納得する他ないので、諦めと共にレオンハルト――もといレオナはそう告げた。


「……綺麗な名ですね」


 夜は苦い顔をして、レオナは拳を密かに握って。


 いつまでもこんな調子というわけにはいかないので、「さて」と話を切り替える。


「改めて、貴方に感謝を。これは私からは勿論として、立場上直接出るわけにはいかなかったシュヴァルツフォール卿からのものとしてもお受け取り下さい。その上で」


 仕方ないとはいえ、くすぐったい。夜が聞いているのも余計に。そんな気持ちから先を急く。


「貴方の立場は、今非常に危ういはずです。彼等からすれば裏切り者。ミセス=シュヴァルツフォールに危害を加えることは禁じましたが、貴方に対しては表面上不可解になるためできませんでした。明日の朝まで無事なら、安全は保証できますが」


「明日の朝まで、とは?」


「キーロードの姫君がいらっしゃいます。彼女にかかれば貴方の身の保証も軽いでしょう」


 丸投げするような言い方だが、真実だ。これだけはっきりと弱みを握っている状況、キャンディスの思い通りにできないことなどないだろう。


「なので、今夜一晩。私が貴方の護衛につきます。“不慮の事故”がないように。私に護られることが嫌でないなら、ですが。……構いませんか?」


 正体は名の知られる騎士でも、今は一応女性と思わせる外見だ。それに護られることの抵抗が少なからずはあるだろうと、その懸念を本心から持って訊く。

 決して弱くはないだろうが、レオンハルトやノアのような規格外の強さには満たない。直感が伝えるのはそんな評価。


 不意を突かれたり搦手を使われたり、危惧をするなら不安が勝る。もしもを想定するなら自分が付くべきと判断して。


 レオナの予想通りの逡巡が見えたが、その視線が重なったとき、リントクロワは頷きを返した。


「意地を張る場面では、ないんでしょうね。どうか、お願いしたく」


「ありがとうございます。それでは、護ると言っておいて申し訳ございませんが……十分、いえ五分、彼女と二人にさせて頂けますか? 扉の外で待っていて下されば良いので」


「承知しました。では、ごゆっくり」


 部屋を出るリントクロワに夜は手を振って、レオナは一礼して。


 二人きりになって、夜は妙な気まずさにたじろぐ。


「言ったでしょう。先のあれで、文句は精算だと。あまり彼を一人にしておきたくはありませんから、手短に。訊きたいことがあるでしょう?」


「えっと……うん。とりあえず、さっきの。血の祝福、だよね?」


 登場時の赤眼といい、あの詠唱といい。紅霧でなく、黒霧だったことといい。


「ええ。私はヴァンパイアではありません、と先に言っておきますが。あれは確かに血の祝福です。先日シュヴァンツメイデンに行ったときのこと、覚えていますか?」


「ん。あのとき、何かあったっけ?」


「ヴィクトリア様から聞いたんです。私の紅霧の制約は、ヴァンパイアの血の力を根源に持つものだと。……心当たりはありました。六年前に一度殺されかけたとき、僅かに取り入れたのでしょう。逃げ延びてから、暫く動けないような状態でしたし」


 六年前に何かがあったのは、夜も察している。レオンハルトが話さないなら、自分からは訊かないものとして。

 夜は静かに次の言葉を待つ。


「代償を払って力を得る。それが可能なことに気づいたのはノアでしたが――勿論、推奨はされませんでしたよ? 選ばれた資質だと思っていたものは、後天的だったようです」


 言って、ふふ、と笑う。この姿で笑うのを夜は初めて目にして、それはひどく悲しげに見えた。


「話を戻しますね。そして、ヴィクトリア様に調整をして頂きました。私に流れる血液中の、吸血鬼の残滓。その純度と質を上げてもらい。元々私のやっていた制約の行使はヴァンパイアの血の洗練と同じことのようで、人の身ながら血の在り方が異質だと言われました。命を削っていた甲斐がありました」


 夜はぽすん、と胸にぐーをぶつけた。


「馬鹿言うな。どうせがりがり命削ってるんでしょ、それ。治すからね」


 握った拳を開いて、そのまま押し当てて。許諾を聞かずに勝手に治した。

 聞くに久しい感謝の声に、つい笑みが溢れて。


「おかげでこうして、ヴァンパイアでも数少ない血の祝福の使用者になれているわけですから。まだ慣れていませんし、本来人が行使していい力ではないので代償も厳しいんですけどね。全身の血が棘のように固まって突き破ってくるような感覚です」


「……私が言えたことじゃないけど。無理はしないでよ、本当」


 約束はできないと言うように曖昧に笑われて、夜はぎゅっと抱き着いた。


「さて。それでは、あまり彼を一人にするのも不安ですからそろそろ行きますね。――本当に無事で良かった」


 振りほどかれながらの最後の言葉と頭を撫でた手が、いつものレオンハルトのもので。


 夜は胸がぽうっとなって、暗い部屋で一人、その感覚に浸って顔を綻ばせた。

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