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お屋敷と、メイドさん。

「到着。できればちゃんと、敷地の入口から入って来たかったんだけどね」


「お屋敷じゃん……」


 まごうことなき、お屋敷である。

 夜がいるのは扉の前だが、バロック様式めいた装飾のなされた重そうな扉は高さが4メートル程あり、屋敷はさらにその扉が小さく見えるくらいに広い。

 高さも幅も、正面から見えるだけでも相当のものだろう。レオンハルトは騎士だと聞いていたが、このお屋敷は夜の想像する貴族のお屋敷そのものだった。


「あはは、ここに住んで貰うつもり、なんだけどね。同居人、一人だけメイドさんがいるんだけど、彼女は多分ナチュラルチャームなんとかするだろうから、安心してね」


 そういえばそうだった、とあっさり承諾した自分の立場を思い出し、そして「なんとかする」のざっくりさに首を傾げる。


 レオンハルトが扉に手を触れると、少しして扉から声が響いた。


『お帰りなさいませ。お早い帰宅ですね』


 艶と棘を感じさせる、落ち着いた女性の声。歳はおそらく若い、夜よりは少し上くらいだろうか。


「ただいま。一人、入れたい人がいるんだけど」


 数秒の沈黙。


『その方に、私の存在は伝えていると?』


「そう。いきなりで悪いけど、これから仕えてもらう人」


『承知致しました。直接伺いましょう』


「ナチュラルチャーマーなこと、伝えておくから対処はお願い」


 そうして二人の会話は途切れ。

 今レオンハルトの話していた相手が、メイドさんなのだろう。この広さに一人、という点は不思議だ。


「なるべく自然にしてね。彼女、かなり変わってるけど、悪い人ではないから」


「うん……?」


 変わってるとはどういうことだろう。


 扉が淡く青く光ったかと思うと、ぎぎぎと音を立て勝手に開いていく。絨毯の敷かれた屋敷内に、その女性は丁寧な礼をして立っていた。


 顔を上げたその女性の、メイドカチューシャから伸びるのは背中までの下ろした銀髪、容貌は極めて麗美ながら無表情で、紫の瞳から感情は読めない。女性としては長身でスタイルの良く、不思議と感じる高貴さはメイドというよりどこかのお姫様と言われた方が、給仕服以外自然に見える。

 一目見ただけでそこまでの印象を感じさせるこの女性のイメージは総括すると、「氷のような」が最も適切で。


「初めまして。レオ様のメイド、ノアと申します」


 その紫水晶の瞳が夜を捉えた。

 射貫かれたような視線につい萎縮してしまう夜だったが、メイド、ノアの次の言葉及び行動は夜の想像の斜め上を行くもので。


「あっこれ無理」


 ノアは無表情のままそう言うと、左手に持った何かを自分の首に突き刺した。

 その何かが針なことに気づき、初対面なことも忘れて夜は詰め寄る。


「ちょっといきなり何やってますか!?」


 詰め寄って、触れて。針を引っこ抜く訳にもいかないので、身長差もあり夜にできるのはまだ何本も針を持つ左腕を押さえる程度なのだが。


「レオ様、ここまでとは聞いていません」


 そうすると今度は右手にあった針を、ぶすりぶすりと首に刺していく。


「やーめーてーくーだーさーいー!」


 左側に一本、右側には五本の針が刺さったところでノアは針を刺すのをやめた。


「これでなんとかなりそうです。改めまして、初めまして。レオ様のメイド、ノアです。貴女様は?」


「レーオー?」


 ノアはこんなことをしていても、ここまでいまだに無表情のままだ。それで平然とコミュニケーションを求められても応えられる夜ではないので、後ろで苦笑しているレオンハルトに助けを求めた。


「ナチュラルチャーム対策に、針の痛みを利用してるんだと思うよ。いきなりでちゃんと対応してくれるのは流石だけど、どう見えるかも考えて欲しかったな」


「私は問題ありませんから、お気になさらず。むしろ針の抜かれた方が問題です」


「でも、私なんかのために、そんな」


「無礼を承知で申し上げますが」


 声に感じる硬さが増す。


「貴女様は、これから私の仕えることになるお方です。『私なんか』などと仰るのはおやめください」


「……ごめんなさい」


 ぴしゃりと叱られ、俯いて謝る。

 主に忠誠を誓う従者、というのはこういうものなのだろう。


「たとえその理由が私の異常行動にあるとしてもです、というのは無茶があるでしょうから、出過ぎた言葉の謝罪を。レオ様、私の代わりの謝罪と、説明を要求します」


 いや、忠誠とは違うかもしれなかった。


「あのですね……はい。ごめん夜、ノアには、慣れて。これで有能だから。で、ノア。わかってるような口振りだったけどちゃんと言うと、夜は僕の……婚約者、です」


「まあ」


 全く驚いていないような声と表情で、口に手を当て大袈裟に驚いてみせるノア。


「レオ様の獣欲を満たすため、これから毎晩お相手なさらないといけないことは承知しているのですか?」


「しませんさせません」


 夜がレオンハルトをじーっと見つめると、はっきり顔を逸らされた。チャーム由来ではなさそうな様子で。


「随分と冷たい旦那様ですが、後悔しませんか? 夜様」


「たぶん……たぶん?」


 半ば以上なりゆきのところがあるため、その断言は難しいものがあるのだが。形式上で、特殊なものであるという説明は、レオンハルトが後からするのだろう。


「後悔は、させないようにするから」


「ん……」


 凛と、はっきりと、目を見て告げられ。ノアも茶化しはせず、夜はただ頷きを返すことしかできず。


 話の切れ目と感じたのだろう、二人にノアが切り出す。


「いつまでも立ち話というのもなんでしょうから、どうぞ中へ。レオ様、夜様の部屋については私に一任して頂いても?」


「うん、お願い。服もない……よね、夜?」


「持ち物が何にもないからね……。お願いできるとありがたいです……」


 魅力の調節は度を超えているし、生活のまともにできる装備もないし。改めて随分とぞんざいな放り出され方である。


「かしこまりました。恐縮ですが、私の裁量で選ばせて頂きます。と、レオ様に一つだけ。下着は脱がしやすいものを? 面積の薄いもの? 透けている方が?」


「良識のあるものをお願いしますねノア」


「それでは夜様、私についてきて下さいませ」


 レオンハルトの対応にノアがさしたる反応もないのは、二人はいつもこの調子なのだろう。

 基本的にペースはノアが握っていそうだが、それでも主従関係はしっかりしているように見え。レオンハルトが信頼を置いているのがよくわかる。


 そんなノアと二人になることに、夜は少々の緊張を覚えて。

 レオンハルトに小さく手を振って、歩き出したノアの後ろ姿を追う。


「夜様。レオ様から伺った方が早いことも多いでしょうが、いくつか質問を。先ずは、レオ様との出逢い方はどのように?」


 広い廊下を縦に並んで歩く。左右に並ぶ部屋は等間隔で存在し、これが複数階層あるなら部屋数はホテルのようなことになっていそうだ。


「街にいて、路地裏で襲われかけたところを助けられて、ですね。まだ数時間前の出来事だと思います」


「失礼ですが、夜様はナチュラルチャーマーであるのに自衛の術をお持ちではなかったのでしょうか?」


 ノアの質問は糾弾めいて夜には聞こえたが、それは正しいだろう。わかっていてなら、愚か者に過ぎる。


「はい。恥ずかしながら、自分の性質について全く知らなかったもので……」


 振り返るノア。


「全く、でございますか? 今まで、どんな環境におられたのでしょうか」


 素直に全て話せたら良いが、それはできないだろう。できないし、したくはない。


「生まれてからずっと、病気で寝たきり、でした。今はもう健康ですが、それまでは本を読むくらいしかしてこなくて」


「――成程」


 屋敷の端に着いたようで、円形の吹き抜けに螺旋階段がある。一番上までは、結構上るのに苦労しそうだ。


「ご安心ください、一段一段上っていく必要はございません」


 そう思っていたと顔に出ていたようだ。

 ノアは一段目に両足を降ろし、夜に横へ来るよう促した。それに従うと、ノアは手すりに手をかざす。木製に見える階段の、水晶のような透明なものの埋め込まれている部分。


「起動。上へ」


 ノアの言葉を受けて、階段が音も立てず動き出した。螺旋が上へと流れていく。


「エスカレーター……?」


 夜の知るそれと非常に近い。きっと電気を使ったものではなく、魔法によるものなのだろうが。


「上下の空間を繋げまして、上に動かした分下から出てくるようにしています。夜様、魔法はおわかりになられますか?」


「すみません、さっぱりです……」


「魔力が僅かでもあれば問題はありませんから、後で使用法をお伝え致しましょう。それと」


 ナチュラルチャーム由来だったろう、合わされなかった瞳が合った。


「夜様の事情については、私から深くお訊きすることは致しません。少々複雑そうですし、レオ様の選んだ方ですから」


 螺旋階段の動きが止まり、上の階についたようだ。


「侍従としては過ぎた言葉ですがどうか、レオ様の支えになって下さいますよう。お願い申し上げます。――こちらです」


 夜の返事は後で良いのか求めていないのか、ノアはそのまま案内を再開する。

 目の前にはいきなり扉があり、そうするとフロア全体が一つの部屋、ということだろうか。

 ノアはドアノブを掴んで回し、押す。そうして開いた先に、二人は足を踏み入れた。


「綺麗……」


 楕円形に広がる空間。下は絨毯で壁は大理石。左右には切れ目のない長い窓があり、差す光で部屋は明るく、映る青空が壁紙の代わりになっている。

 その中央に鎮座するのは、天蓋つきの大きなベッド。お姫様でも横になっていそうな。

 奥に二つ扉が見え、それ以外に物はなく。生活感は非常に薄い部屋。


「物はこれから揃えますので、お待ち下さいませ。奥の扉は、左が浴室になっております。右は使い道を決めて使用して頂ければ。窓の閉め方と浴室の使い方がどちらも魔法によるものですから、お伝えしておきますね。こちらへ」


 促されて窓の傍へ。


「一応、最低限の資質の有無を確認させて頂きます。……針は抜かないといけませんね」


 ノアは首に刺さっていた、夜の努めて気にせずいた針を抜いて仕舞った。

 血の滴がつうと垂れるためかえって心配になってしまう。


「失礼を。アクィラ・レムナス」


 その視線を察知してか、夜の視界を覆うようにノアは眼前に手のひらをかざした。

 夜の体を頭のてっぺんからつま先まで、橙色の光輪が通り抜けていく。


「魔力量は平均値、質はやや上……これは」


 ノアが眉をひそめる。


「魔力とは別の回路とそのための貯蔵庫……ナチュラルチャーム由来、なんでしょうか。ひとまず、資質は問題ないようですね」


 転生者らしくチート数値になっているかと思ったが、そういう設定ではなさそうだ。

 魔法を扱うこと自体はできるようなノアの口振りに、自然と気持ちが高まってしまう。


「この家に備えてある魔法による機構は、どれも魔導水晶の起動で済みますから。水晶体を見つけて、手をかざして“起動”と言って頂ければ。それだけで動きます」


 ノアは窓の横、大理石に埋め込まれた水晶に触れながらそう言った。すると水晶が白く発光する。


「ある程度の音声認識も可能ですから、上手くお使いください。窓を壁に」


 窓に色がついていくようにすぅっと変わっていき、壁と同じ様相になる。

 片側はまだ窓のままなので、暗さはないが開放感は減った。


「こちらの窓の場合、範囲を指定して窓にしたり、も可能です。最大範囲は壁全体です」


 後でやってみよう、と思う夜。


 説明は一通り終えた、という風にノアは部屋の入口へ歩き出す。


「それでは私はこれで。何かありましたら、適当な魔導水晶に手を当てて“ノア”と。私に繋がります。入ってはいけない部屋などもありませんから、屋敷の探索など、ご自由にお過ごし頂ければ。夕食の際にはお呼び致します」


 丁寧に礼をし、ドアノブに手をかけるノア。


「ノアさん」


 夜がその背中に声をかけると、振り返る。


「レオ、戦ったせいかちょっと、調子悪そうに見えたんですけど……気のせい、でしょうか」


 ノアは驚いた顔をする。自分が気づいていなかったというより、夜が気づいたことに対する驚き、のような。


「……それとなく伺っておきます」


「あ、と、もうひとつ」


 夜はノアに近づいて、首元にそーっと触れる。


「さっきは怒られちゃいましたけど、やっぱり私のせいで、傷つけて欲しくはないです。だから、その……」


 そうは言っても、夜がどうこうできる問題ではなく、どうこうする方法も全くわからず。ただ言いたいに任せた言ったことを後悔する。


「――承知致しました。つまり夜様は、私に鋼の理性を身につけろ、と仰るのですね」


「や、そういうことでは」


「冗談です」


 ノアは薄く笑った――ような。

 きっと、錯覚に勘違いしてしまうくらいの一瞬、微笑んだ。


「善処は致しましょう、最大限。――レオ様が選ばれた理由も、少し分かった気がしますね」


 後半は独り言のように呟いて、夜にはよく聞こえず首を傾げた。


「貴女の旦那様、本当はもっと強いお方なんですよ?」


「えっ?」


 唐突な内容に聞き返す夜にノアは答えず、ドアを少し開いて。


「それでは。失礼致します、マイマスター」


 恐ろしく慣れない呼び方にかしこまり、扉の閉まって肩の力を抜き。


 ひとまずベッドにダイブして、金色の天蓋をぼーっと眺める。


「すっごい始まり方してるなぁ、改めて……」


 こうして目覚めて、まだ半日ほど。

 それで既に入籍予定というのは、いかがなものだろう。


「……選択肢なかったと思うし、別に嫌じゃないんだけど。いいのかな。あ、とりあえず」


 思い立って、体を起こす。

 そのまま浴室に続くらしい扉に向かい、開けて。

 視界の端に捉えたそれに、向き直る。


「っ……」


 魅力を鈍器にして頭を殴られて、刃物にして目玉に突き立てられて、しまいに液体にしてぐつぐつ煮込んだ後ぶっかけられたような。

 可愛いや綺麗で表現できるようなものではない、暴力そのもののような“魅力的な容姿”を見て。


「これは自分、だ」


 ぐちゃぐちゃになりかけた感覚は、そう思うと不思議と、あっさり消えた。

 改めて、鏡に映る自分を再確認する。


 笑ってしまうほど、極めて端麗な容姿。

 つやっつやの黒髪は腰まで、完全にストレート、よりはふんわりカールするくせっ毛。その黒髪に縁取られる顔は、努めて平静を装うと怜悧な美人の容貌だが、気を抜くと本人の気質由来か、どこか幼さの覗く表情になる。

 体つきは全体的に華奢、乱暴に扱うと壊れそうなくらいには。身長目星はこうして見ると、140cm位に思える。


「この外見で俺って言うのは合わないだろうな……」


 一人称は“私”に固定することを決め。まだお風呂に入りたいとも思わないし、それは鏡を見るのとはまた別の覚悟が必要になるし。

 浴室を後にした夜はそのまま、屋敷の探索を始めることにした。

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