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夜の戦い方。そのさん。

 キャンディスの人物把握能力がずば抜けているのを、夜はよく知っている。


 そのキャンディスの瞳が、キーロードの外交官たる冷静な吟味と、夜の友人たる燃えるような期待を込めて、夜を見ていた。


 これが上手くいくものか、夜自身には確信が持てていない。しかしあのキャンディスが、自分をそんな目で見てくれるのなら。

 夜の願いは届きうる。そう信じられる。


「ん。交渉の形にするのは、キャンディスに纏めて欲しいから、お願いね。直接関わるので、是非皆様にも聞いて頂きたいです」


 カーマファウストの指揮官達にそう話しかけ、視線をキャンディスに戻す。


「キャンディスは知ってるよね。私の回復能力は……回復だけじゃなく、蘇生もできます」


 夜がそう口にした瞬間、指揮官達の表情が明らかに変わった。不安なものを見る目から、脅威を見る目へと。

 手段の一つとして想定していたのだろう、動じなかったキャンディスが先に促そうとして――ごとん、と重く鈍い音がした。


「どうぞ」


 その言葉の後に、首のない身体が床に放り出された。


 意図は分かる。意味も分かる。ただ、信じがたかった。

 先行しそうな怒りを留めて、次いで湧き出る葛藤から、反応に窮してしまって。


「夜。貴女が示せば、後は私が継ぐから。いいわね?」


 キャンディスは下を向きかけた夜の頬に手を添えて、自分と目を合わせて優しく微笑む。


「……ん」


 一人では毅然と立ち直れなかったろう。この友人に心からの感謝をして、つい先程まで生きてきた秘書官の死体の前に膝をつく。


 ディルガルド以降長らく使用していなかった――はずがない。いくら夜でも、確認せずに交渉に使える能力ではなかった。

 ここに来るまでに、数人。神様気取りがどこまで許されるのか、夜は試していたかから。


 命の価値を軽くする意味では、夜のやったこともこれからやろうとしていることも、目の前の出来事と大差ないのだろう。そんな思考は最初にあって、必死の思いで棄てた。


 イメージは、白。

 純白の光、天使の翼。神聖でいて暖かい慈愛の光。


 夜が自分の回復に名前をつけないのには深い意味はなかったが、蘇生だけは別だ。

 これを誇ってはならない、名前を広めてはならない。故に無名で良い、そう決めていた秘匿の奇跡。


「……これで宜しいですか」


 すぐに目を覚ました秘書官の男性は、事態の掴めないままに身体を起こすと、あるものを見つけて固まった。


 ごろんと転がった自分の生首を、ぽかんと口を開けて見つめている。


「下がっていい。それを持ってな」


 命令に従うのは、染みついた習性か。死んだなら治っても良いだろうに、多少もたついた位でその男性は逃げるように部屋を出ていった。


「あまり良い趣味とは言えませんね。こちらは戦闘経験のない女子二人。実証するにしろ、もっと穏便な手段が取れたのでは?」


 夜の代わりとキャンディスが突く。夜が直接糾弾しては角が立つ。とはいえ無反応で通していいようなものではない。夜を落ち着かせるためにも、必要なことだと判断して。


「これは失礼を。あまりにも想定外で、動転してしまったものですから。して、続きをどうぞ」


 こいつらは外交の場に普段出る人間ではない。しかし、だからと言ってできないとも思わない。

 今この場のおいては自分が以前相手したカーマファウストの外交官よりずっと秀でているだろう、とキャンディスは内心で舌打ちする。


 夜は悪意に疎い。耐性がない。それゆえ悪意をぶつけられた時、大きく揺れる。

 推論だったが確信に変わったその事実は今、悪意の利用に躊躇ないこの相手と交渉するには非常に不都合だ。


 薄布一枚だけ被せたような隠し方をしているのが余計にタチが悪い。悪意を隠す気はないが、面と向かってそれを非難してもこっちの不利益に繋げられる、そんなやり方。


「夜。やり方を変えるわ」


 相手が手段を選ばないのなら、矜恃を守るためにこそ必要な手段がある。


 つまりは、こちらもやり返せば良い。


 手管は悪意たっぷりに、明確な意思を以て叩きのめさんと。


――なんて、これがキャンディス一人でのものならしたのかもしれない。


「私が適切に咀嚼して提案の形にするから、質問に答えて。いい?」


 キーロードの全権代理もとい、外交全権としての立場よりもまず一番に。

 夜の友人として来ている今のキャンディスは、夜に負い目ができるようなやり方はしないと、そう決めている。




 夜を庇うようにして対話をほとんど自分で相手取り、交渉はおよそ終結する運びとなった。


 夜の提案を纏めると、こう。


「まず、最初の要求として。ヴァーレストの兵士を殺さないこと。戦闘行為は許容。その代償に、カーマファウストの戦死者の蘇生及び負傷者の回復を彼女が完遂すること」


 無血終戦。本来もう間に合わないはずな子供の願いを、流れた血をかき集めることによって可能とする。


 いずれ全員を救うとして、先にヴァーレストから始めるのでは交渉として成立しない。カーマファウストの兵が減らないことに、ヴァーレストの兵が減らされないことに、気づかせて初めて次の段階へ進むことができる。

 ここまで、夜の考えは概ね正しい。


 懸念を一つ無視すれば、だが。


「次に。死者の出ない膠着状態に持ち込んだ後、二国間で終戦を結ぶ。これが彼女の要求です」


 要は。


 これ以上死者を出したくない夜は、「死者が出ないこと」をそのまま、戦争を終わらせる理由にしようとしている。


 交戦域を設定しなければいけないような、大国二国間での戦争だ。資源は尽きないほどにあって、唯一限りあるのは人間のみ。

 その人間を減らないように――減ってしまっても戻すように。


 終わらないと分かったのなら、それでも続けるほど愚かだとは信じたくない。


 以上が、夜の考えた子供の道理を通す方法。


 キャンディスの力添えもあってあっさりと承諾された、良心を捨てども悪意なき論理。




「本当に、ありがとね。キャンディス」


 部屋から出て、一息つき。


 リントクロワに連れられて、夜とキャンディスは宛てがわれた客室へと歩く。


「お礼はいいわ。この場での助っ人に私を選んでくれたことが嬉しいし、もし後から知ったなら絶対後悔するもの。……それに、キーロードも利するつもりだし」


 最後は事実だが、この場ではどうでも良いこととして照れ隠しに使って。


 看過されているのか夜は、そんな自分を見て屈託なく笑った。


「それにしても、よくシュヴァルツフォール卿は貴女が単身で乗り込むことを許してくれたわね。彼がいれば成り立たなくなるとはいえ」


「……言ってないよ?」


「……は?」


 キャンディスは目をぱちくり。思考を整理して、ここまでの夜の行動を鑑みて。


 今の時刻は午前十時過ぎ。とうに日は昇って、朝を過ぎて昼に近くなった頃。


「呆れて何も言えないわ……あんまりよ……」


「酷いことしたなって言うのはわかってる。でもほら、何とかなったし」


「そういう問題じゃないの! これが私なら一晩使ってお仕置きされて……」

「おしおき?」


「……何でもない」


 こほん、とわざとらしく咳払い。


 恋愛への疎さと、自己評価の低さと、悪意への危機感のなさと。夜の悪い部分が全部合わさって招いた最悪の選択だ。

 気持ちは分かるが、それ以上にレオンハルトに同情する。


 どれだけ反対しようとあの騎士様は、最後には夜のしたいようにさせただろうから。


「今頃前線どころかこちらで暴れていても当然よ、彼。伝える手段は……ないわね。無茶。自分の責任として、その分治癒に努めるしかないわ」


 夜が起因の爆発なら、彼が殺めることはないだろう。それほどまでの恋慕を自分が読み取れるというのはこの子は、と夜の頭をこつんと小突く。


「こちらです」


 そんなやり取りをしている二人の前を歩いていた、リントクロワの足が止まった。


「ありがとうございます。じゃ、またあとで……なのかな? 改めて、本当にありがとね」


 夜とキャンディスの部屋は、別に用意されている。

 それが敬意を示しての扱いなのか別の意図なのか、キャンディスは夜に伝えずにいたが。


「何かあったら訪ねてきなさい。じゃあね」


 素っ気なく言って、手を振る。


 いくら夜でも相当気を張って疲れたようで、条件の蘇生及び回復を既に、というわけにはいかず。休養の後として、その休養の裁量は夜に一任されていた。


「さて。こちらの騎士様」


 扉が閉まったのを確認して、キャンディスはリントクロワを静かに見つめる。


 どんな仕掛けがあるか分かったものではないから、盗聴されている可能性すらキャンディスは考えていた。

 それ故言えなかった懸念を、察しているだろうこの騎士に。


「貴方は“誇り高き騎士様”か、“誇り高きカーマファウストの騎士様”か、どちらなのかしら?」


 揺らいだ心に冷水を差すように、そう訊いた。 

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