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夜の戦い方。そのに。

 あの少女の言う通り、蘇生――回復をして。


 自分よりも一回りは年上な大の男が、堰を切ったように泣いて謝るのを静かに笑って許し。嘘をついているのだからお互い様、と自らを納得させて。


 もう個人を恨む段階ではないし、恨むつもりもない。


「ここで一番上の立場なのは……騎士様だな」


 そうして連れられたカーマファウストの拠点の一つ。


 灰を基調にした地味な色の平屋で造りは簡素だが、物資は充実しているよう。人二人がようやく通れる広さの通路を進み、気持ち上質に見える扉を前にする。


 案内した兵士が中に入って少し間が空き、扉が開くと入室を促された。


「……なるほど」


 夜を一目見ての、部屋の持ち主の声。


 室内には夜を先導した兵と声の主と、横に控えた軽装の兵士がもう一人。


 中央の席に座する男の外見は、夜のよく知る騎士様と雰囲気が近く思えた。

 鎧は青。青銅よりも上品に見える透き通った青で、肩にかかりそうなウェーブのかかった金色の髪。顔は端整な方だろう。中性的で、緑の瞳からは落ち着いた余裕を感じる。

 何よりも、その若さ。夜と変わらないか、一つ二つ上程度ではないだろうか。


「二人にしてくれ。その方が話しやすいんだろう?」


「えっと……はい」


 騎士の横にいる男が「ですが……」と口を挟む。一緒に向けられる、絆されながらも訝しむ気概を保った視線からおおよそ想像はつく。


「君は私がこの少女に危害を加えられるおそれがある、そう思うと?」


 あくまで声は穏やかだが、自信とも合わさった圧がある。


「……いえ。失礼します」


 そうして、二人退室し夜と騎士が残された。


「さて。まずは自己紹介をしておこうか。リントクロワ=ダンテホーゼ。カーマファウストの騎士をしている」


「夜=シュヴァルツフォールです。夫が騎士で、私は……外交をしたり治癒をしたり学生をしたり、ですね」


「その年齢で婚姻は……王族貴族なら珍しくもないか。相手の騎士は存命か? 何歳上だろうか?」


「ええ。レオンハルト、って言うんですけど……同い歳ですよ。あ、今はまだ一つ下だったっけ」


「……紅霧の騎士か?」


 夜にはあまり馴染みのない通称。レオンハルトとしても、本来多用すべきでなかったあの制約解放が特徴として知られているのは都合が悪く、あまり好みではないらしい。


「あ、そうです。ご存知ですか?」


「不運の象徴だからな、こちらからすると。私はまだ直接相対したことはないが」


 夜はかろうじて苦笑を浮かべた。下手に反応してはいけないシビアな話題だということくらい分かる。


「被害そのものは甚大だが、死傷者は一人も出していない。君の言うことの無茶苦茶さ加減からして、故意なんだろうな」


「……そっか」


 つい頬が弛む。


 じっと射抜かれるような視線を受けて、緊張感を取り戻し。 


「あ、と、一つだけ。私は危害、加えられると思います」


 夜の唐突な宣言に、リントクロワは眉をひそめる。


「……そういうタイプには見えないが」


「普通に戦うのは全く。ですが……こちら。高純度の魔力のカタマリです。そして、これを使えば私は完璧な時間停止ができます」


 首にかけられた宝石を示す。できる、という言い方は実際に試したわけではないが、ノアがそう言ったのなら間違いなく正しい。そう疑わずに断言できる。


「それを告げた意図は?」


「ただでさえ、無理なお願いをしていますから。手の内は全て晒しておくべきかと思いまして。あとは……私、ナチュラルチャーマーなのは伝わってます……か?」


「ああ。金髪の方が好みなんだが。……惹かれるよ、少なからず」


「これ、抑えてる状態なので……本来の三割くらいです」


 あはは、とはにかんで。制服全体で効果のあった最初から小型化が進み、今ではアクセサリー一つで機能している魅力の抑制。

 もう久しく素のまま人前に出ていないので、あの異質な注目のされ方は忘れかけている。


「……君も彼も、大概だな。さておき。正直なところ、君の理念に共感はする。己の技巧を凝らす戦闘は好きだが、命の獲り合いが好きなわけではない。しかし、一人で止められるようなものなら最初からこんな争いは起きていないぞ」


「ええ。……ええ。その通りです。――命の獲り合い、ですよね? 戦争の本質はそう。なら、それを覆してしまえばいい」


「というと?」


 倫理に触れるかなど、気づいていないように。


 夜は綺麗に微笑んで、リントクロワに告げた。




「ここまで来れた。ここまで来れた。……頑張ろうね、私」


 カーマファウストの防衛線を越えて、本陣の地。


 無骨な城塞だったヴァーレストと違い、カーマファウストのここは華やかな城の外観をしている。

 内装も城内のそれだったが、しばしば過ぎる負傷者や荒げた声にはひどく不釣り合いで、浮いて見えた。


「ミセス。分かっていると思うが、この中で君が魔法を使うことはできない。それは切り札足りえないぞ」


 不安から、ついネックレスを握りしめていた自分に気づいて苦笑する。


「ええ、分かっています。大丈夫です」


「そこらの雑兵が何かしてくる程度なら庇えるが、これから君の会う方々相手は正直、立場上厳しい」


 方法提示からの、良心による躊躇を良心を利用した非道いやり方で打ち破って説得したというのに。

 リントクロワは完全に味方としてついてくれている。申し訳ないと思うと同時に、人単位で敵対なんてしてはいないのだと、安心して。


「ありがとうございます。その時は、まあ。頑張ります」


 以前やってレオンハルトに窘められたが、色仕掛けの方法自体は全く知らないわけではない。こんな時くらい使っても許されるだろう。そもそも最初の時点で許されていないのだし。


「……幸運を祈るよ」


 城の頂上、螺旋階段を上って辿り着いた一室。


 リントクロワが扉を叩き、名を告げて中からの「入れ」という声。

 既に連絡は済ませてあるというから、夜がまたいちいちここにいる理由から目的までを全て説明する必要はないはずだ。


「失礼致します」


 夜も後に続き、入って。


 元々一人用の部屋なのだろう、現在身なり枯らして高い立場だろう人間が四人、従者が二人と計六人いるが、少々窮屈に見える。


「ミセス=シュヴァルツフォール。王族家に嫁いだような方に遥々お越し頂いたことに、感謝を。しかし、内容が内容です。早速本題に入っても?」


 シュヴァルツフォールが王族家だと知っている他国の人間、なんてものは少数だろう。それを話さずにいたリントクロワが横で驚いているのに舌を出す余裕は、今はない。


「いえ。申し訳ありませんが、一人だけ連絡を取らせて頂きたく思います。書面で、内容も確認して頂いて構いません」


「……わかりました」


 何度目かの、無事に通った安心。


 一人で頑張るのはここまでだ。

 アポ無しなのは申し訳ないが、元々決めていた。子供の論理を子供がそのまま通すことなんて、できるわけがないのだから。


 手紙を書き終え、宛先を告げると関係性を訊かれた。夜はそれに素直に、「友達です」と答えて。


 自分を刺す視線に耐えながら、ただただ待ち。


 到着した呼び出し相手の形式的な挨拶が終わるより前に、抱き着いた。


「キャンディス! キャンディス! ありがと! 来てくれて凄く嬉しい! ありがとー!」


「わ、ちょっと、こら! 体裁は保ちなさい!……私も会えたこと自体は嬉しいわ」


 そう言い夜を引き剥がして、キャンディスは改めて腰を折る。


「キャンディス=クラン=ニーモニクス=イヴ=キーロード。彼女の代理交渉及び、場合によっては両国間の調停をさせて頂きます」


「よくぞいらっしゃいました。まさかキーロードの外交全権様とは思」

「いえ」


 自分でああ言っておきながら、キャンディスは形式的なやり取りにつき合うのを放棄した。


「全権代理、です」


 相手の言葉を遮るのも、意図的に圧をかけるような情報の出し方をするのも本来キャンディスのやり方ではない。

 効果的だとは分かり切っている。矜恃から使わなかっただけのこと。


「ぜんけんだいり……?」


 間の抜けた声を出す夜に、外交モードに入っているため得意気なのを隠したまま、淡々と返す。


「そ。貴女の伝える状況が無茶苦茶で、必要だろうと思ったから。ぶん取ってきたの」


 その無茶苦茶のために、随分な無茶はした。

 これで成果の上がらずに帰ったなら幾分か立場も悪くなるだろうが、それは有り得ないしそんな打算も必要なかった。


「それで? 聞かせて頂戴? 貴女の子供の論理を、どうやって通すのかをね」

(平伏)

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