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夜の戦い方。

「さて、と。……どうしよっかな」


 外へ出る中隊に素知らぬ顔で混ざり、防衛線を超えてから、一応の適性故比較的まともに使える無属性魔法、透明化をかけてこっそり離れ。


 森林地帯の木陰で一息ついた夜は、月を見上げてこの先の流れを思案する。


 勿論、いくらなんでもまったくの無計画ではない。

 最終目標と、それに至る決め手は考えてある。そこまでの経緯が「なるようになる」なだけだ。


「リリーとノアさんには……怒られちゃうな」


 レオンハルトに何も言わず出てきたのは、当然。

 もし言えば止めるだろう。そして、夜が逆の立場ならそうするし、それは“嫌”だから。


 だからこそ、無事に帰らなければ。


 決意を固めて立ち上がり、先へ。

 服は治癒術士の正装なので、一人でいればすぐ殺される可能性は低くなるはず。今は暗さ故に視認性が怪しいとはいえ。顔も曝して、ミカルラの言葉も信じてみて。


 交戦地帯に着くのはもう暫くかかるだろう。夜は疲れようと回復して歩き続けることができるが、こんな状況で一人で、というのは身体よりも精神に、くる。


 手に持っていては警戒されるだろうから、とレイピアは鞘に入れたまま。いつでも抜けるように備えてはいるが、自分の反応速度では不意を突かれての対応は厳しいだろう。

 いくら保険があろうと、これまで護られてばかりだった夜がいきなり戦場に一人で立つのはひどく、心細かった。


 とはいえ。


 それで止まるようなら最初から飛び出していない。これから先の予定の方が、もっと無茶をするつもりなのだから。


「……走り続ければいいじゃん?」


 そんな前向きさを取り戻した夜は、回復をかけながらなら息切れせずに走り続けることができる、と妙な思いつきをして、月夜を一人駆けていった。




 そして、遠くから交戦の音が聞こえるまで進んで。


 現在戦争の行われている二国間の戦場は、ヴァーレストならあの城塞である本陣を中心として扇状に防衛拠点が両国に十数。それとは別に攻撃用拠点が適宜配置されており、交戦地は二国間の丁度中心から、窪んだり出っ張ったりして横に長く広がっている。


 夜の現在地はその中心からはまだヴァーレスト側寄りのはずだが、薙ぎ倒されて見落としのよくなった森林地帯は、ここで戦闘のあった事実を伝えてくる。


「…………目は逸らさない。逸らしちゃ、駄目なんだから。だからこそ、って」


 木々はあくまで攻撃の余波を受けただけだ。それでは、その本対象は?


 ここに来るまでにも、幾度となく。


 まるで置物のように地面に身体を投げ出して動かない、ヒトの姿。


 絶命しているのは疑うまでもなく、腕や足が奇妙な方向に曲がっているのも珍しくない。


 最初に見たときは、立ち止まって手を合わせたものだが。


 そうしていてはキリがない、と、ここに来るまでに悟ってしまっていた。


 悼む必要はないし、謝る必要もない。

 これ以上増やさないように、という自分の考えが甘かったことを教えてくれたことに対する、感謝をするのみ。


 死体を見かけることが多くなって、夜の歩みも慎重になっていた。

 警戒は最大限に。折角の攻撃されづらい外見をしていて、それを無意味にするような走るという行為をしていた自分を今更に咎めた。


 ヴァーレストの兵と出会わないようにと、中心から斜めに進んでここまで来た。真夜中なのもあり出ている兵の人数かそも少なく、思惑通り遭遇せずに済んでいるが、そうなると別の問題が浮上してくる。


「……進むしかない、よね」


 今回の夜の目的は、まずカーマファウストの兵と会わないことには始まらない。

 できればなるべく少人数で、夜がなんとかできて話の通じる相手で。


 きっとこの前提が一番厳しい、“なるようになれ”なのだった。


 そんな訳で、交戦域の帯をヴァーレストからカーマファウスト側へ突っ切るように進む。


 現在戦闘中の相手は論外だろう。加勢と思われて当然で、ヴァーレスト側からすると裏切りにも思われかねない。それではレオンハルトに迷惑がかかる。そもそも、興奮している相手に話が通じるとも思わない。


 そのため音から離れて進んだ結果、ついには交戦帯を抜けカーマファウストの領域までと来てしまった。


「……ん」


 いた。


 人数は三人。鎧は着ているが頭は守っておらず、全員帯剣している普通の兵士に見える。


 この辺りなら、近くに拠点の一つくらいありそうだ。人数と装備からして見回りだろうか。


 ファーストコンタクトは、何度も考えた。何が一番警戒されないか、話を聞いて貰い易いか。


 自分の外見を利用するのが一番、と結論を下した夜は、足音を消して三人の進行方向上にある視界の開けた空間に先回りして立った。


 森の中でも上が空いていて、月光が夜を照らす。交渉材料は多い方が良いだろうと、佇まいは高貴で優雅に努めて。


 笑顔では不審がられるだろうし、作っても笑えるような精神状態でもない。夜は目を閉じ、待った。


「女……? いや、ヴァーレストの回復術者、か?」

「部隊が壊滅して敗走……にしては服が綺麗すぎるが」


 目を開き、三人を一人ずつ見つめる。

 夜と目が合うと相手の心臓が跳ねる。それならきっと、交渉は効く。


「カーマファウストの兵の方、ですよね。私はヴァーレストの治癒術士であり、王族家に嫁いだ者です」


 声は幾分か艶っぽく。微笑みは抑えて、淡々と。


「……若いな」


「ええ、まだ学生の身分です。――ひとまず、攻撃の意思は持たれていないようで安心しました」


 剣を抜かれる覚悟はしていた。その防止策として外見と声を利用していたとはいえ。

 警戒されている分普段より効果は薄いのだが、夜はそれを知らない。現状、それでも効いているのは確かでもある。


「私の要求は……えっと。なるべく上の立場の方に、お会いさせて頂きたいです」


「なぜだ?」


「戦争を終わらせるため、です」


 一切の誇張なく、本心から。そう、告げた。


「ヴァーレストの勝利で、か?」


「いいえ。どちらが勝つにしても、勝つためには負ける側の死者が出ます。それは嫌なので、文字通りに“終わらせ”ます」


「……どうやってだ」


「それはちょっと、話しづらいんですが……んー、っと」


 夜はレイピアを抜く。それに反応して三人の剣が抜かれるが、そちらには敵意がないことを表明するように笑いかけておいて。


「カンテチャント・クロトリム」


 時間停止を付与したレイピアを、すっと掲げ。


 自分の左腕を切り落とした。


「いっ……」


 いくら痛みに慣れているとはいっても、痛いものは痛い。涙目になっている自分を前に、突然の奇行に目を丸くして固まっている三人がいる。


「多分、これが一番分かりやすいので……」


 そうしてばっさり斬った腕を、あっさりと完治させる。服は治せないので、左腕は二の腕から先がそのまま露わになることとなってしまったが。


「回復として、異常なはずです。……もし疑われるならもう一度やったり、しても良いなら試して頂いても構いません、が。交渉材料としては、これです。抱えている重傷者、少なくないでしょうから」


 三人は夜に背を向けて相談を始めた。聞こえたり聞こえなかったり、かすれ声での聞き取れない内容が少し気になる。


「……判断は上に任せるから、保証はできないが。野営地まで連れていく」


「……ありがとうございます」


 緊張の糸が切れ、安心からふっと笑う。


 ひとまず、最初の目的は達成。夜の手持ちカードは立場の高いほど効きやすいだろうから、最初にして最大の難関はここなはずだ。


「さっき腕斬ったの、魔法使ってだよな? 悪いが怖いから、前歩いてくれるか」


「わかりました」


 言われた通りに三人の前に立って、気づく。


「あれ、でも私じゃ道わからな」


 がつん、と。


 後頭部に鈍い痛みが走った。


 不意の痛みに対して反射的に回復をかけられたのは、警戒の解ききっていなかった自分を褒めてあげたい。


「っ――」


 痛みを消そうと衝撃は消えない。殴られて倒れ込んだ夜は、そのまま地面に押さえつけられた。


「悪いが。今更敵国の人間を、素直に信じられるほど温い経験はしてないんだよ、こっちは」


 どうにか抜け出す手段を考えながら、夜はその言葉からこの仕打ちに納得もしていた。


 分かったつもりでいて何も分かっていなかった自分に対しては真っ当だろう、と。

 周囲の人間の死を受けて、相手に対する憎悪の感情を持つ方が本来当たり前なのだから。それで争いそのものをやめてやろう、なんていうのは。


 現実を見ていない、子供の考え方。


「これだけの美人、ただ殺すには惜しいが。……嫁も子供もいるんでな。そんなひどいことは、しないさ」


 この人だって一人の人間だ、と感じられる言葉を受けて、夜は自分の正しさを確信する。


 子供の考え方だろう、甘い考え方だろう。だが、間違っている考え方では、ない。


 それなら、無理を通さなければならない。


 切り札として渡されたネックレスの宝石――は、今噛み砕くことのできる状態ではない。手は動かせないし、さて。


 レオンハルトは来ない、ノアもいない、自分は組み伏せられているうえに元々へなちょこ。


 一度回復を見せているからだろう。首を切り落とすべく、剣が振られる。


 そうされてはきっと絶命する他ない、駄目元で時間停止を唱えてみるか――と。


「ヒーラーが死ぬとかやめてよねー?」


 きぃん、と。


 夜を殺す意思を持って放たれた剣閃は横からの一閃によって剣ごと斬られ、同時に夜の上の男をばっさりと斬り伏せていた。


「はいおしまい、っと」


 そして残りの二人も夜が視認できない速度で両断され、無惨な姿となって地に倒れた。


「……………………え」


 自分の救命者にして殺戮者たる突然の闖入者に、夜の思考は停止した。


「お礼くらい言ってほしいんだけどー? 理想の外見でちやほやされすぎてて当たり前だと思ってるやつー?」


「あ、や、えっと……ありがとうございます」


 ひとまずなんとか、それだけを口にした。


 身体を起こして、相手を見る。


 声からして分かっていたが、少女。それも、夜がとても親近感の湧く外見をしている、少女。

 違うのだろうとは思うが、そう感じざるを得ない。


「なーんからしくないって言うか、あざとくないって言うか。変に猫かぶってるの? まーいいや。あ、というか日本語でいいじゃんね」


「え……」


 確かにそう、聞こえた。


 栗色の長い髪に黒目、制服じみたブラウスに紺のスカート、真っ白な長剣をぶらぶらと遊ばせているこの少女の姿は。


『日本人でしょ? 普段使えなくて溜まってるから、ちょっと話したいわけ』


 少女の言う通りに完全に、日本人そのものだった。


「え? え? まって、ちょっと、まって」


 少女の話している言語が日本語なのは分かる。

 それなら、自分の今話している言葉は? 少女の今話したそれとは違うと分かるが、夜の中での分類が、ぐちゃぐちゃになっているような。認識がまるで、アルファベットとひらがなで同じ意味を示しているような、無茶苦茶さ。


「あー……そういえばあいつ言ってたな。そのままじゃいじってるから使い分け無理だって。とりあえず忘れて」


「あなたは、だれ?」


「それはまだ早いかなー。次会った時教える。一応様子見てたんだけど、まさか死にかけるとか。予想外すぎ。……なんか手あったの?」


「駄目元で時間停止してみようかな、くらいで……」


「時間までいじれるんだっけ。……本当、持ち腐れねー。というか……まあ、いいや。アホなことしようとしてるみたいだけど、精々頑張って。次は助けないから自力でよろ」


 いまいち会話が要領を得ない。

 夜の知らないことをベースに会話が組み立てられている、それは分かるしそのことを話すつもりがなさそうなのも分かる。


 もう話すことはないと言うように、少女は立ち上がる。


「じゃ、またね。派手にやっちゃったけど、あんたなら治せるのよね? 治せるというか生き返らせるだろうけど。自分がやったことにすればいいんじゃない? そこの人、さりげに紳士だから死なすのはちょっと可哀想よね」


「えっと……ええっと……? わかり、ました」


「今度は騎士様がいる時がいいな。手合わせしてみたいんだよね。ばいばい」


 背を向け手を振って少女は、闇の中にふっと消えた。


「………………………………ちょっと整理しよう。やることだけでも。状況整理。……ぅぁ」


 感情が追いついてくると、やっと。


 死に瀕した恐怖を感じた夜は、我が身を抱いて小さく震えた。

 目的など関係なく、今はもう死にたくないと思える、そんな自分がはっきりあって。




「会話長すぎ。雑に斬りすぎ。マウント取りすぎ」


「うっさいなぁ。同郷のよしみでテンションあがってたんですー」


 見晴らしの良い高台の上、先の少女と、もう一回り小さい少女の姿があった。


「多分なんとかなったと思うけどネ。あの指輪がある限り、あの子死ぬことないんじゃないカナ」


「えー。私無駄骨? こんな時間に頑張って起きてたのに?」


「指輪使わせなかったってことで。あれ、アタシでも組むの結構大変だしネ。本当、嫉妬するくらいの天才だよ、あの子」


 そう言い薄く笑った少女は銀色の髪を靡かせて、紫水晶の瞳に夜を映していた。

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