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感覚で使っている私の回復がチートすぎる件について。

 運び込み易さの関係か、負傷者の集められる治癒部隊詰め所は城塞入口からすぐ近くに。入ってみれば、数十のベッドが囲うように上から下げられた仕切りと共に並んでいた。

 回復術者だろう白いローブの男女は忙しなく動き、受付のような入口すぐの机にも人はおらず空席。


 呻き声が重苦しく響く中、切羽詰まった術者同士の怒号にも似たやり取りが繰り返される。

 決してお遊びで来るようなところではない、と夜に教えるには十分だろうその光景を、夜は静かに受け止めた。


「部長さんいるかな……ん」


 信頼から夜を確認することはせず、レオンハルトは目的の人物を探す。


 丁度、近くの仕切りがずれて現れた女性。齢は四十ほどだろう、元々鋭い目つきは気迫故かなおさら剣呑に見える。


 話しかけて良いのかと躊躇っていると、こちらに気づいたようで僅かにその鬼気を収めた。


「シュヴァルツフォール卿。一目でわかります、そちらが奥方ですね」


「ええ。よろしくお願いします」


 刺すような目をしていないだけで、決して穏やかではない。夜は怖がらないようにどうにか努めて前に出た。


「お世話になります。よろしくお願いします」


「私は治癒部長のファルガル。私だけは、貴女についてある程度の情報を伝えられています。私だけは、ですから……他の治癒士には、自ら示して納得させて頂くようお願いします。――ミカルラ!」


「少しお待ちください!」


 ファルガルが声を張り上げたのは名前だろう、奥から返事があって少しして、白衣の女性が駆けてきた。


「お待たせしました。……ご用件は?」


 レオンハルトと夜を見て、訝しげに訊ねる。


「こちら、今日から配属になるシュヴァルツフォールの奥様です。貴女の班に入れますので、勝手を教えるように」


「……わかりました」


 歳は二十半ばに見える。後ろで縛った茶髪に、気の強そうな瞳は夜を睨んで。


「着いてきて」


「あ、はい、よろしくお願いします。……レオ、またね」


「頑張って、夜」


 レオンハルトに手を振って、すたすた歩くミカルラの後をばたばた着いていく。


「ミセス」


 ファルガルの声。振り返ると、小さな声で淡々と。


「ミカルラは優秀ですが、少々プライドの高いところがございまして。叩き潰して頂ければ」


「…………善処します」


 この人には下手なことをしないでおこう、と決意して、夜は立ち止まり腕を組んでこちらを見るミカルラの元へ駆けていった。


「聞いていただろうけど、私はミカルラ。名前でも班長でも、呼び方は適当にしてください。貴女は何て呼べばいいの? ミセス・シュヴァルツフォール?」


「夜、と。そっちの方が好きですね」


 あはは、と軽く笑ったのには憮然とした態度で返されて。


「そ。それじゃ、夜。私の班は貴女を含めて五人。貴女の治癒能力に応じて仕事を割り振るから、早速見せて貰います」


 ミカルラが示した、ベッドの一列。二人は今その端にいる。


「ここから奥まで。治りかけや軽傷のエリアだから、回復力促進を一人ずつかけてくれれば良いです。できますね?」


「えっと……治せばいいんですよね?」


 出来の悪い子を見るような目。それも仕方ないだろう。回復力促進、なんて治し方を夜はしたことがない。


「治せるのならそれでもいいですが。では、始め」


 そうして腕の時計を見るミカルラ。急かされるように、夜は目の前の仕切りをくぐった。


「失礼します。えーと……」


 ベッドに横たわる男性は退屈そうに、とっとと終わらせてくれと言うように包帯の巻かれた右腕を胴の上に動かした。

 夜を見てぎょっとした顔をしたが、それは夜にとってはいつものことなので放っておき、職務の遂行を優先して。


 包帯の上から患部に触れて、念じて。ぽうっと優しい緑色に光って、夜の感覚は完治を告げる。


「すみません、また後で確認しますね」


「え、え、え」


 自分で包帯を取ろうとしているので、きっと大丈夫だろう。次へ移ろうと出ると、目の前に険しい表情のミカルラがいた。


「詠唱ならともかく、魔法名の省略なんて格好つけたことをしなくてよろしい。隠す意味なんてないわ、唱えてください」


「すみません、名前考えてなくて……」


 外傷を治すのは緑色の、生命力の回復は赤色の。蘇生は……必死で覚えていないが、夜は色でのみ自身の回復を捉えている。


「はぁ?」


「治せます。それは確かです。続けますね」


 ぺこりと一礼し、次へ。


 訝しむを越えてあからさまに不審なものを見る目をしているミカルラをよそに、夜は一人一人治していく。


「終わりました」


「……何をしたのかさっぱりだけど、患者の身体は嘘をつきません。確認するから待ちなさい」


 そうして一人、また一人と確認する度、次第にミカルラの表情が困惑に変わっていく。


「……ちょっと待って。治したの? どうやって?」


「どうやってって……治そうとして、治しました。つづきやりますね」


「そっちはエリア違うから回復力促進だけじゃ……待って。見せなさい」


 次の列に入り一人を終わらせたところで、ミカルラから制止が入った。

 右の患者のスペースにはミカルラと一緒に入り、ここまで見た中では一番重傷な――左腕の肘から先がない男性を、夜はあっさり五体満足に治した。


「……そのまま続けていて。いえ、続けていてください」


 ミカルラは飛び出すと、「ファルガル部長ー!」と叫びながら走っていった。


 縦列を終えた頃にミカルラは戻り、患者の確認もせずに夜を奇異の視線で見つめる。


「大体わかりました。……とんでもないのね、貴女。 これから一緒にやっていくから、よろしく」


「合格というか……問題なさそう、ですか?」


「まさか。大問題。治癒の概念がひっくり返ってしまうんだから。ズルよ、ズル。でも、今の私達にはありがたいです。……見たでしょう、決して軽くない傷を負った人達を」


「はい。でも……私の能力が十全に活きるのなら、それはとても嬉しくて」


 まだここにある、この先にある辛さを知らない瞳。

 ミカルラが最初に夜に良い態度をしなかったのは、このためだ。自分がこれから向き合うものの残酷さを、理解していないから。


「強化魔法をかける魔術師の数も互いに減って、これから負傷者はどんどん増えることでしょう。それでも挫けず、治し続けなさい。私達が悩む暇を作っていたら、治すべき人達の悩む機会すら失ってしまうのだから」


 ぽん、と頭に置かれた手。


 ミカルラはそうして、ふっと笑ったのに。


 夜は大きく頷いて、はにかんだ。

一応補足:負傷者の並ぶベッドは一番端こそ軽傷者や治りかけの人々ですが、それ以外の列を傷の度合いで分けてはいません。


重傷患者に、自分の傷の重さを理解させて気力を失わせないため、が理由としては強めに。

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