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吸血鬼の夜に。

「……ミルフィティシア。アンゼプシェン卿に聖槍を向けたって本当?」


 陽は落ちて、ヘレシィロザリア中央の城内。


 テーブルクロスの敷かれた長机について、四人は夕食を取っていた。


「はい。ヴィクトリアさま、『見極めなさい』っていったし」


「あのね……。先代様のご友人に、即死級の武器を突きつけろなんて私は言っていないわ……」


 嗜めを多分に含んだヴィクトリアの言葉を、ミルフィティシアは平然と受け流す。


「アンゼプシェンきょう、『あいつのは四つまで見た』っていってたよ?」


 反省の様子がないのと返しが予想外だったのとで、ヴィクトリアの顔が朱に染まり語気が強くなる。


「なっ……それは、ご指導頂くような手合わせであって違うもの!」


「ヴィクトリアさまのだって、そくしきゅうだよね?」


「……ミルフィティシア。可愛いミルフィティシア。私は貴女の心配をしています。わかって?」


「ばっちり」


「貴女の危うく見える行動が、ギリギリのラインで無事に成立するものと分かっての行いなことは理解しています。でもね、毎度そう立ち回られては私の冷たい心臓が止まってしまうわ」


「むー……きをつけます。ごめんなさい」


 ぺこり、とミルフィティシアが頭を下げて食事は再開された。


 理で押し通せずに情で通る、この二人の関係を眺めていた夜とレオンハルトは曖昧な笑みを浮かべる。


「私とこの子はいつもこんな感じよ。この子の感覚、王族出身故なのかしらと思っているけれど……その辺りどうなの、シュヴァルツフォール卿?」


「ミルフィティシア様だからこそ、なのも多分にはございますが、“らしさ”としては、確かにあるかと」


 参考をあのメイドにしてしまってはまた話が変わってくるが、ローレリアにしたって目的に対する手段の容赦のなさは共通する。それが良い方向にのみ機能するわけではないのは、ヴァーレストそのものの問題として根深いが。


「そうなのね。……元々普通の家の子だった私としては、掴めない感覚だわ」


「ヴァンパイアの……シュヴァンツメイデンの為政者の決め方って、どうなっているんですか?」


 夜の問いに、ヴィクトリアは「勉強熱心で結構」と微笑む。


「そもそも国としての体裁が整ってから、まだトップは私で二人目なの。年数で言えばもう千年を過ぎているのだけれど。その中で私の治世は百年に満たないわ。

 私に血を下さった、先代様が王として在ったのは必然のこと。当時の、法も誇りもなく個々で存在していた同族達を纏め上げ、種族としての矜恃を立て――美しいか否か。かつての不文律はそれだけだった、と。勿論、王足り得る強さがあってこそ、皆従ったのだけれどね」


「ちなみにわたしはヴァンパイアろくねんめだから、しんまいのしんまい」


「……貴女は何かと特例だから。で、種族としてヴァンパイアが国を持ち暮らせるようになるまで、かかった年数が五百年。ただ、問題はまだまだ沢山よ。

 今でも完全にないとは言い切れないけれど、昔は真祖至上主義が特に酷かったの。ヴァンパイア内でも、貴族と奴隷のような身分差ができるくらいにね。それを打ち破るべく、先代様は四百年前に初めて子を作った。……少し語弊があるかしら。血を与えること自体はそれ以前にも行われていたけれど、血を受けて生き延びた者がようやく現れた」


 夜の確認する視線に、ヴィクトリアはこくりと頷く。


「私とミルフィティシアに流れるこのアルカードの血は、血を継げることそれ自体が『血に選ばれた』と言われるほどに、命を落とす者が多かったから。継いだ私は、“血の祝福”をすぐに発現し――永遠を生きる私達にとって特別な意味を持つ、時を操る力を行使して。多くの真祖を下してみせた。……当然反感も買って、それで死にかけたりもしたのだけれどね。ふふ」


 懐かしげに笑うヴィクトリアは「でも、おかげで彼と逢えたんだもの」と聞かせるつもりもなく呟く。


「アルカードの血を引く私を特別とするか、真祖でなかろうとヴァンパイアは等しく力のあることを認めるか。結論は前者寄りだったのだけれど、私を認めざるを得なかったために、直接的な真祖至上主義は消えたの。それで……やっと外交に着手するようになって、私を次の王とした。先代様は自分の感覚が人間とは相容れないことを知っていたのね。私は正しく王として認められて、今に至る――かいつまんでも長話になってしまったわ、ごめんなさい」


「いえ……面白かったです」


 いつしか食事の手を止めて話を聞いていた夜は、ヴィクトリアにぺこりと頭を下げる。


「それは何より。今はこうして、ヴァンパイアの感覚と人間の感覚のズレをある程度減らそうとしている段階。私よりも長く生きているような方々はどうしても、超然としているから難しいのだけれどね」


「ヴィクトリア様は、失礼ながら随分と僕達と近い感性をされています、よね」


 歓談と言うにはやや硬く問うレオンハルトに、ヴィクトリアは微笑を浮かべて頷く。


「私はそう、努めてきたもの。真祖でなかろうと普通は、これだけ生きていれば常人と相容れないものになっているのでしょう。…………理解はできているのは言った通りにね」


「……はい」


 自分とレオンハルトの会話に疑問符の浮かぶ夜を見て、ヴィクトリアは話を切り替える。


「さて、食事の後のご予定は? まだ街を周り切ってはいないでしょうから、散策の続きかしら?」


「そうするー?」


 夜は訊かれてレオンハルトを見る。一緒に行ける? という確認を込めて。


「行こっか。折角だし」


 ぱあっと顔を綻ばせて、夜は頷く。


「ミルフィティシア様。お願いします」


「おーけーおーけー」


「気をつけてね、ミルフィティシア」


 何気ない一言のはずの、ヴィクトリアの言葉が。


 不穏に聞こえたレオンハルトが視線を移すと、その瞳は口元の笑みも曖昧に警戒を示していた。




「まずいかもー」


 身体に鎖をぐるぐるに巻かれて、床に伏しているミルフィティシアはぽつりと言った。


 お洒落なお店でアルコールを少々、お勧めのカクテルだから、と口にしたところまでは夜も覚えている。


 こうして記憶の飛ぶほど飲んだ覚えはないし、ミルフィティシアほど厳重でなくとも自分にも拘束はなされている。それからできる推測は一つ。


「捕まってますよね、これ……?」


 暗くてよく見えないが、小屋か何かの中だろう。周囲に物は転がっておらず、ヘレシィロザリア内なら聞こえるだろう喧騒もなく静かだ。


「よくいくおみせだったから、ゆだんしてた。ごめんね」


「……心当たりはおありですか」


「やまほど」


 無駄だろうと思いつつ投げかけた質問に、その通りの返しをされてレオンハルトは歯噛みする。


 ご丁寧に腕には魔封じつきの拘束をされて、脱出手段はすぐには思いつかない。


 帰りが遅ければヴィクトリアが気づくのは相手も織り込み済みだろう、と犯人の意図を予測する思考は、外から近づく足音に途切れた。


 ゆっくりと扉が開かれ、一人の男が入ってくる。目や肌の色からして吸血鬼、身なりは上等なもの。


「ご気分はいかがですか、ミルフィティシア様」


 声質そのものは心地良いはずなのに、耳がぞわっとする声。


「あまりよくはありません。ノクターニアきょう。ようけんは?」


「簡潔に。こちらにつく気は?」


「こちら、というのがなにかわかりません」


 ミルフィティシアは普段通りに、淡々と会話を進めていく。普通の相手なら苛立つものだが、この相手はミルフィティシアがそういう性質なのを理解しているよう。


「それでは単刀直入に。ヴィクトリア様を裏切ることは?」


「こっかてんぷく?」


「短期的には。いずれは、国家そのものを無くしてしまおうかと」


「それはできないそうだん。アルカードのけいしょうしゃとして」


「そうですか」


 ノクターニアは軽い所作で、ミルフィティシアを蹴り飛ばした。軽く小さいミルフィティシアは、ボールのように宙に浮いて壁に激突する。


 バウンドしたミルフィティシアは、レオンハルトの横に転がった。


 小さくえづくのみの反応を返したミルフィティシアが気に入らなかったようで、小さく舌打ちが聞こえた。


「貴女が最初から首を縦に振るとは思っていない、残念ながら。――そのための人質ですし」


 ノクターニアは夜とレオンハルトを一瞥して、冷たい瞳を夜に向けた。起こる展開を察して、レオンハルトがミルフィティシアに囁く。


「ミルフィティシア様。僕の手首、噛み千切って頂けますか」


「……ごめんね」


 夜に他の男の手が触れる、その方がずっと我慢ならない、と。


 引き起こされる直前、声を上げずにじっと睨みつけていた夜は肉を牙が穿つ嫌な音を聞いた。


「意外と痛みに強いんですねぇ、人間も」


 片手で割って入ったレオンハルトに、さして驚く様子もなく。


 距離を取って悠々と構えるノクターニア。


「夜、治療お願い」


「……ありがと」


 ぐちゃぐちゃな断面で手首から先のない腕を目を逸らすことはせず、拘束されたままに身体を寄せて回復をかける。

 すぐに元通りになったその手で、剣を引き抜いたレオンハルトは枷の残る逆側の手首も切り落とした。


「……後で怒るから」


「後でね」


 両腕自由になったレオンハルトは夜を横たえるとノクターニアと対峙する。


「最近の人間は、そんな簡単に腕が生えるので?」


「ええ。あまり人間だからと言って舐めない方がいい」


 踏み込みからの斬りかかりを、ノクターニアは出始めの腕を押さえて止め、レオンハルトの眼前にすっと指を立てる。


「レオンハルト=シュヴァルツフォール。人間はいざ知らず、我々に人間の納得できるような意図があると思わない方がいい」


「何が言いたい」


 蹴って距離を空け、横薙ぎ。


 ひらりと躱してノクターニアは、続ける。


「才に溢れ王になるべく生まれた者が凡愚の欲により死ぬ。そんな喜劇を面白がって望むような者もいるということです」


「おま、え」


「 “(Segen)(des)祝福(Blutes)”―― 」


 大振りの振り下ろしは、真紅の長剣によって防がれた。


「貴方は生かしておいた方が面白そうだ。ただ――求める真実は詰まらないがね」


 やっと捉えたと思った一閃は、霧と消えたノクターニアを掻き消すに留まった。


「……レオ。いまは、ヴィクトリアさまにごほうこくするのがだいじ」


「……ええ」


 もう気配はなく、完全に逃げたようだ。煮え切らないが、安心はしていいだろう。


「ノクターニアは、せんだいさまとおなじころのしんそ。ちょくせつといつめるのは、ぶがわるいかも。ごめんね、まきこんで」


「いえ。……ミルフィティシア様だけが標的でも、なかったようですから」


 ミルフィティシアの拘束を解いて、次いで一番軽い夜の拘束を解いた。


「レオ、レオ。……レオ」


 とても怖い顔をしているレオンハルトが落ち着かなくて、何度もその名前を呼んで、その頬に触れるけれど。


「大丈夫だよ 」


 言葉とは裏腹に、その表情は暗く重々しかった。

毎度毎度大変本当に申し訳ございませんが、またまたまたまたたいへん遅れました……。


体調崩したり忙しかったりしておりました。

平伏。


しばらくは今度こそ落ち着くと思いますので、何卒……なにとぞ?



長い長いシュヴァンツメイデンの話もここまで、で次辺りからいよいよ、です。

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