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それは吸血姫の夢の形。

「お風呂あってよかった……ん?」


 アンゼプシェン邸。流水の苦手なはずの吸血鬼が大丈夫なのかはさておき、幸いにもあった浴室で入浴を済ませて廊下へ出たところ。


 赤い目の少年と視線が交差する。


 容姿はアンゼプシェンによく似て、灰色の髪。吸血鬼に子供ってできたっけ? などと考えながら、ひとまず。


「えっと……おじゃましてます」


 他に居住者がいたのだな、と思ってぺこりと頭を下げると、飛んできたのは纏う威厳と釣り合わない、少年の声。


「知っている、出迎えたのは私だ。これだけ変わっては無理もない、が……知らないな、その反応は」


「……アンゼプシェン卿?」


 頷きを返され、子供などではなくそのものなのだとはっとする。


「しつれいしました……」


「いくら唯血だろうと、ここまで濃いとは思わなかったが。殆どヒトの血を吸っていないな、アレは」


 独り言半分にアンゼプシェンは呟いて、さっぱりな様子の夜に目をやり続けて説明をする。


「ヴァンパイアの外見は、“なった”時点を基準としてどれほど満たされているかで変わる。足りていればなった頃のように。不足するなら老いて、過剰ならより若く」


「なるほど……つまりは今のアンゼプシェン卿は吸いすぎ、ということですか?」


「いや。私はこれで過不足ない。もう少し抑えるつもりだったが」


 夜よりも若く見え、十四や十五といったところか。明らかにその年齢では備わっていない雰囲気を纏っているため、見た目通りには受け取れないが。


「よるはみたことあるでしょ、ヴィクトリアさまのほんとのすがた」


「わっ……びっくりした」


 音もなくいつの間にか、後ろにミルフィティシアが立っていた。

 夜の横をすり抜けて、二人の間の壁にもたれかかる。


「ヴィクトリアさまは、まりょくをためてるから。ヴァンパイアのまりょくは、ちにいぞんする。いつもはじかんをいじってごまかしてるけど、ほんとはわたしよりちっちゃいよ、ヴィクトリアさま」


  最初に出会った時に助けようとしてしまった、金髪の少女を思い出す。


 全く助けなどいらなかったのに無茶をして、レオンハルトに心配をかけて。


「あの吸いすぎは昔からだな。今はどうなっていることやら。――目的があって吸い方に矜恃もあるなら、止めることもないだろうが」


「……矜恃?」


「あまり本人以外が話すことでもないだろう。どうせ首都に行くのなら、直接訊くといい。――夕食を用意してやりたいところだが、何分料理を覚えようとしたことがなくてな。材料はあるが、作るか?」


「ええっと……ガンバリマス」


 一応、ノアからちょこちょこ指導は受けている。しかし、まだ材料を見て何を作るかレシピを組み上げられるほど熟れてはいない。


「わたしもおてつだいする。レオよんだほうがいいのかな?」


「あ、レオにお風呂出たって伝えて入ってきて貰わなきゃでした……ちょっと行ってきますね」


 夜の言葉を聞いて、ミルフィティシアは素朴な感想を落とす。


「いっしょにはいればよかったのに。ふうふなんだし」


「うぇっ!?」


 確かにおかしくないのかもしれないが、おかしくないのかもしれないが。


 おかしくないとしても、理屈不明に想像すると真っ赤になるくらい駄目なのである。


「や、それは、私そのままだとナチュラルチャーム的にレオがたいへんなので! だめなので! 安全面を考慮して駄目なので!」


「どーどー。まっかっか」


「……夜? 大声出してどうし」

「今ちょっとおとりこみ中だからお風呂入ってきて! お願い! ひとりで!」


 夜の声を聞いてか上から降りてきたレオンハルトを、気恥ずかしさから浴室に続く扉に押し込んで。


「作りますよ! ごはん! ちゃっちゃと!」


「おー」


「……若いな、お前達」


 暴走したテンションのまま奮闘した料理の結果は、なんだかんだそれなりに美味しくできたのだった。




「わ……すっごい」


「みえてきたねー」


 翌日。


 一晩中起きて何か話していたらしいのにぴんぴんしているミルフィティシアに、種族の違いを思い知り。


 朝にアンゼプシェン邸を出て、昼頃。大きく広がる円形の城壁が遠くに見えて、それが一目でシュヴァンツメイデンの首都だと分かる。

 名前は確か、ヘレシィロゼリア。


 城壁から上には、ドーム状になっている透明な膜のようなものがぼんやり視認できる。頂点にある薔薇の紋章からして日光に対する加護なのだろう、首都なら純粋な防衛機能も含んでいるのかもしれない。


「ヘレシィロゼリアのごかごは、かべにかこまれてるはんいとぴったり。わかりやすさ、もあるけど……いちばんは、なるべくちがうっておもわせないため、かな」


「ちがう……?」


「はいればわかる……とおもう」


 程なく到着し、馬車の乗り手にじゃらじゃら音の鳴る袋を渡すミルフィティシアを待って検問所へ。


 ミルフィティシアがいるのだから当然と言うべきか、事前に伝わっていたのか、特に煩雑な処理も要さず中へと通された。


「わー……ん?」


 首都の名に恥じず、石畳の上に大小様々に彩やかな建物が所狭しと並んでいる。

 街の中心に覗く城から四方へ向けて大きな道が伸び、その道の左右が主な商業的役割を負う店の並び。同じように城から伸びる少し細めの道には家々が軒を連ねる。

 城を始点として計八つの直線に、それらを繋げる一つの円。完全なる対称を為したこの都市が、シュヴァンツメイデンの首都ヘレシィロゼリアである。


 しかし主観視点かつ知識のない夜にはそんなことは分からず、それよりも目についたのは別の事柄。


「こんどはにぶちんじゃなかったね、よる」


「ヒトがめちゃくちゃ多い……ですね」


 そう。


 これまで、夜はシュヴァンツメイデンで自分とレオンハルト以外の人間を見たことはなかった。


 しかし、ここではあちらこちらにその姿があり、吸血鬼と人間が並んで歩いていさえする。


「ヴィクトリアさまのりそう、めざすかたち。いまはこのまちだけだけど、ね。そのために、シュヴァンツメイデンでもここだけはほうがとくしゅだったりするんだよ」


「上手くいっているんですか?」


 そう問いを投げかけたのはレオンハルト。


「いまは……そうだとおもう。さいしょはたいへんだった、みたいだけど」


「そう、ですか」


 それだけを返したレオンハルトに当然、背景まで理解しているミルフィティシアは思うところがあったが。


「それじゃ、ヴィクトリアさまにおあいしよっか。ここをみるじかん、はいっぱいあるから」


 素知らぬ顔で話題転換、くるりと二人に背中を向けて歩き出す。


 黙ってついて行こうとしたレオンハルトに、ぴとっと夜が腕に抱き着いた。


「夜?」


「なんでもない。なんでもないけど。……一人になりそうな顔してた、から」


「……ありがとう」


 夜は小さく頷いて、そのまま。一人と二人は城へと真っ直ぐ進んでいく。


 浮いて見えそうな夜とレオンハルトだが、案外その心配は必要なさそうだった。


 吸血鬼と人間での恋人関係、が隠されることなく歩いていたりして。


 建前でなく、本音としての。

 ヴィクトリアの理想はこれなのだろう、と夜は直感する。




 既に城壁は越えているからか、薔薇の咲き乱れる庭園となっている敷地には誰でも入ることができ、吸血鬼人間問わず寛いでいる姿があった。


 その中に聳える石造りの城へ続く入口には執事然とした男性が立っていて、ミルフィティシアが手続きを済ませると先へと進むよう促した。


 窓はなく、均等に並ぶ蝋燭のみを光源とする、ゴシック様式の城内をゆっくり進む。


「おへやにいらっしゃるならいいんだけど……どこだろ」


 三人の足音以外は全くの無音で、暗さも相まって気が張りつめる。


 とん、と鳴った三人以外の足音に、レオンハルトはばっと背後を振り返る。


「あまり力を入れ過ぎないことよ、騎士様。落ち着かないのはわかるけれど、ね?」


 再び背後から、声質の幼さと雰囲気の艶っぽさが合っていない声。


「ただいまかえりました」


 自分よりも幼い容姿の金髪の少女に、ミルフィティシアは頭を垂れる。


「お招き頂きまして、ありがとうございます」


 レオンハルトに続いて夜も頭を下げ、「上げなさい」の声に姿勢を正す。


「ここまでの長旅お疲れ様。ミルフィティシア、また後でお話を聞かせて頂戴ね? アンゼプシェン卿にお会いしたということは、色々と聞いてきたでしょうし」


 ヴィクトリアは自分より背丈の高いミルフィティシアの頬に触れて、抱き締める。


「夜にヘレシィロゼリアを案内してあげて。最初にも言ったけれど、出血だけは注意しつつね」


 ミルフィティシアを解放して、夜とレオンハルトに優しく微笑む。


「二人も、遠路はるばるよくいらっしゃいました。少しは知見が増えたかしら? 夜には是非、この街のことをよく知って欲しいの。ミルフィティシアについていってね」


「いってきます。よる、いっくよー 」


 ミルフィティシアに急かされ、二言三言挨拶を済ませてばたばたと夜とミルフィティシアは去っていき、レオンハルトとヴィクトリアが残る。


「さて。あまり楽しい話ではないでしょうから、ミルフィティシアはともかく夜にはご退席願ってしまったけれど。構わなかったかしら?」


 大人の姿に戻って、ヴィクトリア。


「……ええ。ありがとうございます」


「立ち話もお客様に悪いし、私の部屋の方が何かと安全だし。ついてきて頂戴」


 そうして二人の姿は、闇の中にふっと消えた。

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