シュヴァンツメイデンの次期女王、ふたつめ。
「よーるー?」
「なんでしょう?」
昼食を済ませた町を出てしばらく、陽が朱色に染まってきた頃。
今日は次の町で宿を取ろうと決めて、ゆったり馬車に揺られている。
「わたしはとくべつだからおひさまがへいきなだけ、だよ?」
「……というと?」
ミルフィティシアは夜のほっぺをぷにぷにつつく。
「けっこーにぶちん? レオはしってたんだろうけど、みんなふつうおどろくんだよ?」
吸血鬼共通なのか冷たい指に触れられながら、なお分からずに首を傾げてレオンハルトに助けを求める。
「さっきの村。昼なのに外にいたよね、何人も」
「んー……? あっ」
そういえば、そうだ。
吸血鬼が陽の光に弱いなんていうのは、血を吸うのと同じくらい有名な特徴だ。それがこの世界においても共通の事実だということを、既に夜は確認済だった。
「あれは、どういう?」
「まちのおそら、みた?」
「ええと……見てないです」
「みてみてね、つぎ。つづきはまた、そのときはなそ」
その言葉を待っていたかのように、程なくして。
沈む陽を背負った町のシルエットが、遠くにぼんやりと浮かんだ。
町へ到着し、馬車から降りた夜は早速空を見上げてみる。
「おー?」
町のちょうど中心辺りの空に、薔薇を象ったような深紅の紋章が浮かんでいた。
ミルフィティシアに「みえた?」と問われ、こくりと頷く。
「ヴィクトリアさまのごかご。もともと、ヴァンパイアにはひよけのしょうぞくとかひがさとかあるんだけど、それをすっごくひろくしたかんじ」
「これを町全てに、って話だから……。それだけ本気なんだろうね、人間との共存を目指すことに対して」
レオンハルトの言葉に夜ははっとして、ようやくその意図まで理解する。
「あ……そっか。人間とヴァンパイアが一緒に暮らすとして、ヴァンパイアが明るいうちに外を歩ける、って大事なんだね」
「そのあたり、ヴィクトリアさまかんかくだなっておもう。さいしょはけっこうあったみたいだよ、はんぱつ。やみにいきることはほこりであってかせではない、とか。いまではみんな、なれてるんだけどね」
町の中を進みながら、ミルフィティシアは続ける。先と変わらずミルフィティシアへ向けられる感情はあまり好意的ではないが、直接どうこうするような輩はいなさそうだ。
「ただ、それでにんげんがちほうにすむか、っていうと……まだまだこわいよね、っておもうのはわかるな」
日常的に邪な視線を浴びている夜は、いちいち反応していてはキリがないために悪意を持ってこちらを見る相手への反応が鈍い。
そのために気づけなかった、普段とは意味の異なる害意のある視線に。
レオンハルトは気づいたものの、反応を片手で制したミルフィティシアに小さく頷き従った。
今日はこの町で一夜を過ごすことにしたものの、問題は宿。
旅行者の少ないシュヴァンツメイデンにおいて、まともな宿というのは非常に少ない。
部屋の維持にももてなすための準備にもそれなりのコストがかかる。いつ訪れるかあやふやな客人のために常に万全の状態にしておくにはとても、釣り合わないのだ。
そんなわけで、三人がアテにしたのは町で一番大きな家。
シュヴァルツフォールやスノウリリーのものとは比べるべくもないが、この辺りでは目立って大きな、屋敷と言って差し支えないだろう洋館。
あちこちに苔の生えた石造りの壁に囲まれ、錆びた鉄の門があり。いかにも吸血鬼の住処らしいその屋敷に、ミルフィティシアは門を開けてすたすた進み、入口の扉を叩いた。
「レオ。いちおうね」
「――はい」
すっと夜の前に立つレオンハルト。夜に気づけるような、明らかな臨戦態勢ではない。夜にも他者にも気づかせない範囲での、静かな警戒。
不在かと思うような間があって漸く、内側から扉が開かれた。
「これはこれは、唯血の執行人様。こんな辺境に何用でしょう?」
立派な身なりをした、老齢の男性。目は当然赤く、髪はグレー。威厳のある髭をこさえて。
歳こそ感じさせるものの、衰えているようには見えないのはその眼力故だろうか。
「ヴィクトリアさまからたのまれて、このこたちのおでむかえ。このあたりには、やどがないから。とめてください」
自分を刺す見定めるような視線を平然と受け止め、ミルフィティシアはただ告げる。
「ああ。いいでしょう、貴女に頼まれ断れるはずもない。どうぞ、中へ」
了承を得て、ミルフィティシアは無邪気に、レオンハルトは小さく、夜はおずおずと三者三様の「おじゃまします」を言い中へ。
内装も外観から違和感なく、やや劣化の目立つ アンティーク調のもの。
ランプの灯る、赤いカーペットの敷かれた漆塗りの壁に挟まれた廊下を家主に着いて静かに進む。
「ミルフィティシア様。回りくどいのはお好きかね?」
「いいえ、あまりすきではありませんよ。アンゼプシェンきょう」
家名を口にされ、驚きがあったのか肩が小さく震えた。
「こんな僻地の貴族を、よくご存知で」
「わたしはともかく。あまりヴィクトリアさまをなめないほうがいいよ、って。たまたまじゃ、ない」
歩が止まり、静かに崩れかける均衡。
この狭い廊下で始めるというなら、夜達が巻き込まれるのは不可避だろう。
「戦えというならそうしよう。が、できればそちらの少女はともかく、少年の加勢は遠慮願いたい」
「そのいきやよし、だね。だから、ひとつしつもん。―― “血の祝福”――銀の禊、聖槍」
煌めく槍を右手に携え、それを差し向けてミルフィティシアは問う。
執行人たらんと、感情の消えた冷たい声色で。
「アンゼプシェン卿。貴方には私を殺そうとする意志がある。私に気づかれていたとしても、不意を突く手段は如何様にも出来たでしょうに。正面から来たのは何故?」
「貴女を排除したいのは本意であっても、手段を選ばずには本意ではない為」
ただ在るだけでじりじりと己を焼く、ミルフィティシアの槍。それを突きつけられて瞬きすらせず、アンゼプシェンは静かな声で返す。
「然すれば。何故私を排除したいと?」
「貴女のその血の祝福は、王となった時恐怖による支配を生む。王に力があるのは良い。が、誰も逆らえない力を持つのは正しい状態ではない」
「――よろしい」
槍を消して、「んー」と伸びをする。
そこにいるのはいつもの、あどけなさのあるミルフィティシア。
「きいてたとおり。やっぱりあなたはきちょうなみかたをする」
「ほう? あの小娘が、私を試すとは随分と成長したものだな」
かか、と破顔して、張り詰めた空気はあっさりと霧散した。
「ヴィクトリアさまからはね。『きっと確かな視点をお持ちだから、会ってきなさい』って。あと、『ちょっと過激なところがあるから多少は警戒するように』とか」
「後程聞かせて貰おうか。らしくなったあの小娘の真意を」
「うん。よろしくおねがいします。と、まきこんじゃってごめんね。よる、レオ」
くるりと振り返って、ぺこりと頭を下げられ。
本気で警戒していたレオンハルトはこの拍子抜けする展開に安堵と気の抜けた溜め息をつき、いまだクエスチョンマークの浮かぶ夜は半目で二人を交互に見て。
「ところで、アンゼプシェンきょう? しつもん、もういっこ。ふけすぎなの、なんで?」
「これは誇りでなく、意地になるが。直でしか血を飲まんのだよ、私は。それをほぼ禁止されたようなものとなっては、老けもする」
「んー。わたしの、のむ? しんそならたぶん、たえられるよね?」
恥じらいなどないように、ドレスの襟を引っ張って首元を覗かせる。
「……………………若い頃の奴を思い出すな、お前は」
きっと褒め言葉ではないのだろうが、ひとまず拒否ではないと受け取ったらしく。
「よるとレオはちょっと、うえとかでまっててね。ここからさきはおとなのじかんなので。はたちいかは、だめだよ」
大人の女性として言っているのだろう、その言葉は。
どう見ても背伸びしているお子様にしか、同じお子様ではないレオンハルトには見えなかった。
またまたたいへん遅くなりまして……。
今回の要因は、かつてないほどドストライクなラノベに出会った結果打ちひしがれていました。
今はそれはそれとしてテンションになったので頑張ります。