シュヴァンツメイデンの次期女王。
「きんちょうしてるの?」
見上げてこちらを見る、銀髪に覗く紅玉の瞳に夜は苦笑を返す。
「はい、それなりに。何かと怖いイメージが……」
「僕のが伝わってるのかも。ごめんね」
横のレオンハルトが気を張っているのは、この地に足を踏み入れた時から察している。
謝るな、という意思表示として腕にぎゅーっと抱き着いておいて。
「わたしがいれば、だいじょうぶ。ヴァンパイアあいてなら、ぜったい。わたしのが、レオよりつよいからね」
一切の驕りなくそう言う今回の案内人、ミルフィティシアに。
レオンハルトは同じ色合いの銀髪メイドから教えられた話を思い出していた。
ヴァンパイアの国、シュヴァンツメイデン。
「仕掛けたのならいっそ、今のうちに動いてしまいましょう」と提案したノアに乗り、ヴィクトリアに連絡をして、国境まで迎えのミルフィティシアを寄越して貰った。
出自が出自なため外には秘匿されているミルフィティシアだが、シュヴァンツメイデン内ではその役割と共に一つの呼び名をもって、広く知られているのだという。
曰く、“先代殺し”と。
国境付近では最低限の人員しかいなかったこともあり、ミルフィティシアに対する検問員の態度は為政者に接するそれだった。
国土に対して随分と人の少ないこの国では、町はほぼ手つかずの自然の中にぽつりぽつりと存在する。
町同士の交流もあまり多くないために交通機関の発達も遅く、夜達は馬車に揺られて草原や砂利道を移動している。
お昼どき、「空腹を我慢してます大丈夫ですお腹鳴らないで」な顔をしている夜に気づいたミルフィティシアが、近くに見えた町へ「よってく?」と尋ねたのに承諾以外返せず町の入口に馬車を停めた。
「あ……ごはん、あるんですか? えっと、普通の……というか」
「うん。いっぱいあるよ。ふつうのヴァンパイア、それくらいしかたのしみがないし」
最も栄えた首都周辺に住む吸血鬼達が特別で、そうでない残りの殆どには娯楽らしい娯楽が非常に少ない。ゆえに地方では意外にも、料理が発展しているのだという。
そんな話を聞いて期待の高まった夜に、ミルフィティシアは「はなれないでね」と一言釘を刺して町へ入った。
町内は建物同士の間隔が広く、石造りを基本にした建物自体も一つ一つが大きい。野菜の栽培や家畜の飼育をしている家が何軒か見え、夜の想像していたヴァンパイアの町というよりは生活感のある人間の町に近かった。
しかし。
三人が受ける町の人々からの視線が、はっきりと異質なものだと夜にすら感じられて。
厳密には夜とレオンハルトに向く視線は物珍しさの延長戦上にある。畏怖恐怖困惑拒絶の入り混じった目を向けられているのは、ミルフィティシア。
いつかは人間の住める国にしたいと語っていたヴィクトリアだが、まだ成しえていない現在はシュヴァンツメイデンの人口はほぼ吸血鬼が占める。
その同族からの目が他種族である夜達に対してのものよりずっと異常なことを、夜は疑問に思った。
「ミルフィティシア様?」
「あとでね。ちょくせつなにかは……たぶんない、かな? レオはしってそうだね」
頷いたレオンハルトを見て、その目に「あまり大声で語ることではない」と伝えられ夜は口を噤む。
そんな嫌な空気の中、横に広く外からでも活気のあると分かる建物の一つへと入った。
中の様子からして酒場のようで入ったことは正解だったのだろうが、一人がミルフィティシアに気づいた途端、そこから静寂が広がり沈黙の中数十の赤い瞳にじっと見つめられる別空間へと変貌してしまった。
「おきになさらず……とはいえないのかなぁ」
それでもとことこと、奥に見えるこの店の主人だろう男性の元へ歩いていく。
そんな足取りが止まったのは、道を塞ぐように一人の女性が立っていたため。
「おはなし?」
首をこてんと傾げて無邪気に問いかけるも、相手の険しい顔がそうでないことを語っていた。
「ここに貴女の裁くような誇りに背いたヴァンパイアはいません。お引き取りください」
「んー? わたしはただ、ごはんたべたいだけなんだけどな?」
子供と大人の身長差に、子供のような返答。
それに、相手の女性の苛立ちは加速したらしい。
「……自分の立場を自覚されては如何ですか。国民の平穏を破らないで頂きたい」
「しかたないなぁ」
ミルフィティシアはぐいーと伸びをして、もう一度向き直り。
その顔からあどけなさが消えた。
「はっきりいっていいよ? “せんだいごろし”がきにいらない、って」
直球で詰め寄られたことに虚を突かれたのか女性は一瞬怯んだが、すぐに勢いを持ち直して返す。
「……ええ。気に入りません。先代様を殺しておいて、のうのうと次期女王の立場にいる貴女様が」
「わたしに『ころしてほしい』っていったのは、せんだいさまだよ?」
「戯言を。あのような立派なお方が、長を放棄して死を望むなんて有り得ません」
「あなたは」
とん、と飛んで右手を下にかざし。
現れた光り輝く槍の穂先に着地する。
屈んで同じ目線で覗き込み、問う。
「なんねんいきてるの? ひゃくねん? にひゃくねん?」
同じ目線に立たれたことよりも、その槍が怖いのだろう。女性はたじろぎ一歩下がる。
「っ……少なくとも貴女よりは長いです。貴女には分からなくても、分かります。幾年を重ねた者の心境が」
「うん。にじゅうねんぽっちのわたしに、あなたのきもちはわからないよ。でも、それなら。なんでせんねんいじょういきた、せんだいさまのきもちがわかるっておもうの?」
言葉に詰まった相手に、トドメとばかりに。
「長く生きていようと、いなかろうと。その人の気持ちなんてその人にしかわからないよ。そんな当たり前のこと、こんな小娘に教えられるの……年長者として恥ずかしくない?」
声色も言葉も、ひどく怜悧。
反感を買うような言い方だというのに、反撃も許さずにただ俯いて沈黙するのみに相手を抑えてしまった。
かつてノアの言っていた、「為政者としてなら自分より余程向いている」という意味がレオンハルトには察せられた。根本が優しすぎるノアには、躊躇なく切り捨てられる彼女の気質が素質として映ったのだろう。
「せんだいさまはしをのぞんでいて、わたしだけがそれをあたえられた。それだけのはなし、だよ」
ミルフィティシアは槍から降りて、自分の方へ倒れてくる槍を抱えて持ち直し。怯えの色が相手に見えると、槍をすっと消した。
「わかってとはいわないけど、だれだってかんぺきじゃないし、りそうをおしつけたら、かわいそう。ほこりをもて、っていっても。かんぺきであれ、じゃないもん」
女性を避けてとてとてと、マスターの前の席に座る。
「そんなわたしはミルクをのみたいです。おこさまなので」
ひきつり笑顔のマスターは、裏返った声で「お待ちくだしゃい」と答えた。
ひらがなばっかりよみづらいですね。
ごめんなさい。私も書きづらかったです。
あけましておめでとうございます。
……遅いですね。遅いですね。
今年もよろしくできたら幸いです。
一応、今年のうちの完結を目標に。
話の展開は最後まで考えてあるので。
あ、とはいえ当分終わりません。
さんざん感想頂いているTS葛藤のトコは!
まだ! 書けません!
考えてあります! あります!
はい。
引き続き、お気に召しましたらおつき合いくださいませ。