審問躱すは恋姫の。
「……ありがとね、キャンディス」
「この程度、お礼を言われることでもないもの。それに……大変なのはここからなのよ、夜」
翌日、当然あった夜とレオンハルトへの詰問。
ヴァーレスト城に“たまたま居合わせた”キャンディスがかなり強権気味に同席し、答えづらいものや質問意図のあくどいものを上から論理的に叩き伏せ。
最低限の事実確認及び、「瀕死の回復はできても死者を蘇生させることはできない」と誤認させたままに終了させた。
「それは……そだね。レオの方、大丈夫かな」
「貴女の旦那様は貴女ほどこういうの苦手ではないでしょうけど、立場はより厳しい筈。力を隠す正当な理由、ないものね」
不安にさせたい訳ではないが、事実だ。ぎゅっと目を瞑り祈るようにする夜の手を、キャンディスはそっと取った。
「でも、キャンディス。どうしてわかったの?」
ヴァーレストを訪れる適当な約束を取りつけるのは一日でも足りただろうが、この状況を理解して行動するまでの情報を、どう集めたのだろうか。
「貴女達のことは気にかけているのよ、常日頃。唯一にして大切なオトモダチだし。……それに」
明らかに二人を狙って仕組まれたものだったのだから、この展開まで相手方の織り込み済みだろう。それを通させるわけにはいかない。
とは、夜に「実力を公には隠していた」ことを伝えていなかったレオンハルトを慮って言わずにおいた。あの騎士様はヴァーレストの暗部を夜に教えたくないのだろうから。
「キャンディス?」
「それに……先日ヴィクトリア様にお会いして、夜と話してみたいと思っていたから」
話題逸らしのコツは、予め逸らすための話題をいくつか控えておくこと。その中から文脈によって、適切なものを選択する。
「ヴィクトリア様に? それで私にってことは……色々話したのかな」
「私の城で出迎えたのだけれど、私とアルが恋仲なこと、あっさりと見抜かれてしまったの。だから、ヴィクトリア様の秘密も私の秘密もお互い打ち明け済み。夜の話は、同じように秘密を知る相手として上がったんだもの。ついつい笑ってしまったわ」
キャンディスとヴィクトリアは、原動力が根本的に同じ二人だ。打ち解けるのに全く不思議はないし、嬉しくもある。
「私とヴィクトリア様が知り合ったのは、たまたまなんだけどね。……キャンディスとも元々はそうか。二人が会ったらそうなるだろうっていうのは……わかるな」
「あら。少しは成長したのね。騎士様の我慢が報われる日もそう遠くなさそう?」
「がまん?」
首をこてんと、本当にわからないという風に。
「まだ知らなくてよろしい。……余計なこと思い出しそうだし。ところでヴィクトリア様、『私発端であの子、もう一つ大きな秘密があるのよ』と言っていたのだけれど、訊いても良いもの?」
「あー、時間属性持ちなことだと思う。ヴィクトリア様の秘密知ってる、ってことは知ってるんだよね」
「……………………知っておいた方が良かったか、知らなかった方が良かったか……バレていないならどちらでも良し、としておきましょう」
キャンディスは頭を抱えて、特大の溜め息をつく。
「夜、貴女自分の能力に理解がなさすぎよ。外見といい回復といい時間といい、それぞれ一つだけでも特別視されるものなのよ?」
「……ごめんなさい」
能力そのものへの過小評価というよりは、自分で得たという実感がないから、が大きい。
もっと根本にあるのは自己評価の低さで、それに引っ張られて能力の高さを理解していないということは、流石のキャンディスにも見抜けなかった。
「別に叱りたいわけではないの。ただ、強すぎる能力に伴う危険があるのは知っておいて欲しいだけ。ここから先は慎重にするのよ、夜。必要ならば遠慮せずに、私を頼ってくれて良いから」
あくまで素っ気なさそうに、淡々と。
外交では並ぶ者のいない、無双のお姫様なれど。
友達づきあいは超初心者で、隠すつもりがかえってはっきり伝わってしまって。
夜から満面の笑みで伝えられた「ありがとう」に、これまたわかりやすく赤面してそっぽを向くのだった。
「斬れる剣は折られると聞いていたので」
最初の問いにそう答えて始まったレオンハルトへの詰問は、随分と有利に進んだ。
元々、若かろうと王族家な時点で無理な屁理屈を捏ねた攻撃は慎重にされる。
そこにこの不穏な態度。好機と見て責め立てるような、自分が敵だと宣言してくれるような審問官は残念ながら、今回はいなかった。
伝わって欲しい相手には伝わっただろう、この静かな宣戦布告は、レオンハルトのみの決断で行われたものではない。
折られたはずの剣により。
こうも直接的に出てくるのなら、いっそこちらから仕掛けてしまいましょう、と。
当然、その前に存在して然るべき確認はあった。
「――レオ! えーと……へいき?」
姿を確認するや否や、無邪気に自分の元へと飛び込んでくる華奢なその身体を抱く。
「ん、大方想定内って感じ。罰則らしい罰則はないよ」
本当に心配していたのだろう、自分を抱き締める力が強くなるその腕に、心配させるのはこれからな申し訳なさがちくりと胸を刺す。
そして夜に意識が取られて気づかなかった正面に、意外な人物を捉えて目を見開く。
「キャンディス様? どうしてヴァーレストに?」
「その子のため。連なって貴方の為でもあるけれど。その子に嘘を吐くような人ではないと思っているから、詰問に対する貴方の言葉は信用しましょう、シュヴァルツフォール卿。……とは言え手放しで喜べる状況でもないでしょう、必要なら連絡を。私の裁量内なら、力になります」
おおよその理解をして、レオンハルトは頭を下げる。夜の方は想定していた最良の、一つ上で済んでいるだろう確信を得て。
「深く感謝を。頼る場面はあまり作りたくはありませんが、お言葉に甘えることがないとは言いきれませんね」
「キャンディス、敵に回すとめちゃくちゃ怖いなって思った」
「こらそういうこと言わないの。敵に回ることなんて、私の大切なもの取ったりしない限りないんだからね」
頬を膨らませて抗議するキャンディスの姿は歳相応の少女のものだが、もし彼女の能力が攻撃的に発揮された場合、どれほど恐ろしいものかはレオンハルトにも想像がつく。
矛盾した論理や話の整合性を徹底的に突かれ、浅ましい意図は即座に看破されて非難され、最終的に夜への確認事項を一つ一つ、キャンディスの許可を得た後夜へ訊くようになったあの光景は当事者でなければ、あまりにも可哀想で止めていたのではとすら夜は思う。
「私も本当に感謝してるんだよ、キャンディス。わざわざ来てくれたの、すっごく嬉しかったし」
「……はいはい。受け取っておくわ」
駆け引きしても損益に結びつかないこういったやり取りは本当、下手である。
照れから姿勢を正して、キャンディスはレオンハルトに向き直る。
「用も済んだしそろそろ私は帰るけれど……シュヴァルツフォール卿。これから貴方にも夜にも、降りかかる危険は増えるでしょう。私を頼れと言ったけれど、それでもよ?」
先程からずっとくっついたままの二人を、いない相手を思い浮かべて恨めしそうにびしっと指差す。
「一番護って欲しい相手は貴方、なの。それは絶対、覚えておくように」
夜はなんだか恥ずかしくなって、レオンハルトの腕で目を隠して。
レオンハルトは静かに頷いて、夜をもう一度抱き寄せた。
昨夜あった、然るべき確認に。
彼女を護ることを他の何よりも優先する、と誓ったのだから。
斬れる剣は折られる――出る杭は打たれるです。
折られるな辺り黒いのはお国柄……かはさておき。
前回のレオが使用した魔法、「エンチャント・マリスグリーダ」についてかるめに。
生物に触れた際、“その接触面から直進して行き止まるまで切断して進む”性質を持つ黒いエネルギーを付与する魔法です。
その力で体内に投げ入れられ、内側から全方向に向けて進み、切り刻んであの結果。
で……命名からして英語もじりなんですが、ノアの作った魔法になります。
本来魔法はそう簡単に作れるものではなく、授けられるものの認識が一般的です。……みたいな話を、あと30部くらい後にやると思います。多分。きっと。