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竜種と、唐突の。

「これでお金貰えるんだよね、私達……」


「まあ、うん」


「いいのかな……」


 アレンシュナイズの言っていた通りに、誰がやろうと関係のないような交渉事を終え。


 約束通りに彼と会うべく転移結晶を使用すると、外からでも活気のあると分かる飲食店の前に出た。


 木造建築、年季の入った建物であるのは見て取れるものの寂寥感がないのは内から聞こえる騒がしさ由来か、店の持つ魅力の滲み出ている故か。


 扉を押すと店側に掛けられたベルがからんからんと鳴り、すぐに女性の店員がやってきた。


「いらっしゃいませー。――あら、外の人なんて珍しい……」


 レオンハルトを見て、夜を見て、夜を二度見して、まじまじと見る方向へシフトして。


「じーっ……?」


 当然ながらドラゴニュートの相手を、夜も変な対抗意識を燃やして見つめ返す。

 鱗は暗い茶色、翼は見たところ無し。もしかしたら翼は仕舞ったりできるのかもしれないな、なんてぼんやり考えていると。


「俺の客だ、それ。こっち通してくれ」


 角の席から身を乗り出している、アレンシュナイズの声が届いた。


「団長様の? それは失礼をしてしまいまして。どうぞこちらへ」


「いきなり身元バラすかよ……別にいいが」


 あっさり割れた役職名。夜には分からないがレオンハルトは心当たりがあるらしく、安心半分困惑半分といった様子の苦笑いを浮かべている。


 四人席に案内され、二人並んで座る。


「そちらのお嬢さん呼ぶような小綺麗な店でもないが、美味い。馴染みだし、ご覧の通り騒がしいからな。下手な話もしやすいだろうさ」


「おすすめってありますか?」


 外食自体貴重だが、こういったタイプの店は輪をかけて貴重、というか初めてだ。

 目をきらきらさせる夜にアレンシュナイズはニッと笑みを返す。


「肉。味覚はそう遠くないはずだ。店がお気に召すかの心配はあったんだが、少なくとも嫁さんは大丈夫そうだな」


 むしろ夜が嫌うものってあっただろうか、とレオンハルトは思案しかけて、後にしようと一旦置き。


 なお辛いものは回復をかけてしまうくらい駄目だったりする。


「好きな雰囲気ですよ、僕も。適当に注文お願いします」


「好いねぇ、その空気。外交任されるのも納得だ。――リース、一番美味いやつ三つ」


 曖昧すぎる注文に、先程レオンハルト達を出迎えた店員は「はーい」と慣れた調子で応じる。


「先にこっちから訊いておこうか。俺の身元について、訊きたいことは?」


 あけすけ過ぎて気持ちが良い。こうはっきりと問われては変に包む方が失礼だろう、レオンハルトはそのまま伝える。


「団長とは、ツェルタヴレイズ守護騎士団の団長さんということで宜しいんでしょうか」


「そうさな。首都防衛の任って言ってもウチに攻め込んでくる酔狂な国なんてないし、暇だぞ?」


 今でこそ落ち着いているものの、元はえげつない侵略国家。そのために首都防衛の要となる守護騎士団長には、最高戦力と認められた者が着任するという話を聞いている。

 アレンシュナイズの言うことは事実だろうが、それが彼の戦力評価を下げる理由には全くならない。


 そもそも今こうして対面して、桁が違うことは察せられている。


「正直安心しました。ディルガルドにはこんな怖い人が当たり前のようにいるのかと」


「もしそうなら、今頃世界は統一されてるんだがな。むしろ隠してるにしろアンタがただの騎士扱いされてる、ヴァーレストのが怖い」


 レオンハルトは答えない。

 ヴァーレストが怖い、はその通りだが、アレンシュナイズの思っているようなものでもなく、夜の前でする話でもない。


「まー細かいこと抜きに戦ってみたくなったのは本当だぞ。とは言え食ってからだな」


 アレンシュナイズの視線の先、こちらへ運ばれてくる三つの大きなプレートがあった。

 ジャンキーなものを予想していたが案外健康志向なようで、香ばしいソースのかかったステーキにはボリュームのあるサラダが添えられていた。


「お待たせしました。団長様はこっちね。いつもの野菜抜き」


 そんなことはまるでなかったのだが。




「“殺すつもりでやるが本当に殺すのは無し”ってルールでやれるか?」


「“致命傷は避けないけど相手の命を脅かさない”でいいなら」


「その言い方いいな。次からそうしよう」


 食後落ち着いてから、場所を移して。


 ツェルタヴレイズの外へ下って、草木も人も見えない荒野地帯。

 攻め込まれることを警戒してか、都市周辺に人の住むような環境はない。夜達の移動手段は麓までの列車により、遠くにその線路が見える。


 夜は遠巻きから、丁度良いサイズの岩に座って眺めている。


「始めます?」


 なんだかんだ、普段全力を出せない鬱憤は凄まじいらしくレオンハルトも相当に乗り気。


 いくら治せるって言ったってあんまり傷ついて欲しくはないんだからな、と釘は刺しておいたが、どれほど効果があるかは怪しいところ。


「実力割れてんだ、最初から全力で来い。そのままでも弱かねーが、楽しい相手にゃならねーぞ」


 制約解放状態の戦力まで感知されているのだろう、今更驚きはない。隠しているつもりの自己を理解される感覚はキャンディスと相対した時のものに似るが、アレンシュナイズのこれは材料からの推論ではなく一直線の正解。

 ドラゴニュート共通の能力ではないだろう、明らかに突出している才能。


「失礼を。夜。思いっきり開くから、お願いね。――制約解放」


 確認ではなく宣言。夜はぷんすかするが、辛そうにするレオンハルトはもう見たくないので小言は言っても治すことになるだろう。


 紅の霧は色濃く。本来なら大幅に命を縮める行為、それを躊躇なく覚悟なく行うレオンハルトにアレンシュナイズは眉をひそめる。


「生命力代償の強化。やりたくても誰にだってできるもんでもねーが、その歳でってのは笑えない。……こんな時ですら使うのに元気そうなのは、踏み倒しのタネがあるか」


 そうして夜に視線が向く。肯定していいのか否定していいのかわからず、曖昧にぺこりと頭を下げた。


「薮蛇つつきそうだしやめとこうか」


「……ありがたいです」


 そう言って、地を蹴る音を残してレオンハルトの姿は消えた。

 瞬きの間にアレンシュナイズの背後へ回り、予定されていた背中への剣の叩きつけは――向かい合って振られた竜の右腕に、刀身が砕かれて終わった。


「別の得物、あるか?」


「舐めていましたね。次はこちらを」


 虚空から取り出したのは夜の見たことがない、刀身から柄まで真っ黒な長刀。その黒さに髪の長い時のレオンハルトを想起したのは正解で、かつてあの姿の時によく使用していたもの。


 長さを問題にしない高速の一閃は当然のように右腕で受け止められるものの、今度は砕けるようなことはない。


「硬ぇな。破壊無効付与とも違いそうだ」


「硬度が高すぎて本来、加工は不可能な鉱石です。それを知り合いに頼んで、ちょっと。竜の鱗に通るかはこれから」


 武器の性能が跳ね上がって、攻防はお互い傷を負わずに展開していった。

 身体の一部を竜化させるのは一部のドラゴニュートに可能な芸当、切り替えも瞬時で行われるため、丸腰だろうとドラゴニュート相手に油断のできない理由の一つと聞く。


 必殺を必殺で受け、返し、また受け。

 紅と紅が竜巻のように動き回る二人の高速戦闘は夜から見て何が起きているのかさっぱりだったが、このままではずっと終わらないのでは、そう思えた。


 それは当然二人も気づいていて、先に痺れを切らしたのはアレンシュナイズ。

 斬撃を受け、拳を打ち込みながら問いかける。


「起源回帰。知ってるな」

「勿論。見せて頂けると?」

「下手したら死ぬから、舐めてもない警告だ。受けようとはするな。と、嬢ちゃん。一応防御張っておけ」


 激しいやり取りの最中だと言うのに会話のなされていることに理解の追いつかない顔をしていた夜だが、突然投げかけられた言葉にはっとして「はい!」と反射的に答える。


 そうして言われたままにバリアと時間停止、あらゆる攻撃を防げるはずの防御を敷く。


 受けられる前提で蹴りを入れ、刀身ごとレオンハルトを押し飛ばし距離を空けたアレンシュナイズは、翼を広げて宙に浮く。


「始の炎。ハクレン」


 その一瞬、アレンシュナイズの頭は竜そのものへと変化していた。


 そして放たれたのは、物理法則を無視したような大きさの真っ白な炎。眩しくて夜は目を瞑ったが、それと同時にとても、とても熱い。


 直接炎に触れていると錯覚する、焼かれるような熱さ。すぐに、レオンハルトの無事を確認すべく目を開け――る必要はなかった。


 背中にもたれかかられる感触があった。

 それに全く不快感がなく、安心が先行する時点で誰なのかは分かる。


「こういうことできちゃうから、張る防御は考えておいた方がいいかも。今回は助かったけどさ」


 熱さと言っても部類としては痛みなので、レオンハルトは勿論夜も会話のできる程度には、我慢できてしまう。


「……ちょっとだけ心配した」

「うん、わりとやばいなって思った 」

「後でお説教するからな」


 炎は推進力と巨大さ保ったままに大地を溶かしながら真っ直ぐ進んでいき、大丈夫だろうと夜は防御を解いた。


 レオンハルトが回避したのはアレンシュナイズは確認済だったようで、頭痛のするような顔を手で押さえてこちらを見ていた、が。


「あ、やっべ」


 くるりと振り返る。


「あ」

「あー……」


 レオンハルトの避けた白炎はそのまま進んでいたわけだが、不幸にもその先には防壁に囲まれた都市があった。


 接触まであと僅か、間に合わないと察したのか全員ただ見つめるのみ。


 そして、接触。


 魔術的防御があるのだろう、炎は一度止まったが、それでも速度を落として抉るように侵攻していく。


「あっはっはっはっは……」


 先程までとは違った意味で頭を押さえるアレンシュナイズは、白い顔をして笑っていた。

 もう戦闘続行できるような雰囲気ではないので、夜とレオンハルトは二人で彼の元へと歩いていく。


「大丈夫ですか? こう、色々と」


「片方は大丈夫だが、もう片方は大丈夫に見えるのかと訊きたい……見えるか?」


 ぽっかりと下層防壁に穴の空いた首都の姿を見て、レオンハルトは顔を伏せた。


「大丈夫な方の片方、その様子だと何かしら副作用があるんですか?」


 これからの始末に追われる絶望のみの白さではないだろう顔色に、レオンハルトは問う。


「一方的に知ってても悪いし教えておく。ドラゴニュートの“起源回帰”は、自身の系譜たる竜をその身に宿す力。使いすぎると、竜に呑まれる」


「……呑まれる?」


「ああ。精神的にも肉体的にも、自分から竜に近づく行為だが。精神の方が近づきすぎると、自我を喪って完全な竜と化す」


 竜種とドラゴニュートは、意思疎通ができるかどうかという点で最大の差異がある。ドラゴニュートがどう誕生したのかについては他種族に明かされることはないものの、彼等がヒトとして受け入れられている理由は、ここにある。


「先代の団長は、それを恐れて一線から引いた。起源回帰自体できる奴もほとんどいないが、できても早々使われることはない。一応覚えておくと役に立つ……かもな」


 言葉に詰まる夜とレオンハルトに笑いかけて、アレンシュナイズは「さてと」と自分の破壊した首都の方を向く。


「こんな締めで悪いがお開きだ。久々に思いっきりやれて楽しかった。また来たら声掛けろ。……何かと気をつけろよ、じゃーな」


「ありがとうございました」

「ありがとうございましたー!」


 飛び立つアレンシュナイズにレオンハルトは丁寧にお辞儀、夜はぶんぶんと手を振って。


 あっという間に見えなくなり、二人になって。


「駅近いし、歩こうか」


「とりあえず回復するよ。あと……歩けるの? これ」


 崩壊した都市へ向けて、一直線に抉れた地面。


 穴を覗くと下の方は砂場だったり水が流れていたりと様々で、その高さも統一性がない。


「線路無事そうで良かったね……」


 レオンハルトの言う通り線路は無事で、夜達の帰る列車は何事もなく到着、そして出発したのだが。


 ディルガルドが現在立ち入り見合わせであることについては、車内でもアナウンスが入った。




 すぅすぅと横で寝息を立てている夜を気にしながら、流れる景色を眺めている列車内。


 遠くに見えた小さな点。それが段々と大きくなり、こちらへ一直線に向かってくる光弾だと分かり。


「夜!」


 多少乱暴でも仕方ない、揺さぶって夜を起こす。


「ん……どうしたの?」


「防御、なるべく大きく!」


 寝ぼけ眼をこすった夜は、レオンハルトの声色に只事ではない様子を察して指示に応える。


 できる限り大きく、と言っても直径20mほど。青いバリアの範囲は、せいぜい自分達のいる車両一つ分といったところだ。


「嘘、だろ」


 それに対して、はっきりとその姿の見えるようになった光弾は100mはあるだろう大きさ。


 直接は防げても列車がどうなるかわからない、レオンハルトは夜を抱えて衝撃に備える。


 衝撃は光弾接触から遅れて、列車の揺れる轟音と共に訪れた。


 夜達のいた車両は無事だったものの、その前後は吹き飛んでいて影も形もない。牽引する力が切れ、不安定な車両は線路から飛び出た。


 一帯に人のいなかったのは幸いか、二転三転して止まり、何度も空中に放り出された身体は座席にあちこちぶつかって青あざができた。


「……レオ、大丈夫?」


「僕は平気。夜は?」


「レオのおかげで。……どうなってるの、これ」


 ひっくり返った車内、痛みに呻く人々の声がする。

 しかしここの人達はまだマシだろう、直撃した残りの乗客はいったい、どうなっているというのか想像もしたくない。


「……レオ。私、治すから」


 連結口から遠くに見える、列車の残骸。どれだけ無事な人がいるかなんて分からないが、それでも。


 もし救えたとして、これだけの人数を前に使ったのなら秘匿は不可能だろう、隠すべき力であっても。


 こんな時に隠すくらいならいらない、という夜の意思は、当然レオンハルトには理解できていて。


「……お願い。僕は元凶のところに行ってくるから。第二波なんてあったら、たまったものじゃない」


「ありがと。気をつけてね」


 制約を解放して消えたレオンハルトを見送って、夜は小さく息を呑んで。


 一人一人ではとても時間が足りない、なら複数を纏めてできるように、と願いを形にするイメージを練った。




「ああ――醒竜か」


 攻撃の来た方向をそのまま辿ってすぐ、レオンハルトは元凶に到達する。


 街中で今まさに暴れている、銀の鱗を持つ竜の姿。


 大きな力を持ち法則にすら干渉する、竜種の中でも特別な存在。


 人前で全力を振るってはレオンハルトも言い逃れできないだろうが、夜と合わせて発覚するなら多少、夜への追及がずらせるだろうか、なんて考えて。


 黒刀を構え、無差別に暴れている醒龍に一閃。

 浅いが意識はこちらへ向き、耳をつんざく咆哮が明確な敵意を持って放たれた。


「法則捻られると面倒だから、一撃で。大型相手の技、使うの久々だな」


 大振りの一撃を高く跳躍して躱し、醒龍の頭上へ。空中で突くように構え、唱える。


「エンチャント・マリスグリーダ」


 黒の刀身をさらにどす黒く染め上げて、投擲。


 肩から体内へと黒刀を刺し入れ、それで終わりと着地したレオンハルトはただ見上げる。


 レオンハルトへと振り下ろされた腕が動きを止め、内側から盛り上がるように表面へと亀裂が入った。


 全身に回った亀裂から、爆ぜるかの如く身体がばらばらになって、醒龍はその形を保たずに絶命した。


「やっぱりエグいな、これ」


 地面に刺さった剣を回収して、事態の理解とどういう反応をすべきかを困っている様子の人々を前に、レオンハルトは苦笑した。




 レオンハルトの戦闘が終了したのと同刻。


 夜は大勢の人に囲まれて、ただただ感謝を述べられていた。


 乗客数を確認して、全員無事に今ここにいる。


 広範囲の回復はすぐにできた。しかし問題は、少なからず死者がいたということ。


 厳密には半数以上。


 事切れた――ただ亡くなっているならまだ良い、頭の吹き飛んでいたり身体の半分がないものなど、どう見ても回復できる見込みのない、死体。


 それを抱えて泣き叫ぶ人々に、請われた。


 どうか、どうかと請われて、それで。


 願いは届いた、届いてしまった。


 人の領域を越えているのではないか、そんな考えがふと脳裏をよぎったが、それも泣き顔の意味が変わった人々を前にしては、どうでもよくなってしまって。


 夜は自分の救った命を前に、騎士が隣にいない心細さから胸元でぎゅっと拳を握った。

たいへん遅くなりました(平伏)。


次は……次は……あと1週間くらいしたらぼちぼち落ち着きます。

年末年始少々忙しいのでご容赦くださいませ……。

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