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蒼天座する、竜の都市。

 高い標高のために、空気はしんと澄んで冷える。


 刺すような風が吹いて、夜はレオンハルトに身を寄せ腕を絡ませた。


「寒いよね、大丈夫?」


「ん……こうしてていいなら」


「喜んで。もうすぐなんだけど、遠回りしたくなっちゃうな」


「……ばーか」


 そんな軽口を叩くレオンハルトだが、夜には気を張りつめているのが見て取れる。


 夜が感じる寒さは、高所故に低下している気温のせいだけではないだろう。

 周囲の――都市の雰囲気が、夜の知る街とはかけ離れていて温かさがない。


 視界に映る人々は武器を携えていない方が少数派なくらいで、同じ青灰色の制服に身を包んだ統率された動きの集団が目を引く。


 軍隊だろう彼等は先程から暫し、余所者と分かるレオンハルト達に視線を送ってくる。

 迂闊に応えようものなら、即発の空気。


 不自然ではない程度に気づかないフリをして避けてきたレオンハルトだが、街中に存在する彼等に全く関わらずにこのまま目的地まで辿り着くのは少々厳しいかもしれない。


 横に広い石畳の階段を登る途中、踊り場の中央に道を塞ぐように立つ一団が目に入る。


 レオンハルトは手を握ったまま夜を後ろに下がらせて、片手は遊ばせつつすぐに剣を抜けるように。


 一人こちらへと降りてくる、上等な鎧を身につけた男。

 背中に空いた鎧の隙間から見える深紅の翼を、ばさりと音を立てて大きく広げる。


「ようこそ。ドラゴニュートの国、軍事国家ディルガルドの首都。城塞都市ツェルタヴレイズへ――外交官殿と承知しての歓待なんだが」


 ここに来てから当たり前のように目にしている姿だ、夜も慣れているはず。とはいえ面と向かって相対すると違うようで、手を握る力が強くなる。


 警戒を解かないレオンハルトに呆れ顔でそう言い、後ろで控える兵達へニッと笑って手を上げる。


「お前らじゃ無理だ、余計な敵意回すのやめろ。解散、適当にしてていいぞ」


 その声に従ってあっさりと、レオンハルトの感じていたピリピリした空気は霧散。談笑しながら去っていく兵を横目に、レオンハルトは男に訊く。


「……あなたは?」


 相当な武芸者であることは分かる、まともに打ち合うなら紅霧の力は必須な程度には。

 とは言え他国の街中で無闇に解放することもできず、警戒していればそのままでも初撃くらいは対応できるだろう、と備えている。


「ああ、悪い。名乗りくらいはしておくべきだった。アレンシュナイズと言う。一応それなりに横暴のできる身分、とだけ教えておこうか」


 中隊か大隊か、それくらいの長では最低限あるのだろう。いくら軍事国家と言えどこんなレベルの戦力がごろごろされてはたまったものではない。


 浅黒い肌に紅い鱗、変に目立つほどではないが筋肉質。受ける印象は快活な好青年風。ドラゴニュートの寿命は人間とそう変わらないが、齢はおよそ二十半ばほどに見える。


「こちらは――」

「いい、知ってる。ヴァーレスト王族分家、レオンハルト=シュヴァルツフォールにその嫁さん。外見評判はさんざ聞いてたが、こうして見ると……」


 レオンハルトの自己紹介を止めて話し、夜に遠慮のない視線を向けるアレンシュナイズ。


 どきりとする、が不快ではない。


 視線がいつものように、胸や脚など見られやすい箇所へ向いていない。

 ただ夜を見て、その本質を捉えようとしているような。不純のない目。


「伊達に騎士降りの家に嫁いでないってか。それなりに戦えるんだな」


 夜もレオンハルトも、顔を見合わせて驚く。


 自分がそう思われたことに嬉しかったりする夜と、まだそんな評価を得るほどではないと思っていたレオンハルトとで、受け取り方は大分違っていたのだが。


「家内にはあくまで、護身のためにしか身につけさせてはいないつもりでしたが。……詳しいんですね、当家について」


 そう、こちらの方が問題である。

 調べれば出てくることであっても、それはつまり調べるほどレオンハルトに興味があったということだ。


 それ故に待ち伏せされていたのだろうし、その意図を知らねば下手に動きかねる。


「体捌きは素人の延長線上だが、強い魔術師の“らしさ”を感じる。詳しいって程でもないだろう。ただ何故知ろうとしたかなら、そうさな。ダリアって女、覚えてるか?」


 時間魔法のことにしろ、回復能力のことにしろ。察する感覚が普通ではない、それについ警戒が湧くのを、レオンハルトはどうにか抑えて。

 夜が落ち着かない直接の理由たる名前が出たことに瞠目して、つい抱き寄せる。


「ええ。……それで?」


「ドラゴニュートの死体を自分の身体にした、ってやつ。相手してみてどんなだったんだ?」


 下手に答えたら戦闘が始まるのか、何かのワードを聞き出すための問いなのか。

 判断がつかずレオンハルトは、正直に答える。


「ドラゴニュート自体と戦ったことがないので憶測ですが。力はドラゴニュートのものだったろうと。起源回帰はありませんでしたし、ただ強大な力のみでしたが」


「あっさりと倒したんだろ?」


 夜による全快後なら、そうだ。

 その前については――ダリアの記憶にはノアが干渉しているので、レオンハルトの不調は最初からなかったことになっている。


 はっきり肯定するのもどうだと、曖昧にぼかしてみる。それをどう受け取ったのか、アレンシュナイズは頷く。


「いくら死体とは言ってもな。それまでの記録と合わないんだよ、強さが。で、今日こうして見て確信した。随分と過小評価させてるんだな」


「……お望みは?」


 まさか、こんなところで突かれるとは思っていなかった。国内ならやりようもあったが、外のお偉い方と来ればそうもいかない。


 よって脅迫に対して目的が何かを素直に問い、それによって対応を考えよう、と冷静に判断してレオンハルトは答えた。

 不安がる夜の頭を撫でて。


「あん? いや、望みって言うか……戦ってみてーなーと」


「……………………あん?」

「あん?」


 レオンハルトがつい真似てしまったのを、夜が鸚鵡返しして。

 勝手に張り詰めていただけだった空気が、へなへなと緩まった。


「つまり? えーと? 戦力詐欺を脅迫材料にどうこうしようというわけではなく?」


「そういう発想するのか、やっぱまともに政治やってる奴はこえーな。いんや? うちらの膂力に対抗できるような強さを隠してる騎士様が本当はどれだけのものか、単に試してみたいってだけだな」


 成程。


 そういう思考回路の方でしたか。


「嫌とは言いませんが。今回の目的はあくまで外交なので……」


「ああ、とっとと済ませて来い。どうせディルガルドの外交官なんて、事前に決められたことしか決められないんだからな。五分で済ませて戻って来い。昼時だし飯でも食いながら話そうか。これ、渡しておく。お前も相当に魔法は達者だろ?」


 ぽん、と差し出された転移結晶。紋様入りのこれは、指定座標に勝手に飛ぶタイプか。

 こんなものをあっさりと渡せる辺り相当な身分なのは明らかで、その身分を隠すつもりもさらさらなさそうな、策略謀略とは無縁だろう気質も窺えて非常に良い。


「魔法の適性なんて、どう見抜いてるんです? ドラゴニュートには色紋が見えている、とかなら驚きますが」


「勘っつーか、耳の後ろがざわざわするんだよ、怖い魔術師に会った時。生存本能なのかもわからんな。魔法だけの怖さで言うなら若奥様の方だろうとか、そんなんまで分かるぞ」


「ぶい」


「……………………」


 無邪気に喜ぶ夜を抱き締めるレオンハルトの力が少し強くなったのは、感情由来で。


 こうも平然といちゃついているのを全く意に介さないのは不気味ですらあるのだが、アレンシュナイズから不穏という気配は感じられない。


「ともかく、行ってきます。反故にすることはないのでご安心ください。また後程」

「ありがとうございました?」


 何に礼をしたのかは夜自身分かっていない。とりあえずお礼しておこうの精神。


「おう、待ってるぞ」


 ネコ科のくせに百獣の王な動物を想起させる、獰猛さと人懐っこさの混じった笑みに見送られながら、二人は階段を上った。

前回出てきた「魔力晶化」についての作中説明がだーいぶ先になってしまうので、一応こちらでしておきます。

……いります?


魔力晶化:魔力量及び魔力生成量が人の十数倍を超える者に見られる現象。通常、魔力量も生成量も極めて多くても五倍程度が限度。

 消化の追いつかない魔力生成速度により、凝縮した魔力が“結晶化”し、蓄積されていく。

 さらに、魔法を行使した場合でも通常のように魔力が消費されず、使用した魔力分が精製されるようにして“結晶化”する。

 そうして溜まった結晶はいずれ肉体を侵食し、最後には全身が高純度の魔力結晶になり果てる。


 つまりは、「魔法を使うほど死期が早まり、何もせずともいずれ死ぬ(結晶化する)」呪いのようなもの。


もし己の命を省みないなら、無尽蔵の魔力による魔力行使が可能。



もろもろの設定周り書かないとなー、とは思うんですが、本編に入れると物凄く長くなってしまうので……ぼんやり補完して頂けると。

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