主人と従者と、主人と。
「ついに他種族国家のお相手をされてきたわけですが……如何でしたか?」
過去形で感想を訊かれているのからも分かる通り、既に終え屋敷にて。
事前の対応からしてそう答えていいのだろうと、夜は微妙な笑顔と共に伝える。
「今までで一番簡単でした……」
隣のレオンハルトもいまいち喜べないような面持ちだが、それはあまりにも上手く行き過ぎてしまったからで。
「何も対策は必要ありません、とお伝えした通りだったと思います。エルフの美的感覚上、必然でしたからね。――種明かしと致しましょうか」
こくこく、とあの“理性のある状態でそのまま魅力が通じていたような歓迎を受けた”エルフ族との外交の席を思い出しながら頷いた。
「エルフ族。ヴァンパイアやドラゴニュートのような、種族独自の別権能は有しませんが、その代わりに魔法に対する感覚がとても鋭く、また魔力量から扱いまで優れます。難易度から他種族に扱うことは難しいとされる独自の伝承魔法こそ、種族権能かもしれませんね」
私には問題なく扱うことができますが、なんて余計なことは言わず。この屋敷の管理にすら使用しているので、ノアにとっては本当にわざわざ口にするようなことでもない。
「そして感覚の鋭さとして、彼等にはヒトの魔法性質を視覚的に捉えることができるんです。魔法色紋、なんて呼び方をされていましたか」
「あ、それ聞いたと思います。色紋が綺麗、って」
綺麗、の前に副詞が大量についていたのはさておき。
いつもの魅力遮断用白布と、その下に魅力調整用リボンをセットでつけていき。白布を脱いだ時のエルフ族の反応は、素の自分に対する慣れてしまったそれらによく似ていた。
「私も多少、整えさせて頂きましたが……元々、素晴らしく綺麗な色紋をお持ちです。そして、エルフ族の美的感覚は容姿によってではなく、魔法色紋によるところが殆どです。――つまりそういうことですね」
魔法色紋は元々の性質に加えて、その人物がどんな魔法の使い方をしているかにもよって変わる。知識のあるエルフなら色紋を見ただけで凡その人となりが分かるらしく、種族単位で美男美女な中での判断基準としては、とても妥当に思える。
「なるほど……? って、ノアさんにも見えている、ってことですか?」
さらっと提示されたそれ。今更ノアの特異性に驚くこともない夜だが、そうなると自分の色紋がどんなものなのか、そもそも色紋とはどのように見えているものなのか、訊いてみたくなり。
そこまで汲み取って、ノア。
「ええ。夜様の色紋は……全体に淡く暗みがかった、六色の糸が花の咲き乱れるように絡み合って円形を描く、非常に美しい様相を成しています。色調はある程度操作できますが、その編まれ方はできませんので。天然の宝石のような色紋です」
見えないながらに想像をして、「ありがとうございます」とはにかんで。
きっとこれも自分の性質上、ナチュラルチャーム関連でなっているものなのだろうな、とあまり得意気にはできなかった。
「ちなみにレオとノアさんは、どうなっているんですか?」
ちらりと横のレオンハルトを見ると、居心地悪そうに顔を逸らされた。
「レオ様の色紋は、尖りに尖った白黒の円錐に、色のついた鎖の無造作に巻かれているような。やんちゃなさっていた時の影響、大きいですね?」
「……勘弁ください」
色紋からの経歴理解ができない夜は首を傾げて、もう一つの質問返答を強いらない程度にお願いしたいとノアに視線を戻す。
「私の色紋は……エルフ族に見せたときの反応は、夜様に対するそれと近いかもしれませんね。ただし、畏怖に寄るでしょう」
幾何学的な美しさを持つ、完全なる上下左右対称のそれ。中央に見えるどの性質にも属さない透明な球体は、知る者に見られれば自分の性質が一つ理解されてしまい、複雑な感情を抱かれることだろう。
「……滅茶苦茶凄いってわかっちゃうような感じなんでしょうか」
あくまで肯定的に捉えてくれるこの主人に、ノアは心底安心する。
「近いかと。自分の能力を喧伝して歩くようなものですから、私はあまり行きたい国ではないですね」
過去に行ったことは……あったか。子供の頃、色紋は今より密度の低かったものの、同じように完成されていた。
自分と同じように色紋が見える相手に喜んで、相手には驚かれ、女王様に手厚く歓待して貰って。
色紋から性質を見抜き、「これだけの資質を持つのに貴女は、長くは生きられないのね」とひどく嘆かれた。
解決手段を自分で見つけて今もこうして生きていると知ったら、彼女は果たして笑うだろうか。
「――ノアさん?」
我に帰り、目の前で自分を見上げる夜にノアは、思索に耽っていたことに気づく。
「すみません、失礼致しました。どうされました?」
それにしてもこの主人は、構えずに間近で顔を見ると抱き締めたくなって心臓に悪い。
「いえ、特にどうというわけではないんですが……大丈夫ですか? というのも変かもですが」
「少し考え事をしていました、ご心配ありがとうございます」
ぽんぽん、と夜の頭を撫でて。主人にする行為ではないが、夜はくすぐったそうにして喜んでくれる。
「そろそろ、お部屋に戻りますね。お夕飯、呼んでください。後でね、レオ」
「ん。お疲れ様」
そして夜のいなくなって、レオンハルトはまだ去らずにノアに向き合う。
「昔のこと、思い出してた?」
「……ええ。本日の席には女王様、いらっしゃいませんでしたよね」
「残念ながら。ただ、以前にもヴァーレストで非常に美しい色紋の子を見た、って人はいたよ。夜が興味を持ったけど……十年前の話だし、魔力晶化に罹っていたから、もう生きてはいないだろう、とも」
「……そうですか」
夜の性格を考えれば、聞き覚えのない病名だろうそれについて、当事者が亡くなっているだろうと聞いて質問することはしていないだろう。
親にすら秘密にしていたそれを知っているのはレオンハルトとつい先日打ち明けたミルフィティシアだけで、知られたとしても自分に繋がることはまずないのだが。
「先程は揶揄してしまいましたが……レオ様のやんちゃ、私のせいでしたからね。こんな形で仕えることしかできていませんが、深く感謝しています」
「別にノアのこと解決した後も色々やってたでしょ、僕。それにきっかけ見つけただけで、ほとんどノアがやったようなものだし」
レオンハルトは照れ隠しのように目を手で隠して、足をとんとん鳴らして。
「迂闊に魔法の使えなかった私の代わりに命を擦り減らして戦ったのは、レオ様でしょう?」
いつもの感情を抑えた声ではない。
本心を乗せた、切に願う声。
「……ガラじゃないよ、ノア」
「一度、ちゃんと伝えておきたかったので。今の私は罪滅ぼしではなく、感謝として貴方に仕えていることを」
ガラじゃない、は本当にその通りだ、と思いながら。
レオンハルトを抱き締める。
「こうするの、六年過ごして二度目ですね」
一度目は後悔と共に。二度目は感謝と一緒なのだからまあ、許されるだろう。
「……夜に見つかるとちょっと不安なんだけど」
「私が夜様に心から仕えているの、レオ様の恩人なこともそれなり以上に大きいんですからね、これでも」
「ならもうちょっと普段の扱いをですね」
「考えておきましょう」
その言葉と一緒に、何事もなかったかのように離されて。
「それでは夕食の準備を致しますので。出来上がったらお呼びします」
平常運転に戻りかけたノアは、「あ」と口に出して。
「私は今の生活、気に入っているようです。一人で事を起こすつもりは、きっとないでしょう」
レオンハルトは意味を咀嚼して、ゆっくりと微笑んで。
頷きのみを返して、背を向けた。