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吸血姫、年長者、時々乙女。

 陽が朱に染まって沈む頃、屋敷の扉に手を触れて。


 頭に直接響くノアの声は、今日は三十秒ほど遅れて届いた。


『お待たせしてしまい申し訳ございません、夜様。只今お開け致します』


「いえいえ……?」


 特に不満を持つこともないが、完璧な仕事をするノアにしては妙だな、とは思う。


 訊くのも糾弾するようで嫌だし深く考えずにおこう、と開く扉の向こうに、見慣れた銀髪を視認して。


「おーかえりー」

「……お帰りなさいませ」


 銀髪、二つあった。


「えーっと……ただいま帰りました?」


 紫と紅の瞳を交互に見て、ぺこりと頭を下げ。


「ふけいじゃない。えらい」

「レオ様と違って、真っ当なご主人様ですので」


 ノアの前にちんまりと鎮座するミルフィティシアは夜をじーっと見て、何かに得心したように頷く。


 こうして目の前にすると、やはり。


 どう見ても姉妹だろう、と夜は思う。

 ノアの鉄仮面も平常時のノアを知る夜からすれば剥がれかけていて、距離感が夜に対してのものともレオンハルトに対してのものとも違う。


 隠す気はないのだろう、として思いきって訊いてみる。


「やっぱりミルフィティシア様、ノアさんの……妹さん、ですよね?」


 以前レオンハルトにもした問い。きっとレオンハルトは、ノアのために隠す判断をしたのだろう、と思って。


 ノアは自然に、そして息を呑むほど魅力的に、薄く笑ってみせた。


「いえ。違いますよ、夜様」

「ちがうよー。と、ひみつだよー。……だよね?」


「ええ、秘密にしておきましょう」


 悪戯を話し合うような二人のその光景は、どう見ても姉妹なのだが。

 ノアが嘘を吐くことはないだろう。とすると本当に違うようだ、と夜は混乱するのだった。


 ここでミルフィティシアの種族に考えが至らないのは、まだまだ感覚が異種族に慣れていないのとミルフィティシアの精神的幼さ故であるが。


「むむむむむ……あれ、というか何でうちに……?」


 本来の目的は勿論、ノアとミルフィティシアを会わせることである。しかしそれは隠すつもりなので。


「ヴィクトリア様が、夜様にお会いしたいとのことです」


「え、いらっしゃっているんですか?」


 ミルフィティシアがいる時点でその可能性は高かったな、と少し後悔をする。


「はい。こちらへどうぞ」


 レオンハルトから、ヴィクトリアが夜を待っていたとの連絡をノアは受けていたし、どれだけ落ち着いていなかろうと屋敷のどこに誰がいるか位は把握できている。


 二人がいる近くの部屋へと夜を案内し、ドアをノック。


「夜?」


 聞こえたレオンハルトの返事に、夜を促して一歩引く。


「うん、私。ただいま。……ヴィクトリア様、いらっしゃいますか?」


「お邪魔しているわ、今晩は。お顔を見せて?」


 畏まっておそるおそる、と戸を押し中へ。

 一礼をして去っていく銀髪ツインズを横目に。


 向かい合って座るレオンハルトとヴィクトリアの間には、空になったティーカップがそれぞれ。お茶請けのあっただろう空の容器も置かれていて、長い時間いたのでは、と想像できた。


「……大分お待たせしてしまいました?」


 ヴィクトリアは夜に手を振って微笑む。


「待ちたくて待ったもの、お気になさらず」


「元々今日、夜の帰りも遅くして貰うつもりだったし。当日にしか分からなかったから仕方ない」


 ミルフィティシアと一緒にいるノアを夜に見せていいのか、をノア自身が予め決めかねており、そのためにレオンハルトの帰りが遅い筈といい、外で時間を潰して貰おうとしていて。

 この理由はそのまま言えるものではないが。


「うにうに……ありがとうございます」


 ひとまず、とレオンハルトの横に座り。


 促すでもなく、ヴィクトリアから話がある。


「外交の方は上々なようで、私も自分のことのように嬉しいの。真面目な席ではそれほど砕けた話もできないでしょうけど、そのうち機会があれば、是非ね」


「おかげさまで……楽しいです、ありがとうございます」


 楽しい、と言ってのける夜にヴィクトリアははにかむ。

 やはりこの子は性質として煌めいていて、自分の関わるものも明るくしてしまうのだな、と。


「ふふ、それは何よりね。――と、確認したかったことがあって。時間属性持ちなことを教えたけれど、今どれくらい使えるようになったのかしら?」


 予めすると確認していた内容。レオンハルトに目配せをして。


 認識の甘いようなら、言いやすさの観点からもヴィクトリアから言っておいた方が良いだろう、と。


「ヴィクトリア様みたいに時間そのものを止めるのは勿論できないので、モノの時間を止めるくらいなんですが。盾を出して魔法名無しに時間を止める練習を最近はしてます。時間を止める魔法は極力口にしないように、と教わっているので」


 その言いつけは同じ危惧からだろう、自分より高位の魔法使いたる彼女が抜かるはずもなかったかと安心をして。


 しかし、本人が正確に理解できているかは別だ。彼女も騎士様も、この少女に対してはどうも、上から圧をかけるような行動が苦手なようだから。


「実戦的ね。そのまま続けていればいずれ、戦地でも立ち回れるようになるでしょう。……その意味、わかるかしら?」


「えっと……?」


 首を傾げる夜の目は、争いを知らない目だ。全くではないにしろ、自分と関係するものとして捉えていない。

 以前ヴィクトリアを助けようとした際、襲撃者に対するでもなくただヴィクトリアを守ろうとしたのだから。


「時に干渉する能力は破格よ。少し前まで剣を持たなかった貴女でも、一騎当千の強さを持てる。だけれど貴女は、戦いたいとは思っていないでしょう?」


「それは……はい。ただ自分と、周りをちょっと護れるくらいなら、って」


 当初は自分のみだったのに、“周り”が加わっている。レオンハルトはそれに気づきつつも、夜らしいと指摘はせずに。


「そうよね。……だけれど。力には立場がつきもので、力のあるなら戦いを求められうる。――それは嫌?」


 夜は反芻して、じっくり考えて。


 ヴィクトリアの目を真っ直ぐ見つめて。


「私が戦うことで救われる人がいる時、ですか?」


「……そうね」


 こういう子だ、こういう子だからこそ、と次の言葉が出るより前、レオンハルトはヴィクトリアの警告が未遂に終わったことを確信する。


 それはヴィクトリアも同じで、ただ聞いていたいその言葉を待つ。


「それなら戦う、と思います。怖いですし、傷つけたくもないですけど……それで、誰がのためになるのなら」


「……貴女が透き通るように綺麗なこと、失念していたみたい」


 いきなり外見の話になって、夜は頭上に?を浮かべる。


 分からずとも良いつもりで言ったヴィクトリアは破顔を一つ、せめてもの忠告は済ませておこう、と続ける。


「そう言うのならやめろとは言いません。ただし。ただしね。時間属性だけなら希少で済むけれど、回復能力の方はそれでは済まないわ。もし両方を知られてしまったら貴女は、自分の意思に関係なく戦いの場に置かれる可能性が出てくるの」


 諌めるような口調から、優しい声色へと変えて。笑みは柔和に湛えて。


「貴女が戦うことで誰かを救えるとしても、貴女が傷つくことで誰かが悲しむこともあるのよ。どうしたいか、は貴女が決めることだけれど、それだけは覚えておいてね」


「……………………はい」


 若く見えても年長者なのだな、と優しい諭され方からつい、思ってしまって。

 それからミルフィティシアの年齢に思い至るのは、真剣に話のみに意識を集中させていた夜には厳しかった。


「ほら騎士様、そこでハーグ」


「え? はい」


 いや別にいいんだけど素直過ぎない? と胸に抱かれながら、身体を預けて。


「よろしい。その騎士様、理性が立派で努めて冷静であろうとしているだけで、貴女のことを深く愛していらっしゃるから。私の時みたく、自分で護れないようなことにしちゃ駄目よ?」


 レオンハルト視点で色々聞いたヴィクトリアは、ちゃんと確証を持ってそう言える。話した本人のレオンハルトは、ただ黙って腕の力を痛くならない程度に強くするくらいしかできないものの。


「……善処します」


 言葉でそうダイレクトに言われると恥ずかしいものの、悪い気はしない、というより嬉しくもあり。腕を回して抱き締め返して。


「そうしてくれるとありがたいです」


 何事もなければ下手な方向に転ぶことはないだろう、とヴィクトリアは安堵して二人を眺めて。


 ついつい羨望を込めて見てしまう自分に、自嘲気味な笑みを一つ。




「レオ様、お話が一つだけ」


 夕食も二人分多めに作り共にして、ヴィクトリアとミルフィティシアが帰り、夜は部屋へと戻って玄関前。


 今日のことだろう、と予想していたレオンハルトは向き直って次の言葉を待つ。


「夜様への教育として、こういった本を勧めようと思っていますが、如何でしょう?」


 予想外の話題に虚を突かれつつ、差し出された本を受け取る。


 タイトルだけでは分からず、パラパラと捲ってみる。


「……恋愛小説?」


「はい。私が知見の広い分野ではありませんから、どういったものを勧めるべきなのか困っていまして」


「えっと、待って。教育、だよね?」


 ふざけている時にはとことんふざけているので案外表情がなくとも突っ込むタイミングはわかりやすいこのメイドだが、今回は少々戸惑う。


「ええ、教育です。そろそろ良い頃のように見受けられました」


「良いって……?」


「それを訊くのは野暮ですよ。特に指定のないなら、こちらで決めさせて頂きますが」


「……何となくはわかった。けど、何で恋愛小説を読ませようってなるの?」


「……これだから不敬だとか言われる駄目主人なんですよ全く。あ、独り言です」


 独り言と言うからにはそうなのだろう。聞こえていないことにしておこう。


「夜様にとって本というものの占める割合は元々、とても大きかった筈です。今でもその片鱗は伺えるのでは?」


 屋敷に来て最初の頃、眠らずにぶっ通しで本を読んでいたこともあった。学校に通うようになってからは図書館に頻繁に通い、疑問の消化は本を調べることが一番多い。


 今でも部屋には常に未読の本が数冊ストックされて、夜の部屋を訪れると大抵それらを読んでいる。


「……確かに、そうだね」


「なので。読んで頂きます。結果どうなるかは存じ上げませんが」


「反対はしない。けど、これを僕に言った意味って?」


 ノアはあからさまな嘆息をする。


「一番影響するのは、レオ様でしょう?」

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