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騎士様登場。プロポーズ。

 今の夜は声の主を視認できないが、その人は夜を助ける意思がありそうで、かつ凛々しい少年の声で。

 まだ助けられてはいないというのに安心感をくれる、そんな声だった。


 夜に覆いかぶさっている一人はそのままだったが、残る二人は突然の闖入者へと相対した。荒々しい足音が入口の方に向かっていく。


「先に助けてから、かな」


 その声の後すぐに、二つの足音は行き先を見失ったように止まった。


 行方の正解は夜のすぐ横に。

 

 夜に乗る男の顎を横から蹴り上げて、仰け反った体に回し蹴りをして吹っ飛ばす。

 解放された夜の前に手を差し伸べて、夜がその手を取ると優しく、背中に腕を回しながら抱き起こして。


「ごめんね、遅くなって。もう大丈夫」


 優しい声に、夜は顔を向けて。


 王子様を見た。


 金髪碧眼、中性的な美少年で、その装いはわかりやすく『騎士』のもの、白銀の鎧に腰に差した剣。年齢はおそらく、夜とさほど変わらないだろう。


 その顔から、声から、空気から。善なるものだとはっきりとわかる、そんな少年。


「あり、がと」


 どうにかそれだけ絞り出して、起こして貰ったのに申し訳ないがぺたんと膝をついた。もう安心はしている、がそのために力の抜けてしまって。


 夜の声に、その騎士様は微笑んだ後少し赤くなって、顔を逸らした――ように見えた。


 そしてすぐ、自分に敵意を向ける男二人に向き直る。


 決着は一瞬に。


 獣のように襲いかかる二人に、軽やかな身のこなしでそれぞれの鳩尾に掌底とつま先を食らわせ。


 三人の動けないのを確認して、夜の元に戻ってくる。


「怪我とかはなさそう……かな? どうして君みたいな子が、こんなところに?」


 視線が微妙に夜を見ていないのは気になるが、さておき。


 つう、と夜の頬を滴が伝った。


「わ、ごめん、ちょっと、見ないで、見るな、ばーか、ばーか……」


 一度決壊してしまうと、とめどなく。


 どんなことがあっても決して泣かないのは、夜なりのちっぽけな矜持であって。


 気持ちが事態に追いついて、溢れ出した感情に負けてしまったのを、責めることは誰にもできなかったろうが。


 人前で泣く恥ずかしさと、そのために恩人を罵倒する自分の子供っぽさに、余計に涙が止まらなくなる、そんな面倒な心の在り方をしてしまって。


 何も言わず振り返り三人の拘束作業を始めた少年の後ろ姿に、深く感謝をしていた。




「さっきはごめんなさい。本当に、ありがとうございました」


 落ち着いて、改めてお礼を言い。


「お気になさらず。放っておけるわけもなかったしね」


 そう言いはにかむのに対しどうしてか、真っ直ぐ見据えた夜の目は相手の目を捉えない。それに不満が少し募る。


 夜がよいしょと立ち上がろうとする、と少年は手を貸してくれた。頭を下げて、その手を取って。

 ついついバランスを崩して倒れてしまい、少年に抱きつくような形になった。


「わ、と、ごめんなさい」


 夜が離れようとするより早く、そっとではあるものの離されて。それに強めの違和感を覚える。


「ごめんね、つい。接触は厳しくて」


 どういうことなのだろう、と首を傾げつつ、初めてのまともな会話ができそうな相手に安心する。


「いえ……。あの、よろしければお名前を教えて頂いても?」


「ああ、失礼。名乗るのが先でしたね。レオンハルト。レオンハルト=シュヴァルツフォール。一応、ヴァーレストに認められた騎士をしています」


 本当に騎士様なんだ、と夜の目は輝く。しかし、その瞳は騎士様、レオンハルトとは交差しない。


 コミュニケーション回数の人より少ない夜でも、人の目を見て話すくらいは常識として備えている。レオンハルトがその辺りを弁えていなかったり、この世界では目を見ないことが常識だったり、そういったことは考えづらかったので。


「あの……どうして私を見てくれないんですか?」


 直接、訊いてみる。


 と、レオンハルトは驚いた顔をして、そしてやっと夜と目が合った。


「もしかして……君は自分がナチュラルチャーム持ちだってことを知らなかったり、する?」


「なちゅらるちゃーむ……?」


 わからない、という風に復唱すると、レオンハルトはまた目を逸らした。


「どこから来たんだろ本当……。えっと、チャームは知ってるかな、精神干渉系の魔法の一つ」


「魅了とかそういうもの、ですか?」


「そう。自分に好意を向けさせたり劣情を煽ったり。その魔法効果を生まれながらにして、自然に備えているのがナチュラルチャーマー、つまり君、なんだけど……」


「ええっと……?」


 さっぱりわかりません、と態度で示す。レオンハルトは目を逸らしたまま、説明を続けてくれる。


「ナチュラルチャームは性質であって魔法じゃないから、基本的には何をしても防げない。チャームのレベルにもよるけど、君の場合は本能に訴えて理性を消し飛ばすくらい、みたいだから。余程の精神力か理性を保つ別の何かがないと、この三人みたいになる」


「貴方は……?」


 助けられ、こうして話せている時点で警戒はしていない。純粋な疑問が口から出た。


 レオンハルトは苦笑を見せる。


「精神力、ってことにしておいてくれると。でも限界はあるから、どれか一個ならともかく複数畳み掛けられるときっついんだ」


「複数……とは?」


「ナチュラルチャームは大体、“何に訴えるか”が決まってて、多くは五感のどれかに対して。普通は一つ二つ、多くても三つくらいのはずなんだけど、君は最低でも四つはあるんじゃないかな……。見た目と声と匂いと感触と」


 ここまでのおかしな体験の原因が、理解できた気がする。

 つまり今の夜は度を超えた魅力持ちで、本能を刺激してしまうくらいの。

 そのトリガーが複数あり、最初に引っかかるのは外見。そして外見で意識を捉えた相手に声をかけてしまうことで、理性のタガを外してしまっていた、ということだろうか。


「それじゃ、私はまともに生活できないんじゃ……」


「ん……。だから普通、高ランクのナチュラルチャーム持ちは、こんな街中に出てきたりしないで、閉じこもって生活してる筈。騒ぎになってたからまさかと思ったけど、びっくりしたよ」


 こうなっているのは間違いなく勝手に叶えられた願いのせいだろうが、あの存在は限度というものを知らなかったらしい。


「だから、改めて。どうしてここへ?」


「えーっと……気がついたら、向こうを出たとこに立ってて。人目を集めて怖かったから、ここに逃げてきた、感じ?」


 多分違う世界からきました。だったり、一度死んで生まれ変わりました。といったようなことは、伝えるべきかひとまず判断保留。

 夜は嘘を上手くつける方ではないので、隠し事をする場合の選択肢は『そもそも言わない』のみになる。


「気がついたら、か。んー……。その前って、どういう生活をしてた?」


「生まれつき、ずっと病気だったから……ほとんど寝たきり、でした。こうして元気になったのは、本当に最近で」


「そっ、か」


 レオンハルトは、それを聞くと考え込むような様子を見せる。


 そして会話が途切れたので、夜はこうして落ち着いてみると、気になってしまったことを訊いてみる。


「あの……倒れている人達は、大丈夫なんでしょうか?」


 思考を中断させられたレオンハルトは一拍置いて、夜を安心させるよう柔和に微笑んで返答をする。


「ん、もう君に危害を加えることはできない筈だよ。危害を加える意図があったかの判断は難しくなっちゃうだろうけど、拐おうとした方で捕まえられるから」


 夜はその返答に、『自分の求めた質問の答えではない』という表情をして。


「あ、えっと、そうじゃなくて。怪我とか、死んじゃってたり……はしないだろうけど、問題ないのかな、って」


 そう言う夜に、レオンハルトは目を見開く。


「意識を飛ばすくらいには強めにやっちゃった、けど後に残るようなことはないと思う……」


「そうですか、ありがとうございます。元々は私のせい、みたいですしね。安心しました」


 夜はほっとした表情で、笑う。


 そんな夜を、レオンハルトはじっと見つめて。


 夜は首を傾げて見つめ返し。


 目を逸らされた、が。


 もう一度目を合わせられ、照れの滲む顔をして告げられる。


「本当に唐突だけれど。僕と結婚しては、頂けないでしょうか」


 えっ? と。


 突然に対応範囲外なプロポーズを受けた夜は、何も考えていない、ただそう思っただけのことを返事として返してしまい。


「……………………なんで?」


「貴女ほどのナチュラルチャーマーを保護する手段、のおそらく存在しないため。僕なら守れるから。能力的にも、立場的にも、ある程度の耐性の面でも」


 合理的な答えが返ってきたことに、不満を感じる自分がおり。その所以は考えずにおくが、口は勝手に動いてしまい。


「……それだけ?」


「あー……一目惚れ、を追加していいならお願いします」


 言いづらそうに吐露するレオンハルトに夜はふふっと笑って、思考を真面目に受け止める方に切り替える。


「わかりました。それで、結婚した場合私は何をすればいいんでしょうか?」


「特に何も、要求するつもりはない、かな。大事なのは立場の方、だから」


「本当に何も、ですか?」


「ん。強いて言うなら、なるべく傍にはいて欲しいくらい」


 いきなり結婚を申し込まれるのは、微塵も考えていなかったが。

 条件としては、悪くないのではないだろうか。

 自分の特殊な体質を知って守ろうとしてくれて、そもそも今こうして守って貰った直後で、その体質に耐性があって、騎士様で、あと格好良い。


 不思議と嫌な気は全くせず、断ったところで普通に暮らすのは難しいだろうことは分かっていて。


「ふつつか者ですが、よろしくお願いします」


 ぺこり、と頭を下げる。


「こちらこそ、よろしくお願いします。えっと……」


 何かに気づいて困惑をしている、といったレオンハルトの表情に、夜はその理由に思い当たり。

 薄く笑って、そして少しだけ不満気にしてから、告げる。


「七瀬夜です。17歳、とりえは特にありませんが、どうかよろしくお願いします」


 そうして夜は自分から、旦那様の手を取った。

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