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プリンセス・キャンディス。

「次は最初から、正式な場になるんですね」


 夜の色仕掛けが効かないはずもなく、弱みを握っていたのもあってルスティスとの交渉は過剰なまでに成功。


 それから少しして、次の案件がレオンハルトに渡された。


「うん。と言っても初期交渉、締結だったりの段階はもっと上に回るだろうけど。……相手が相手だしね」


 ノアは自分の知識を探って、相手の情報を口にする。


「大国キーロードの、第一王女キャンディス様。レオ様も元々噂くらいは聞いていたかと思いますが、若いながらも外交手腕の評価がたいへん高い方です」


「ん……。不満を持たせず、かつ自国の利益を最大限に追求するやり方。その時点では損でも、後々に大きな得をすることも頻繁に、だよね」


 若いながらも、どころか齢は夜やレオンハルトと同じくらいだったはずだ。

 数年前から外交の場に立ち、その外交能力から瞬く間にキーロードの外交全権を委ねられているという、才媛。


「私の調べた限りですが、裏のあるものではございません。紛うことなき本物でしょう。一つ、引っ掛かる点はありますが」


「言って」


「黒い噂はありませんが、彼女自身についての私的な情報は殆ど出てきません。(まつりごと)以外では人との関わりが極めて少なく、篭っている様子ですね」


 単体ではおかしいという程ではないが、ノアの調べ方なら対人で得た情報だろう。大国の外交全権となれば近くにいて気にする人間も少なくない筈で、それで情報がないというのは少々奇妙だ。


「……頭の隅に置いておく。と、今回も夜は連れていくんだよね」


「ええ。ルスティスとの一件を踏まえて、補佐の立場が与えられていますし。今回の相手は女性ですが、それでも効果の大きいことは確実でしょうから」


 ノアは「ただし」と続ける。


「キャンディス様のことですから、夜様のことを把握している可能性が極めて高いです。対策しきれるとは思いませんが、そのつもりで」


 このメイドが先行きの見えないままにレオンハルトを送り出すのは初めてで、それだけキャンディスを高く評価しているのだろう。


 考えられる限りに必要な知識を詰め込んで、当日。


 キーロード領、キャンディスの私的所有地だという城の門前。


 城としては小さい方とはいえシュヴァルツフォールの屋敷よりも縦に長く、その城門も当然と堅牢で聳え立つ石造りのもの。


 圧倒されている夜を横目に、レオンハルトは静かに深呼吸をする。


 今日の夜は真っ白なハビットシャツに黒いフレアスカート。髪は後頭部に大きなリボンを一つ留めて結っている。

 このリボンが魅力を下げる役割で、制服よりは緩いくらいにナチュラルチャームを調整している。大体の人は理性が飛ばないが、視認しただけで心酔は容易いくらいの状態。


 今回の相手は王女様、つまりはお姫様なわけで、やり手ということもあって夜は来る前から緊張していた。


 と、城門の入口が鎖の巻き上げられる音を立てて上っていく。

 入口の開いたその先には、執事風の様相、と夜に見て取れる姿をした男性が頭を下げていた。


「お待ちしておりました。レオンハルト=シュヴァルツフォール様にその奥方の夜様ですね」


 顔を上げたその男性は、眼鏡をかけているせいもあるだろうが、理知的かつ怜悧な印象を受ける端整な顔立ちをしていた。

 歳は二十歳かそこらだろう、夜達とそれほど離れているとも思えない。


「私はキャンディス様に仕える使用人、アルフォンスと申します。ようこそおいでくださいました、こちらへどうぞ」


 言葉は歓迎的で、笑顔も自然。だが夜にはそれが、極めて形式的なものであるように感じられた。


 さておき、アルフォンスの後をついて城内へと進む。


 城を歩いてすぐ、二人は気づいた。それを察してアルフォンスが言う。


「この城には、私とキャンディス様以外はいませんよ。人が多いと、奥様が大変でしょうから」


「わ、と、ありがとうございます」


 夜が大変というよりも、夜に惹かれる部下を出したくないのが本音だろう、というレオンハルトの読みは、それよりも注意すべき事柄を前にかき消えた。


 この使用人は、制約無しで戦闘するなら自分が勝てるか怪しいくらいだ、という。


 歩き方で武芸者であることは隠していないが、その実力及び本性は隠されている確信があって、かつ隠された強さが相当だと感じられて。


「ご安心下さい。私から仕掛けることはございませんよ、紅霧の騎士様」


 そこまで読み取っていることを読み取られて、レオンハルトは内心舌を巻く。


「…………つい警戒してしまいました、失礼を」


 使用人でこれなのだから、相当な場所に来てしまったものだ。


 アルフォンスは口数少なく歩き、やがて一つの扉を前に止まった。


 コンコン、と二回ノック。一拍置き、中から声が響く。


「イグザフィリアスの七賢者。勇壮、博愛、憐憫、沈着、滅私、遠見。あと一人、ミレニアラウドに於いて同一とされる彼の者の名は?」


 艶と棘が両立している少女の声。


「治世の賢者、クラウス」


 アルフォンスが答えると「よろしい。入りなさい」と声があり、それを受けて扉を開けた。


 奥に一人分の机と椅子、部屋の中央に応接用だろう、机を挟んでのソファが二つ。左右の壁は本の詰まった本棚で、調度品は最低限。


 部屋の主たる少女は奥の机から立ち上がり、来訪者に向き直ると夜の姿に数刻見つめたまま動かなかった後、胸に手を当て一礼する。


「遠方はるばるお越し頂きまして、深く感謝致します。キャンディス=クラン=ニーモニクス=イヴ=キーロードと申します」


 この世界に来てから、会う女性が悉く容姿のレベルが高いのはどうしてだろう、と自分は置いて考える夜。


 身分が高い相手ばかりだからだろうか、と思い当たって目の前の王女様に畏まり。


 金糸の髪は長く、内に跳ねる癖っ毛。意思の強そうな翠の瞳を宿して。身長は夜と同じくらいで、スレンダーな体型を赤いクラシカルドール調のドレスに包んでいる。


「こちらこそ、お招き頂きありがとうございます。レオンハルト=シュヴァルツフォールと、妻の夜です」


 精一杯それらしくお辞儀をする。


「どうぞ気を楽にして、お掛けくださいませ。最初からそう、仕事の話ばかりするつもりもありませんし。同じ位の年齢の方とお話する機会なんて、珍しいですから」


 にこり、と綺麗に笑って促す。


 その笑顔に既視感を感じた夜が思い当たったのは、ローレリアと似ているな、と。

 同じお姫様同士、高貴さの備わった振る舞いというのはこういうものなのかもしれないと今は納得をして。


 入口側のソファに二人が着席するとキャンディスも対面に腰を下ろし、扉の横に立つアルフォンスに「お茶の用意を」と申しつける。


 程なくしてテーブルに並ぶカップとお茶請けの小菓子。アルフォンスにティーポットから透明な若緑色の液体を注がせながら、キャンディス。


「ディセイルミントのハーブティー。キーロードだと人気なのだけれど、お口に合うかしら?」


 注がれた際、アルフォンスにぺこりと頭を下げる、と微笑が返ってきた。その一瞬、キャンディスの空気が冷えたような気がしたが、本当に一瞬だった為分からずじまい。


「ありがとうございます、頂きます」


 何も疑わずに口をつけた夜に、レオンハルトは表情こそ変えなかったもののぴくりと肩が震えて。それにキャンディスがくすりと笑い、自分のカップを啜った。


「ご安心を。何も仕込んではいませんから。疑う方が本来は必要な心構えだけれど、それを相手に悟られてはいけないわ。今回なら、そうね。私が貴方達に、態々小細工を仕掛けるメリットとデメリット、で考えて棄却しておくべきかしら」


 ふふ、とキャンディスは笑って。レオンハルトはただ「……失礼しました」と謝るのみしかできず。


「私について色々聞いているでしょうし、それゆえの警戒もしているでしょうけど、そうね。私は搦め手は好きではない、とだけ言っておきましょうか。いくら貴方達が、直近ルスティスに仕掛けられているとしても、ね?」


「……どこまで知っておいでですか」


「貴方達個人に対する、脅迫めいた交渉を可能とする材料はないことを誓いましょう。……ああ、結局いつもの仕事ペースで話してしまっているわ、私」


 嘆息するキャンディスに、夜はがちがちに緊張した様子でどうにか、一言を紡ぐ。


「お茶、美味しいです」


 それはキャンディスに対する気遣いのような気持ちからくる行動だったが、堪えきれず、といった調子でくつくつ笑ったのはアルフォンス。


「……失礼。あまりにも可愛らしかったので、つい」


 キャンディスはこほん、と咳払いをしてアルフォンスに一瞥を飛ばす。


「仕事寄りですけれど、適当なお話をしましょうか。ヴァーレストの平均生活水準は世界でも突出して高いけれど、それは国民登録されていない住人を括っていないからで、その数は無視できるものではない、と。いずれ避けられなくなるこの問題について、シュヴァルツフォール卿とその奥様、どうお考えかしら?」


 夜が先に答えるのは難しいだろう、とレオンハルトがすぐに答える。


「犯罪の温床なのは確かですから、対処は早急に必要として。切り捨てるか、掬い上げるか。前者なら、不法に占拠されている土地を取り上げる。おそらく武力介入になるでしょう。一方後者は子供に対しても大人に対しても、正式に国民と認めて教育を行う。併合を図る形になり、長期的視野なことと現国民から不満が出るだろうことが問題点、でしょうか」


「ん。前者は国外まで追い出したとして、後々報復される可能性が高いでしょうけど。ヴァーレストなら無理ではない、か。後者は正道だけれど、行ううちに問題が山積みになるでしょうし。どちらにせよ、見て見ぬふりをしていた弊害はあちこちに出るとして。お陰で回っていたものが滞ったり、明るい手段より有用だったものが使えなくなったり、ね?」


 レオンハルトの反応を伺うように問いかけてから、キャンディスは額を押さえて頭を振る。


「あー……ごめんなさい、癖なの。把握しているわけでもありませんし、察しなかったことにもします」


 本来なら抜き取られていただろう、レオンハルトに対する探りの棄却。話してはいけないどころではなく、相対するだけでこうも翻弄されることに舌を巻いて。


 それと共に、優しすぎるのでは、とも思う。


「随分と手加減、して下さるんですね」


「それを嫌と感じるのならごめんなさい。とはいえ、相手の選択余地を塞ぎ切っての交渉をするのは嫌なものだから。過度に主導権は取りたくないの」


 行動の伴う確固たる矜恃と、それを成し得る能力。

 成程これは間違いなく“強さ”だ、とレオンハルトは感服を覚えて。


「選択余地無くしちゃうのって、悪い交渉の仕方、なんでしょうか」


 そう訊くのは夜。まさに先日、自ら行っている罪悪感から。


「状況による、としか。ただ、そうね。貴女の場合は仕掛ける場合、無くす以外の調整ができないでしょうから。適切に用いるように。……私相手は勘弁願いたいけれどね」


「……ごめんなさい」


 少しの揶揄に素直に謝った夜にキャンディスはくすりと笑った――のだが、一緒に笑ったアルフォンスにすぐ笑みを消した。


「と、先程の質問、貴女の意見はどうかしら? 既に出た意見への同意不同意でも良いわ」


 二人のやり取りを聞きながら、考えてはいた。


 自信を持って言えるものではないが、自分の言葉で思考を紡ぐ。


「国民と認めて教育、が一番良いように思えます。ですけど、それって国の目線であって、その人達がどう思うかは別なんじゃ、って」


 キャンディスの瞳が夜を真剣に見据えて、「と、いうと?」と続きを促す。


「今の生活を続けたい人もいるんじゃないかな、とか。そうじゃなくても、もっと別に『こうしたい』って意見が出てくるかもしれません。だから、具体的な方法を国で考える前に、相手の人達に訊いてみた方が良いのでは、と。……訊けるかはちょっと分かりませんけど」


 得心したというように、キャンディスは大きく頷いた。


「素敵な視点ね。お世辞でなく。実際に行えるかの可否はさておき、持つことが大事な考え方。成程、貴女は人に――寄り添う人、なのね」


 高揚していた声が、最後急に平坦になった。

 その直前に視線の移動があったように見えたが、探る前に別の話題が提示された。


 そんなやり取りを数度経ていくうち、次第に笑みの浮かばなくなったキャンディスが「さて」と切り出した。


「そろそろ本題に入りましょうか。意に沿わない結論を先延ばしにするのは好きではありませんから、簡潔に申し上げます」


 不穏な入り方。


 続く言葉への覚悟をするには、少々短い時間の後。


「今回の件は、交渉をするに値しません」


 極めて強い断り方。


 当然、レオンハルトは理由を訊く。


「……自明と思いましたが、そうであるなら連れてきてなどいませんね」


 キャンディスの視線は冷ややかに、夜を捉える。


「自国を有利にする外的要因をそう平然と立てられて、そのまま素直に応じるとでも?」


「夜の魅了は元々で、利用意図があるわけでは」

「彼女自身に利用できる自覚があるというのに?」


 つい半刻ほど前の会話だ、言い返せる筈もない。


「キャンディス様」


 俯く夜に困窮するレオンハルト、二人を置いて響いた声は、アルフォンスのもの。

 言い過ぎだ、と咎めるような。


「貴方は黙っていて。――私に詭弁を通したいなら、それ相応の覚悟を持って下さいます様。今回はあくまで交渉の末に納得できず、にしておいて差し上げ」

「キャンディス」


 呼び捨てにも驚いたが、その声色が雰囲気をがらりと変えていて、夜もレオンハルトもアルフォンスを見た。


 キャンディスはあからさまに不機嫌に、じろりとアルフォンスを睨む。


「どういうつもりかしら? 客人の前で粗相をするなんて随分な態度だけれど、私に恥をかかせ」

「失礼」


 アルフォンスはつかつかとキャンディスの前へ歩んでいき、眼鏡を取って放り投げ、捲し立てるキャンディスの顔に手を添え、そして。


 唇でもって黙らせた。


 ああ、自分がした時も周りはこんな気持ちだったのだろうか、と見当違いなことを考えて恥ずかしくなる夜と、思考の追いつかないレオンハルトと。


 キャンディスは数秒大人しくなったが、はっとすると顔を真っ赤にして怒鳴りつけた。


「ちょっと、貴方、どういうつもり!?」


「それはこちらの台詞だ」


 敬語も抜け、使用人らしい柔らかさのあった声から攻撃性すら感じる鋭さのある声へ。


「こんな馬鹿らしい結果にするなんて聞いていないし、認めるはずもない。そもそも全くお前らしくもない。冷静になるかと思ったが、どうしてそんなに荒れている」


「……だって」


 キャンディスは肩を震わせて、アルフォンスを見つめる瞳には涙を溜めて。


「だって貴方が、その子に笑いかけるし、その子の所作に笑顔になるし、その子の言葉に微笑むんだもの!」


 これはおかしなことになってきたぞ、と、レオンハルトは大体の察しがついてきた。夜の方は分からず、どちらにせよ二人はただ眺めるしかないのだが。


「いつもこんなものだろう。あまり無愛想ではお前の顔が立たないぞ」


「違うもん! いつもとは絶対に、違うの!」


 涙声になりながら、キャンディスは続ける。


「貴方、可愛らしかった、って、言ったもの……」


 そしてさめざめと泣く、キャンディス。


「……ああ。俺が悪いな」


 アルフォンスは言い、キャンディスを抱き寄せて。


「こうなった以上、全部明かすしかない。そうしていい、のは同じ意見だな?」


「……ん」


「本人の前だが、この際だ。捉えた人物像、必要なくなった目線のものでいい」


「レオンハルト様。根本は善性、知見及び判断基準は清濁併せ持つ。今は不慣れでも適応が早いから、敵に回すつもりなら仕込みは今から。最良の攻め方は“夜様の意思を誘導する”こと。そして、夜様。謀るのに罪悪感を感じるくらいの、善性持ちかつ裏表のなさ。あらゆる前提に善がある。素直に真摯に応対すればそれ以上で返してくれる方」


「それで、本来取るべきは」


「……双方利益を安心して追求できる相手。引っ掛け無しの友好的姿勢。初回提示を僅かに低めに、本提示を高めにする、程度」


「異論なかったな。……さて」


 ようやく、くるりと振り返ったアルフォンスは二人を見た。その腕にはキャンディスを抱いたまま。


「大体察せられてると思うが。キャンディスが失礼をした。質問には極力答える」


 そう言われても、と未だ困惑の中にいるレオンハルトに代わって夜がおずおずと言う。


「えーっと……元々は私のせいだと思うから、ごめんなさい」


「……今可愛いって思ったの、わかるんだから」


「認める。認めるが。こんな焼きもち焼きだったか?」


 アルフォンスの腕の中、腫れた瞳でキャンディスは夜をじっと見る。


「こんなに可愛いって思わなかったんだもの……。本当はずっと、見たときから、不安で仕方なくて」


「お前より上に誰かを置くことは絶対にないから安心しろ、って言っても規格外、不安にもなるか。悪い、察してやるべきだった」


 さて、果たしてこれはどうしたら良いのだろう。


 場の空気というものが全く分からない混沌の中、落ち着きを取り戻した様子のキャンディスは「私から説明するわ」と話し始めた。

お読み頂きありがとうございます。


本当は一つに全部纏めるつもりだったんですが、確実に1万字を超えることになったので、半端なところで分けましたスミマセン。


私自身がアレなので、頭の良い……良い? キャラが書けているか物凄く怪しいですね。


次はなるべく早めに上げます。


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