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学生の本分、迫る学期末。

「ミセス・シュヴァルツフォール。そろそろ期末ですから、任務達成点の確認をしておくように」


 その日最後の授業は担任のクラウディア先生。終わりを告げた後、ついでの連絡と夜を見て言った。


「にんむ……?」


 何の事だろう、と思案を巡らす夜のところへ、レオンハルトを半目で見つめるスノウリリー、という構図で二人がやってくる。


「てっきり夜は、特例で免除とか受けてるものだと思っていたんだけど?」

「自分に縁がないからと失念してました……」


 スノウリリーは大きな溜め息を一つして、レオンハルトに目で確認を取り、促しを得て説明を始める。


「うちの学校、理想目標が騎士でしょう? だから実習課題として、任務を受けないといけないの。学生対象だから勿論、そう危険なものはないけどね。で、この騎士様は本物受けてるから、当然不要ってわけ」


「なるなる……リリーは?」


「私は、学期始めに終わらせちゃってたから。ある程度バラけさせて訓練にした方がいいんだろうけど、難易度的に物足りなくて、ちょっとね」


 流石の優等生だった。


「とりあえず今どんな依頼が来てるか、見てみるといいと思うよ。私が一緒に行ってもいいけど、レオの方が確実だし三人以上だと評価点的にあんまりかな? 本物行く時点でどうなのとも思うけどね」


 後は自分で責任取りなさい、というようにレオンハルトを見るスノウリリー。


「とりあえず行ってみようか。時期的に混んでるかもしれないけどね」


「私はお暇しておきましょうか。また明日ね、二人とも。……明日よね?」


「流石にいきなり二日三日かかるようなのは受けない……と、思う」


「無茶させないでね。それじゃ、またね」


「ばいばい、リリー」

「また明日」


 手を振ってスノウリリーと別れ、「さて」と歩くレオンハルトについていく。


「……別に途中までリリーと同じでも良かったな。っと、ごめんね忘れてて」


 教室を出て、校舎棟を出る道のり。


「ういうい。間に合うならまあ、いいかなって。……間に合うんだよね?」


 右に曲がれば図書館で、真っ直ぐ行けば門へと続く。そこを左へ進んでいく。


「大丈夫。まだ一ヶ月くらいあるしね。……テストのことも考えないといけないだろうけど」


「あー、そっか。楽しみだな」


「……楽しみなの?」


 およそ学生らしくない発言。

 夜が真面目なのは知っているし、授業にも問題なくついていけているが、テストが楽しみという学生はそうそういない。


 毎回全科目満点に近いスノウリリーですら好んではいないようだし、同じようなレオンハルト自身もそうだ。


「うん。みんなが嫌がるテストって、どんなものなのかなーって受けてみたかったから」


 無邪気に笑ってそう言う夜に、つい。


 レオンハルトは頭を撫でてしまって、その子供扱いにむくれられる。


「なにさー」


「……いや。なんでもない」


 もっとこの子に色んな世界を見せてあげたいな、と思ったのは留めておくことにした。


「と、ここだよ」


 到着したのは落ち着いた灰色の建物。そう大きくはなく、教室二つを細長くくっつけたような造りをしている。


 開かれていた扉から中に入ると、まず生徒がまばらにいて長椅子に腰かけている姿が目に入った。

 視線を右に移すとカウンター越しに職員が数名並んで生徒の応対をしている。夜の知る病院の受付と、やや似ているだろうか。職員の格好はそれなりに異なるものの。


「僕もほとんど来たことはないから、あんまり勝手は知らないんだけど……」


「まあ、レオンハルト様。丁度良いところに」


 入ってすぐ、邪魔にならないよう横にずれていたところに入口から声をかけられた。


 若い女性職員だ。おそらく教師ではないだろう、夜は校舎棟で目にしたことはない。


「ええっと……なんでしょう?」


 レオンハルトも知らないようで、困り気味の薄笑いを浮かべて返す。レオンハルトが一方的に知られているのはそう、珍しいことでもない。


 女性職員は夜をちらりと見て、じっと見つめて、そのまま視線を逸らさないのに夜が何か不安を感じた頃、「あの」とレオンハルトが声をかけて思い出したように用件を話した。


「こちら、手違いで学園に届いてしまったものなんですが……本来は正式な、それも実績のある騎士様にお願いするもの、ですがレオンハルト様なら……?」


 そう言い渡してきた羊皮紙をレオンハルトが一瞥する。


 レオンハルトの纏う空気が冷たくなったことに夜は気づいて、その手をぎゅっと握った。


「ありがとう、大丈夫だよ」


 もう嫌だから、と込めた想いは伝わったようで、氷解して優しい声が返ってくる。


「……こちら、自分が受けてもいいんですね?」


「はい、是非! 間違いを伝えようにも連絡が繋がらなくて、でも緊急みたいだし、困っていたんです。あ、今回は奥様のためにいらっしゃったんですよね?」


 夜をもう一度見る、のをレオンハルトがやんわりと遮った。魅了の効きやすい相手、と判断したのだろう。


「奥様にもご同行頂いて、達成点に加算してしまっても構いませんよ。一度に前期分まるまるは入ると思います」


「……ごめん、夜。リスクはあるんだけど、護ってみせるから。一緒に来てくれないかな?」


 レオンハルトの表情は真剣、そして真摯だ。夜はこくりと頷く。


「いいよ、勿論。どんな内容か、だけ訊いてもいい? 」


 沈黙があり、決心したように夜の目を見据えて。


「村を一つ滅ぼしたヴァンパイア一人の、手段は問わない早急な無力化。依頼主は村唯一の生き残り、みたい」


 吸血鬼。


 モンスターの花形だが、相対すると分かってわくわくする相手ではない。レオンハルトがこう言うのなら、危険度は高いのだろうから。


「村は近いのかな?」


「普通に移動するなら、着いた頃には日が暮れてるだろうね。移動する可能性、次を襲う可能性、その辺り考慮しての早急な、なんだと思う」


 普通に、が示す意味を夜は理解できなかったが、つまりはノアを頼れば、ということ。

 しかしあまりに早い到着は、報告の際に異常として映る可能性のあるためレオンハルトとしては避けておきたかった。


「リリーにごめんなさいしないとね。いいよ、行こ」


「では、お受け頂けるのですね?」


 二人のやり取りを見守っていた女性がにこにこ笑って言う。


「ええ。自分と夜と、二人での登録をお願いします」


「承りました。よろしくお願いしますね」


「移動手段は、汽車かな。少し準備も必要として……では、失礼します」


「汽車があるの!? やった、楽しみ。あ、と、しつれいします」


 ぺこりと頭を下げて去る二人を、女性は笑顔で見送って。


 他職員からは見えない死角で話していたことなど、夜とレオンハルトが気づけるはずもなかった。

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