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騒動を経て、ふたつめ。

「レオ。確認したいことがあるんだけど」


 学園を出て街中、目を輝かせて歩く夜に後ろからついていく二人の構図。


 屋敷と学園内で行動圏がほぼ完結してしまう夜にとって、こういったたまの機会は得がたい幸福なのだった。


「うん?」


「夜の回復能力。魔法名すら口にせずに、分離した手の完全回復。最上位の回復術師だってそうできることじゃないよね」


「……あまり人には言わないで貰えると助かるかな」


「ええ。そのつもりよ、私はね。……私は夜から聞いていたの、少しだけ。本人は、隠さないといけない程の力だ、ってわかっていないんじゃない?」


 勤勉なスノウリリーは、汎用魔法の各種類における初級から最上級までをおおよそ記憶している。

 回復分野は身体そのものの治癒力の促進と直接的な損傷の回復とで大きな差があり、後者が使えるのなら騎士団のお抱え回復術師にだって召される。


 それでも、戦闘中に切断された腕や足を即座に回復してみせるなんてのはまず不可能で、肉体の欠損回復は基本、数人がかりで時間をかけて行うものだ。


 あんな一瞬で、奇跡のようにできていいものではない。


「……言っておくよ。それでも夜は、自分が治せるなら治しちゃうだろうけど」


 とてててと子供のように歩き回る夜は、屋台のように横並びになっているお店を見て回っている。

 話しつつも周囲の警戒は怠っていないレオンハルトは、不穏な視線に対して時折剣に手をかけ威嚇をしておき。


「今日の目撃者が特異性を理解してるかとか、夜のアレでどれだけ吹っ飛んだかとかわからないけど。貴方の妻であると同時に私の友達なんだから、本当大事にしてよね、お姫様?」


 自分に対する呼びかけのような「お姫様」に、レオンハルトは聞き返す。


「お姫様?」


「ええ、お姫様。キスで目覚めるのなんて、お姫様の特権でしょう?」


 くすくすと、からかい笑いを見せてスノウリリー。


「あのですね……」


「ああ、そういえば金髪美少女に変装するとかも聞いたっけ? ならやっぱり、お姫様ね」


 これにはレオンハルトも噴き出した。どう対処するかどの自分で考えるべきかをぐるぐる考えて、結局素のまま答えることに。


「……もしかして夜から?」


「そうよ。初めて会った日に、レオの知り合いって確認するために何かない? って訊いた結果。安心して。誰にも話してないから」


「そういうのじゃ、ないので。違うので。本当、違うので」


 趣味ではなく実益のため、と言うと益々誤解されそうだが、その通りである。もっとも、それをスノウリリーに話すわけにはいかない。


 そのためこれ以上の弁明もできず、夜に怒ることもできるはずがなく。詰んだレオンハルトへの助け舟のように、夜がくるりと二人を振り返った。


「レオ、リリー。買い食いをしたいです」


「はーい。ならおすすめを教えてあげましょうか」


 にやりと笑ったスノウリリーが、真面目な話の最後は少し茶化す癖があるのをレオンハルトは知っていたので。


 今日は本来感謝するところなのだが、茶化され方的に複雑なのだった。




「お帰りなさいませ」


「ただいまです」

「ただいま」


 帰宅して、ノアの出迎え。


 夜を見てノアは、一層鋭い目つきをした。


「夜様。何があったのか、お話頂けますね?」


 夜はレオンハルトを見て、逡巡と言った様子。どう伝えるべきか、やどこまで伝えるべきか、何を伝えたらいいのか、等々。


「……僕から言っておくから。夜は上がってていいよ」


 夜はこくりと頷き、ぺこりと礼をして、立ち去ろうとした夜に、「お待ちを」とノアの声がかかる。


 やっぱりまずかったかな、と思う夜の思考を外れて、ノアがしたのは抱擁。

 極めて美麗で高貴さを備えるこのメイドにこうされるのはいまだに、少し緊張する。


「……ノアさん?」


「私がしたいだけですので、お許しを。……失礼致しました、お部屋にお戻りください」


 すぐに解かれて、夜は苦笑とはにかみ半々にもう一度お辞儀をして部屋へと向かった。


「さて。それではお話願いましょうか」


「……直接渡すから、それ見て」


「かしこまりました。久しぶりですね」


 しばらく使っていなかった魔法を、記憶の引き出しから探り当てる。急く気持ちがあるので、魔法名すら省略して、懐かしいやり取りを投げかける。


「記憶の共有申請。提供内容は委任」


 レオンハルトの額に、淡い灰色の光を纏ったノアの人差し指をとん、と立てる。


「提供の承諾。内容は……6時間前から今まで、かな」


 すぅ、っとノアの人差し指の先から真珠のような光が流れゆく。それは指へ浸透していくように吸収され、やがて灰色の光とともに消えた。


 指を離して、ノア。


「成程。言いたいことはそれはもう山程ございますが……後で夜様をもう一度抱き締めてきましょうか。そういう選択をされた、のですね」


「……ん。相談無しに、は悪かったとは思ってる」


「構いません。夜様を最上に置くことについては異議はございませんので。それでも基本は隠し通す方針、で宜しいのでしょう?」


「それでお願い。結局は今まで通り、だね」


「では、そのように。しかし――レオ様、自分からは一度もせずにされてばかりとは、男性として情けなくないので?」


 一転して投げられた駄目出しに、真剣な面持ちだったレオンハルトの表情は一気に崩れる。


「……だって仕方ないじゃん、夜、恋愛感情は多分持ってないみたいだしさ」


「多分ではありませんね」


 自分で言って悲しくなったことへの、容赦ないトドメ。


 優しいメイドからのフォローが入る。


「現時点では、ですが。恋心という回路そのものが、存在していないでしょうから。好意は持たれていますから、ご安心ください」


「それは……うーん……。あと、自分の魅力が並外れてるの自体は自覚しているはずなのに、自分が可愛いって思ってる気がしないのとかさ……」


「そうですね、その通りかと。自分のために利用してやろう、という発想がないように思います。故に自負を持たせる方向で“可愛らしさ”として自覚をしていない」


「だから受け身になるのは仕方ないと言うかですね」


「別に今はそれでよろしいかと。先日私がレオ様の邪魔をしたのは、何割かは嫌がらせですが、何割かは本気の危惧がありましたし。気がついたら自分に怯えて泣く夜様がいても嫌でしょう?」


「……何かと否定できない」


「ですので当分は、程々に我慢ください。黒衣のお姫様でも、私は構いませんよ」


 スノウリリーに次いでのいじり方に苦い顔をする。ノアがこう言うということは彼女が知っていても問題ないと判断した、とさり気なく伝えている辺り、有能で腹立たしいが。


「ところで、今から少し出掛けてきても構いませんか? 5分……いえ10分で戻ります」


 と、あからさまな殺気を帯びて言う。脳内では絶賛、いかに最大効率で殲滅するかの計画が進行中だろう。


「だめです」


「跡形もなく……本当に、全人類の記憶からも消去致しますのでご安心ください」


「夜が悲しむから駄目。って、言わなくてもわかるでしょ。僕が言えた義理じゃないけど、落ち着いて。本当に僕が言えた義理じゃないけど」


「ちっ……。全くその通りです、が。起因が起因ですから、今回それについてお叱りをするつもりはございません。ただ、夜様を悲しませることだけはどうか、お気をつけ下さいますよう。これもわかっていることでしょうが」


「それは……約束する」


 お互いがお互いに、自分が言えた義理ではないが。

 その由来故に、抱く感情に納得してしまうため茶化すことも窘めることも強くはしない。


「それはそれとして、腹いせにレオ様を一発ぶん殴らせて頂いても構いませんか?」


「……どうぞ」


 ノアはレオンハルトの頬に手を添えてじーっと見つめて、さしたる覚悟もなく。


 ぼごぉ。


「それで、一つ提案があるのですが」


「ちょ……ちょっ、と、待って……」


 ちょっと待った。


「それで、一つ提案があるのですが」


「言ってみて」


 全力で突かれた鳩尾に、腹を押さえるのみで倒れないのは流石騎士様とノアは感心した。自分の身体の鈍りも感じて、少々へこみもしたが。


「夜様に、戦闘をお教えしようかと」


 レオンハルトは長考の後、「どのくらいまで?」と問う。


「戦闘を生業としている相手には勝てないまでも、多少の対処が可能な位。訓練を受けていないような相手なら、複数人の相手が可能な位。つまりは、自分の身を守れるように」


「それなら……そうだね、必要だと思う。あまり夜に、そういうことはさせたくなかったんだけどね」


「夜様は、戦闘に向いている性格ではございませんからね。相手を傷つける意思のない者が強くなれるのには、限界がございますし」


「でも、それでいい。でしょ?」


 悲しげに映るその微笑みは、過去の誰かと重ねているようで。


 ノアはただ何も言わず、頷くことしかできなかった。

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