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騒動を経て、ひとつめ。

 その後の授業は一応通常通り終えて、放課後。


 スノウリリーとの約束がある夜は、レオンハルトに許可をとる。


「いいよ。いいけど、ついて行っていい?」


 夜は「えー」とわざとらしく嫌そうにした後、「リリーがいいなら」と返した。


 そして丁度二人の下へ来たスノウリリーだが、夜が訊くより先、「ごめん、ちょっとだけ待ってて」と荷物をそのままに教室を出ていってしまった。


 訓練場で別れて以降ちゃんと話していなかったので、話題も無しに対面しているとどうも、気まずさが漂う。


「……夜」


 放課後の喧騒の中、自分の名を呼ぶ声はよく聞こえた。


「なにさ」


 怒った風に取り繕うのは、悲しんでいたことを知られたくないからだ。悲しみを悟られるときっと、この騎士様は深く悔いるだろうから。


「……顔見て話せないから、抱き締めていいかな」


「なにその誘い文句……。まだみんないるんだけど」


「あんなことしておいて今更、って言うのは駄目?」


 おかげさまで夜の方が顔を見せられない状態になったため、自分から抱き着く。


「……うっさいばーか」


 そのまま腕に抱かれて安心してしまうのは、何と言うか。

 少しだけ悔しかったり。


 周囲の音は一瞬消え、視線はちらほら感じるものの、おおよそ流されて受け入れられているようだ。それもどうかと思わなくもないが。


「今日は本当に、ごめん」


「……ほんとだよ、まったく」


「うん。……一つ、お願いをしたいんだけど、聞いてくれる?」


「聞いてから決めるから。言って」


「もし夜から見て僕が間違ってたら、今日みたいに止めて欲しい」


 少しの沈黙。


「……私が正しいとは限らないけど、いいの?」


「いい。泣かれる方が辛いな、って思ったし」


「……そっか。なら、うん。わかった」


「それにちなんで、なんだけど。夜が知ったら止めるだろう隠し事が一つ、あります」


 意図を汲もうと考えて、また少し会話が途切れる。


「言いたくないこと、なんだよね?」


「そう、だね。どうしてもって訊かれたら、答えないわけにはいかないけど」


「いいよ、言わなくて。お互いのこと全部、知ってなきゃいけないわけじゃないと思うしさ。隠し事がある、って言うだけでレオが楽になるなら、それで。でも、もし知っちゃったら止めるかもしれない。それでいい?」


「……ありがとう。うん、それでお願い」


 ここで自分の隠し事にそもそも思い至っていない辺り、もう全く違和感がないのだろう。


「おふたりー? 私お邪魔なら帰るよー?」


 ひょこっと現れたスノウリリーに、横から揶揄される。


「やーだー。むしろレオついてきていいかなって話をしたかったんだけど」


 あっさりと自分から離れた夜にレオンハルトは複雑そうな顔、それに気づいてスノウリリーは苦笑をする。


「どうぞ。――レオも来る、っていうことは許可は貰えたのね」


「今日の僕は夜には逆らえませんので」


「いつも、じゃなくて?」


 冗談めかして本気の確認をすると、レオンハルトは曖昧に笑った。


「そういえばリリー、何してたの?」


「んー? ちょっと、トドメ?」


 首を傾げた夜の頭を、誤魔化すようにぽんぽん叩いた。




「ヴァザーリ家のドラ息子、ちょっといい?」


「……スノウリリーか。なんだよ」


 終業後すぐ、教室を立ち去ったジュリアスを追いかけた。声をかけるとはっきりと嫌悪を示され、少しの怯えも見えるような。


「いい機会だから、教えておこうと思って。まず夜のことからね。あの子、SSS級の保護認定対象者」


 すっと血の気が引けたジュリアスに愉悦を感じるような趣味は、残念ながら持っていない。


「……何で教えてくれなかったんだ」


「あの時の貴方に言っても聞かなかったでしょ。……っていうのは建前で、あの子もレオも普段全くそんな素振り見せないから、失念していただけね」


 言っていれば少なくともここまでにはなっていなかっただろうに、と自省する。

 スノウリリーのそんな様子は全く目に入っていないようで、ジュリアスは戦々恐々といった様子だが。


「それなら、うちは……一族全員死ぬ、のか……?」


「馬鹿を言え。そんなことしたら夜が気にして仕方ないでしょ。貴方程度に夜の気持ちをこれ以上滅入らせてたまるもんですかっての。夜は絶対しないし、レオにもさせないと思うよ。……未遂じゃなかったら怪しいだろうけど」


「そう、か……」


 安心されても、少し癪だったので。


 スノウリリーはそのまま、淡々と続ける。


「で、もう一つ。貴方、レオのこと散々“騎士風情”って下に見てるけど。シュヴァルツフォールがどういう家柄なのか、知らないのよね?」


「……と、いうと?」


 この由来はそれなりに古く、最近の貴族であるヴァザーリ家は知らなくてもおかしくは――とスノウリリーは考えたところで、他貴族への対応はとても慎重なあの家主が知らないはずもないと思い至る。

 つまりは、単にジュリアスが間抜けなだけか。


「ヴァーレストにおける武力の総括たるヴァーレスト国王直属騎士団長、先代の名前は?」


「……知らない」


 曲がりなりにも最高目標をそこに設定しているのがこの学園なのだが。


 隠す気のさらさらない、特大の嘆息をつく。


「ディートリッヒ=シュヴァルツフォール。レオのお父様。……私が言いたいのはこのことじゃないんだけど」


 そろそろ表情変化が面白くなってきたジュリアスを適当に流して、次へ。


「ヴァーレストの官職は、他の部門だってトップは王族でしょ。それは軍部だって同じこと。王族姓なのよ、シュヴァルツフォールって」


 スノウリリーがこの話を聞いたのは初等部に入学するとき、父親から。レオンハルトの父とも親交があったらしく、同じ学校に通うとわかり教えてくれた。


 そのため最初は畏まった態度をしていたスノウリリーだが、それを嫌ったレオンハルトにより直され、今では対等に接している。そうできるようになるまで、一年かかったのが懐かしい。


「そんな……ばかな。短すぎるだろ?」


 ジュリアスの反応は正しい。支配領土や受け持つ役割が名前に連なる王族貴族の名前としては、レオンハルトの名前は短すぎる。


「シュヴァルツフォール、って。“騎士崩れ”じゃないの。騎士なのに騎士崩れじゃおかしいでしょう? “騎士下り”が正しくて。騎士としての武勲が大きすぎた王族が、それのみを掲げて分家として名乗ったものだから。王族内でも立場が特殊なの」


 言葉を失ってしまったらしいジュリアスに、追い討ちをかけておく。


「なんなら貴方の父親に訊いてみなさい? それまでの愚行を話したら一緒に謝りに行く羽目になるでしょうし、今日のことなんか話したら絶縁モノでしょうけど」


 人の威光で相手をいたぶるのもここまでだ。本来好きなことでもない。


 おおよそ伝えたいことを伝え終えて、最後に確認したかったことを訊く。


「ジュリアス。貴方、夜に対してはっきり自分の意思があったと確信を持って言えるのはいつまで?」


「……わからない、な。熱に浮かされたように、だんだん止まらなくなって……」


「いくらなんでも、異常なほどにやりすぎだったから。流石にあそこまでやる度胸はないでしょう、貴方?」


 ジュリアスは口を噤む。

 やりすぎた、と思っているのは窺い知れる。今はそれだけで良い。


「あの子、今は多少抑えられてるとはいえ魅力的に過ぎるから。きっと、あの子に欲望を持ってしまうと、それはどんどん加速して歯止めが効かなくなってしまうのね。……前にも見たから知ってる」


 あの一件をレオンハルトに知らせなかった夜は、正しかったのだろうと今日を経て思う。ここまでのものを、懸念していたはずはないだろうが。


 そろそろ夜を待たせてしまう、と近くの壁にかかった時計を見て、切り上げるべく言葉を纏める。

 伝えるべきことは伝えた、あとは……言いたいことか。


「あの子、人に負の感情を持つこと自体少ないし、持ってもそれで、相手をどうしてやろうって思ったりしないのよ。だから……思うところがあるならちゃんと謝りなさいよ。今日はやめておいた方がいいでしょうけど。――じゃあね」


 あの回復能力に対する口止めは、口止めして勘づかれることを警戒してやめておいた。


 素直に聞いてくれると思えるほど信頼はしていないし、やっぱり多少の酌量をしてもクソ野郎には変わりないし、と。

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