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不穏な朝に乾いた音。

 夜が学校に通うようになり、一ヶ月が過ぎた。


 スノウリリーが何か言ったのか、スクールカースト最上位の彼女と仲良くするようになったからなのかは夜にはわからないが、女子生徒から夜に対する敵意も段々と消えていき、今ではすっかり受け入れられている。


 時折任務に招集され姿を消すレオンハルトも、そろそろ安心して夜を一人にすることのできるようになっていた。


 朝、屋敷から転移して校門付近。


 当然ながら全てと言っていい学生に顔を知られ、かつ積極的に話しかけられる夜は、姿を現してすぐに挨拶の雨を受ける。


 その対処でいっぱいいっぱいになるのも、もう慣れたもの。慣れてもあしらうことは性格上できず、一人一人に笑顔を返す。

 レオンハルトがいるならもう少し控えめなのだが、と思いながら。


 ぽん、と両肩に手が置かれて、夜は振り返る。


「おはよう、夜。今日はレオは休みなのね」


 赤い髪が今日も鮮やかに映える、スノウリリー。このままでは遅刻ギリギリまでかかるだろう夜の応対を切るべく横に立って、一緒に歩くようそっと急かしてくる。


 その気遣いに感謝しつつ乗って、二人で会話しながら歩くと比較的夜へのアプローチは大人しくなった。


「うん。昨日の夜からみたいで、途中から来れるかもしれないとは言ってたよ」


「そっか。早く来てくれないと、お姫様の護衛は私には荷が重いんだけどな」


「あはは……リリーこそお姫様みたいなのに」


「私はせいぜい貴族の端くれの娘ってくらいよ。お姫様、は確か夜ってローレリア様にお会いしたことあるのよね?」


 スノウリリーがヴァーレスト城で行われた夜とレオンハルトの婚約発表のことを知ったのは夜が学園に現れたその日のことで、両親はスノウリリーに「わかっていて言えなかった」のだと謝罪をしたのだとか。

 そのことを話す時のスノウリリーはたいそう怒った様子で、それでも親を悪く言わなかった辺り、家族のことは好きなのだろうなと夜は思ったものだった。


「うん。綺麗な人で、振る舞いが本当にお姫様で、優しくて素敵な人だったよ」


「よく良い評判ばかり聞くけれど、本当にそうなのね。いいなあ、私もお会いしたい。最近、マレンツァの王子様との縁談をされたそうだけど、丁重にお断りしたもののえらく惚れ込まれて、婚約時の予定だった外交全部そのまま通した、とかなんとか」


 ノアが「Aをあげましょう」と評価し、レオンハルトが「女ってこわ……」と漏らしたもの。その真相を知る者は少ない。


「本当に凄いお姫様なんだね……」


「貴女も相当だけれど。お姫様、と素直に言えるかはさておき――ちっ」


 スノウリリーの言葉への疑問は、教室に入ろうとして止まった彼女の、らしくない舌打ちへの疑問に取って代わられた。


「……夜、気をつけて」


「うん?……わかったけど」


 気を張った様子で教室へ入るスノウリリーに続く。教室に入るとスノウリリーは、夜を隠すような位置取りで歩いた。


「おや? ローズシルトのスノウリリー嬢。久方ぶりでもやはりお美しくあらせられる」


 人を嫌うということのまずない夜にも「この声の感じは嫌な予感がする」と感じさせるような、下心の透けた男性の声色。


「退学でもしたのかと思っていたのだけれど。そういう歯の浮くような台詞は結構よ、ジュリアス」


 不快だと伝えるようにスノウリリーはそう、教室の前の方で机に腰掛けていた少年へと返す。


 ウェーブがかった金髪に灰色の瞳で目鼻立ちははっきり言って美形、中性的な美少年に見える。


「君は相変わらずつれないな。だからこそ惹かれるが……おや」


 近づいてきて、スノウリリーからその後ろにいる夜へと気づいたらしい。スノウリリーは顔をしかめた。


「そちらの子は?」


 隠し通すのは無理だと判断したのか、スノウリリーは黙って身体を横に半歩ずらす。

 と、すぐにその少年、ジュリアスは夜の目の前まで止める間もなく接近してくる。


「……驚いたな」


 夜の頬に手を触れて、食い入るように見つめてくる。その腕を横から、スノウリリーは強く握った。


「やめておきなさい。その子、レオのお姫様よ」


「あいつの? それはそれは……結構」


 そう言いジュリアスは、もう片方の手を夜の背中に回して引き寄せ、そのまま顔が近づけられて――


 間に挟まったスノウリリーの手のひらによって、接触は果たされずに済んだ。


 ジュリアスの手から強引に夜を取り返し、抱き締めるようにしてスノウリリーは怒気を飛ばす。


「ふざけないで。いつものタチの悪いおふざけじゃ済まないし、この子はお前なんかが触っていい子じゃない。――夜も、ちょっとは抵抗とか拒絶とかしなさい」


 何をされるのかわかっていなかった、が正直なところだった夜は首を傾げるのみだが、そんな夜の様子にもスノウリリーは気を緩めずジュリアスと対峙する。


「女に興味がないのかと思っていたあいつが、こんなに良い趣味をしていて驚いているんだが。――ああ。ということはだ、スノウリリー。君はその子に負けたんだな」


 夜を守るように抱かれているその腕が、強ばったのがわかった。それでもまだ、自分を守るべく動かず耐えているのも。


 残念ながら夜の方が、耐えられるほど大人ではなかったが。


「――夜?」


 スノウリリーの腕から自ら抜け出して、真っ直ぐにジュリアスの前へ。


 ぱしん、と。


 張りついた笑顔を自分に向けるその顔を、思いっきりひっぱたいた。


「勝ったとか負けたとか、そんな下らない尺度を持ち出すような人が。リリーを馬鹿に、しないで」


 叩かれたことには面食らったようだが――すぐ、その顔は元の下卑た笑顔に戻る。


 相対してみてわかる。容貌が良いはずなのにこうも、不快に感じるのは。一切の欲望が隠さずに、ぶつけられているからだ。


「お名前を伺っても?」


「夜=シュヴァルツフォール。レオンハルト=シュヴァルツフォールの婚約者です。別にお見知り置きはしなくていいから」


 夜はそう言い一瞥して背中を向け、心配そうにしていたスノウリリーに努めて笑いかけた。


 それから夜が自分の席に座っても、ジュリアスからの視線は常に感じていたものの、何かをしてくることはなく――かえって、気味が悪かった。

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