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その従者、完璧につき。

「ただいま帰りました」


「お帰りなさいませ」


 スノウリリーに上手く対処して貰い、帰宅。夜のみでノアに出迎えられるのも、二度目のこと。


 いつもならその日の感想等を訊いてくるノアだが、今日は違った。


「夜様。そちらの制服はチャーム対策以外にもいくつか手を加えていまして、そのうち一つに“決められた人物でないと脱がすことができない”というものがあります」


 言葉の意図を汲もうにも、ノアの感情は完璧に隠されている。無表情のままの無感情。


「……決められた人物、ですか?」


「ええ。夜様自身、レオ様、失礼ながら私も。それ以外の方には不可能になっています。万が一の安全機構ですね」


 まさに今回助けられていたわけだが、夜は口を噤む。


「機能した場合、その行使者たる私には一目見ればわかりますが……夜様、本日変わったことはございましたか?」


 これは確認だが、勿論「変わったことがあったか」の確認ではない。「それをあったことにするのかどうか」という確認だ。

 夜が隠したがることまでお見通しのこの従者は、つくづく優秀だと怖くなる。


「……友達ができました」


 まるで悪い知らせのような報告の仕方だが、ここで何事もなかったかのように明るく振る舞えるほど、夜は演技派でもない。


 一流女優たる目の前のメイドは、喜ばしいことと受け取ってくれるが。


「まあ、それは素敵なことですね。是非後程、詳しくお聞かせください。――夕食のご用意ができています」


 いつもの様子に戻ったノアに、夜はほっと胸を撫で下ろす。

 と、安心していたところをぎゅっと抱き締められた。


「……ノアさん?」


「私は貴女に仕えるメイドです。貴女の意志は一番に尊重致しますが……相談でもお願いでも、何なりとお申しつけ下さいますよう」


 ノアにこうして抱き締められるのは初めてではないし、鼓動は高くなってしまうもののやましい意味なく嬉しい。

 こう言いながらもノアはきっと、夜のことを妹のように感じているのではないか、そんな感覚がある。


「はい。えーっと……ノアさんのことは信頼していますし、尊敬していますし、大好きですので。隠し事をしたいわけじゃないんですが……うーん?」


「メイドにかけるには過ぎた言葉です。私も、夜様を困らせたいわけではありません。今回のことについて訊きたいということではなく。ただのお願い、ですよ。今後色んな経験をされるでしょう貴女への」


「……わかりました。ありがとうございます」


 抱擁が解かれて、一瞬ノアの笑顔を見た気がして。


 優しい雰囲気を出す無表情のメイドは、「さて」と主人を急かす。


「改めまして、ご夕食です。レオ様は遅くなるとのことですから、お先にお召し上がりください」


 夜はこくりと頷き、ノアについて食堂へ向かう。


 その途中思い出した、訊きたかったことを口にしてみる。


「あ、ノアさん」


「はい」


「今日、クラスの……友達から聞いたんですが、ノアさんみたいな魔法の使い方ができるのって、魔法に精通した人の中でも極めて珍しい……んですか?」


 夜の質問はノアにとって意外なものだったらしく、彼女にしては珍しい、数秒の思考に費やしただろう間が空いた。


「そう……ですね。適性についての話は申し訳ございません、私自身が概念の薄いために抜かしてしまっていました」


 言葉の意味を咀嚼するために夜は思案して、そういえば自分はスノウリリーが火と水と言っていたような適性は何なのだろう、と巡らせていたものの。

 次のノアの言葉で、答えと一緒にその考えは吹き飛ぶことになる。


「私の魔法適性は、全属性になります。夜様は無属性ですね」


「……どゆことですか?」


「無属性と言っても、属性適性を有さないというわけではございません。無の属性を有する、ということですので。無属性魔法自体は比較的、適性がなくとも習得のしやすいものではありますが。一部“時間”等の希少適性もここに」


 さらっとショックなことを聞いたが、それどころではない。言葉に割り込んで訊く。


「や……そっちじゃなくて、全属性適性、って」


「そのままの意味になりますね。いかなる属性も十全に」


「……何人に一人くらいの割合なんでしょう」


「それは……レオ様に訊いて頂いた方が宜しいかと」


 ノアがわからないという対応をするのを、夜は初めて見た。

 自分が特異すぎて常識を知らない。そういった様子。


「……わかりました。ちなみに、レオの適性って?」


「レオ様はそのままと言いますかわかりやすいと言いますか。光と闇です」


「……………………カッコイイデスネ」


 丁度仕事を終えた頃のレオンハルトは、不意にくしゃみをした。




「お帰りなさいませ」

「夜は?」


 帰ってきてすぐにそう問うレオンハルトに、ノアは控えておいた攻撃手段を取り消した。


「お部屋にいらっしゃいます。夕食は夜様は済ませていらっしゃいますが、ご用意はすぐに。先にお会いするので?」


「そうする。夜、特に変わったところはなさそうだった?」


「ええ。レオ様にしたいお話もおありの様子でしたから、本人と話される方がよろしいかと」


 主人の意向通りに従って、ノアはレオンハルトを見送った。



 ノックの音に「はーい」と返事をして、声に「いいよ」と二つ返事。

 ベッドに寝転がって本を読んでいた身体を起こして、服の皺だけささっと直して。


「ただいま。今日はいきなりごめんね――って」


 いい加減「いつもの」と言えるレオンハルトの赤色反応に、同じく「いつもの」な出し切れない不満を覗かせる。


 今日についてはお風呂上がりで蒸気したうなじを後ろ髪を結って露出させている夜の方が、男性視点では非があるのだが。


「いいよ、騎士様のお仕事なら仕方ないし。あ、話したいこといくつかあるんだけど……とりあえず座らない?」


 ぽんぽん、とベッドの上、自分の隣に座るよう促す。


 これだけ無防備で本当にいいのかいや夫婦関係だからいいのかいや自分がそれではよくない、と刹那の思考で葛藤しつつレオンハルトは従う。


 素の状態で、お風呂上がりで、ベッドの上。許容量としては限界をやや超えたくらいだが、鋼の理性でギリギリ耐える。


「ひとつめ。今日ね。スノウリリーさん……リリーとお友達になりました」


「ああ。遠からずなると思ってた。明日、お礼言わなきゃな」


 レオンハルトとしてはその期待があってスノウリリーに頼んだのもある。一番信頼できるから、はまず最初にあるとして。


「……素敵な人だよね」


「ん。綺麗って言うかな。外見的な意味じゃなくね。……外見的にもまあ、それは置いといて。真っ直ぐで、透き通ってる感じ」


 そんな理解の仕方をしているのに、どうして気づいてあげられなかったのかな、と。夜はどうしても考えてしまうが。

 それを責めることは立場的にもスノウリリーのためにも、自分にはとてもできなかった。


「ふたつめ。ノアさんの魔法適性が全属性って聞いたんだけど、それってどれくらい珍しいの?」


 レオンハルトは物凄く、困った顔をした。答えられないというより、どう答えていいか難しいという顔。


「全属性使える、ならともかく、使いこなせる、ははっきり言っていない」


「……そうなの?」


 レオンハルトは首肯する。


「ノアについて話さないよう注意したときにも疑問に思っただろうけど、ノアは色々と特別、だから。別格と言うべきなのかな」


 外ではノアのことを話さないよう。そうレオンハルトから注意を受けたのは、毎朝の着替えを手伝って貰っている話をクラスメイトにした時。


 大げさなほど驚かれてかえって夜が驚いていると、レオンハルトから補足があってどうにか事なきを得た。


 その時の経緯から、どうやら“ノア”はレオンハルトに仕える少年執事として知らされているらしく、また夜の着替えを手伝っている話の整合性をつけようとした結果、男性にしか興味のない設定まで加わってしまった。


 それを聞いた当のノア本人はげらげらと真顔で笑い、虚像がどんなおかしなことになろうと全く構わない、というスタンスらしいが。


「……なんとなーくわかったことにしておく。それじゃ、みっつめ……みっつめなんだけど……」


 隠すつもりの、アレについて。

 だが完全に隠すのも罪悪感があって、でも言うことはできなくて、とうんうん唸る。


「……ええい」


 感情に任せろ、どうせこの隠したいのだって感情に任せた結果なんだ、と投げやりな思考の帰結をする。


「えい」

「ちょっ!?」


 そして、夜はレオンハルトを押し倒した。


 ベッドの上、暴れるよりもはや硬直するレオンハルトに抱き着いたまま、顔は合わさず夜は呟く。


「説明はできないんだけど、謝りたいから。謝らせて。ごめんなさい」


 くっついていて伝わってくるレオンハルトの動悸は、だんだんと落ち着いてきた。強ばった身体から力が抜けてきた頃、優しい声で語りかけてくる。


「謝りたいって言うなら、受け取っておくね。夜が言わないって言うなら、訊かないよ」


「……ありがと」


 ちゃんと顔を合わせて、目を見て伝える。みるみる顔は赤くなっていくものの、逸らさずにいてくれるのに感謝をして。


「いつも迷惑かけてばっかだし、なんか、こう。好きにしたかったら、好きにしてくれていいよ」


「……夜、それ意味わかってる?」

「きゃっ」


 ごろん、と。

 上下がひっくり返される。


 反射で出た悲鳴が恥ずかしくて頬の紅潮した夜は、本人の意思とは関係なく扇情的に映る。


「夜は僕のこと聖人か何かと思ってるかもしれないけど、16歳の男子だからね? わかってる?」


「わかってる、よ?」


 ちょっと、こわい。

 食べられそう、というとカニバリズム的で違うと思うのだが、もっとも適した言葉はきっとそうなる。


 それでも嫌とは感じなくて、自分に覆い被さるレオンハルトをじーっと見つめてみる。


「……本当に?」


 こくこく。


「……何しようとしてるかも?」


「それはわかんないけど……レオならいいよ?」


 ああこれはもう駄目だ、とレオンハルトが確信して、理性が敗北を告げた時。


「ばったーん。おやおやおや。お楽しみ中でしたか。失礼しました。すたすたすたすた」


 ノック無しに現れて、そう棒読みで言って去っていった。


「……………………あー」


 ばたん、と夜の横に寝転がるレオンハルト。


 いまいちよくわからないので、夜はレオンハルトと一緒に寝転がっておく。


「えーと……いいの?」


「いいです……もう、いいです……」


 何か悪いことをしてしまった気がする夜と、結果的に良かったもののいたたまれない気持ちになったレオンハルトと、それぞれに渦巻く感情はやがて収まって、いつもの空気へ戻っていった。


 一方のノアは降りてきたレオンハルトの第一声を予測して紙に書いておいたが、それはぴったり正解していた。

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