制服に袖を通して。
翌朝。レオンハルトはいつものように起床して、着替え等一通りの支度を済ませ朝食を摂るべく食卓へ向かう。
普段なら自分が着く前には必ずあるノアの姿は今日はなかったが、別段驚きはしなかった。
夜の方にかかりっきりなのだろう、と容易に想像のついたため。大人しく席につく。
程なくして入ってきた二人に、レオンハルトは大いに驚くこととなったが。
「……………………夜、さん、ですか?」
「なんだその言い方……そだよ」
制服を纏っただけでそんな言い方をされるとは心外だ、とジト目をして夜は答える。
「レオ様。感想をどうぞ?」
ノアの無表情が、内心笑っているとはっきり分かる。それもそうだろう、反応がさぞ愉しみに違いない。
レオンハルトは立ち上がって、夜に近付きまじまじと見る。その表情から察せられるのは、緊張や興奮といったもの。
「……抱き締めていいですか」
突飛な発言に夜は眉をひそめる。
「いいけどさ……いきなりなにs」
待ちきれない、といった調子で胸に抱かれ、抵抗はしないが困惑はする。
ノアから聞いていたこの制服の効果は、本来逆ではなかったか。
「可愛い。綺麗。本当可愛い」
「……っ」
抱き締められたまま、今まで言われたことがないような直球の賛辞を囁かれる。
嫌ではない自分への戸惑いはあるが、それ以上に今は、遥かに照れが勝って頬が朱に染まる。
「そろそろ、はなし、て」
どうにかそれだけ吐き出したが、身体は抵抗の意思を示せない。
「ん……うん、いきなりごめんね」
名残惜しげにもあっさり解放してくれたレオンハルトに一安心して、でも真っ赤な顔を見られたくないので背中は向けて。
「……ばーか」
そう、子供みたいな口だけの抗議をする。
「朝からお盛んで何よりです」
ノアがいたことを忘れていたかのように、レオンハルトは誤魔化すための咳払い。
「……どういうことなのかな、これは」
これ、と言うのは突然自分に抱きついてきたことと関係があるのかどうか、夜の視点からでは分からない。二人のやり取りを見守ることにして、夜はノアの後ろに隠れた。
「夜様のお召しになられている制服には、知覚する者の認識を変える魔法を施してあります。雑に言ってしまえば、“醜く感じるように”ですね」
「……醜く?」
ノアの後ろに隠れた夜を見るレオンハルトの顔は、「むしろ逆ではないのか」とでも言いたげだ。
「ええ。魅力的に見えないように、と言った方が夜様については適切かもしれませんね。現に先程夜様を抱擁していたレオ様は、通常理性の吹っ飛ぶ接触をしていたにも拘らず大方正常だったのでは?」
「……確かに」
柔らかく華奢な身体を抱いて、陶酔してしまう香りを嗅いで、脳を蕩かす声を聴いて。それで自分の理性に危機を感じなかったのは、異常とも言える正常さだった。
「おそらくレオ様には今の夜様が、これ以上なく魅力的に見えていることと思いますが。それは、理解不可能な領域から理解可能な範囲にまで降りてきたためです」
今までの夜は言うならば国やこの星そのものと言った見ただけではその大きさを判断できるはずもないようなもので、現在の夜はヴァーレスト城くらいの、大きいと実感が掴めるくらいにまで下がってきたもの、という。
夜の魅力にさんざんやられてきたレオンハルトとしては、納得せざるを得ない理屈だった。
「これで外に出ても大丈夫、ってことでいいんだよね」
「ええ。反応しない方はいないでしょうが、言葉を失ってただ立ち尽くしたり襲いかかってきたりということはないかと」
夜もそう聞いている。それがとても嬉しくて、レオンハルトの反応も楽しみにしていたのだが。
その結果が、ある種これまでで一番おかしな反応だったコレである。
「……レオ」
夜はノアの後ろから出て、レオンハルトの前へ。手を握って、目をじっと見て、もう一歩近づいて。
「目は逸らさないよ」
ちゃんと自分の求める答えをくれた旦那様に、夜は微笑んだ。
「そっか。なら、うん。いいや」
ぱっと手を離し、食卓のいつもの場所に腰かける。
「朝ごはんたべよ。それで学校行こ」
頷き席へ向かおうとするレオンハルトの後ろ手を、ノアはそっと引いた。
「一つだけ。常人に理解できる魅力になったということは、理性を持ったうえで危害を加える人物の現れる可能性がある、ということです。頭の片隅に、留意をしておきますよう」
ノアがこう言って、何も起きなかった試しがない。
レオンハルトは表情を崩さずに短い返事を返した。