闇夜に消えるは。
予感。
経験からなる予測と、五感が得ている無意識レベルでの情報から届けられる、信用の高い未来予測。
この商売をするうえでは必須で、もし鈍かったなら自分はとっくに死んでいたはずだ。
先日のような襲撃者と撃退者の構図は、今日はもうないらしい、と静かな外の様子から感じ取る。
扉を開いたその姿は予想通りで、訪れたならどうするか、事前に考えてある。
「そろそろ来ると思ってたよ」
この相手に知らない振りは無意味、それどころか愚策。意図的な情報隠蔽は生死に直結する。
こちらが握られている生殺与奪権を、利用価値と貴重な良識によって行使されずに済んでいるに過ぎない。
ここに来た当初は何も知らず、それは可愛らしかったものだったが。
「用件はわかっていますね。率直に訊きましょうか。私の情報の利用価値は?」
首拾いだけなら断定はできなかったが、あの規格外のナチュラルチャームを持った少女。城で開かれた宴。
わざと教えているのではないか、とすら思えてしまう。あるいは、近々死ぬつもりだったか。
「いくらでも。お前さん単体ならともかくな」
この少女……と呼ぶのはもう誤りだと知ってしまったが、それにしては随分と迂闊だった。
「成程。それで、どうしますか? 貴方をここで殺せば情報は洩れるんでしょうが」
突飛なように見えてなかなか、この変装は実用的だ。
魔法で姿を変えるのは、簡単とは言わずともそれなりの術者なら問題なくできる。しかしその場合は魔法の感知をされれば引っ掛かったり、魔法の封じられている空間では使えなかったりする。
この“変装”の場合、姿を隠すことが当たり前の空間においては警戒を弱めることにもなり、多くの場所で悟られずに通じてしまう。
「昔渡していたようなものだが」
懐から紙束を投げる。
受け取った黒衣の少女は、内容を一瞥して仕舞った。
「――敵対するつもりはない、と?」
「そう捉えて欲しい。正体の分かった今なら、より適切な情報も渡せる。以前は自分の立場を知られないため、核心をずらして訊いたものも多かったろう」
「……ええ。なら、今後ともよろしくお願いします」
用件は以上、というように淡々と言い、背中を向ける。
「ああ、もう一つ確認を忘れていました」
背中越しに冷えた目を向けてくる。
「貴方はどこまで“ノア”について知っていますか?」
自分の情報がどこまで把握されているかの確認か、と驚くこともなく受け止める。曖昧にしておいた方が、お互い都合も良いだろうが。
「屋敷の執事だろう? 外に出るのは買い物くらい、茶髪に灰色の瞳で背丈はそう大きくない、魔法業務資格はA級だったか」
少し調べて出てきた情報だ。これくらい、自分でなくとも楽に調べられるだろう。
隠されている様子もなく、おそらく本人は何も知らないと踏んでいる。
「忠告を。彼女について調べるのはやめておいた方がいいです。では」
そう言うとこちらの言葉も訊かずに去ってしまい、一人残される。
間違いなく、「彼女」と言ったのはわざとだろう。その真意は、掴ませてくれるような相手でもない。
「六年前の事件、消息不明はあと一人だったか」
公の死亡者は六名。しかし真実は四名。生存者は吸血鬼に救われた一名と、行方知れずのもう一人。
異質な伝聞評価を持ち、身体的特徴が昔話に出てくるとある人物と同じだったという、一名。
「名前は確か――」
その名をつぶやいた途端、まるで罠にかかってしまったかのような感覚を得て――意識は不意に昏倒した。