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平穏な時間。

 レオンハルトに連れられて素のまま学園長と対面、案の定会話できなかったのを「これでいい」と言われ部屋の外に出て待機。


 そして、話を済ませて出てきたレオンハルト。そう時間はかかっていない。


「お待たせ。学園の案内をしようか。それ取っていいよ」


「いいの?」


「……自慢したい気持ちはちょっとはあるからね」


 自慢? と考えて、意味を理解し恥ずかしくなる。言っている本人も同じ様子なので、ここはまだ表情の悟られていないうちに、努めて素っ気なく振る舞っておく。


「……そ。それじゃ、お願い」


 警戒の意味もあるのだろう、レオンハルトは夜の手を取って歩く。手を繋いでいると会話の際目を見てくれなくなるので、それはちょっとだけ嫌なのだが。


「報告までしたのに、あんまり知られてなかったんだね。結婚したこと」


 夜に対する驚きもあったろうが、あの驚き方は婚約それ自体を知らなかったものに思えた。

 レオンハルトは道行き止まる生徒と夜の間に立つようにしながら進んでいく。


「あれは招待者にだけ伝わればいいつもりでやったものだし、実際そうなってるみたい。リリーくらいは知っててもいいんだけど、何も言って来なかったな」


「リリーって、スノウリリーさん?」


「うん。連れてきて貰ってたね。学級委員の雑務帰りだったろうけど……。彼女の両親はあの場にいたんだよ。昔から続く貴族の家の子」


 赤い髪の人はいただろうか、と記憶を辿ってみるが、緊張していた中僅かな時間で、そこまで覚えてはいなかった。


「やっぱりお嬢様なんだね……。粗相なかったかな」


「本人はあんまり、家柄気にされるのは好きじゃないみたいだから……程々にね。それに一応、夜は立場的には下じゃないしさ」


「ん、わかった。レオは仲いいの?」


 この質問を焼きもち由来と考えられない辺りレオンハルトは恋愛的思考が未熟で、ただの興味由来な辺り夜は恋愛的意識がゼロ。「関係性は頗る良くても夫婦として正しいのかはひどく疑問」とはノアの評。


「初等部から一緒だから、もう十年になるかな。仲は良い方。騎士を目指してて、それで色々訊かれることも多かったりとか」


 何故スノウリリーが騎士を目指しているか、に気づいていない辺り、レオンハルトは恋愛的思考が以下略。

 なおスノウリリーが騎士を志すようになったのは、レオンハルトが騎士になってから少ししてのこととする。


「なるなる。女性の騎士、って普通にいるの?」


「比率で言うと少ないね。目指す人が少ないのもある。……僕の母は騎士だったよ」


 レオンハルトの両親については、夜から訊けるものではなくレオンハルトも滅多に話さないために多くは知らない。たまに語るときの表情には悲しみだけではないだろう陰があって、その理由を問えずに夜はやるせなさを飲み込む。


「……ついた。ここが一番景色がいいから、見せておきたかったんだ」


 沈みかけた感情はかけられた声で途切れて、移り変わっていた光景を捉える。


 螺旋階段を登りきったその先、屋上は庭園になっていた。

 先日見た、ヴァーレスト城の庭と意識しているのか趣向が似ている。大理石の白に色鮮やかな花々と緑のコントラスト、茶色い屋根のある休憩スペースのような場所が中央に。座れそうな長椅子はあちこちに置かれている。


 それよりも目を引くのは、端から先に見える、街の景色。


 夜は歩いていって、大理石の端に手をついて柵のない光景を見渡す。


「わぁ……!」

「落ちないでね」


 西洋風の街並みは、大小様々の建物で形成されている。緑の多く広い空き地はきっと公園で、大きな通路から円形に広がる辺りはきっとお店が並んでいて、さらに遠く見える白く立派なお城はヴァーレスト城か。


「……学園の外って行ってもいいのかな。今日じゃなくてもいいから」


「勿論。僕もちょくちょく帰りに寄ってたりするし、そのうち連れていくつもり」


「……嬉しいな。すごく、嬉しい」


 わかっていたはずの世界の広さは、かつての自分には無縁で、今の自分ではまだ感じられていなくて、そして今、やっと。


 その時の夜の笑顔が、あまりに綺麗だったから。レオンハルトは今日の不意打ちな出来事について、全て許してしまえる気持ちになった。




 その日の夕方。


 とある宝石店の若い女性店員二人は、朝から落ち着いていなかった。


 それなりの高級品を扱う店ではある。

 自分の給料の十倍で済まないような商品も、そう珍しくはない。


 が。


「……そろそろ来る頃かしら、例の騎士様」


「まだ学校の終わる時間じゃないんじゃない? 早く来てくれるならそれに越したことはないけどねぇ、コレ置いておきたくないし」


 今この店にある“コレ”については、値段の桁が違う。


 店頭に出すわけにもいかず、裏に置いてあるそれを開ける。


 意匠はそれほど凝ったものではない。高級感のある白銀色をしたリングに角度や光の当たり方によって七色に変わる宝石を、上品なデザインに造ったもの。

 本来ならそこまで値が張るものではない。本来なら。


「……こんなの、いったいどんな美人が貰うんだか」


 あの騎士様が婚約していただけでも一大ニュース足り得るというのに、送る指輪がこれ、という。


 その相手を見ることは叶わないだろうが、少しは話くらい聞けないものだろうか。そんな思考と早くこんな超超高級品とおさらばしたい気持ちとで、朝から落ち着いていないのだった。


 と。


 しゃららん、と入口にかけている金細工の鳴った音がした。


 もう一人は店内にいるはずだが、「いらっしゃいませ」の声もしない。

 不思議に思って店に出る。


「いらっしゃいませー……え」


 同僚は店頭に立っていたものの、固まったように動かない。その理由は、すぐに自分も理解することとなったが。


 来客は例の少年騎士様だった。それは良い。


 問題はその横の少女……少女だろう存在。


 自分の外見には、常に気を配っていることもあってそれなりの自信はあった。途方もない美人を見ると対抗意識を燃やすくらいには。


 だが、今店内にいるこれは何だ。


 比較するのも馬鹿らしく、卑下するのも阿呆らしく、嫉妬するなんてとんでもない。

 何故それほどまでに可愛いと、美しいと感じるのか、理由づけすら無駄である。


 そう確信させる少女が、騎士様の横には立っていた。


「……やっぱり夜がそのままいると買い物は無茶だね」

「ごめん……」


 騎士様は制服の上着を少女に被せた。

 と、完全ではないものの釘付けになっていた視線は外せるようになった。


「すみません。注文の品を受け取りに来ました」


「は、は、は、はいー!」


 少女に近いからか、同僚はいまだに動けていない。話しかけられたのは自分なので良いが、対応としては無茶苦茶だ。

 足早に指輪を取りにいって、なんとか包装を普段通りして、騎士様に渡す。額が額なので、支払いはこの場ではないし既にされている。


「こちらになります」


 手渡しでこの騎士様に渡すのも、普段ならもう少し意識しただろうが、今はそれどころではない。


「ありがとうございます。……こちらで開けてしまっても?」


「ええ、どうぞ」


 美貌の少年騎士様はにこりと笑って、包装を開けケースを取り出す。そして、少女に被せた上着を取って、少女の前で膝をつく。


「結構遅れちゃったけど。受け取って下さい」


「……この文化って共通なんだな。こう、すごく、てれる」


 開かれたケースの中身に顔を赤くして、数秒間視線を泳がせた後向き直る。


「喜んで。……で、いいのかな」


「ありがたく。……つけるね」


 騎士様が指輪を少女の指に嵌める。そして少し迷った素振りの後、少女の手の甲に唇を近づける。

 のを、少女は避けた。


「それはダメ、めっちゃ恥ずいからなんかこう、ダメ。だめです。……人前だしさ」


「……しつれいしました。と、用事は済んだし、帰ろっか」


 また少女に上着を被せて、騎士様はこちらを向く。


「お騒がせしました。ありがとうございました」


「いえ……お買い上げ頂きありがとうございました、またご来店ください」


 身体に染みついた言葉と動きをして、店から去った二人を見送った。


 少女の指に輝く指輪は、少しだけ持ち主には劣って見えてしまった。




「お帰りなさいませ、夜様、レオ様」


「ただいま」

「ただいま、ノアさん。ありがとうございます、楽しかったです」


 帰宅して、いつものノアの出迎え。今日は夜とレオンハルトが帰宅した側で、出迎えはノアのみとなったが。


「それは何よりです。明日から通う準備もできていますので、また後程。是非その時にお話もお聞かせくださいませ」


「はい。レオもありがとね、本当。……これも」


 これ、と言って示したのは指輪だ。

 まだ照れが強いようで、その顔は赤い。


「……部屋戻るね」


 そのまま、夜はそそくさと行ってしまった。

 そんな様子に苦笑しつつレオンハルトは、ノアと二人になったのでいくつかの確認をする。


「全部話は通してあったみたいだけど、明日からって大丈夫なの? あのままだと無茶だよ?」


「ご心配なく。明日、レオ様にもわかりますので。ちゃんと指輪は、一緒に引き取りに行かれたのですね」


「今日を狙って、ってことはそういうことでしょ」


 あのまま普通に授業を受けるわけにもいかず、レオンハルトは夜と一緒に街へ出て、軽く回って指輪を受け取った。


「ええ。高純度の魔力結晶でできた特別製、所持者の危機を感じると自動で適切な魔法が発動。設計は私がして叩きつけたものですが、なかなか値が張りましたね」


「家買える値段だよ……。夜に教えちゃうと大変だろうから教えるのはやめておくけど」


 それでも購入したのは、レオンハルトとノアの総意による。


「――今日する予定だったこと一つやれてないから、これから行ってくる。夜には上手く話つけておいて。すぐ戻ってくるから」


 冷えた刃のようなレオンハルトの雰囲気に、ノアは言わずとも察する。


「かしこまりました。早急の案件でしょうか」


 ノアに用意をさせて、黒衣を纏ったレオンハルトは扉に手をかけ背中を向けたまま答える。


「口封じ」

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