お決まり問答。
『七瀬夜。選択権を与える』
声に意識の起こされ、次いでそれが自分の名前だと認識し。
名前。自分のもので唯一好きだった、名前。
頭によく響く声。というより、頭に直接響くような。文字のイメージが勝手に入り込んでくるような。
知覚をすると、今の自分には体がないようだ。視覚も聴覚も触覚も、感じようとすると無いことに気づく。無理矢理喩えるなら水中にいるよう。何も感じないのは不思議と、不快ではない。
『このまま死ぬか、生き返るか、精神を保ったまま生まれ変わるか』
聞こえないのだから、男か女かもわからない、が。さんざん読んだ展開、少しは期待していたイフ。
声の質はわからないが、対応は無機質だろうと予想はつく。回答のあるかは不安だが、疑問を言葉にして思い描く。
――死んだらどうなる? 生き返ったら病気は? 生まれ変わる際にはなりたい自分を選べるのか?
『死後は関与するところではなく。生き返るのなら健康体に。転生先をただ選ぶだけは出来ない、が』
淡々としている文章。事務的で、感情のあるかも怪しそうだ。そもそも、このシチュエーションなら神様か何かが相手だろう、と夜が思っているのは正しいのかすら不明である。
『どれを選ぶにせよ、一つだけ願いは叶えるものとする』
さらっと提示されたそれ。
お約束中のお約束。
夜は答える。
――本が読めたらそれでいいや。
『それは叶えずとも与えられる権利であるからして、願いではない』
悲しいかな、夜にはそういった欲望らしい欲望が存在しなかった、する余地がなかった。
願いではないと切り捨てられ、それでは願うことがない、と困っていると。
『然すれば、最上の容姿を与えよう』
向こうから提示されたそれに、自分では選択肢すら持たない夜はあっさり受け入れる。
お願いします、と念じて。
自分の元々の外見、は直視する機会が少なかったためにうろ覚えであるし、未練があるわけでもないし。
漂っていた意識は、眠るようにふっと消えた。