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ゴー・トゥー・スクール。

 お姫様にも会えて平和に終わり、満足した結婚報告から数日後。


「おかえり」

「おかえりなさいませ、レオ様」


 レオンハルトの帰宅出迎えに夜も参加するようになったのは一度倒れて以来。

 規格外のナチュラルチャームと言えど慣れというのはあるようで、最近はただ話すだけならそう難しくはなくなった。


「ただいま。夜、ノア」


 夜はレオンハルトと軽いやり取りをして、夕食の準備にはもう少しかかるとノアから聞いて一旦部屋へと戻っていく。


 ノアと二人になり、レオンハルト。


「……ローレリア様に、縁談のお話が来たみたいなんだけど」


「ええ。課しました。受けるならヴァーレストに大きな国益を齎す形で。受けるか断るか、断るとしてどう断るか」


 ローレリアの性格からして絶対断るだろう、と思っての課題。受けるのならそれはそれ、として。


 あまりこの話を続けたくないのだろう、ノアは「そういえば」と、話題を早々に変える。


「明日。予定の一つを実行に移す準備ができましたので。備えていてください」


「具体的内容は教えない方が良い、と?」


 ノアは表情こそ出ないものの、喜怒哀楽は分かりやすい。しかしそれは、彼女が本気で隠そうとした場合には該当しない。

 全く読み取れないままに言われたそれに、一応の確認を返す。こういったことは初めてではなく、またその際の彼女は常に正しかった。


「そうですね……教えればきっと、拒否されるかと」


「……わかった」


 伝えられたことによって警戒をするのも織り込み済み、むしろそれが狙いの可能性もある。


 レオンハルトは深く考えるのをやめて頷き、もう用件のなさそうなことを確認してその場を去った。


「――教えなかった本当の理由は、その方が私が楽しいからなのですが。さて、どうなるでしょうか」


 ノアは一人呟いて、音もなくふっと消えた。




「夜様。率直にお尋ねしますが……学校に行ってみたい、と思いますか?」


 翌日。

 いつものようにノアとのお勉強、今日はここしばらくやっていた魔法の修得度合いを見せたところ。


「えっと……はい。あ、でもノアさんに教えて貰うのはすごく好きですよ?」


 ノアは夜を撫でて、「ありがとうございます」と素直な礼を言う。


「物事を教えるだけなら、私が教えた方が効率が良いとは自負しています。しかし、他者と関わらずに人が育つには限界があります」


 学校への憧れは、あった。

 どんな物語だろうと当たり前のように出てくる“学校”。自分はその当たり前を知らなかったし、物語の中のそれはとても、楽しそうな場所として映っていたから。


「でも……私、ですよ?」


 こう言ってしまえる自分が悲しい。

 ノアならそれも分かった上で言っているのではないか、そんな期待を込めながら問う。


 身長差的に自然と、上目遣いになりながら。


「……そうですね。無自覚にそんな振る舞いを連発されると危ういかもしれません」


 首を傾げた夜に、ノアは先日使ったナチュラルチャーム遮断の白い布を渡す。


「ひとまず、今日はこちらを。レオ様の隣では取っても構いません。それ以外では決して取らないように。危険を感じたら声を使うように」


 頷いて受け取り、そのまま被る。


「ん……行く学校って、レオと一緒のところなんですか?」


「ええ。そうでないと危険に過ぎますし、教育の質も良いですから。それでは、準備はよろしいですか?」


 そろそろ慣れてきた頃だが、ノアの宣言から実行までの期間はとても短い。

 何が必要か、慌てて思考を回す。


「えーっと、持ち物とか、服装とか……」


「持ち物は必要ありません、今日はそのような手筈です。服装についても、同じく。今日は清楚なお嬢様然ですから、与えたい印象ぴったりです」


 この、全てが手のひらの上な感覚。


 もう他に思いつきそうなことも全て問題ないのだろう、と理解して、夜は「いってきます」と伝える。


「それでは、お気をつけて。レオ様にはよろしくお伝えください。一緒に受け取ってくるように、とも」


「一緒に? わかりました」


 布越しにノアは夜に触れ、「ラウスレート」と久々に聞く魔法を呟き。


 夜の視界はすぐに、見覚えのないものへと一変した。




「……おー?」


 転移した夜の目の前には、大きな建物の入口がある。ここからでは全容は見えないが上にいくにつれてだんだんと小さくなっていく城のような造りをしているよう。

 後ろを振り返ると円形の広場、中央に噴水。その向こうを木々の並んだ長い通路が真っ直ぐ延びて、途中で左右に分かれている。そのまま見渡すと門があり、さらに奥には市街地が見え。分かれ道の先はよく見えない。


 今立っているのは校舎の入り口なのかな、と送ってくれたのがノアなことからも目星をつける。

 元の正面、バロック様式めいたエントランスにおそるおそる入っていく。


 下駄箱のようなものはなさそうなので、土足で良いはず。白い大理石の床をかつかつと踏む。

 まず正面に螺旋階段、左右に幅の広い通路があって、人の姿はない。


 螺旋階段を見上げてみると随分高くまで続いているようで、階ごとに乗り降りできるようにはなっていそうだ。天井までは、見えない。


 左右の通路の様子を見てみよう、としたところで、誰もいなかった筈の空間に足音が響いた。


 そちらを向くと、赤い髪を背中まで伸ばした少女が夜へと近づいてきていた。

 触れられるくらいの距離で止まり、訊いてくる。


「貴方、どうしたの? 中等部も今は授業中だと思うけど……迷子とか?」


 声に警戒はない。そもそも、中等部ということはおそらく歳下に見られているのだろう。


 よく通るソプラノの綺麗な声。比較対象が少ないせいで狂うが、間違いなく美人の部類。夜と歳はそう変わらないように見えるが大人びた印象、白い瞳には凛々しさが見える。


「えっと……人を探していて」


 夜の声を聞いて、少女はびくんと驚いた顔をする。


「素敵な声をしているのね、貴女……。案外歳も変わらないのかな。人探しね。と、まず……その格好は?」


 女性相手なら一瞬だけ脱いでも、と思ったが、ノアの言いつけを律儀に守ることにする。


「ちょっと事情がありまして、私が姿を晒すと騒ぎになるので……」


 また少女の肩が震える。

 そのせいか、夜の言葉はすんなりと納得された様子。


「……あまり深くは訊かないでおくわ。それで、探しているのはどこの誰? 生徒だったらクラス、先生なら名前だけでもいいけど」


「クラスはわからないんですが、探しているのはレオ……レオンハルト=シュヴァルツフォールです」


 少女の眉は夜の言葉に、先程までとは違う理由で動いた気がした。


「レオを?……貴女、名前は?」


 この訊き方は、おそらく。訝しまれている。

 こんな格好をしている時点で仕方がないが、きっとレオンハルトを訪ねてくる人、と言うのは歓迎されない者も含め多々いるのだろうな、とわかるような反応だ。


「夜=シュヴァルツフォール、です」


 少女の表情が、頭上に疑問符の浮かんでいそうなものに変わった。


「シュヴァルツフォール……レオに親戚いたっけ……でもシュヴァルツフォールって……うーん」


 ひとしきり悩んだ後、「申し訳ないんだけど」と少女は切り出す。


「何か貴女の身分、証明できるものってない。何か知ってる、でもいいから」


 そう言われると夜はとても困ってしまう。

 レオンハルトについて知っていることを話すとして、他の人が知らないような、の境界線を夜は知らない。


 これなら、と思いついた一つを言ってみる。


「……実はレオが変装すると、とても可愛い金髪美少女になること、とか」


「えっ? えっ? えっ?」


 全く予想外のことを言われた、という反応。そして、興味津々という様子。


「レオの変装で一番有効だから、とか聞きました。本人はあまり乗り気ではないみたいなんですが……実際完璧に美少女になります」


「……………………わかったわ。連れてく」


 どうやら信じて貰えたらしい。


 勿論レオンハルトとしては、たまったものではないのだが。


「貴女……夜さん、だったっけ。この学園の人じゃないのよね? 案内してあげるから、ついてきて」


「ありがとうございます。……あ、えっと」


 表情は布で覆われて分からずとも、様子で伝わったのだろう。少女は「ああ」と教えてくれる。


「私はスノウリリー。スノウリリー=リィズ=ディセィル=ローズシルト。レオとはクラスメイト。運が良かったわね」


 名乗って、スノウリリーは笑いかける。

 名前からして庶民ではないだろうとは想像がつく。ローレリアのような完成された振る舞いではなくとも、所作が自然と上品なのもそういうことなのだろう。


「よろしくお願いします、スノウリリーさん」


「ん。魔法……は使えるかわからないけど、そんな距離もないし、歩いて行きましょうか」


 そうしてスノウリリーは螺旋階段を登っていく。

 後ろを追従する夜の様子を確認しながら、話しかけてくる。


「さっきの確認はごめんなさいね。レオに会いたがる人、たまにいるの。ファンと言うか、完全な部外者で」


「……やっぱりレオって有名なんですね」


 いつも当たり前のように接しているレオンハルトが本来どういう存在なのかを知ると、距離の遠くなったような気がして複雑な気持ちになる。


「そりゃあね。あの歳で騎士なんて前代未聞だし、それで結果出してるし、まあ……カッコイイし」


 最後の言い方には照れがあった。

 それが何由来の照れか、を経験のない夜には窺い知ることはできない。


「レオに親戚の子がいたなんて知らなかったわ。あんまり自分のこと、話したがらないし」


 二階分上がって、フロアに繋がる踊り場へ出る。そのまま歩く先は教室のようで、スノウリリーのボリュームが低くなった。


「や、親戚というか……」

「着いた。授業中だけど、大丈夫かな。入って」


 会話は遮られ、促されるままに扉を開けて教室の中へ。


 室内は素材の差異は多少あっても、机と椅子に生徒、教壇に先生とおおよそ夜の想像する教室のものだった。


「失礼します。先生、レオの親戚の子が来てたみたいで……」


 一斉にこちらを向き、かつ怪訝な顔をする。唯一違う顔をしたのは前の方に座っていたレオンハルトだけで、その顔も純度100%の困惑だ。


「レオンハルトの?」


 男性教師はレオンハルトを見る。その視線を受けて、レオンハルトは夜の下へと歩いてくる。


「……ありがとうリリー。で、夜。なんでいるの」


「ノアさんに言われて……」


 レオンハルト、特大の嘆息。その後に「予定ってこれか……」と聞こえた気もする。


「レオンハルト、授業終了後でいいならそうして欲しいが」


 教師の声にそれほど怒っている様子はない。夜に対する視線は変わらないが。


「……いえ。必要になりそうなので、今紹介します。夜、一緒に」


 レオンハルトは夜を連れて教壇、教師の横に、そして鞘に入った剣を出現させ刀身を抜く。


「……レオ?」


 その様子を見ていたスノウリリーが呟く。


「先に。この子に危害が加えられる場合、僕はその相手を斬る覚悟と権利がある」


 教室内が嫌なざわつきで満たされる。そして、夜に対する視線も不審へと変わっていく。


「夜、取るよ」


「……うん」


 そうして薄布を取り払われ、当然の如く一切の音が消える。

 今日の服装はブラウスに焦げ茶色のスカート、髪はリボンで纏めて、と夜自身気に入っていたものだが、そんなことは関係なさそうな反応だ。


 十秒ほど経過して、再び夜は覆われる。

 そうすると必然、ざわめきとは言えない音量で騒ぎ立てられることになる。


「何今の!?」

「どういうこと!?」

「これ可愛いって感覚でいいのか!?」


 等々、おおよそこういう内容。


「……レオンハルト、彼女は」


 夜を守るように間に入っていた、教師から説明を求められる。

 どう答えるか窮して、はぐらかすように小さな声で言う。


「夜は……僕のフィアンセ、です」


 騒がしい中にもしっかりとその言葉は通ったようで、再びの沈黙が訪れる。


 数秒後、耳をつんざくような悲鳴嬌声歓声諸々がして、教室内は再びの喧騒に包まれることになった。


 その時自分に向けられる女子生徒の視線に気づいていなかったのは、夜にとってきっと幸せだっただろうが。

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