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パーティーは平穏の中で。

 それからすぐに今回の会の進行担当だという女性が来て、夜を確認して当然のように絶句し。

「……奥様は最初の顔見せのみで退出願います」

 と、正気に戻った後言われてしまったのに夜は頷き、レオンハルトも不本意ながら了承した。


 レオンハルトに対する担当官の態度が自分を見てから変わったことに気づいた夜は、今回の話をされた時に訊いた内容を、担当官が席を外してからもう一度訊く。


「……本当にいいの、レオ?」


「んー、何が?」


 同じ質問に同じ返し。

 わかっていないはずもないだろうが、仕方ないと口にする。


「私を妻として公表して。少なからず、『こんなのに引っ掛かったのか』って思う人、いるじゃんか」


 そう。

 レオンハルトのことをよく知っている人物ならさておき、そうでない人には「魔性に引っ掛かった男」として映るわけで。


 自分が思われるのは構わないが、レオンハルトをそう思われてしまっては嫌だ。


「ノアじゃないけどさ」


 夜の額をつん、とつつくレオンハルト。


「自分のことを“こんなの”とか言わない。それを言ったら僕だって“こんなのに引っ掛かったやつ”になっちゃうし」


「でもさー……」


 そう言われてしまっては言い返せないものの、やはり不満というか心苦しさはある。そういう表明に、言葉は続かない。


「だから、まあ。いいか悪いかなら、いいよ。夜が変に思われるのは嫌だけど、自分がそう思われる分にはね」


 逆の立場で同じことを考えているとわかっては、閉口せざるを得ない。

 夜は小さく頷いて、ついつい「ばーか」と呟いた。




 始まる前に夜とレオンハルトは広間に繋がる別室に移動、呼ばれて招待者の前に姿を現す予定らしい。もっとも夜はレオンハルトよりもさらに後で、一通りの挨拶を済ませた後、本当に一瞬の登場で、と指示されている。


 待機中は布をかぶった状態で、呼ばれても同行はして貰えず一人で歩くことになる。随分な扱いの花嫁だが、これは保護認定のせいで下手な危険を負いたくないからではないか、とはレオンハルトの談。

 勝手に飛ばされる理性に負けて押し倒しでもしようものなら最悪一族まるまる死刑、と考えると確かに、自分でなければ関わりたくないのも道理と納得してしまう。


 そこまでの価値を自分に認めていないし、ましてや自分のせいで誰かが死ぬなど本意でない夜としては、させるつもりのさらさらない処分ではあるのだが。


「――非常にお恥ずかしい話ですが、僕が彼女に一目惚れして、そのまま婚約を申し込んだ形になります。彼女自身は困惑気味で、でしたね」


 扉越しに聞こえてくるレオンハルトの言葉にむっとして、形式的なもののみで済ませようとしていた自分の言葉を変更することを決意。


 その後も夜を庇うような物言いのいくつかあって、「それでは」と、夜の呼ばれる段取りになった。


 自分を覆う薄布を取り、鏡で装いの乱れていないか確認。楚々として賢そうに見える顔も作って、ノアに教わった通りの歩き方で会場へと出向いた。


 夜の姿を現す合間に行われていた小声の会話はぱったり途絶え、静寂の中、夜の足音だけが規則正しく響く。


 レオンハルトの横に立って、一礼。会場を見渡す。

 人数は50名ほど、男女比率は半々といったところ。年齢は少なくとも、夜達より上と見てわかる人々が大半。テーブルに並ぶ食事に向いていただろう手は、全員ぴたりと固まっている。


 そういえばマイクは、と思うとレオンハルトからそれらしい道具を受け取る。青い水晶体のそれを、発光しているのは起動済だろうと踏んで構えて言葉を紡ぐ。


「この度、レオンハルト=シュヴァルツフォールの妻となりました、夜……シュヴァルツフォール、と申します」


 声は努めて普段よりやや低く、凛として張り詰めるように。そのままでは幼い印象を与えるかもしれない、とノアから事前に聞いていたため。

 こうして変わった自分の名前には未だに慣れないが、毅然と言う。


「夫の発言に誤りのあったため、訂正を。夫が私に求婚をしたのは、ただ私に魅了されたからではありません」


 隣のレオンハルトが反応する。が、今止めることはできないようだ。夜もそれをわかっていて言っている。


「皆様もお察しのことと思われますが、私は全く普通ではございません。そのままでは日々の生活にも苦労する身、それを解決する手段として、騎士との婚姻が有効だったというだけのお話です」


 このままでは自分の話が終わった後に何か言われるだろうか、とレオンハルトをちらりと見る。

 いかにも言いたげな顔をしている。対処は後で。


「ですから……夫は決して、私に誘惑されて事を起こすような男ではございません。自分の功をわざわざ隠す不器用さを、謙虚さと捉えるかは皆様にお任せ致しますが……不束な私にできるのは、この不器用さを支えることくらいでしょう」


 レオンハルトに微笑んでみせる。それだけでもう何も言えなくなることを分かっている、小悪魔的な微笑み。


「至らぬ私に代わりまして。今後ともどうか夫を支えていって下さいますよう、どうぞよろしくお願い致します」


 締めて、一礼。


 再びの静寂に、自分が退場しなければこの空気は変わらないか、とレオンハルトに目配せをする、と。


 ぱちぱちぱちぱち、と一人分の拍手が響いた。

 その音の方を見ると視線が合い、ローレリアはにこりと笑った。


 そして、程なく。

 つられて意識を取り戻したように、拍手が続いて大きな拍手となった。


 夜は照れくさそうにはにかんで、小さくお辞儀をもう一度。そしてレオンハルトの後ろから声をかける。


「それじゃレオ、私は客室に移るから。また後で。さっきの文句も、また後でな」


「……ん。後で行くから、待っててね」


 次の進行があるのだろう。

 遠巻きにこちらを気にしている担当官に敢えて無言でマイク的道具を渡し、お辞儀をして、広間を去った。




 一通り終わって、自由に立食、談笑の時間。

 主役であるレオンハルトには当然多くの人が話しかけてくるが、予想していた通り彼女も訪れた。


「私に時間を割いて頂いても、構いませんこと?」


「勿論。断れる道理もございません」


 ローレリアは綺麗に笑う。

 王族の会話を横で聞くわけにもいかないと、周囲の人々は離れていった。


「先程は、ありがとうございました」

「……何のことでしょう?」


 この返答は演技だと、レオンハルトには理解できる。それが自分の恩を口にさせないためか、本当にわからない純粋なフリをしたいのか、どちらなのかも。


「夜の言葉の後。無音を割って頂いたのはローレリア様でしょう」


「ああ。それは、まあ。当然というものです、気にすることでもございませんよ」


 そうしてまた、綺麗に笑う。


「しかし、今回。大きな声では言いづらいものですが、私としては少々、残念ではあるのです。全く気づいていなかった、というほど鈍感な方でもないでしょう?」


「……お答えできかねます」


 レオンハルトがローレリアを、苦手な理由の一つだ。隠すフリをして寄せられる好意、それが王族からのものとなると、無下にもできない。


「ええ、ええ。それでいいのです。恨み言を述べるつもりもございませんし。彼女、心も綺麗な方ですね。彼女を嫌うこともできそうにありませんから。今日は素直に、お祝いを」


 笑みを深めて、歌うように言う。


「どうか今後の貴方様に、幸多くあらんことを。――またお話しましょうね。本日はこれにて。お招き頂き、誠にありがとうございました」


 ローレリアが去るとレオンハルトはまたすぐ人に囲まれ、夜に会いにいくのはもう少し先になりそうだ、と内心嘆息をしていたのだった。




「……貴方」


「はい。どうなさいましたか」


 魔法の使用に承認が必要で、何かあれば騎士団の動く。そんな城内で何を警戒するというのか。

 自分の護衛としてついた騎士に、表情は崩さず声をかける。


「これ。レオンハルトの花嫁がいる部屋の鍵」


 放り投げたかったが人前だ。丁寧に渡す。


 自分の意図が汲めないのだろう、困り顔をしている騎士に淡々と言う。


「あの子、好きにしていいわよ」


「は……?」


 当然そういう反応だろう。予想の範囲を出ない。


 誰に怯えるでもない安全な城内、腹の探り合いのいらない平和な集会。そんな状況でつけられる騎士など、程度が知れている。

 歳はそろそろ三十といったところか。外見的にもいまいちぱっとしない、実直なだけが取り柄のような男。騎士でその年齢なら、もう自分がどこまでやれるかおおよそ見当はついているはずだ。


「貴方も見たでしょう? アレ、途方もなく魅力的だと思うけれど?」


 まだ唐突すぎて判断のできない、といった様子だ。思考が鈍いのはいい。このまま畳みかける。


「こんな誰でもできるような護衛を任されて、貴方はこのままならいつか死ぬか、大した功績もなく終わるかどちらかでしょう? それに比べてレオンハルトは、最年少で騎士になり、既に頭角を現し期待されていて、あの通り外見も良く、極めつけにあんな妻を手に入れている。……惨めにならないの?」


 これは図星か。肩が震えた。

 なら、このまま続けることにする。


「レオンハルトは恨みこそ買っていなくても、僻まれていることは多いのよ。私が提案して乗る男なんて、この城にはいくらでもいるでしょうね。乗ってくれるなら、今後の貴方の処遇に手を加えることもできるのだけれど。断るなら他を当たるわ」


「しかし、確か彼女はSSS級の保護認定を……」


「ここはヴァーレスト城よ? 部外者には無理でも、私にはいくらだって、もみ消す手段は用意できるの」


 するかしないかではなく、する場合の問題点の指摘。ここまで転がってしまえば、後はさして難しくない。


「――さて。最後にしましょう。そのままただ、真面目なだけが取り柄のつまらない人間として一生を終えたい? 少しの良心を捨てて美味しい思いをして、望むものを与えられる生活をしたい?」


 渡した鍵に手を伸ばし。


 取り上げようとする。


 ――それは叶わず、鍵は手からするりと抜けていった。


「やります」


 いつもと変わりなく、あくまで綺麗に。にっこりと笑う。


「よろしい。彼女の部屋に他の人間はいないから、見つかる可能性は低いでしょうけど。深夜、また実行前に伝えます。それまでは待機していていいわ。護衛も必要ありません」


「……はい」


 そうして騎士は消え、一人残された私には誰かしら話しかけてくるだろうか。どちらでも良い。


 正直別に、あの少女が凌辱されること自体はそれほど大きな望みではない。


 以前から目をつけていたレオンハルトが掠め取られて気に入らない、そういう感情はあるものの。確かに顔はいいに越したことがなく、年齢も近いのは尚更都合が良い、それは確かだが。


 あの騎士は、そんな甘い判断をしていい存在ではない。


 いったい周りは、何を見ているというのか。

 レオンハルトがあの年齢としては卓越している、それは確かだ。いずれは騎士団くらい持つだろう。そう評されている。


 実際は、そんなものではないというのに。


 彼が優秀なことに疑いはないが、“間違いなく手を抜いている”ことにも、疑いはなかった。

 あの騎士様の参加した任務の部隊生還率及び成功率が突出して高いのは何故か? 鎧の傷が極めて少ないのは何故か? 不慮に遭遇した任務範囲外の脅威を、全て逃走でもなく撃退でもなく討伐できているのは何故か?


 この城にいるのは馬鹿ばかりだ。

 蝶よ花よと育てられ、そのままに過ごしている姉達にうんざりしていたこともあったが。違う。ほとんどの人間がそうなだけだった。


 見せかけだけ綺麗な仮面の内に、どろどろと濁った思惑が潜んでいるのを、知らないのだ。


 女として生まれた時点で、よほどの才能がなければ直接権力を持つことはできない。ならば、陰から操る方が良い。


 欲しかった駒の再獲得と、不要な駒の上手い捨て方。


 その二つの手管を考えながら、声をかけられて反射的に綺麗な笑みを返した。

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