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マイ・フェア・なんとか。

「今日から、夜様の教育を始めさせて頂きます」


「教育、ですか?」


 翌日。

 学校に行くのだというレオンハルトと同じ時間に起きて、一応一緒に朝食をとってノアの後ろからお見送りをして。さて自分は何をしようか、と言うところでのノアからの言葉。


「ええ。夜様がたいへん魅力的なのはよく分かっていますが、今のままでははっきりと申し上げまして、色香を無闇に振り撒く娼婦と相違なくなってしまいますから。気品を身につけて頂きます。併せて一通りの教養も、でしょうか」


「……がんばります」


 元々まともな教育を受けていないので、乏しかったり偏ったりしていたもの。こちらの世界での、とするなら尚更だろう。中身空っぽの自分を改めて自覚して、どうしても不安になる。


「教養につきましては、レオ様の通う学校レベルまで、を目標として。今日は最初ですから、まず。歩き方から始めましょう」


「歩き方、ですか?」


「はい。失礼ながら夜様、がったがたですので。良く言えば癖がないので、むしろ好都合と言えますが」


 歩く機会の少なかったため、当然と言えば当然と言える。自然と歩けるようになった今も、自覚して歩いてなどいないので、自分の歩き方がどう、などということは全く想像できない。


 苦笑を返す夜に、ノアは「過ぎた言葉をお許し下さい」と頭を下げ、続ける。


「最終的には所作だけで、どこぞのお姫様と思われるようになって頂きますが。その一つとして、まずは歩き方です。姿勢の良さは勿論として、普段の生活環境からの逆算的に、歩き方を定めます。平たい床ばかりを歩いていて、移動距離の少ない、と想定して」


 こつ、こつ、と音を立てて、ノアが歩いてみせる。背筋を伸ばしてゆっくりと、つま先から接地をする歩き方。


「あまり極端では演技に見えますから、少しずつ、慣らしていくように。幸いこの屋敷はほとんど段差を上る必要がありませんから、努めていれば自ずと身につくでしょう」


 こつこつこつと何度か歩いて、「失礼」という声の後、頭の上に本が置かれた。


「まずは正しい姿勢を意識することの方が、先決かもしれませんね。夜様の体幹はとても綺麗でしたのを確認していますから、意識の問題です」


「ん……ととと」

「背筋は真っ直ぐに。ですが、頭上に集中しすぎて首が上を向いていますね。……かけておきましょう」


 夜の頭上の本に、ノアは二言三言何かを唱え。次に夜の頭上から本の滑り落ちた時、本は受け止めようとした夜の手に落ちず、ひとりでに頭上へと舞い戻った。


 魔法の便利さ、につくづく感心する。


「気を抜くためにかけたのではありません。問題のなければ次は、美しさを求めますので。――ああ、不自然に腕が固まっています。そちらは後にするとして。首、やや右に傾いていますね。夜様にとって、です。ええ、そうです」


 ノアの指導は段々と厳しくなり。

 三時間続けた後、くたくたになった夜は自分に回復をかけ全快したものの、すると躊躇なく次の教育が行われたのだった。




 任務に就いていない時の、レオンハルトが帰宅する時間はある程度決まっている。

 別にどこにいようと一瞬で移動は可能なのだが、ノアは玄関近くの用を後に回して、帰宅時間の付近に持ってくるようにしていた。


 屋敷にかけられた魔法が、訪問者の存在を術者たるノアに伝えてくる。すぐに、それが訪問者ではなく帰巣者であることまで。


 扉を開け、入口の正面中央へ歩いて向かう。こちらが見えるほど開く前に着き、出迎えの姿勢まで間に合う。


「お帰りなさいませ、レオ様。お荷物をお預りしましょう」


 いつものように丁寧な礼を、内心と裏腹に気持ちのこもった様子で。


「お願い。……夜は?」


 制服姿のレオンハルトから受け取った鞄と鞘入りの剣を部屋に送りながら、返答をする。


「夜様でしたら、レオ様のお父上が使用されていた書斎にて読書中です」


「父さんの書斎? 何か面白いものあったかな……」


「本を読むということ自体の、とても好きな様子でした。――それに因んで、のことですが」


 ノアの雰囲気から、真面目な話とレオンハルトは察知。脱いだ上着をノアに渡しつつ、先を促す。


「夜様、たいへん恥ずかしそうに文字の読み方をお訊きになられました」


「んー……文字が読めない、自体は有り得なくはないけど。ヴァーレストの識字率的にはほとんどの人が読めるとはいえ、夜はヴァーレストの人間じゃないみたいだから」


「ええ。ですがその際、夜様は『この国の文字の読み方を教えてください』と仰ったんですよね」


「……ヴァーレストで使っている文字って世界公用だよね」


「はい。その際の様子から、一つわかることがあるわけです。即ち、夜様は別の文字なら知っているということ。そうでなければ“恥ずかしそうに”“この国の文字”を訊くということは、起こらないでしょうから」


「それでも言葉は通じているわけだから……んー、本人には訊いたの?」


「いえ。私からは夜様の過去に、踏み込むつもりはございませんので。それと、報告がまだ」


 ノアの空気は変わらず真剣だ。次の言葉にも、レオンハルトは同じく真剣に耳を傾ける。


「夜様、性知識がほとんどございません」


「……………………何言ってんの?」


 そういう流れではなかっただろう、と冷ややかにメイドを見るが、その表情は元々崩れないとはいえ雰囲気もそれほど変化しなかったことに驚く。


「真面目ですよ、私は。つまり、夜様は“そういう目的で育てられた”存在ではないだろうということなので。ゼロから仕込む趣向に合わせるとしても、あまりに知らな過ぎずでは不便でしょう、という位には無知です」


 この所以は、夜の知識吸収源はほぼ全てが本であり、その本は母による選書をされていたから、という。大分、箱入り娘のような選定の本を与えられていた。


「……で、それを言って僕にどうしろと」


「いずれ困りますね?」


「……困りません」


「まあ。それでは“夜様には手を出さない”という言質として魔術的契約をして頂いても構わないので?」


「……それはおかしいと思うんだ」


「では手を出したいということで?」


「……そのどちらかなのやめない?」


「冗談はこれくらいにしておきまして。最後にもう一つ。夜様のナチュラルチャーム、魅了の強さはさておき、特性としてのランクは“神格”になります」


 会話のペースを終始ノアに取られるのはいつものことだ。からかわれるのも、止めるタイミングの絶妙故に制止する前に終わる。

 今回も、さっさと切り替えて始められた次の報告をただ聞かざるを得ない。


「普通の……って言い方も変だけど、普通のナチュラルチャームってどうなの?」


「人間の持つ場合は、ある程度の魔法による防御が可能とのこと。一部種族、サキュバス等の持つ場合は難しいですが、これはヴァンパイアの“血の祝福”やドラゴニュートの“起源回帰”のような魔術的体系と同格以上に位置する別権能扱いのためです。どちらにせよ、本来神格ではありません」


「夜のそれが、神格ってわかったのは何故?」


「種族権能としてのナチュラルチャームへの防御は、難しいだけで不可能ではございませんから。夜様の場合完全に効果がありませんし、神格かどうか、は多少、判別に知見がありますので」


 ノアの瞳をじっと見る。紫水晶の瞳は、主と同様に静かに佇んでいる。


「……ん。報告は理解。以上?」


「ひとまずは。――報告を踏まえた私見を述べても?」


「聞こうか」


「八百万の神がいるというかの国、ご存知ですね?」


「国交はほとんど閉じているっていう、あの?」


 レオンハルトもぼんやりとしか知らない、神の国と呼ばれる東の地。国民は全て神々だなどという噂を、何度か聞いた位。


「ええ。……夜様、そちらの出身なのでは? 黒髪も周辺地域の身体的特徴ですし、公用でない文字を使用しているだろう国、としても神格を持つ可能性としても」


「それってつまり、夜が神様ってことだよね」


「そうなりますね。何を司るか、ははっきりと言いかねますが。美と治癒の力は同じ神が持つものか分かりませんし」


「……神様を娶ってしまったと?」


「かもしれませんね。あまり無礼はなさらないよう」


 頓狂な話だが、現時点での材料からすると通ってしまう。ノアも冗談を言う時の様子ではないし。


「わかった。……留意しておく」


「ええ。では、ご夕食の用意をいたしますので。準備のできたらお呼びします」


 一礼するノアを後にして、レオンハルトは自分の部屋へ。着替えたら書斎を覗いてみるか、をどう夜と接するかと一緒に考えつつ。


「夜様は間違いなく人間、なんですけどね。自身の性質をそのまま在り方とする神のものではなく、なりたい自分を求めて足掻く、ヒトの在り方をしていますから。……都合の良いので暫く、勘違いしておいて頂きますが」


 悪意なく騙したメイドは、はっきりした解決策を持たないまま書斎に向かうだろうレオンハルトを察して、手を打っておくべくその場から消えた。

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