一段落して。
「……成程。理解はしました」
痛みの消えて夜とまともに接することができなくなり、結果脇腹に剣を刺したまま屋敷に戻り。
暴漢にでも会ったような夜の姿にまずノアは彼女らしくない「夜様!?」という大声を上げ、ついで横の人型タイプ剣の鞘となっているレオンハルトに「どうしてそんな健康に……」と傍目からは狂っているような感想を述べ。
諸々の処置をされながら、一通りの説明を済ました後。
「まず、夜様。私から、深く感謝を。レオ様は、私にも救うことのできない状態でした」
「僕からも、改めて。本当にありがとう、夜」
レオンハルトがこうして生きているのは自分のおかげと。事実として理解はしていても、まだ感覚が追いついてこない。
そのため、困ったように笑って返す。
「たまたま、できてしまっただけですから。でも、うん。……良かった」
なおこの会話は、夜、ノア、レオンハルトと、ノアを仕切りにするような状態で行われている。
勿論、万全のレオンハルトが夜に相対して、素面では済まないため。
「あ、と……夜」
「うん?」
表情の窺えないため、切り出される話題が良いものか悪いものかの推測が難しい。トーンからすると、あまり明るい話題ではないように思えたが。
「結婚を申し込んだ本来の意図とは、違う結果になったわけだけど……夜がしたいならなかったことにしても」
「失礼」
うん? と首を傾げた夜の前で、俊敏に動いたノア。
レオンハルトを蹴り飛ばす、という動きで。
「全快と言っても、油断していれば当たるようで一安心です。アヴェロム・シルト、デュレイルカナント、ヴァンデュラム・ベイン」
レオンハルトを中心に、まず黄色い光の幾何学模様の描かれた壁が屹立。次いで、その内側にドーム状に水色の光が展開。最後、さらにその内側から黒い光条がレオンハルトの手足を縛り。
壁とドームは消えて、拘束されたレオンハルト、のみ残ってようやく、夜には何があったのかの理解ができた。
「……ノア? いきなり魔封じの拘束はいったいどういう理由で?」
こういった経験は初めてではないのか、抵抗はそもそも諦めている様子のレオンハルト。
聞こえていないといった様子で、ノアはそのまま続ける。
「魔素生成。純化、結合。変換器、形成」
粘土をこねるように、手元で七色の光を加え、混ぜ、固め。輝く純白の球体が宙に浮かぶ。
「さて。思い残すことはございますか?」
その球体に手を差し込み、ノア。
「……せめて説明をですね」
「自分から結婚を申し込んでおいて、予定と違ったから破棄しようか、なんて巫山戯たこと言ってんじゃねーぞクソ男ということですね」
「あー……私はいいですよ?」
ノアが振り返る。
「まあ。それでは、ここで跡形なく吹き飛ばしてしまっても構いませんね」
違う違う、とぶんぶん手を振る。
「や、そっちじゃなくて。このままで、ですね。……レオの良いならですけど」
「だ、そうですが?」
半ば以上に脅迫に思うが、気づかないことにしておく。
「……不束者ですが、よろしくお願いします」
「……うん。こちらこそ」
二人のやり取りを聞き、ノアは舌打ちとともに全ての魔法を解除。レオンハルトに背を向けて、意図的に無視しているような態度。
「それでは夜様。今後ともお仕えさせて頂きますね。今日はお疲れでしょうから、休まれては如何でしょう」
「そうですね……そうさせて頂きます。レオ、またね」
「ん。また後で」
夜を部屋に送って、すぐに戻ったノア。
先程の殺気は消え、いつもの様子。
「さて……これはまた随分と、予定の変わってしまいました」
「どうするかはお任せします、と言いたいところだけど」
続く言葉を正しく察して、ノア。
「ええ。夜様には仕えますし、仕えたいですから。私とレオ様についても現状維持、を希望したく」
「了解。……それだけ?」
「……………………もう一つ」
ノアの鉄仮面に、普段感じさせることのない怜悧な印象が混ざる。剥き出しにするだけ優しい先程の殺気とは違い、得体の知れない恐怖を抱かせるもの。
「当初の予定、再開を」
「ん……。その場合、夜は」
断れない、というよりは断る気のないといった首肯を返すレオンハルト。
出された名前に、いつもの無表情へと戻る。
「巻き込みたくはありませんから。本実行は、まだ行わずに。実行するなら何か考えるとして、隠しておいた方が良いでしょう」
「そう、だね」
「――もしもしたくないのなら、私一人でも構いませんが」
見えた逡巡に刺すように。
そうして消えた迷いは、昏い光を瞳に宿して。
「いや。やる。本当はそのために、ずっと」
「それでは。今後ともお仕えさせて頂きます。――屋敷の設備変更が残っているので、一旦失礼を」
焚きつけて燃えたその結果には、さして興味を持つことなく。回答に満足したノアは、一礼をしてその場を去った。