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ファースト。

 走った。

 全く慣れていない走るという行為を、遮二無二続けた。

 胸が苦しくなって、呼吸がしづらくなっても、走った。

 自分の走り方はぐちゃぐちゃだろう。走るなんて生まれてから、まともにしたことすらなかった。

 人の姿がちらほら増えてきたところで、転んだ。


 勢いをつけたまま、地面へ。

 咄嗟に前に出た両腕を擦りむいて、膝も擦った。

 そうして一度止まってしまうと、ばくばくする心臓の鼓動にもう走れないと感じて、息の苦しい中うずくまり倒れ込んだままになる。


「おいおい……大丈夫か、お嬢ちゃん」


 倒れた自分を起こそうと、親切な人が声をかけてくれる。

 が、顔を見るや否やぎょっとして、動きが止まる。


 しばらくしても、襲われることはないようだ。

 ゆっくり振りほどき、仰向けになって寝転がる。よく、顔の見えるように。そうすれば、誰も近寄っては来なかった。


 言われるままに逃げて走って、理解の追いつかないまま。呼吸の落ち着く頃、ようやく感情が追いついてきた。


「……結局何も、変わってないじゃんか」


 そう。

 ずっと病に伏していた時と。

 ただ生き永らえさせられるだけで、何もできない。

 自分の生きる意味がわからずにただただ時を過ごして、いつか来るだろう終わりを待って。

 時折同室に現れる、生きたいと願って死にゆく人々。そんな人達を眺めていて、浮かんだ感情は何だったか。


「……何もできない自分が、本当はどうしようもなく辛かったんだ」


 直接救えなくてもいい。ただ何か、何かできれば。

 そう、思うことしかできなかった。


 それでも何もできなかったから、願うことを諦めて、生きることを諦めて。何も期待せずに、生かされるままに生きて。


「同じじゃ、ない」


 だが。


 今は違う、はっきりと違う。

 今はこうして動けるではないか。


 何ができるかはわからなくとも、何かのできる今は。あの頃とは決定的に違って。

 ここで諦めてしまっては。また、何もできない自分に戻ってしまう。健康だろうと、外見がどうだろうと、ただ、生かされるだけの。


 それは嫌だ、とはっきり言えた。


 レオンハルトの本意ではないだろう、これは自分の我が儘で、彼の意志を台無しにするものだ。


 それでも。


「何もできないからって何もしないのは、もう嫌、だ」


 ふっと。身体の芯を通すように、どこか懐かしい、心地の良い熱さが満たす。


 夜は起き上がって、頬を両手で二回、ぱんぱんと叩き。来た方向へと駆け出した。




「レオ!」


 教会の扉を開け放ち、叫ぶ。


 そこにあったのは、眠るように横になったレオンハルトの姿だった。


「……………………そん、な」


 その隣に立つダリアは、夜の姿を確認すると驚いたように言う。


「まあ、まあ。折角の騎士様の厚意を、わざわざ無駄にしにいらっしゃったのですか?」


 ダリアを無視して駆け寄って、レオンハルトの身体を起こす。まだ温かいが、脈をとって血の気が引ける。


「……………………認めない、から」


「残念ながら、覆ることのない事実です。私との戦闘ではなく、生命力の尽きて騎士様は死亡。死者を生き返らせることは、できません」


 夜一人では何の障害にもならないからだろう。警戒する様子もなく、そんなことを教えてくれる。


「認めない。できないなんて、もう」


 無茶苦茶でもいい。何か、何か。ファンタジーなら、そんな奇跡があったっていい。

 そんながむしゃらな祈りを込めて、レオンハルトの身体を抱く。


 強くなくて良い、戦えなくて良い、誰かを救えるだけで良い。それだけでいい、力を。


 ――と。


 発光。

 穏やかな緑色に、光っているのは自分の手、と夜は無意識で捉えて。そのまま、レオンハルトの胸にかざす。


「……どうか。どうか」


 原理は全くわからないが、これが回復だという確信がある。自分の服を染めていた血が、止まったことに希望を見出して。


 だが。


「回復魔法。傷は治るでしょうが……残念ながら、無駄です。生命力の尽きるというのは、寿命を迎えるのと同じこと」


 ダリアの言う通り、レオンハルトの傷は塞がっていく。だが、鼓動の戻る様子はない。少しずつ、体温が失われていくのに焦燥が募りつい、目尻から滴が零れる。


「いや、だ」


 嫌だ。何もできないのは、もう。

 強く。強く強く強く強く、願って。

 何もできないのは嫌だ、じゃない。

 傲慢に願うことの、許されるなら。


 何かのできる自分を。誰も救えない命すら、救うことのできる自分を。

 乞い、願う。


 祈りの姿勢なぞ知らないが、両手を爪で血の滲むまで強く握って、祈り。


 ――ぽぅ、と。


 手のひらに灯る光の、色が変わった。

 優しい緑から、鮮烈な赤へ。


 わからないまま、再びかざす。かざして、祈る。祈る相手は何でもいい、願いの叶えてくれるなら、と。


「――かは、っ」


 それは声ではなかった。反射的な肉体反応から成った空気の音。だが、はっきりとした吉兆の音。


 レオンハルトが、口から血を吐いた。

 身体に熱が戻っていく、鼓動が微弱ながら戻っていくのを、確かに感じる。


「ぁあ……やった、やったよ」


 喜ぶには早い。そう思って続ける。まだレオンハルトは目を覚まさない。脈も弱く、限りなく死の淵だと。


「一体……何を」


 彼女の知識では有り得なかったことなのだろう。目の色を変えたダリアが、夜の腕を掴んで引き寄せる。


「本当に蘇生されるのなら、見過ごすわけにはいきません。後で調べるとして、眠っていて頂きます」


 ダリアが何かを唱える。

 このままではいけない。夜に戦力は全くないが、もしもの時のための手段は、ノアから一つ教わっていた。


「動くな!」

「――っ!」


 密着距離、瞳を合わせて、最大限の大きな声で。

 首拾いとて夜のチャームが効かないわけではない。ならある程度、動きを止めるくらいは不可能ではないだろう、と。


 効きが強ければ言葉はそのまま命令になるだろうが、とノアは言っていたが。


 残念ながら、今のダリアを見るにナチュラルチャームの衝撃にやられているだけのようだ。


 今のうちに、と再びレオンハルトの元へ。

 かけた魅了のどれだけ持つか、と床に置かれた剣を見て、ふと思考する。 


「……余計なこと、気にしてる場合じゃないか」


 そして夜は、自分の服を斬り裂いた。


 素肌の方が魅了の通りが強烈なのは、自分自身で経験している。半裸の自分が女性相手にどれほど有効か、は不安要素ではあるが。

 ちらとダリアを見る。自分に投げられる視線は、驚嘆に似た目の見開きと共に固定された。効果はあったようだ。


 再度触れたレオンハルトは、このままでは死ぬと感じ取れるほど微弱な生命反応をしている。急いで先程の感覚を思い出し、赤い光を当てる。

 しかし、レオンハルトの容態は悪くならない程度で、好転しない。


「やってることは間違ってないはず……内側からじゃないと、ってこと?」


 思考の必要なく、呼吸の仕方がわかるように。

 夜は今の自分がしていることを、思い出すように理解できた。

 きっと、自分の行っているのは生命力の回復、だろうと。

 で、あるなら、外側よりも内側からの方が効果的なのではないか、と。生まれついての知識のように、ふっと浮かんだ、思考。


 そして思いついた、馬鹿馬鹿しくも最適に思えてしまった、アイデア。

 躊躇している時間は、なく。


「……捧げるから受け取れよ、旦那様」


 ダリアの方をちらっと見て、まだ大丈夫そうなことを確認し。


 夜は、レオンハルトに口づけをした。


 状況が状況だ、余計なことを考えている余裕はない。口を通して、生命力を与えていく。

 レオンハルトの鼓動が、とくんとくんと感じ取れる。少しずつ早くなっていき、自分と同じくらいになって落ち着いて。


 ぱちり、と目が開かれた。


 夜はすぐに唇を離し、微笑む。


「……おかえりなさい」


「あれ……あれ? ただ、いま?」


 状況の掴めないのだろう。自分の身体を確認して、驚きの表情から困惑に変わる。


「死んだはずじゃ、というか全然痛くない、もしかして治ってる? あれなんで?」


「治したんだよ。私が。……たぶん」


 夜の言葉にぽかーんとして、それが真実と理解したのかふっと笑い。


「そっか」


 剣を拾って立ち上がり、夜に見えない速度でひゅんひゅん振り。


「ダリアの呆けてるのも、夜のせいってことなのかな」


 と、ダリアの肩をぽんと叩く。

 それにはっとしたように意識の戻ったダリアは、次いで目の前にいるレオンハルトに目を見開く。


「……どうして」


「どうやら助けてもらっちゃった、みたいだよ。さ、やろっか」


 遊びの誘いのように言って、先に仕掛けたのはダリア。


 竜の膂力を持った腕の一薙ぎ――を、出始めのところで押さえて止めるレオンハルト。

 続いての強烈な蹴り――も、形になる前に止めてしまう。


「全く、動きが違いますね」


「これが本来。と、夜、さっきのってまたお願いできそうかな? もちろん、やり方は別でいいから」


 やり方、と聞いて夜はつい赤面する。


「うっさいばーか。……たぶんできる、と思う」


「ん、ありがとう。なら――制約解放」


 紅霧を纏うレオンハルト。背にしている夜には表情は見えないが、少なくとも辛そうにしている様子も、無理をしている様子もない。


 そして、既にあった彼我の差は絶対的に。

 ダリアのあらゆる攻撃をいなし、躱し、止め、全て速度で上回って。


「……逃走しても?」


「できると思うなら」


「……降伏しましょう」


 そうしてあっさり、決着した。


 無駄な抵抗のしないダリアを、魔法で縛りどこかに送ってから。

 ようやく、レオンハルトは夜に向き直る。


「ごめん、ちょっと遊びすぎちゃった――ってそれ無理」


 夜の顔から下に視線の移った後、レオンハルトはそう言い。

 何のことだろう、と首を傾げると、自分の横腹に剣を突き刺すレオンハルトがその目に映り叫んでから、自分が半裸なことに気づいて「あー……」と、身体を隠して溜め息をついて。


「……ふふ」


 こうして笑えている今に、祈りの届いた誰かに感謝をした。

ここまでお読み頂きありがとうございました。


書き溜め分はここまでになりまして、次からちょこちょこ間が空いてしまうと思います。


一応ここまでが導入? のつもりです。

お気に召しましたら、おつき合いください。

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