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スラム街、情報屋。

 街の中心から離れていくと建物の数もまばらになってくるのが普通なのだろうが、この辺り一帯は違うらしい。密度で言うなら中心部より高い。

 外観の汚れ具合や造りの雑さからして、生活水準は大分低そうだが。


「本来、放置されていること自体が国の問題であって、ここに犯罪者が巣食っていることも国の責任、なんですけどね」


 苦々しげに言うレオンハルト。国に仕える騎士としては、なかなか触れづらい話なのだろう。


 夜の知識で言うところのスラム街。

 治安の程度は、淀んだ空気と見通しの悪さが伝えてくれる。


 慣れた足取りですたすた歩くレオンハルトに、手を引かれて着いていく夜。

 一見人の姿はないが、視線はあちこちから感じる。今のレオンハルトは相当な美少女外見なので、顔を隠している夜よりも目を引いているだろう。


 それでも自分に刺さる視線はあって、街中とは性質の違うそれらに、つい繋いだ手に力を込めてしまう。


「大丈夫ですよ、まず襲われませんから」


 接触をしている今、レオンハルトはこちらを見てはくれないが。

 代わりと言うように、握った手を握り返してくれる。


 と、正面に人影が現れた。


「――もし襲われる場合、こんな風に」


 剣を抜き、夜は手を離す――と同時に抱き寄せられる。その際、「きゃっ」と声が出たのは恥ずかしかったのでなかったことにしたかったが、レオンハルトの五感を揺らしてしまったらしいのは表情から察せられて。


 解かれた抱擁がもたらす心細さは、胸を満たす前にあっさり消えた。


 相手は囲むように三人、対してレオンハルトの剣を振ること三度。斬撃でなく打撃だったのは優しさだろう。

 刀身を鞘に収め、空いた手で夜の手を再び握ってくれるまで、あまりにもあっという間だったため。


「こちらの実力も理解できない程度の相手、ですから」


 この騎士様は本当に強いんだな、と心底惚れ惚れする。


「それじゃ、今様子を窺っている人達は、そういうこと?」


「ええ。今、努めて虚勢を張っているので。危険はそう多くないはずです。時間が経てば組織的に来るでしょうから、それほど余裕もありませんが」


 なるほど、とわかったようなつもりで頷いて、信頼は変わらずそのまま進む。

 適当な襲撃を数回あしらい、横道の一つに入ったところでレオンハルトは足を止めた。


「ここです」


 そう言い示す扉に看板はない。

 並ぶ建物より幾分か大きく、最近換えたのかドアノブが綺麗なくらいの差。


 ノックもせずに、レオンハルトは扉を開ける。


 後ろに続いて中に入ると、光景より先に夜が捉えたのは、強い香り。苦味の強い、スパイスのような。その香りは白い霧のような実体を持って、室内に漂っているのまで続けて知覚して。


「……変わっていませんね。リーズ・フロマ」

 

 レオンハルトが呟くと、霧はあっさりとかき消えた。

 改めて捉えた中の様子は、敷物も壁紙もない、木製の床と壁。物もほとんど置いておらず、目立つのは奥に見える扉と、中央にある椅子に腰かけた男性のみ。

 前髪は長くぼさぼさで、歳は夜の見立てだと三十、四十といったところ。不潔に感じるほどではないが、纏うローブがぼろぼろだったり背筋が曲がっていたり、まともな人物にはあまり見えない。


 霧の消されたことに露骨に不満を表した後、美少女状態のレオンハルトを見て驚いた顔をする。


「誰かと思ったら……久しいな。一度消されると張り直しが億劫なの、覚えていてくれると有難かったんだが」


「態々そちらのペースに合わせる道理は、ありませんから」


  レオンハルトの声は作ったものだ。面識があるのはあくまで、この姿として、ということか。この辺りの事情を踏み込んで良いものか夜には判断がつかないため、今は黙ってやり取りを見守る。


「言うようになったねぇ。雰囲気に呑まれていた頃とは大違いだ」


「敵対がお好みなら、喜んで」


 レオンハルトは明らかにぴりぴりしている。言葉通りに、今すぐ剣を抜きそうなほど。ここまで見てきた彼のイメージからすると、夜は少々驚いてしまう。

 男はけらけら笑って、「冗談はここまでにして」と椅子の上に片足をつく。


「詮索嫌いは相変わらずだな。用件を訊こうか」


「首拾いの情報。できれば、寝床や出現場所を」


「あれの情報か。……払いは? そこの女、はどんな払い方でも受け取れないが」


 薄布を隔てて自分に向けられた目に、小さく心臓が跳ねる。その視線を遮るようにすぐ、レオンハルトが前に立ってくれたが。


「彼女は売るためのものではありませんが。……価値がないと?」


「逆だ。高すぎて扱えない。丸々売り払えるような相手は限られて、しかも隠しきれずに破滅が見えてる。一時的にしても、理性が飛ぶものに手を出すのはリスクが高すぎる。超高ランクのナチュラルチャーマーだろ、それ」


「……口止め分も積みましょう。これで足りないなら残りは宝石になりますが」


 懐から、ずっしりと何かの詰まった布袋を出して放り投げる。じゃらじゃら鳴る音からして、おそらく貨幣なのだろう。


 重そうに受け止めた男は、中身を確認して床に置く。


「十分だ。時間さえくれるなら、調べられる限り調べてあらゆる情報を渡そうか。アレ相手じゃ、具体的にどこまでとは言えないが」


「いえ、結構です。急ぎなので、先程要求したことだけを」


 男は首肯を返すと淡々と情報を羅列。レオンハルトはメモ等取ることもなくそれを聞き、一通り終わったところで礼を言い背を向けた。


「ああ、一つ。昨日、ドラゴニュートがここらに仕入れられて、すぐに売れてる。誰が買ったか、までは分からないが」


「……ありがとうございます。それでは」


 背を向けたまま言い、出口のドアノブに手をかける。


「しかし、何で国属の騎士みたいな相手を追ってる? 目的、逆じゃなかったか?」


 レオンハルトは答えず、そのまま外に出た。夜もすぐに追いかけ、扉を閉める際に小さく男にお辞儀をして。


 隣のレオンハルトははっきりと、硬い表情をしている。それが先程の男の言葉によるものだろうことは夜にも理解できていたが、踏み込んではいけないとも察せられていて。


 それでも何もせずにいるのも嫌で、顔を隠すヴェールを取ってレオンハルトの正面へ、その頬に手を触れてみる。

 思索から現実に戻った瞳が夜を捉えて、表情も弛緩の後焦りへ。


「ストップストップ」


 触れた手をそっと払いのけられたが、レオンハルトの様子が変わったことに夜は満足をして。


「素だね?」


「……急に顔も隠さず、この距離で触れられればそうなります。すみません、行きましょうか」


 夜の行動意図がわからないレオンハルトでもなく、小さく口にした「すみません」は、それに対する感謝で。


 夜もそれはわかっていたので、こくりと頷くのみに後ろに続いた。

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