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折れた聖剣の勇者 セツ子  作者: 渦木魔王
3/5

2:こんにちは勇者村



というわけで、やってきました勇者村。


乗り継ぎ駅を八つと、樹海で多種多様なキノコ狩りで寂しい夜(お夜食のことね)を乗り切ること5日。

太陽が昇りきると同時に、現地到着。

実況はこのクールビューティー、白柳折子からお送りします。

それではさっそく、村人にインタビューしていきましょう。


あ! 第一村人発見! おっと第二村人! あそこにも三、四、五…ていうか、誰が村人かどうか分かんねぇ。

本日のインタビューは中止します。やっぱ人がたくさんいるわ。

他の観光客と一緒に駅から降りると、広場に噴水と、大きな石碑がお出迎え。


石碑に彫られているのは、勇者の紋章。それから代々の勇者の名前と、年代が一部。

ふーん、ところどころ、名前や年代が不明と書かれてる。適当ね。謎というより正直って素敵と思う。

こんなのインパクト勝負だしね。よく分かってらっしゃる。

フワッと優しい風が吹くと、噴水の霧が全身を包み込む。


「まいなすいおん。一服しよう」


癒しの場で煙草を吸えば、私はさらに癒されるはず。

こちとら6日も風呂に入ってねぇんだよ。水浴びは毎日してたけど。

噴水の縁に座って、煙草を巻き巻き。火を点けてから、宿屋あるかなと周囲を観察。

商店街へと続く道にさまざまな店舗が軒を連ねる。


あれは薬草屋、道具屋、武器と防具屋、と…占い? それからあった、宿屋。

勇者村の名物、勇者ロード。ここで勇者は何度も装備を整えに往復したことから、そう呼ばれる。

道がこの一本しかないから、仕方ないもんね。勇者村は思ったより小さい。


宿屋に入ると、受付には恰幅のいいお父さん。


「いらっしゃい。勇者ホテルへようこそ。ここは代々勇者やその仲間達も泊まったことがある由緒あるホテルです」

「昔から?」

「ええ、おかげさまで。もう十回ほど建て直しても続いております。最後は確か40年前の増築です。私がまだ幼いころでした」

「へぇ、勇者本人も泊まってたの? 実家すぐ近くなのに?」

「ああ、私も祖父から伝え聞いただけですから、本当のところは知りませんが、勇者の何人かは、この土地以外の人間だったそうです。聖剣はあの遺跡から動きませんからね。ここに必ず立ち寄ったというわけです」

「そっか、血筋じゃないんだ。ならワンチャンあるかも」

「おや? その口ぶり、まさか! 貴女は聖剣を見に来たのですか?」

「うん、ていうか抜きたい」


そう言うと宿屋のお父さんは目を見開いて乗り出してきた。


「本当ですか!? 遺跡に行きますか!」


その剣幕に気圧されそう。まぁ正直に答えよう。


「うん、明日にで―」

「素晴らしい!!」

「―んも?」

「ちょっと失礼! こうしちゃおれん。おい! お前、来てくれ! 大変だ!」


今度は中に引っ込むと、誰かを呼んでいる。


「はいはい、どうしました大声なんか出して。廊下の奥まで、お客様に迷惑ですよ」


現れたのは、これまた恰幅のよいお母さん。


「そんな場合ではない! チャレンジャーが来たぞ!」

「なんですって!?」

「彼女だ!」

「あらあらまぁ! ええ分かったわ! この娘なら、プランΘかしら」

「いやこの際、Ωでも構わん! 至急、村長に知らせてくれ」

「了解、やったわ、生贄だわぁー!」


怒涛のやり取り。この間、十秒ほど。

お母さんはすげーテンションで入口から出て行った。


「ねぇいま、不穏な単語が聞こえたんだけど。いけに―」

「君! いますぐ部屋を用意する。この瞬間からVIP待遇だ!」

「ぇえ?」


お父さんは血走った目で、ビシッと私の鼻頭を指さした。


「宿泊費用はすべてウチで持つ! 最高級のもてなしをしよう! ただし!」

「ただし?」

「君には絶対、遺跡に行ってもらう。ガイドも付けよう! 最大限、身の安全も配慮する!」

「ん? 別にガイドとかいいけど」

「いいや、駄目だ! 分かってないな、これは村にとって一大イベントなのだ」

「ほ、イベント?」

「そう! 二十年ぶりのお祭りで、そのメインイベントになる! 君が主役だぞ!」

「あたしが主役…」

「勇者候補その名も…えっと、君の名は?」

「白柳折子。セツコが名前」

「オーケー、セツコだな! 勇者候補のセツコ! セ ツ コ よし!」


お父さんは、ああだこうだ手をぶんぶん振ってる。

その様子を見るに、たぶん、アーチかなんかに私の名前を入れるシミュレーションだ。

面倒なことになったかも。私お祭りって、陰でコソコソするのが好きなのに。





・・・






ごきげんよう、わらわはクイーン折子。

宿屋のVIPルームで高級煙草をふかしながら、大きなシロクマの剥製である絨毯の上にいます。

アザラシみたい、じゃなくて人魚のように優雅に寝そべり、美人な侍女二人から膝枕と太ももマッサージの接待付き。

お二人は普段は侍女じゃなくて、村役場の会計係と事務員さんなんだって。

膝枕してくれてるのがハンナさんで、マッサージがロミィちゃん。

ハンナさんは、赤毛の綺麗なボンキュッボンで大人の色香漂うお姉さん。

ロミィちゃんは前髪で目が隠れ気味のボブヘアーが可愛いちょっと人見知りな女の子。

あー、VIP万歳。苦しゅうない。


「お加減いかがですか、セツ子様」


なんちゃって侍女のハンナさんが団扇を仰ぎながら私の顔を覗く。

めっちゃ様になってませんか、本当によく訓練されている。

ハンナさんのムッチリ太ももは私の頬っぺたと相性抜群。


「これは人を駄目にする枕ね。駄目人間の私だからわかる。ここから一歩も動きたくない」

「お気に召して頂けて、何よりです」

「召します召します。なんか二度と立ち上がる気力が失われそう」

「そんなに、それでは三日後の出発が心配ですね」


そう、明日行くつもりだった遺跡出発が延期になったのだ。いま勇者村は大変なことになっている。


ヒュ~~~ ドン! ヒュ~~~~ ドンドン!


パパパパーン! パンパンパンパン!!


『いぇああー! ゆうしゃばんざーい!』

『キャーキャー!キャーキャー!』

『うぉおおおおおおおおお!!!』

『ひぃーーーーはぁーーー!!!』


ご覧のあり様だ。

ここはジャングルではありません。花火、爆竹、果ては大砲。

昼も夜もお構いなしで、村民と観光客が酒池肉林の乱痴気騒ぎ。

ていうか、いま深夜ですのよ。


この部屋に通されてからすぐ、私の下に村長がやってきた。

めちゃくちゃ感謝されて説明を受けたところ、だいたい把握した。


これはいわゆる、観光客を集客するための興行なのだと。

勇者村が観光地になってから数百年。その財政は勇者の存在と密接な関係だった。

勇者が存命の間は、重要拠点として国からの補助も厚いが、勇者がいない期間はというと、自治体の活動でしか賄えない。


村は、たまたま勇者の排出が繰り返されたことから、その盛衰を何度も繰り返しているうち、

村の特産が勇者という存在そのものであり、たとえ勇者の存在が消えたとしても、

観光名所という情報資源はなくならないことに気が付いた。


それから村人は日々、勇者の地という情報を、どのように集客へと結びつけるか研究することに腐心、今日まで至る。

村の一人ひとりにまでその考えは行き届いており、勇者が現れた際の対応マニュアルまで存在する。

半年に一回は非常訓練まで実施しているというから、危うく紅茶を吹き出しそうになった。


いやぁ、冗談なんかじゃなかった。見てて寒気がするくらい手際よく祭りの準備が進行してったわ。

勇者ロードに村人が一列に整列したと思ったら、観光客に勇者候補が現れた旨を放送する。

観光客の興味が十分に引けたところで、各店が祭用の看板を一斉にセット。

整列した村人がお祭りの概要を説明する間に、店舗の人間たちはせっせと飾り付けを行う。


駅前の広場では別動隊と思しき連中が屋台と勇者会場(たぶん見せしめ用)を組み立て、机と椅子を並べていく。

そのスピードと正確さは、十分もしないうちに、村をお祭り会場へと仕立て上げた。


突然のことに事態を把握しきれない観光客は置いてけぼりの様子。

そこで整列した村人たちが一斉に動き出し、仕上げとばかりにビール無料券が配られる。

会場から歓声が沸き起こり、お祭りはいたって自然に?スタートした。

全部通して三十分ほどの出来事だったと記憶する。

村長が私に会ってた時も村人達は準備してたと言ってたけど、それでも一時間あるかないかよね。

勇者会場の特設ステージには、セ ツ コの垂れ幕。


「あれは無しだよ、村長」

「え? セツ子様、何かおっしゃいました?」

「ちゃっちゃと聖剣取りに行っていーい?」

「まぁ頼もしいですわ。でももうちょっと時間稼ぎ、じゃなくてシナリオ消化にご協力ください」

「二日目がピークなんだっけ」

「はい、三日目ともなると飽きがきて売上、じゃなくて活気がゴッソリと減ってしまうのです。そこにメインイベントを持ってくることで盛り上げるわけですね」


ハンナは、人差し指と親指を擦っている。儲かると良いですね。


「このまま明日までもつのがすげぇ」

「それはもう、明日はセツ子様のステージ入りですから! 売上ドカ~ン!」


楽しそう。ハンナの周りに金貨が降り注ぐ幻覚が見えた。

ん?ステージ?


「え!? もしかしてあの垂れ幕の下に行くの!?」

「はい、あそこで一日中座って、皆さんの羨望を一身に浴びてください。我々は書き入れ時となります」


そんなに経済効果あるのかな。

でも嫌なものは嫌。


「あそこはやだ!」

「会場の何か不満でも? ご希望があれば、できる限り沿いますよ」 

「あそこはイヤ。ここから動きたくない」

「さすがにそれは…ん、どうしたのロミィ」


ロミィがハンナの袖を引っ張っている。


「ボソボソボソ」


何言ってるか聞こえない。


「嘘でしょ! あなた本気!」


びっくりした。ハンナが急に大声を出すが、ロミィは動じず頷くだけ。


「大丈夫? え、だいたい掴んだ? そう…じゃあ…うん…」


なんだか分からないけれど、お友達と仲がよさそうで何より。

私はプカプカと煙草をふかしながら、ロミィの様子をただ眺めた。

たまーに前髪の隙間から目が見えるんだけど、とっても可愛いね。

あ、笑った! 私を見てにんまりしてるよ! 手を振ってみよう、はーぁーい!


「セツ子様!」

「あイ? なんですかハンナさん」

「今から施術の準備をします。ちょっといったん失礼しますね」


そう言ってハンナの膝が無慈悲にも離れていく。

あああ、マイプレジャー。

ハンナはてきぱきと動いて、目の前にマットと枕を敷いた。


「それではこちらにどうぞ、まずはうつ伏せになってください」

「ああ、マッサージか何か?」

「はい、今からロミィが本格的に行います」

「へぇ、さっきから脚が凄い気持ちくて軽いなぁって思ってたんです。これは期待しちゃう」


ロミィは大きく頷くと、手の仕草でマットへ移るように促している。

はいはい、ちょっくらごめなはいっと。


ゴロゴロゴロ


私は転がって、マットに到着。楽勝。聖剣の場所まで転がっていこうかな。

そしたら聖人の修行みたいな感じで勇者になれたりして。


「それではセツ子様、私はいったん離れますので、何かあれば遠慮なくロミィに申し付けください」

「はーい、てかロミィちゃんが大丈夫? 人見知りじゃないの?」


ジッと私を見つめるロミィは、頭を振って大丈夫です、と小声で喋った。

なら良かった。


「ロミィ、お願いね。では、ごゆるりと」


ぱたん、とハンナが扉を閉めてロミィと二人きり。

いやー、なんかドキドキしちゃう。マッサージとか初めてだよ。

枕に顔を埋めて気を付けして、OKな感じの合図をしてみる。

さぁどうぞ!


ドン!


うわぁ!

大きな音に驚いて顔を上げると枕の横に足が。


「???」


あいててて。私の右手首が掴まれて、上に持ち上げられ、ちょっと苦しい状態。

なになになに。


「それでは、まいります――」


めっちゃハスキーな声が響いた。誰!?

右腕の関節がジリジリするが、そんなことより――。

首を限界まで後ろに向けると、ロミィちゃんの隠れていた双眸が露わに――嗜虐的な目つきで見下ろしていた。


キャーッ! そして事案発生。


「ぁはぁッ…ん!」


思わず声が出て、自分でも驚いた。今まで出したこと無いような。なんだろう。

気を取り直すと、腰骨のあたりにロミィの足が乗っている事に気が付いた。

え、ひょっとして踏まれた?

勇気を出して視線を上げると、ロミィがにんまり笑ってる。


グリ―


「あぐぅ!」


やっぱ踏まれてる! また変な声出た! 恥ずかしい!

しかも今度はハッキリと感じてしまった!

ロミィの踵が背骨の横を押し込んだ時、そこを中心にして全身の指先までビリビリした何かが迸った。

恐ろしい、本当に恐ろしいことに、踏まれた背中が痛くないんだ。

快感に変わっているんだぜーーーーーー!


それを自覚してしまったとき、私の全身がカッと熱くなる。

たぶん、耳まで真っ赤になってるし、全身から汗が吹き出しそう。

気が付いたら、呼吸が浅い。マジで、私どうなってんの。


「ハンナの膝枕、気持ちよかったですか」


いきなり喋りかけられて、ドキッとした。

でも彼女の顔が怖くて見れない。

ていうか、右腕と肩が極められてない?

さっきから頑張っても、普通に振り解けないんだけど!


「セツ子様の脚、とっても揉み心地よかったですよ」


そうなんだ、私も気持ちよかったです。


「お礼に、たっぷり、ぜ~んぶ、気持ちよくして差しあげますからね」


いやまって。やばいよ、なんかこれやばい。

たぶんやばい。またさっきのやつは、ぜったいやばい。


グリグリ


「ひぎぃい!」


ほらまたぁ! 腰が! 気持ちぃ!


「ちょ! ちょ! いやぁあ…ちょっと待って!」


キュウ


「う゛あ! ダメ! そこだめぇ…」


体が勝手にビクビクと動いて頭が真っ白になった――






・・・





――いい匂い。なんの匂いだろう。


「お目覚めですか」

「え!?」


いきなりロミィの顔が真横にあった。彼女の顔は近くで見ると、思ったよりずっと大人っぽかった。

なんだか気まずいので目線を反らすと、何が起きているか理解した。

私の体がややエビ反り、後ろからロミィが密着して羽交い締めのように両肩を極められている。


絶妙な角度でキープされた体勢は、脚など主要な筋肉に力が入れられず、動けない。

あといい匂いの正体は、ロミィです。

ていうかこれって、つまり――さっきのは、夢、じゃなかった! 助けてドングリ姉妹!


「セツ子様に下の方はまだ、刺激が強すぎたみたいですね、上から解してまいりましょう」


囁くロミィの唇が耳に触れて、そこが熱くなる。いまの絶対わざと!

うわやだ、全身汗だくでビショビショじゃない。

密着した背中が呼吸のたびにペタペタ気持ち悪い。


「いきますよ、はい――」

「はぁああ゛あ゛!?」


腰じゃねーか! 捻られて思いっきり腰が! どうしよう、やっぱり背中まで気持ちいい!


「――ねぇ、腰だから…いまの腰…!」


半泣き状態で抗議するも―


「はい、反対」

「い゛ぃいひぃい゛い゛ぃ!?」

「どうです、気持ちいいですか」

「気持ちぃぃい……いやちょ…待っ…おねがっ―!」


うまく喋れない。息が続かない。こんなの絶対駄目。


「はぁはぁ、腰はもう…」


これ以上は本当に、気持ち良すぎておかしくなりそう。

息を整えているところに、ロミィが楽しそうに訊いてきた。


「じゃあ、次の体はどこにしますか。お望み通りの場所を」


場所ってなに。くらくら眩暈がするように、私の耳に木霊する。

そうだやった、僥倖、この言葉を引き出したのは偉い。

慎重に決めるの折子。

耐えられそうな場所はどこ―


「ひゃい!?」


ロミィが耳に唇を押し当ててきた。それだけで終わらない。


「ふぅ~」


吹きかけられた息が耳から頭の中に流れるように、熱い奔流が背中から腰に降りて無意識に凄い力が入る。


「いやぁあああ…!」


さっきからずっと、何かされる度に快感の度合いが大きくなっている。

何が起きているのか、さっぱりだよ! もう許して!


「お耳がいい感じですね」


もうやめて! あ、そうだ。


「腕! 腕にしましょ、次は腕」


よし、言えた。よくやったわ折子。


「本当に、腕で良いんですか?」

「え?」

「腕はまだ早いと思います」

「そう…なの…?」


どういうことなの!?

腕は早いって、もしかして…もっとやばいの?

いやでも腕でしょ、どうやったってここまでの快感は得られないでしょ。

まさか…ブラフかしら、いやでも。どうしよう。涙出てきた。


「でもセツ子様が望むなら、喜んで」

「は、はい…グスッ」


言っちゃった。もう後戻りできない。覚悟を決めよう。


「じゃあ座って、両手を出してください」


私は粛々と言われた通りにする。

彼女は私の手の平を弄っている。


怖い。何する気。


あれ、ていうかなんで私からわざわざお願いしたの。

もう終わりって言えば良かったんじゃ?

そうか―


ギュ!


「うぐ」


手のひらを親指で指圧された。

結構、強い力で驚いたけど、気持ち良くないというより、ちょっと痛い。


ギュウ!


さっきより強く押されたけど、慣れたためか、痛みもいくぶん楽だ。

自然とため息が出る。よかった、これなら耐えられる。

ロミィは真剣に私の手の平を見ていた。

まるで皺でも辿っているのかと思うほど、顔を近づけて離れない。


「はい、手はもう良いですよ。腕にいきます。こうやって両手を合わせてください」


え、そっか。私が言ったの腕だもんね。私は言われた通りに手のひらを合わせた。

そういえば、さっき気絶してたよね。いま何時?

ふと扉の横の時計をみようと振り向いたとき―


ビシッ


「ぐぁ!!」


肘から激痛が走って、肩と頭の旋毛までが火傷したかのようにヒリヒリする。


『カシャン チキチキ』


「痛った~、何したの――」


『カチャン チキチキン!』


チカチカする目を瞬くと、ロミィが私の両手首に手錠を掛け終えていた。


ジッと手錠を見つめても、手錠は手錠でしかなく錠のままだった!?


「はい、腕はもうおしまい」


彼女が手を放すと、ボトリ――、私の両手が床に落ちる。

あれ? なんか感覚が…ないような。おててが動かない、いや肩から下だなこりゃ。

おっと、足も動かないぞなもし!?


「やっぱりセツ子様は凄いですね、この一瞬でそこまで分析できるなんて」

「へ?」

「おみ足に触れた時から、只者ではないと思っておりました」

「ロミィ…さん?」

「はぁ、素敵。千人、いえ、百万に一人でも足りないくらいかしら」

「ハハハ、何のことです? ところで手錠を外してください」

「これからの施術に必要です。慣れない人は暴れて自分を傷つけちゃったりしますから」

「これから……」


まだやるの? 嘘だよね?

ロミィは立ち上がると、木箱から何やら道具を取り出し始めた。

怪しげな小瓶や洗面器、なんかの薬草?


「ねぇ、気持ちいいのはもう十分だか――」

「でも! セツ子様を拘束するには心許ないので、ちょっと――」


彼女は振り返ると、天使のような笑顔で私に近づく。

なんでだろう。私にはそれが怖気を振るうような光景に思えてならない。


「秘孔をついて一時的に四肢を麻痺させました」

「助k――」


世にも悍ましい言葉を聞いてしまった私は、喉がキュッとなって声が出なくなりました。


「せっかく昂ぶった神経も鈍るので、もっと体を慣らした後が良かったんですけど…仕方ありません」


ああ、怖気の理由が分かったよ、あのね、ロミィの瞳孔が開いてる。

光を失った目でこちらを凝視してるけど、視線が読めなくて恐怖しか感じない。

あ、いま少しチビッた。



「――今から本気、出しますね。天国は意外と近くです」



私が理性を保っていたのは、ここまででした。





・・・




「ああ! もっと! そこぉ…」

「随分、素直になりましたね。嬉しいです」

「だってぇ、気持ちいいんだもん! ロミィもっと!」

「貴女の体は最高です! 触れているこっちが病みつきになりそう!」

「もっと! はやくお願い! もうちょっとなのぅ…」

「そんな可愛くされたら…ふっ!」

「くひぃ! 足の筋がビンビンくる!」

「はぁ!」

「ぁー。肩甲骨がグリグリいって解れるぅ~~」

「もういっちょ!」

「うぅうううぅ~。背中伸びるー。サイコー!」


ガチャ


「あら、まだやっておりましたの」

「ハンナ、帳簿の確認はもう良いの?」

「ええ。ところで今やってるの全身の筋肉と関節、筋まで同時に解すロミロ・スペシャルね。久々に見たわ。相変わらず凄い体勢ね」

「うん、セツ子様は凄いよ。私の技はあっという間に全部使っちゃった」

「この短時間で!? 貴女の言ってた通り、本物なのね。セツ子様、お加減いかがですか?」

「い゛ぃよ゛ぉ゛」

「ロミィのマッサージは効きますでしょ?」

「もうぜんぶ、どうでもいい。サイコー」

「ロミィのマッサージを受けた方は、次から観光ではなく、ロミィ目当てにやってくるほどですの」

「ハンナ、恥ずかしいよ」

「あら、本当の事でしょ。世界各国にファンがいるって、すごいじゃない!」


そんな他愛のないやり取りを数十分したのち、ようやくロミィの施術は終わった。

全身の筋肉、脊椎、関節、筋、秘孔、リンパといった、ありとあらゆる極上級のマッサージを体験した私。

体の老廃物を出し切ったかのような爽快感と、手足を巡る血流がうねりを上げてるのが分かるほど滾っている。


火照る体を軽く動かそうと力を入れると、勝手に動いたと錯覚するくらいの瞬発力。

何度も何度も繰り返す快楽の海で、いつの間にか、私は完成されていた。

なにこれすごい。今なら絶対に抜ける気がする(聖剣を)


頭の中が異常に冴えており壁が透けて見えそうな、訳わかんない感覚。

同時に異様な幸福感の荒波に襲われて今にも溺れそう。でもこっちはわかる。

その台風の目ともいえる冴えた頭の中心には、ロミィがいたから。

彼女の姿を見るだけで、溢れ出る感情が止まらない。

えへっ、ロミィ最高。だいすき。ゴボゴボッ。


「以上で終わります」

「えー、もっともっとー」


私はロミィの膝枕に顔を埋めて甘えてみる。


「あらあら、ロミィに膝枕の役目取られちゃったわ」

「セツ子様。私のマッサージ、気持ちよかったですか」

「うんうん、もうロミィなしじゃ生きていけない」


ロミィが私の後頭部を優しくナデナデしてくれた。

ああ~、ソクゾクして気持ちいい。だんだん眠くなってきた。


「ふふ、ではロミィのお願いを一つ、きいてください」

「きくきく」

「明日のお祭りで、ステージに上がっていただけますか?」

「うんいくー」

「ありがとうございます」

「ねぇ、その代わり。明日のステージが終わったら…その…また…シテくれる?」

「もちろん、心ゆくまで」

「やったー…」


これで明日も頑張れそうです。むにゃむにゃ。




「さすがねロミィ。これで最終日までの売上目標は安泰だわ! 今からでも昨対超えの計画立てないと!」

「セツ子様に変なことさせないでね」

「今年は上期ほとんど前年割れてるんだから、ここで挽回しないと。セツ子様、ご協力お願いします!」

「もう寝てる」

「ぐすぴー ぐすぴー」

「いま何時? うわ、もう4時。早く寝ましょ」

「私はセツ子様をベットに」

「ありがとう、おやすみなさいロミィ」

「おやすみなさい」


バタン


「ぐぅ…ぐぅ…」

「何故かしら。さっきからセツ子様を見ると、故郷の山を思いだす。体が…冷える…心も…なぜ…?」

「いやぁん。…イッチャ…ダメぇ…むにゃむにゃ」

「セツ子様の身体…初めての素敵なお肉…もっと触っていたい…でも私は…そっか…あと一日…寂しいな…」

「…おたすけぇえ…」

「おやすみなさい、セツ子様。また明日――」







2つ補足します。



補足1:マッサージについて

ただのマッサージです。まったく何も、いかがわしいものではありません。

もし何かふしだらな印象を持たれたとしたら、それはセツ子が悪いんです。



補足2:ロミィの瞳孔が開いていた事象について

人は暗い場所に入ったり、死んでしまった時に瞳孔が開きます。

例外としては、病気や薬の影響が考えられます。


瞳孔が大きく開くことで瞳全体が黒くなってしまうため、

いつもより「目から光が消えている」状態に見えます。


自律神経失調症でも、瞳孔が開いて戻らない事があります。

心と体に負担がかかることでのレ〇プ目とかが、これに当たります。

H×Hのゴンさん然り。


とにかく自律神経はストレスで乱れやすいので、気を付けたいものです。


瞳孔が開く条件は、まだあります。

人は大好きな恋人など、好きなものを見たり興奮することでも、瞳孔が開く性質を持っています。

光を失った目で笑顔を向けられるのは、とても素敵な事だという訳です。


ロミィは決してヤンデレではありません。

彼女の心は凍てついていますが、病んでません。あしからず。

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