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折れた聖剣の勇者 セツ子  作者: 渦木魔王
2/5

1:東方の島国から来ました



はじめまして、私の名前は白柳折子。


年齢は教えないけど、とっくに成人してるクールビューティー。

故郷は東の端っこにある島国ヤマト。実家はそこそこお金持ち。


とある目的から、故郷を飛び出し、旅を始めてもう5年くらい。

故郷にいた頃からの貯金を崩しながら、行く先々で適当な路銀を稼ぐような、その日暮らし。

いま世界の中心であるここ、オース王国は首都へと辿り着いた。


今回は領境がすんなり越えられてよかった。

ヤマトは、なぜか色々な国から野蛮人、イカれた戦闘民族などと勘違いされている節がある。

私がヤマト人だと知られると、いきなり警戒されて、入れてもらえない検問も多々あった。


確かにヤマトは内乱多いから、それなりに武人は揃っているのは事実だけれどさ、士農工商といって、ちゃんとそれぞれ役割をもった人達がいる。

いたって普通の農耕民族なのに。ここまで過剰反応されるのは、過去いろいろあったんだろうなぁとは思う。

ご先祖はいったい何やらかしたんですかね、おかげでここまで随分とウロウロ遠回りしました。


さて、オース王国はあらゆる意味で、文字通りの世界一。

政治経済、文化、どれを挙げても発展しており、いまの時代のすべてが、ここに集まると言っても過言じゃない。

そんなだから私みたいな根無し草も、流れ流れて来れたわけだけど、あんまり街の見た目は他と変わらないようだ。

整理された区画も、舗装された道路も、建物のつくりも、興味がわくほどのものを感じない。

ただ、ひとつだけ言いたい。


「多いな」


そう、数が多い。全部。なにもかも。特に人。


「鬱陶しい」


馬車駅に降りた私は、その圧倒的な人の多さに辟易していた。

駅の入り口を出てすぐ、目の前の道路は人混みであふれ、その流れを見るに、一方方向に進んだ方が良いと思える。

行きたい方角じゃないので、さらに見渡す。こいつら夜はどこで寝てんの。

この人の波が本当に引くのか、どこに収まるのかが、想像しにくい。


ふと、階段の下を見る。そこに道路標識と地図があった。もちろん人垣も。


「うん、地図欲しいな」


私は人海へと漕ぎ出した。目指すは観光物産店と、煙草屋。煙草がもう少しで無くなりそう。

歩道の横は建物がぎっしり。たまにお店が顔を出す。

目の前の人が進むのに合わせながらチラチラと横を見て、お店を物色する。

喫茶店(満席)、事務所、散髪屋(満席)、事務所と事務所、文具店、飯屋(行列)、etc…。


「あった」


大きい“おみやげ”の文字と看板。地図はこちら、の矢印を発見。

ようやく歩道からドロップできた私は伸びをして深呼吸するも、目に映る光景に気分がすぐれない。

まぁ、ここも人だらけだよね。


さまざまな物品が置かれたその店は、今まで以上の人でごった返していた。

ため息をついて、地図を探す。人と人にぶつかりながら、天井に吊るされた矢印を追う。


「ふぅ~、えっと」


細かい仕切り棚に入った地図を見つけた私は、手に取って中を見るが、要領を得ず、棚の横に張られた説明書きを読む。

まず4つの区画別によって種類が分かれ、それから用途別にも細分化されていた。

目的の区画に対して、それぞれ観光用途によって、目的地が分かりやすく分別されている。

大して広くもない敷地に、建物と道路がガラス細工のように密着されている。

地図じゃなくて絵でしょ、こんなの初めて見る。


「スゲー、何冊あるの、道多っ、しかも細けー」


観光名所、街の歴史などどうでもよいので、飯屋と宿泊施設が載ったものを一つと、

各種公共施設、街道が整理されたものを買うことにした。さすがに煙草屋の情報は無いね。

会計に行こうとしたとき、余計なものが目に入った。


【手ぶらで快適】地図フルコンプリート【見やすく収納】


地図用ホルスター。全種類の地図をまとめてコンパクトに収納しつつ、見るときは一挙動でパッと見れる。

よくできていると思うけど、地図全部の値段よりお高い。地理覚えちゃったら意味ないでしょ。と思ったその下に――


【損なし!】地図以外もご覧の通り活用可能【お得!】


「マジか!?」


そこには料理レシピのほかに、設計図やマニュアルなど、さまざまな紙ベースのメモ一覧が綺麗に紹介された見本が置いてあった。


「わお、素晴らしいわ。メモ紙が整理できちゃうわけね! この値段は納得かしら」


つい興奮して、独り言が出てしまう。予算にはめっちゃ余裕がある。欲しい。買うか。


・・・


会計を済ませた私は店からご機嫌で出てきた。

さっそく地図をセットして、ホルスターを装着。地図を取り出して仕舞うを繰り返す。

いい感じだ。


「むふ」


いい仕事したわ。一服しよう。

店の裏手の石垣に腰掛け、鞄から煙草セットを取り出す。

煙草の葉っぱが入った小瓶と、葉をほぐす木皿、それから巻き紙とマッチ。


風も吹いてないし、喫煙日和ね。

いつもの要領でちゃっちゃと巻き終わると、手巻き煙草を咥えて火をつける。


すぅ…


燃焼しすぎないよう弱く弱く、極力一定に、ゆっくりと吸う。

煙が口に入って、十分な量で満たされると、煙草を抜く。


まだ吐かない。

まず口腔の煙を鼻へ通してから、少量の煙を肺へ回し、その香りを存分に味わう。


はぁふぅ


吐くときもゆっくり、煙の感触を感じるようにして香りを逃さない。

神経を集中させて、葉のすべてを余すところなく、感じ入る。嗚呼幸せ。


でもやっぱり、この葉っぱ、あんまり好きじゃないな。


「次は煙草屋だ」


美味しい煙草買って、美味しいご飯食べて、至高の一服するための。




・・・




一時間後――、


「歩いた」


街の住人ぽい人に声を掛けて、おススメの煙草屋を教えてもらった。

ここは中心から西に少し離れた所で、住宅街との境目らしい。

確かに駅前と違って、生活必需品、食べ物屋さんなどの店構えが多くなった。

歩道も人が少なくなり、快適に歩が進む。


ようやく言われた街道に着くと、目当ての看板を探して五分ほど。

路地の前に、それらしき緑色のイーゼルが立っていた。


【ダビロフのシャグバー】


横を見ると、頑丈そうな木の扉。建物は石壁で中は一切見えない。

とりあえず入ろう。扉にドアベルついてるからノックいらないよね。


カラカラン


「ごめんくださーい」


中はやや狭い感じだが、ランプの光がしっかり部屋を照らしている。

いくつかのテーブル席、そして壁にはたくさんの仕切り棚と、数えきれないほど小瓶が置いてある。

うっひょー、これ全部煙草? やべ、涎出てきた。あ、お酒もある。


と店内をキョロキョロしてたらカウンターで、顔が超立派な黒髭で覆われた初老っぽいオッサンがこちらを見ている。

店主かな。静かな佇まいのパイプが似合いそうなダンディ。


「…」


無言だ。


「…店主さん? すいません、一見はダメなお店でした?」

「観光客か。ここは煙草を専門にしてる。酒は限られたものしかない」


よかった喋った。


「だから来たの。いい煙草が欲しかったら、ここなら間違いないって」

「…お前が呑るのか?」

「そうよ、これだけあったら好みのものが見つかりそう」

「そうか、ではゆっくり選ぶといい。店内のものは全部売り物だ」

「ありがとう」


改めて棚を見回すと、すごい数だ。やっぱり都会は、なんでも揃うんだね。

葉の銘柄と、簡単な喫味具合の説明が書かれた札を見ていく。

いくつか知っている銘柄もあるが、今日は吸ったことのないやつが欲しい。


うんダメだ、楽しいけど、目移りして集中できない。でも早く吸いたい。

私は店主に助けを求めることにした。


「すいません、ちょっといいですか」


振り返ると店主は既に私を見ていて、優しい目付きで頷く。とても落ち着いた人だな。


「目移りしちゃって、何かオススメありますか」

「普段はどんな銘柄を?」

「こだわりなし、強いて言えば特産品。あ、そうだ。今吸ってるのが合わなくて、えっとワルツってやつ。ちょっとバターちっくで甘すぎ」


私の返答に店主は少し間を置いて、カウンターの下からいくつかの小箱を取り出した。


「この店は…飲み物を一杯注文するごとに、2本好きな銘柄を吸える」


そう言って、カウンター上のメニューを示した。

一部の酒とお茶の類がズラリと書かれている。


「マジで! すげぇ、飲む飲む。あ、コーヒーあるんだ。じゃコーヒー!」


「…豆を挽くから少し待て。それから、この2本でどうだ」


店主が別々の箱から1本ずつ、既にツイストで巻かれた状態の煙草を取り出して、目の前に並べる。

横には、マッチと灰皿を付けてくれた。


「こちらから呑るのが良いだろう」


店主が一本の煙草を指さしてから、店の奥へ引っ込んだ。

コーヒーを淹れに行ったのだろう。


「んじゃさっそく」


言われた通り、右側の煙草を手に取る。

煙草は両端が捻られて羽が生えたように見えるツイストという巻き方、別名キャンディ巻き。

初心者でも巻きやすい巻き方で、手間がかからない。

あと、葉っぱが両端から漏れないから持ち運びに向いてる。


片方の羽を千切って、吸い口を作ってから咥えてマッチを擦る。

余計な匂いを移さないよう、燐が燃え終わり、火が木に移って少ししてから煙草に持っていく。


羽が火によって一瞬で燃えて無くなると、葉に火を当てて火種を確保する。

マッチを灰皿に落とし、火が消えるのを見ながら煙草を燻らせた。

けっこう濃い。コクのある土のような風味、黒煙草かな。熟成にみられる芳醇な香りが堪らない。


「んん、悪くない。好き」


店の奥から豆を挽く音が聞こえる。それから微かに湯の沸く蒸気音。

とても静かで、黒々としたカウンターの光沢が、見ていると吸い込まれそうな感覚になる。

ランプの光に包まれながら、ボーっと何も考えず、煙草を味わうことだけに集中できた。


この店、サイコー。来てよかった。大満足でいると店主が戻ってきた。

何も言わず、コーヒーを置いてくれる。

私は身振りで砂糖とミルクは不要と伝え、煙草をもう一吸いしてから、左手でコーヒーを一口。


で、驚いた。


「うまっ」


凄くうまい。もう一言で言い表せないくらい。一言しか言ってないけど。


「豆も悪くないが、特に焙煎が良いんだ」

「今まで飲んでたの泥水みたい」

「不幸なことだな。知っても知らずも」


店主はそう言って、いつの間にか手にしているパイプに火を点けていた。

彼は私の手元にある、半分ほど残った煙草をジッと見つめる。

それから灰皿に目を移し、私が落とした灰を見ているようだった。

灰は長めの塊が一本だけ落ちて、形を保っている。


つばのない円筒形の帽子を被り、ダークレッドのベストに反射するランプの淡い光。

縦縞のシャツで腕を組み、思い耽るようにパイプを燻らす様は一枚絵のようにキマってる。

渋すぎだろこのオッサン。店主は煙を口から吐くというより、自然と湧き出るような状態で声を掛けてきた。


「女で、その年で、随分とうまく呑むものだな」


やったよ! ダンディにダンディだと褒められちった!

私は笑顔になって答えた。


「好きだからね。どんな一本でも、大事に吸うよ」

「感心する。私の若い頃など忙しなくて、灰もよく落としてばかりだった。その様子だと、一本目は気に入ってくれたか」

「ええ、悪くないわ。とっても重厚で、食後なんかにピッタリって感じ。肉料理とかの後かな」

「その通りだ、それは脂物のあとが最高だろう。そのコーヒーについても、豆の糖と油が多めの品種で淹れてみた」

「へぇ、なるほど。コクっていうか旨味がすごい。だし汁飲んでる気分」

「焦がさず芯まで、ふっくら焼くからこそ出せる、旨味だ。お前さんの知る焦げ汁とは違うのだよ」


店主は何度も大きく頷いてパイプを燻らす。満足そうで何よりです。


「ところでお前さん、出身はどこだ。あまり見ない顔つきだな」


きた、でも私は嘘は苦手。正直に答える。


「東方から。ずっと端っこまで行ったところの島国ね」

「東の島、黄色い肌に黒髪、おおまさか、ヤマトか」


驚いた顔の店主だが、嫌な感じはしない。


「当たり、よく知ってるね」

「昔、ヤマト産の葉を取り扱っていたからな」

「キセルの?」

「ああそうだ、キセル用だ。だがイマイチ売れなくてな。悪いが、今はもう仕入れていない」


確かに、あれは吸うの面倒なんだよなぁ。大丈夫、気にしない。


「ぜんぜん。私は旅してるから、道具は極力少ない方がいい。だからキセルやパイプはやらないの」

「その様子では、旅は長いのか」

「5年くらいかな、東の方からウロウロして、今日初めてオース王国の首都に来た。まだこの国より西側には行ったことない」

「何処か目的はあるのか」

「ある。でもちょっとね」

「すまない。余計であれば、詮索はしないつもりだ」


オッサンは紳士だ。やはり髭に悪い奴は、あんまりいないのか。


「ううん。あるお宝が欲しいの。でもそれは女神の塔にあるみたい」

「なんと。お前、トレジャーハンターか」

「違う。探してる宝は一つだけ」

「それは?」

「ディメンションポータル。空間と空間を繋げて、どこでも一瞬で移動できるようになる腕輪」


ディメンションポータル。別名、どこでもゲート。

その名の通り、どこにでも瞬間移動できる。


「伝説の神器ときたか。素晴らしい。かつて勇者が使ったとされる。手に入れるのが目的じゃないよな、何する気だ」

「引きこもりになりたい」

「うん?」

「おうちで一日中ゴロゴロしてても、ディメンションポータルがあれば、困らない」


そう! 引きこもりの一番の問題はトイレ。

食料は持ち込めばなんとかなる。でもトイレばかりは動くしかない。

どこでもゲートがあればいつでもどこでも一瞬で用が足せる。

部屋から動く必要なし!


「…ふふっ、冗談は…まさか…駄目だ、これは久々の当たりだ」

「朝に故郷のお布団で起き、昼にこの店で煙草を呑んで、夜にどこでも好きな国のご飯を食べれる幸せ」


真の目的はトイレだけど。


「まったく、笑わせるな。しかし…神器に頼るより、少し金を稼ぐだけで済む問題だろう」

「自分から稼ぐのって苦手なの。実家でお小遣い貰うのに慣れ過ぎちゃって」


仮に稼いでも、やっぱり部屋の中にトイレ置くのはなんか嫌。


「はっはっは! よくそれで旅に出ようとしたな。勇者もいないのにどうする気だ」

「それが一番の悩み、でも最近、ちょっと試してみようかなって」

「何をだ?」

「自分で聖剣抜けちゃったら良いなって」


聖剣の場所は有名だしね。問題は私が勇者じゃない事なんだけど。

女は度胸よ、なんでも試してみないと。


「本気か? 勇者じゃないと抜けないんだろう。それに、あそこは恐ろしい魔物の住処だぞ」

「魔物ならなんとかなる」

「なに、お前、スレイヤーか」


やっぱりそう考えちゃうか。

トレジャーハンターにスレイヤー、ギルドに所属する冒険者達の職業だ。

確かに国を跨ぐにはギルドメンバーだといろいろ好都合なのは事実。

だけど、別に必須じゃないからね。私はハッキリ表明することにする。


「違う。ギルドには所属してない」

「なら、なんだ。腕に自信があるとでも」

「少しね。故郷で技術を学んだから」

「ヤマトの戦士の話は聞いたことがある」


あ、これ戦闘民族パターンだ。修正しなきゃ。


「…私はサムライじゃないからね。普通の方だよ」

「サムライ。ゴウケツ。カタナ。だったかな。でも、お前は手ぶらだな」


よかった、この程度で済んだ。

私が刀を持たないのは父上から合気術を学んだから。

おかげで、武器を持つ必要がなくなった。


「私は素手が好き。捕まえて投げるのが得意」

「ほう、そのナリで想像もできんが、魔物を投げるのか」

「魔物は投げにくいねー。私の専門は人型だから。でも魔物は大きいやつなら楽な方かな」

「大きい方が都合がいいとは、異なことを言う」


デカくて重いほど、投げた時のダメージが上がるからね。


「子供と大人が同じ速さで転んだら、衝撃で言えば大人の方が大きいでしょ。あと的もでかい」

「そういう理屈か、それはそうだが、自分より大きいものをどうして持ち上げられる」


やっぱそう思うよね。でもみんな、重いものをそのまま持ち上げないでしょ。

腰痛めちゃう。


「持ち上げられないこともないけど、別に持ち上げなくても投げられるから大丈夫」

「よくわからんな」


よーし。オッケー。分かったよ。

美味しい煙草とコーヒーのおかげで大変気分が良いので、今から特別に技術を見せてあげよう。


「それじゃあ、こういうこと――」


私はマッチを一本取り出すと、飲み干したコーヒーカップをソーサーからどける。

マッチ棒の先っちょをつまんで、ソーサーの端を上から押して、傾けた。

テーブルとソーサーの接点は、面から点へと変化する。とても不安定な体勢。


「こうしたら、ほら。ほんの少し設置圧を変えるだけで…不安定でしょ」


ソーサーが接点を中心にクルクルと回り始める。皿回しを床でやるイメージかしら。

十分な遠心力を得たところで、マッチ棒を素早く押し込むと、ソーサーは音も立てず縁が立ったまま独楽のように回転する。

マッチを親指と中指で飛ばす準備。


「凄いな、鮮やかな手際だ」

「まった――いい? ここから! よ~く見てて……」


私は狙いを定める。回転を見極め――いまだ!


―― チン ――


よし、成功! ソーサーは独楽から車輪の動きに変化して店主へと転がっていく。


「―お、おっと!」

「ナイスキャッチ!」


私の手の平にもマッチが落ちてくる。

それをドヤ顔しながら恭しく前に置いて、もっかい両手ドヤぁ。サムズアップしてドヤぁ。


「ビックリしたぞ、こっちに来るなら言ってくれ」

「ごめんなさい。でも、どう。条件さえ整えば、マッチを投げた程度の力でも、何十倍の重さの皿ですら動かせるの」

「ううむ。確かに、こいつは見事だった。中身の入った樽でも同じということか?」

「そうね、樽だったら大道芸の域を出ないけど、形と順番、スケールを変えてやるだけよ」


直接指で触れたらもっと凄いしね。

重心と回転、指さえ引っかければ大抵のものはなんとかなる。


「大道芸にしても不思議な技だ、これがヤマトの戦士なのか」

「ふふふ、さて、もう一本いただきまーす…ええ!?…斬新」


何気に吸った2本目は、衝撃的な味わいだった。


「こっちは普段用、甘いが爽やかだろう」

「そうなにこれ、柑橘類みたいな香りする! さっぱり! 気分転換になりそう!」


最初に甘さが感じられるが、すぐ柑橘系のさわやかな香りと酸味を感じる。

それでいて煙は十分な濃厚さで、吸いごたえも申し分ない。

ただ後味が、ちょっとサッパリしすぎ、キレが良すぎて余韻が少ない。

寝る前に良さそう。で寝起きは1本目のやつでガツンと…あ、これって。


「気に入ったようだな」

「ねぇ、まさかなんだけど」

「そうだ、普段用と食後用として二銘柄、一緒に買うと良いだろうな」


オッサン、今日一番の笑顔いただきました。

渋くて商売上手とか完璧超人よね。


「…まじか、あんまり荷物増やしたくないんだけど。これは価値あるなぁ」

「うち特性の小瓶を付けてやる。こうやってハイドロストーンをフタに固定できる」

「なにこれぇ! 一度は考えたやつが実現してる!」

「はっはっは。別にこの程度、なんて事ないがな。どうだ」


ハイドロストーンは、煙草の葉っぱを加湿するために使う吸水性の高い石の事を指す。

使い方は、石を水に付けてたっぷりと吸わせた後に、瓶の中に葉と一緒に一晩ほど入れるだけ。

水分が石から水蒸気として漏れ出ると、葉っぱに移る。


なぜ加湿するのかというと、実は煙草っていうのは、煙を吸うためのものじゃないから。

煙は葉の香りを媒介させるためのもので、あくまで火の熱によって、付近の葉が燻されたその香りを愉しむのが目的だ。


葉には煙という直接的な香りと、口に含んだ際の間接的な風味、という二つの味わいがある。

乾燥していると燃焼のために煙が多くなって、香る匂いがキツクなって、風味が感じにくい。

しかも煙の温度が高くて辛い口当たりになる。慣れない人が吸うと口の中を火傷するほど。


加湿された葉っぱは、乾燥した葉に比べて、火の燃焼と煙が抑えられ、純粋な熱による燻されやすい条件ができる。

吸うとき煙の温度も低くなりやすく、燻された葉の風味がハッキリして美味しい、または甘いと感じる。

半面、煙が減るので香りは弱くなり、人によっては物足りなさを感じる原因。

あるいは火がすぐ消えたり、吸いにくくなったりもするから嫌だ、という人もいて様々。


なんだっていい、みんな好きにしましょ。


スパスパ短く回数やるより、プカプカじっくり風味重視の私はある程度、加湿した方が好き。

だけど石に葉っぱが付くとべチャッとなるのが嫌なのと、石を入れたまま鞄持って走るとカチャカチャ音がして気になる。

フタにくっ付けられたら良いのになぁという願望が、いま目の前で解決しちゃってる。


「買います」

「加湿を済ませた葉でいいな」

「うん、すぐ吸いたい」




・・・




ご機嫌パート2でシャグバーを出た私は、時刻を確認するため上を見上げる。

背の高い建物に走る影の傾きを見て、だいたい16時前後だと分かった。

現在のこの国の日の入りは、確か19時少し。今夜の宿を探そう。


「ちょっと急いだ方がいいかな」


地図を出して眺めると、付近の宿は3つくらい。少し歩いた範囲だと15件。

宿屋の説明を読み込んでいると、どうやら満室のリスクが考えられる。

人気度が星の数で表されており、満室の確立もこの順番かな。

よく出来ている地図だなぁ。でもそんなことは重要じゃなくて。


「風呂だ風呂。湯舟のある宿」


こっちの大陸に来て思う事、それは風呂の無さ。

水浴びとか、体を濡れた布巾で拭くだけという国が多すぎる。


湯浴みの文化がない、北国の小さな村で、ちょうど冬至のあたりで大雪が降ってインフラ全滅、足止めの憂き目に遭った。

私はそこで雪解けまでの3か月間、一度も風呂に入れなかったので、頭がどうにかなりそうだった。物理的な意味で。

やはり、どこでもゲートこそ楽園へのソリューション。


「寒いところって嫌い」


思考が逸れたので、改めて全神経を風呂のある宿探しに集中する。

いくつかの候補は見つかったが、だいぶ端まで行かないと駄目だと分かった。

即決しよう、時間がない。よし、どうせ西が目的地なので最西端の旅館に決めた。




・・・




というわけでやってきました。


「郊外って感じ」


最西端のスラムが見える丘。スラムと言ってもパッと見、ぜんぜん荒れてない。

ただ建造物の密集度が今までの比じゃないくらい半端ないので、恐らく衛生上の問題を抱えているのかもしれない。

まぁ、いいや。


「ごめんくださーい」

「・・・」


返事がない。誰もいない。受付には、呼び鈴ないし。客の気配すらしない。

いったん宿の外に出て、改めて宿を観察してみる。


久しぶりに目にした純和風の風情ある木造建築。どこから見ても旅館といった佇まい。

入り口の門構えには墨で書かれた宿の名前。かなりの達筆。


【月光楼 澄華】


「達筆すぎて読めない。スミカ、かな。うん、スミカ!」

「はい!? なんでしょう」

「え?」


背後から声が聞こえて振り返ると――


「あらやだ美人。ヤマトの民族衣装である着物を着た若い女性。

 長い黒髪を結い上げ、露わにされた首に輝く夕日。

 薄紅を引いた唇は自然な状態で結ばれ、さりとて醸し出される凛々しさ何の表れか。

 極めつけは切れ長の瞳。エキゾチックな雰囲気と艶っぽさが溢れております。

 これぞヤマトの女。ヤマトナデシコ。女将さんかしら」


「お褒め頂き、恐悦至極に存じます」

「超恥ずかしい」


あれ? 声に出てた?


「いかにも、私はそちらの旅館の女将を務めさせて頂いております。月光楼、二代目スミカと申します。宿泊希望のお客様ですか」

「はい! お風呂ありますか!」

「もちろんです。大浴場の露天風呂が当旅館の名物ですから。部屋も開いております」

「助かったー、もう歩きたくない」

「本日はどちらから? ヤマトのお方ですよね。遠路はるばる嬉しい事です」

「はい、私もヤマト人ですよ。今日始めてオース王国の首都駅にきて、都心区域から歩きどおし」

「まぁ! 都心から! それはお疲れでしょう、すぐにお部屋のご用意を――」

「ありがとうございます」


再び門をくぐり、受付の前に移動した。


「宿泊台帳に記入をお願いいたします。書かれている間に支度してきますから。宜しければあちらの椅子に腰掛けながら、お待ちになってください」

「はーい」


さらさらりと、名前と住所、通行証の番号と、色は蒲色。職業は無色。じゃなくて無職。おわり。

ペンを置いて、辺りを見回す。だいぶ日が落ちかけて、薄暗い。

女将が椅子に座れと言っていたけど、まだ座りたくない。歩き疲れた今は、座ったら立ち上がる方がむしろ辛いから。

部屋に行ってから、思う存分座ろう。そして一服するのよ。


「お待たせしました、お荷物をこちらへ」

「あ、自分で運ぶから大丈夫。割れ物あるし」


ごめんね女将。荷物は誰にも預ける気はないんです。


「かしこまりました。ではご案内いたします」


場所は二階の一室、部屋の名前は【束の間】

おい、誰がうまいこと言えと。


「それでは改めまして。本日は、ようこそおいでくださいました。

 当旅館の大浴場は、一階の受付右側の通路をお進みくださいまし。

 つきあたりが脱衣所の入り口となっております。開場時間は深夜零時まで。

 入浴に必要なものは全て脱衣所にございます。

 入浴方法については場内の説明書きを…お読み…失礼、ヤマトの方には不要でしたね」

「いーえー、お食事って出せます?」

「もちろんです。ただ、ご予約ではないので大したものは…」


私は云々と頷く。


「お食事は今からですと30分後からお出しできます」

「それでどうぞ。お風呂入ってるかもなんで、適当に並べててください」

「かしこまりました。それでは、これにてご挨拶を締めさせていただきます。どうぞごゆっくりお過ごしください。あ…」

「どうかしました?」

「言い忘れてました。実はこの旅館、最低限の人員で回しておりまして」

「ん? はい」

「皆、住み込みなものですから館内も一部、従業員用の施設も併設しております。

 お客様のものとはきちんとお分けして使用しておりますため、なにとぞご気分を害さぬよう」


女将は恐る恐るといった様子でこちらを伺っている。

過去なんかあったんでしょうね。旅館経営って大変だな。


「ぜんぜん。良いんじゃないですか」

「そう言っていただけると助かります。それでは失礼します」


襖が閉じられて、女将は離れていった。

さて、ご飯はすぐだから一服するより、お風呂に入ろうかな。

ぜんぶ浴場に行けば揃っているって言ってたから、手ぶらで行こうか。




・・・




カポーン


「あぁぁあぁぁ、沁みるなぁ。癒されるわー」


鹿威しと湯の流れ込む音が雑念を払ってくれる。


岩でできた露天風呂は素晴らしく開放的。

ここ数年、ここまで立派なヤマト風のお風呂には入っていなかった。

ここは当たりだわー。シャグバーといい、旅館といい、やっぱ都会すごいわあ。

十分にリラックスできたところで、明日の事を考えてみた。


もう少し観光気分でいても良いけど、目的地がすぐそこまで迫っている。

オース王国の首都から西へ渡ると、樹海が顔を出す。

樹海と言っても、既に大きな道が一本拓かれていて、そこを通って樹海を抜けると、大平原。

大平原の中心近くに遺跡があり、そこに聖剣が刺さってる。


今からおよそ百年前。勇者が魔王を聖剣によって倒したあと、剣を再び元の位置に戻したという。

代々の勇者は、そうやってはじめて役目を終える。


魔王によって汚染された世界を清めるため、剣に宿る神通力が封印を施すことで、大地に女神の加護を広めるのだとか。

一説には、オース王国が栄えているのも、領地に聖剣があるためだと。


まぁ、良い印象しかないのは間違いないけども、加護が実際効果なにをしているか証明もされておらず、眉唾だという学者もいる。

一応、王国でも公式に否定はしないものの、肯定もしていない。


それどころか、聖剣抜いたら王国に献上することで勇者様として称えられて、褒美が出る。

むしろ抜けって言うんだから、やるしかないっしょ。

私は聖剣そのものより、女神の塔にあるとされるディメンションポータルが欲しい。

これぞWin-Winの関係よね。


女神の塔は勇者を魔王へと送る、最後の砦とされている。

そこには、勇者を支援する神器、装備の数々が眠っており、必要に応じて貸し出されるのだとか。


塔はどんな文献を見ても、ハッキリとした表現はない。

姿も場所も一切が謎に包まれた聖域という、筆者の想像上の産物として書かれてばかり。

聖剣を手に入れた勇者だけが、その塔へと導かれ、勇者の記憶にしか存在しないものらしい。

でも勇者の使用した装備の見た目や、威力の凄まじさは、文献にたくさんある。

その一部は、いま現在もオース王国のお城に厳重保管されているらしいから、塔の存在を疑う者はいない。


残念ながら、そこにディメンションポータルは無いらしい。

王国にあったら、殺してでも奪い取る。嘘嘘。こっそり泥棒するよ。

仮に勇者が現れたなら、しがみついてでも塔に付いて行く。私は夢をあきらめない。


ちなみに戻された聖剣、過去に高名な戦士たちが何人もこぞって抜こうとして、遺跡は一時期賑わったみたい。

現状お察し、みんな夢破れて、ここ数十年、遺跡に人が近づくことすら無いらしい。

それでも勇者様の生家として有名な勇者村は観光地として、毎日たくさんの人が訪れている。

魔物の被害は年々減って平和だしね。人同士の争いは増えたけど。


道中、魔物に出くわす心配はもちろんのこと、シャグバーの店主が言うように、遺跡に棲みついている魔物は付近に比べて段違いの危険度を誇る。

一般人など以ての外、ギルドの優秀なスレイヤーか、経験豊かなガイドが最高級の魔除けの類をしこたま用意して何とかなるレベル、らしい。

神通力云々はどうしたよって、言われる原因だよね。


もちろん、私は一人でいくつもり。正直、遺跡の魔物は見たこと無いけど、最悪逃げ切る自信はある。

だから素早く移動できる手段が欲しい。お馬ぱかぱか。

でも、現実問題として無事に行き来できる保証はないから段階として、ここは近くにある村を拠点にすべきだろう。

それこそが勇者村。遺跡から約半日の距離。街道も繋がっている。


「明日も馬車かー」


目的地も決めたことで、湯から出る。

脱衣所で体を拭いてから、着替えの浴衣に袖を通す。

これこれ、やっぱ旅館は浴衣でしょ。


鼻歌を歌いながら部屋に戻ると、居間の座卓に食事が並んでた。

奥を見ると、既に布団も敷いてある。


「いただきまぁす」


襖を閉めるのも忘れて速攻、食事に飛びついた。

さすがにヤマトと違って刺身はない。この辺、魚捕れそうにないし。

やや質素だけど種類が多め。角煮と天ぷらがありがたいな。食後の一服がまた楽しみね。

箸を手にすると、横にナイフとフォークに西洋皿。なるほど、お箸使えない人はこっちか。

行き届いてるなぁと感心しつつ、すまし汁を片手に、箸で野菜の天ぷらをつつく。


「かぼちゃおいし」


勇者村までどんなに急いでも片道5日といったところ。

馬車はかなりの本数あったはずだから、明日は昼過ぎにでも出ようかな。

食事を食べ終わり窓辺で至高の一服をしていると、仲居さんが現れて食器を片づけてくれた。


「きれいに食べていただき、ありがとうございます」

「どれも美味しかったです、久しぶりのヤマト食を堪能しました。板前さんにも宜しくお伝えください」


私は感謝を伝えて、仲居さんに向き直って頭を下げた。

すると彼女は少し驚いた様子。


「い、いえ。あ、お客様はヤマトの?」

「はい、そうです」

「どうりで。あの、どの料理が一番良かったですか。本国の方からの言葉は、板前の励みになるので!」

「茶碗蒸し。もともと好物だけど、甘くないのが良かった」

「ありがとうございます。確かにお伝えいたします!」


仲居さんがウキウキと帰っていった。仕草が可愛い感じの人だったな。

ふぅー。今日はいつも以上に満足できた。煙草も最高に美味しい。


――少し冷たい風が流れてきた。


なんとなく窓の外に頭を出して月を見上げてみたら、月明かりに照らされた、夜空の蒼さにこそ目を奪われた。


どこまでも深い蒼さに星が瞬き、藍染め漂わせる雲の陰影が――息を呑む。


いまの私には、それらが月より美しく、遥か貴いものに見えた――。






・・・






おはよう、もうお昼だよ。折子です。昨日は朝までよく眠れました。

朝風呂として満喫していた露天風呂が名残惜しいけど、ちゃんと計画通り宿を出ます。

立つ鳥、元気よく行こう。


「お世話になりました!」

「この度はよい機会を恵んでくださいました。またのお越しを心よりお待ち申し上げております」

「ぜったいまた来ます」

「それはもう、願ってもないことです!」


宿を出た私は眩しさに手をかざす。今日もいい天気。旅日和。

眼下に見える雑多な建物が並ぶスラム。その街並みを想像して胸が高鳴った。駅馬車を目指して、丘を足早に駆け降りる。

またしばらく馬車生活。今のうちに足で地面を踏む感覚を沁み込ませようというものだ。

だんだんノッてきた私は、急斜面を良い感じのスキップで跳ねていく。

いいよいいよ。これはもう歌っちゃおう!


「パンパパパン! あいうぉんさむすぃん――」


サビに入って最高潮―――


「ohhh~! aあぶ、滑っ!? うわっ うわあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!」


――ズシャァァァァ、ゴロゴロゴロ………『うわらば!』




to be ERR…







すぐ調子に乗って痛い目みるタイプ。

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